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第16話 この手で悪役令嬢に裁きを

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「な、なによあれ……!?」

 ディアナお姉様が驚くのも無理はないですわ。立ち上がったレックス様の両腕からは青い炎が溢れ、口や鼻から出る息も青い炎になっています。

 あの優しくていつも楽しそうに笑い、心の中まで賑やかだったレックス様の面影は一切無く、そこにいたのは……さながら炎の魔人と形容するのがピッタリな存在ですわ。

「ちょっとロック! さっさとあいつと契約しなさいよ!」
「無茶を言うな! どう見ても話が通じる相手ではない! えーいお前ら! そいつを力づくで取り押さえろ! 最悪殺しても構わん!」
『そ、そんな無茶な……助けてお母ちゃーん!』
『あんなバケモノみたいな気迫の奴に勝てるわけがねえ……で、でもハーウェイ家の血を得るためにはやりとげないと!』

 ロック様が声高々に命令するが、男性達はレックス様の気迫に押されてしまい、戦意喪失しておりました。

 それでも主君の命令に逆らえなかったり、それぞれの思惑があったりと様々ではありましたが、氷が解けてびしゃびしゃになった地面を蹴り、レックス様に飛び掛かりました。中には遠距離からレックス様に魔法を放つ者もいます。

 ですが、レックス様に近づく前に、彼らの持っている武器はドロドロに溶け、魔法も当たる前に蒸発して消え去ってしまいましたわ。

「そ、そんな……触れてもいないのに剣が……魔法も蒸発した!?」
「剣も魔法も通用しない相手なんかに勝てるわけがない! ハーウェイ家の血よりも自分の命の方が大事だ!」

 これは絶対に勝てないと悟った男性達は、脱兎の如く倉庫から逃げていきます。それに便乗するようにディアナお姉様も逃げようとしてましたが、青い炎が行手を阻みました。

 敵が減ったのは良いですが……不味いですわ。レックス様の炎で倉庫が燃え始めていますし、今のレックス様は正常な思考が出来る状態じゃありません。

 ――現に今だって。

『殺す。アイリス殿をいじめる奴はこの世にいらない。殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』

 あまりにもドス黒い感情に支配されてしまったレックス様の心の妖精は、真っ黒に染まってしまっていた。

 このままでは、レックス様はディアナお姉様を殺してしまう。レックス様が罪人になってしまう。

 そんなの……嫌ですわ! 早くレックス様のところへ……くっ、痛みと魔力の使いすぎで……足が言う事を聞かない……!

「ロック! 闇魔法には破壊の魔法もあるんでしょ!? それで何とかしなさいよ!」
「俺の使える闇魔法は契約魔法だけだ! あんなバケモノを倒せる術なんか持ち合わせていない! だから……俺は退散させてもらうぜ!」

 一目散に倉庫から逃げ出すロック様。本当は追いかけて捕まえたいところですが、今は彼よりもレックス様の方が優先ですわ。

 早く……早く止めないといけないのに……動け! 動きなさい私の足!

「…………」
「なによ、情けない男共ね! いいわ、こんな奴は私が倒してやる!」

 ゆったりとした歩みで向かうレックス様に向かって、ディアナお姉様はたくさんの風の刃を放ちますが、これも先程と同様に蒸発して消えてしまいましたわ。

「このっ! ならこれでどう!?」

 ディアナお姉様は突風を自在に操り、近くに転がっていた瓦礫を持ち上げました。

 恐らくそれらをレックス様にぶつけるつもりだったのでしょうが……その行動を起こす前に、レックス様は青い炎を螺旋状にしながら真っ直ぐ飛ばし、瓦礫を全て破壊してしまいました。

「じょ、上等じゃない! もう遊びは終わりにしてあげる! 私の最大攻撃魔法……くらいなさい!!」

 少し離れている私ですら肌がビリビリするくらい、凄い量の魔力を溜めたディアナお姉様は、その魔力でレックス様を竜巻で包み込みました。

 あの魔法は……確かディアナお姉様の最強の攻撃魔法。小規模ではあるけど、凄まじい威力の竜巻で対象を包み込んで、全てを切り刻むまで消えないという風魔法ですわ! あれではレックス様が……!!

 ――なんて心配したのも束の間。竜巻の至る所から青い炎の柱が伸びて貫通し、一瞬にして竜巻を消滅させてしまいました。

「す、すごい……」
「嘘でしょ……私の最強魔法よ!? 魔力もありったけ使ったというのに!?」
「ふー……ふー……」
『ひぃぃぃ!? なんなのよ……なんなのよこのバケモノ!? 嫌、殺されたくない!! 早く逃げなきゃ!!』

 一歩一歩、確実に近づいていくレックス様に恐怖心を抱いてしまったディアナお姉様は、腰が抜けてしまったのか、その場に座り込んでしまった。

 それでも死にたくないようで、なんとか這いずって逃げながら、その辺りにある石ころをレックス様に投げつけておりました。

「く、来るんじゃないわよ! この……バケモノ!」
「…………」
「こ、今回の件は、お父様とお母様に言われて仕方なくやったの! だから私は悪くないわ! あんたや妹を傷つけたのも、ロックに言われたからであって……」
「このクズは……まだ言い訳するのか……やはり生かしておく価値はない……」
「ひぃ!?」

 見苦しいディアナお姉様に更に怒りを燃やしながら、レックス様はディアナお姉様が逃げられないように、逃げ道を青い炎で完全に塞いでしまいました。

 早く……早く止めないと……お願いだから動いて、私の足!

「わ、私が悪かったから許してよ! ほら、こんなに謝ってるんだし、女の罪を許せないなんて、男として失格よ!?」
「言う事はそれだけか」
「えっ……?」
「別に謝る必要は無い。俺は何を言われても、絶対に貴様を許さない……」

 レックス様の身体から漏れ出ていた青い炎は、彼の上空に集まっていき――それは空想の中にしか存在しない、龍の形になった。

「あっ……あぁ……!?」
『いやぁ……怖い……怖い怖い怖い! こんなところで死にたくない! お父様ぁ! お母様ぁ! 助けてよぉ!!』

 傲慢な態度を取っていたのが嘘だったように、ディアナお姉様は顔を真っ青にして震えております。涙をボロボロと流し、下半身と地面を不自然に濡らしてもいましたわ。

 凄い熱気――あんなのが直撃したら、跡形もなく消し飛んでしまう!

「やめてください!」

 何とか気力だけで立ち上がった私は、レックス様の元に駆けていくと、背中から思い切り抱き着きました。

 あ、熱い……! 接している部分が焼けていくのを感じますし、熱すぎて身体の内から焼け焦げてしまうような錯覚を覚えますわ……!

 でも、これくらい……レックス様のためなら、耐えきってみせます!

「アイリス殿……なぜ止める。こいつは君が幸せになるのを邪魔する……敵だ」
「ディアナお姉様は……いえ、家の人間は確かにずっと私をバケモノと罵って酷い仕打ちを行い、全く愛情を注いでくれませんでした。でも、だからといって……殺していい理由にはなりません!」
「理由などいらん。俺が許せない、殺したいと思ったから殺す。それだけだ」
「……お願い……私の事を少しでも想ってくれるなら……もうやめて……私は……あなたに人殺しの罪を背負ってほしくない……!」
「…………」

 皮膚が焼けていく事など一切気にせず、レックス様の胸に回した手に更に力を入れると、青い龍が僅かに揺れました。

「ほら、もう帰りましょう? 帰って一緒にお茶を飲みながら、ゆっくりお話ししましょう? あ、それよりもデートのやり直しをしないといけませんね」
「…………」
「だから……お願い……お願いだから……私の知ってるレックス様に戻ってください……」

 心の底からの必死の説得。それは自分で言っておきながら、拙すぎて笑ってしまうようなものでした。

 ですが、私の説得はレックス様に届きました――彼によって生み出された青い炎の龍が、静かに姿を消したのです。

 よかった……なんとか止まってくれた……本当によかったわ……。

「アイリス殿……俺は……俺は……」
「いいんです。ちゃんとあなたは踏みとどまってくれましたから……」
「すま……な、い」

 その言葉を最後に、レックス様は意識を失って膝から崩れ落ちました。

 息はしているとはいえ、私もレックス様もすでにボロボロ……倉庫もドンドン燃えてしまっていますし、まだ安心はできません。早く逃げませんと。

「あ……あは……あははははははははは!!!! そいつが倒れればこっちのもの! 瀕死のお前達を殺せば、私の罪を知る者はいない! 私の……勝ちよ! 死ねぇぇぇぇぇ!!!!」

 狂人のように笑い狂うディアナお姉様は、残った魔力を使って風の魔法を放とうとしましたが、それよりも一手早く動いた私の放った氷塊が、彼女の顔面を捉えました。

 ……よかった。一か八かの魔法でしたが、ちゃんと発動しましたわ。拳より少し大きい程度の氷塊ですが、弱った人間を気絶させるには十分すぎます。

「……最後の最後で卑怯な事をしてくるのはわかっておりましたわ」
「……また……私の心を……」
「この程度、心を見なくてもわかりますわ。どれだけあなたの醜さを見てきたと思っているのですか」
「くっ……そぉ…………バケ、モノ……」

 最後の最後まで悪態をつきながら、ディアナお姉様は糸が切れた人形のように、前のめりに倒れました。

「あなたは本当に、最初から最後まで……最低な人でしたわ。もう関わる事はないでしょう。さようなら、ディアナお姉様」

 さあ、後はこの燃える倉庫から脱出するだけ――なのに、もう私の身体は限界を超えてしまっていました。レックス様とディアナお姉様を抱えて外に出るなんて、もってのほかです。

 そんな……必死の思いで惨事を食い止めたというのに……全ては無駄だったと言うの……?
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