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第10話 侯爵子息、激怒

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「そんなの……最高じゃないか! やはり俺の見込んだ女性は世界一だな!」
「……はぁ?」

 まさかの全肯定をするレックス様の反応がよほど驚きだったのか、ディアナお姉様は口を大きく開けて驚いておられました。

 それも仕方のない事かもしれません。だって、彼を信じていた私ですら驚きを隠せないんですから。

「だってそうだろう! 言葉に出せていなかった時も、俺の愛が伝わっていたという事は、言葉と心で二倍愛を伝えられる! そんな素晴らしい事はない! まあ、少し気恥ずかしさはあるがな! はっはっはっ!!」
「なっ……何言ってますの? アイリスの魔法は制御不能……近くにいる相手の声なら、無差別に覗き見る危険な魔法よ! やろうと思えば、心を見て、その内容で脅す事も容易なのよ!?」

 まだ私を陥れる事を諦めていないお姉様は、更に酷い事を仰っていますが、レックス様は一向に折れる気配はありません。

 どうしましょう……嬉しくて言葉が出てきません。私のこの力を知った人は、全員が気味悪がってバケモノ呼ばわりしたというのに……。

「ディアナ殿、あなたがアイリス殿をどう思っているのかは存じ上げませんが、あなたが何を言おうと、何を企もうと、俺の彼女への愛は一切変わりません。それでも言い続けるなら、あなたの心が醜く、汚れている事の証明になるだけだ」
「だ……誰が醜いですって!? いい加減に……」
「黙れ」

 騒ぎ立てようとするディアナお姉様に、全てを凍てつかせるような冷たい声を漏らしながら、睨みつけるレックス様の指先から、極細の青い炎が放たれ、ディアナお姉様の頬をわずかに掠めました。

 予想外のレックス様の行動にはとても驚きましたが、それ以上に驚きだったのが……レックス様の心の妖精でしたわ。

 いつもレックス様の心の妖精は明るくて賑やかで、怒りや悲しみといった、負の心なんて一切見られませんでした。でも……今の妖精は怒りの形相を浮かべ、ディアナお姉様を睨みつけておりました。

 ……私のために怒ってくれる人なんて、生まれて初めてですわ。

「しゅ、淑女の顔に傷を付けるなんて……!?」
「淑女? またまたご冗談を! 俺からしたら、あなたや母君は淑女じゃない。人の気持ちを知ろうとしない、心の醜いバケモノだ。そうだ、この際はっきり言っておくが、俺はアイリス殿を虐げるあなたや、あなたの母君が心底嫌いだ。顔も見たくない。よって、すぐにご退席いただきたい。俺が優しく申し出ている間に……な」
「っ……! 覚えておきなさい! 私を敵に回した事を後悔させてやる!!」

 いかにも小悪党が言いそうな捨て台詞を残して、ディアナお姉様はその場を去っていかれました。それを見送ったレックス様は、先程の態度が嘘だったかのような笑顔を向けてくださいましたわ。

 はっ……喜んでいる場合じゃありませんわ。ずっと隠していた事を早く謝りませんと。

「申し訳ありません……ずっと隠し事をしていて。こんな魔法が使えると知られたら、絶対に嫌われてしまうと思って……」
「俺の愛もみくびられたものだな! どんな事があってもこのレックス・ディヒラーはアイリス殿を裏切るような真似はせん! だから、アイリス殿は何も心配しなくていい!」

 レックス様は私の前で膝を突くと、私の手を取って、手の甲にキスをしてくださいました。

 唯一レックス様の事なら信じられるとか言っておきながら、心の底からちゃんと信じてられてなかったんですね……私、最低な女ですわ……。

「なっ!? 急に泣き出してどうした!? 悲しいのか? どこか痛いのか!?」
「違うんです……私、レックス様に嫌われたくなくて……ずっとこの魔法を隠してて……あなたなら信じられるって思ってたのに、結局信じきれてなくて……! 私、最低な女ですわ……!」

 悲しくて、情けなくて、申し訳なくて。感情がぐちゃぐちゃになってしまった私は、言っている事が支離滅裂になってしまっていました。

 でも、レックス様はとても穏やかな表情も心で、私の事を優しく抱きしめてくださいました。

「誰でも隠し事はある。それに、隠しておきたい理由が俺に嫌われたくないだなんて、俺としたら最高に嬉しい理由だ!」
「レックス様……」
「それにしても、他人の心が見える……しかも制御が出来ないなんて……家族の事に加えて、人間の醜い声まで聞かされて、相当つらい人生だっただろう。だが……前にも言った通り、これからアイリス殿にはずっと俺がついている! だから、もう心配はいらん!」

 レックス様としては、私の涙を止めるために慰めてくれているのでしょう。ですが、その思惑とは逆に、私の涙は余計に溢れてきました。

 悲しいわけじゃありません。むしろ、嬉しくてどうしようもないくらいです。そのせいで……涙が止まりませんの。

「ちょ、えっと! お、俺はどうすればいいんだ!?」
「ひっく……うぅ……」
「えーっと、えーっと……そうだ! いないなーい、ばぁー!」
「…………」
「…………」

 私から少し離れ、舌をベーッと出したまま静止するレックス様。そのお顔をポカンと眺めていると、雨にでも濡れたんじゃないかと思ってしまうくらいの量の汗をかきはじめましたわ。

『お、俺は何をしているんだ!? これは赤ん坊を泣き止ませる方法だろうが!? 少しは落ち着け俺!! えっと、えーっと!』
「ぷっ……あははははっ!」
「あ、アイリス殿?」
「ご、ごめんなさい。そんなに慌てるレックス様がおかしくて……あははっ」

 レックス様の表情も、心の妖精も凄く慌てているのがなんだかおかしくて、私は泣きながら笑ってしまいました。

 本当にレックス様は賑やかで不思議な方です。でも、全然嫌だとは思いませんわ。

「その、こんな変な魔法を使える私ですけど、それでも一緒にいてくれますか?」
「ああ! 当然だ!」

 力強く頷きながら、握ってくださっていた手に力を入れてくれました。それは、絶対に私から離れないという、レックス様の意思表示に思えました。

 本当にお優しくて頼りになるお方ですわ。私、この方にだったら……でも、やっぱり自信が持てません……。

『それにしても、心の声を代弁する妖精が見える、か……なら、今俺が思っている事も聞かれているという事か! ならば……アイリス殿! 君はなんでそんなに美しいんだ! ほぼ毎日会っているというのに、この愛は収まるどころか増す一方だ! この想い……一片残らずアイリス殿に届けっ!!』
「あ、あの! 今までもたくさんの言葉と心の妖精で言われ続けてドキドキしていたのに、これ幸いにと想いをぶつけないでください!」
「な、なに!? 今までドキドキしていたのか! それは何故だ! ぜひ詳しく話してくれ!」
「し、知りませんっ!」

 私は身体中が熱くなるのを感じながら、頬を膨らませました。

 ……この愛をストレートにぶつけてくるのだけは、少し直してもらいたいですわ……全然嫌じゃないんですけど、いつか私がドキドキに耐えきれなくなって、倒れてしまうかもしれませんし。
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