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第五話 命より重いもの

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 ぶっきらぼうな話し方をする男性は、学園の中なのに葉巻を三本も咥えながら、ボサボサな白髪交じりの頭を掻いた。

「えっと……どちら様かな?」
「彼はシャフト・べアール先生。魔法薬学の授業を担当している人で、この教室の責任者です。普段は隣の準備室で研究をされているんです」
「初めまして、シャフト先生。俺はレオ・フィリスといいます。今年度に転校してきました」
「そうか」

 にこやかに挨拶をしながら手を差し出すレオ様。そんな彼とは対照的に、シャフト先生は面倒くさそうに欠伸をしながら、握手に応じた。

「まさかアメリアが、侯爵家の坊ちゃんを連れてくるなんて、明日は大雪か?」
「俺の家のことを知っているんですか?」
「そりゃ侯爵家様だからな」

 シャフト先生はレオ様に煙がいかないように、顔を逸らしながら煙を口と鼻から出した。

 シャフト先生は基本的に魔法薬学の研究にしか興味がない。授業もあまりやる気がないというのは、学園では有名な話だ。

 そんな人にもフィリス家の名前が伝わっているのだから、本当にフィリス家は凄い家なのだと再認識できた。

「とにかく、ワシの邪魔をしないなら好きにいてくれ構わん。んじゃ、ワシは失礼する」
「おや、どこに行くんですか?」
「便所のついでに、飯を済ませる。昨日から何も食わずに研究をしていたから、腹が減った。ったく、なんで人間は食事と排泄をしないとならんのだ……時間の無駄で仕方ない……それに、なんで準備室と廊下は繋がっていないんだ……ああ面倒くさい」

 小声で文句を言いながら、シャフト先生は教室を後にする。その姿を見送った私達が見つめ合うと、レオ様がクスクスと笑いだした。

「随分と個性的な先生だね」
「あの人は少し変わった方として、学園でも有名な方ですので」
「そうなのかい?」
「はい。基本的に自分の研究が第一の人で、家にも帰らずに学園で研究をしている方なんです。授業もあまり精力的にやらないんです」
「な、なるほどね……」

 苦笑いを浮かべるレオ様を尻目に、私は教科書とノートを開いて勉強を始める。今日の自主勉強の内容は、魔法薬学――そう、シャフト先生の担当する科目だ。

「…………」
「…………」

 先程までレオ様の声で賑やかだった教室が、一気に静かになる。これがいつもの環境だ。

 違う所といえば、私以外にもう一人いて、その人が勉強をしている私のことを、ジッと見つめてくることだろう。

 確かに邪魔はしていないけど、こう見られていると少しやりにくいのも事実だ。でも、約束は破ってないから、注意もしにくい。

「レオ様、私が勉強しているところなんて見て、面白いんですか?」
「うーん、面白いかどうかってことに関しての回答は、面白くはないになるかな」
「なら、どうして見ているのですか?」
「面白くはないけど、感心していたんだ。俺は勉強が得意じゃなくてさ。自主的に勉強なんてしたくないんだ。だから、自主勉強をしているアメリアが凄いと思いながら見ていたんだ」

 私が凄い? 自分ではよくわからない。昔から家のために勉強をするのは、当然と思っていた。今では勉強をしてないと落ち着かなくなってしまっている。

「俺なんて、五分で寝落ちして家庭教師に怒られたり、全然集中できないなんてよくあったよ! でも、頑張って勉強をして、アドミラル学園に入ったんだ。まあ……学力が追い付かなくて、一年間は別の学園に在籍してたんだけどね」
「そうだったんですね」

 わざわざ勉強が嫌いなのに、たくさん勉強をして、転校してまでアドミラル学園に入学するほどの目的……少しだけ気になるけど、出会って間もない私が詮索するのも野暮だろう。

「アメリアは、どうして勉強をしているんだ?」
「元々は家のために勉強をしていたんですが、今は別の目的を達成するために勉強をしています。あと、勉強するのが当たり前になってしまったので、してないと落ち着かないんです」

 別に隠す必要もないと思った私は、淡々とレオ様に話すと、何故かレオ様に両手を握られた。

「家のために勉強をしていたなんて、アメリアは親孝行な女性なんだね! それに、今だって目的のために努力をしている! 本当に尊敬するよ!」
「え、えっと? ありがとうございます?」

 レオ様は私の手を握ったまま、上下に勢いよく腕を振る。そんな彼に対して、私は呆気に取られながら、よくわからない感謝の言葉を返すことしか出来なかった。

 なんか……このままここで勉強をしていてもいいけど、結局なんだかんだでレオ様に話しかけられたり、見られて集中でき無さそうだし、今日は帰ろうかしら。

 ちなみだけど、今日は両親は別の貴族が主催するパーティーに出席するから、遅くまで帰ってこない。だから、帰って悪口を言われる可能性は低い。

「それで、その勉強だけど……てっきり魔法薬学の勉強って、実験をしたりするものだと思ってたんだけど、違うんだね」
「実際に薬を作れるのは、年に一回行われる試験に合格して免許を貰わないと出来ないんです。一応、免許を持っている人の補佐なら出来ますけどね」
「なるほど。勝手に混ぜてドカーン! とかになったら不味いもんね」
「そうです。魔法薬の結果次第では、未知の魔法ウイルスが出る可能性もありますし」

 レオ様と会話をしながら、私は帰る準備をしていると、レオ様は小首を傾げた。

「あれ、勉強しないのかい?」
「今日は帰ります」
「そっか。それじゃあ一緒に校門まで行かないか? この学園、思った以上に広くて、迷子になってしまいそうでね」
「……それくらいなら」

 迷子になる気持ちはわからなくもないから、私はレオ様のお願いを了承した。

 アドミラル学園は、世界的に有名な名門校というだけあってか、敷地が結構広い。私も何度か迷子になったことがあるくらいだ。

 ……いや待って、さすがに校門の位置くらいはわかるような? でも、もう引き受けちゃったし……仕方ないわね。

「片付けるので、少し待ってもらえるでしょうか?」
「もちろん。ゆっくりで大丈夫だよ!」

 レオ様の言葉に甘えて、ゆっくりと片づけを再開する。その過程の中で、私は鞄に入っていた本を一度机の上に置いた。

「これは魔法薬学の本かな?」
「ええ。私、主に魔法薬学の勉強をしているんです。この本も、その一環です」
「なるほどね……ん? その栞は?」
「これですか?」

 私は本に挟まっていた栞を手に取る。その栞は、私がとても大切にしている、四つ葉のクローバーを押し花にした栞だ

 四つ葉のクローバーといっても、葉っぱは左側に二枚しかついていない。残りの二枚は、とある理由でついていないの。

「それは……!? それをよく見せてくれ!」
「っ!? さ、触らないで!!」

 突然手を伸ばしたレオ様から栞を守るために、私は胸元に栞を持っていくと、声を荒げた。

 それだけに留まらず、私はその場でうずくまり、レオ様に栞を触られないようにした。

「あっ……申し訳ありません。急に大きな声を出してしまって」
「……いや、俺こそ申し訳ない。驚かせてしまったね」

 その場で立ち上がってから、互いに謝罪の意を伝える。

 私の反応は、普通に見たら明らかに異常な反応だというのは、自分でわかっている。でも、その異常な反応が出てしまうくらい、私にとってこの栞は大切なの。それも……命と同じか、それ以上に。

「その栞は、どこで手に入れたんだい?」
「幼い頃に色々あって」
「そうなのか……」
「ふう、取り乱して申し訳ありませんでした。さあ、帰りましょう」
「……そうだね」

 さっきまでずっと元気だったレオ様は、何か深く考え込むように、顔を俯かせていた。

 急に静かに考えごとをするなんて、どうしたのだろうか。よくわからないけど、とりあえず約束通り、レオ様と一緒に校門まで行こう。

「送ってくれてありがとう、アメリア」
「いえ」

 特に会話をしないで校門までつくと、そこにはレオ様を迎えに来ていた馬車に出迎えられた。当然、私の迎えは来ていない。

「では私はこれで失礼します。さようなら」
「あ、アメリア!」
「はい?」
「また明日!」

 急に大きな声で呼ぶから何事かと思ったら、レオ様は大きく手を振りながら、別れの挨拶をしてくれた。

 また明日……か。そんなことを言われたのは、一体いつぶりだろうか。もう思い出せないくらい遠い過去の話だ。

 ……なんとも気恥ずかしいような、くすぐったいような、不思議な感覚を覚えるわね。

「はい、また明日」

 私はスカートの裾をつまんで頭を下げると、ゆっくりと帰路につくのだった――
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