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第二十九話 思い通りになんてさせませんわ
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「えっ……?」
まさか、お義母様が私に特攻を仕掛けてくるとは思っていなくて、咄嗟に動くことが出来ませんでした。
このままでは、私は殺されてしまう。そう思ったら、周りの景色がとてもゆっくりと見えるようになりました。
ああ、エヴァン様が急いで私を助けようとしてくれてます。そのお気持ちは嬉しいですが、そこからでは間に合わないでしょう。
……ナイフが、私の胸に向かって迫ってきます。あと一秒もしないうちに、私の胸は抉られ、そのまま……。
ここで死んだら、お母様とローランお兄様の元に行ける……それはとても甘美な夢ですが、私にはまだ復讐が残っていますし、なによりもエヴァン様と一緒に幸せになりたい!
「私は……こんなところで!」
私は、迫りくるナイフをがっしりと両手で掴み、胸に刺さる直前のところで止めることに成功しました。
「シエル!!」
「大丈夫ですわ……この程度の痛み……!」
エヴァン様の悲痛な叫び声に答えながら、両手に更に力を込めます。それが恐ろしかったのか、お義母様はへなへなと座り込んでしまいました。
ナイフで抉られた両手は、激痛と共に燃えるように熱くなっています。
ですが、この程度の痛みなど、今も体に残っている傷跡をつけられた時に比べれば、可愛いものですわ。
それに、ローランお兄様や領民、トラルキル家の皆様が受けた痛みに比べたら、足元にも及びませんでしょう。
「見てください、お義母様。血がこんなに……ですが、私が長年受けた痛みも、領民の痛みも、トラルキル家の皆様の痛みも、ローランお兄様の痛みも、お母様の痛みも、この程度ではありませんことよ?」
「ひぃっ!?」
血がべったりと付いた手で、お義母様の頬をそっと撫でました。
なにも、そんなに怯える必要はありませんのに。あなた達のようなおぞましい人間と比べれば、私なんて全然恐ろしくないでしょう。
「まあいいですわ。今度こそ、連れて行ってくださいませ」
「い、いや……離して……! 私に手を出したら、夫や国がどうするか、わかってますの!? だから離しな――いや、本当に離して……娼館なんて、それなら死んだ方がマシよ……!!」
地面に落としたナイフで自害を計ろうとしたお義母様を止めるために、私は手を思い切り踏みつけてナイフを再び落とした後、ハンカチを丸めて口の中に詰め込みました。
自害だなんて、絶対に許しませんわ。お義母様には、天寿を全うするその日まで、一番したくないことをして生き続けていただきませんと。
「お義母様が自害しないように、気をつけて連れて行ってくださいまし」
「かしこまりました。そうだ、この傭兵達も連れていってもよろしいでしょうか? このことがバラされては、互いに不都合でしょう?」
「そうですわね。お好きにしてくださいませ」
「ありがとうございます。くくくっ、やっとこの女が手に入った……ああ、ご安心くださいませ、ステイシー様。うちの店には、あなたのようなそれなりにお年を召した方を好むお客様もいらっしゃいます。それに、ちゃんと稼げばそれなりの生活をさせてあげますよ。あくまで、我が商会の基準で……ですが」
「む……むー!!!!」
彼に両手を縛られながらも、必死に抵抗するお義母様でしたが、結局傭兵達と一緒に連れていかれました。
本当は、ここで殴ったり蹴ったりして、一瞬だけ気分を良くしたかったですが、ただでさえ汚い感情を表に出してしまったのに、更に暴力だなんて……これ以上エヴァン様に醜い私を見せたくありません。
……なんにせよ……これで、第一の復讐は終わり。次は……お父様ですね。
「シエル、大丈夫か!? ああ、こんなに血が……!」
「ええ、大丈夫ですわ」
私は聖女の力を使い、両手の傷を治してみせました。すると、エヴァン様は少しだけホッとした表情を浮かべてくださいました。
「すまなかった。まさか、彼女があんな蛮行に出るとは思わなくて、反応が遅れてしまった」
「仕方ありませんわ。私だって驚いてしまいましたもの」
大人しく連れていかれないのは想像しておりましたが、まさか私を刺そうとするだなんて。あと一秒でも反応が遅れていたら、助からなかったでしょうね。
「その……幻滅しましたか?」
「……?」
「お義母様に復讐できると思ったら、つい色々と言ってしまいましたわ。どれもこれも、褒められるような内容ではありません」
「そんなことはない。むしろ、よく言ったと思ったくらいだ」
よかった、さすがに醜い感情を表に出し過ぎたと思っていたのですが、許してもらえました。
「次はお父様ですね。予定通りいきましょう」
「……本当に良いのか?」
「良いのかって、なにがでしょう?」
「事前に君が共有してくれた作戦がうまくいけば、復讐は出来るだろうが……その代償として、君は聖女の力を失ってしまうのだろう?」
心配そうな表情で私に問いかけるエヴァン様から、フッと視線を逸らしました。
私の聖女の力が無くなる。それは事実ですわ。特別な力の全てを出し切り、最高の舞台をお父様や領民の方々のために用意しないといけませんからね。
「ご安心ください。もとから私は、この力に執着はありませんので……あっ!」
「どうした?」
「今気づいたのですが……エヴァン様が何かでお怪我をした時に、すぐに治せなくなってしまいます!」
「なんだ、そんなことか?」
「私にとっては死活問題ですわ!」
ずいっとエヴァン様に迫りながら伝えたのですが、ほんの少しだけ笑って終わりでした。
「俺のことは気にするな。君の治療は必要ないくらい、強くなるからな」
「エヴァン様……ありがとうございます。では、次の作戦のために準備を始めましょう。今日のことで、良い情報を得ましたからね」
「なにを得たんだ?」
「お義母様の護衛、傭兵と仰っておりましたよね? トラルキル家の時は、城の兵が来ておりました。おそらく、トラルキル家の時は国の不祥事に関わるから出てきたのでしょうが、今日は国に関係無かったので、傭兵を雇ったのでしょう。そして、これからも国が関係なければ、傭兵を雇うはず」
にやりと笑った私は、今思いついた追加の作戦を、エヴァン様に伝えました。
ふふっ……この作戦を、事前に考えた作戦と合わせてうまくやれば、お父様に最高の復讐をプレゼントしてさしあげられますわ。楽しみに待っていてくださいね……ふふふっ。
まさか、お義母様が私に特攻を仕掛けてくるとは思っていなくて、咄嗟に動くことが出来ませんでした。
このままでは、私は殺されてしまう。そう思ったら、周りの景色がとてもゆっくりと見えるようになりました。
ああ、エヴァン様が急いで私を助けようとしてくれてます。そのお気持ちは嬉しいですが、そこからでは間に合わないでしょう。
……ナイフが、私の胸に向かって迫ってきます。あと一秒もしないうちに、私の胸は抉られ、そのまま……。
ここで死んだら、お母様とローランお兄様の元に行ける……それはとても甘美な夢ですが、私にはまだ復讐が残っていますし、なによりもエヴァン様と一緒に幸せになりたい!
「私は……こんなところで!」
私は、迫りくるナイフをがっしりと両手で掴み、胸に刺さる直前のところで止めることに成功しました。
「シエル!!」
「大丈夫ですわ……この程度の痛み……!」
エヴァン様の悲痛な叫び声に答えながら、両手に更に力を込めます。それが恐ろしかったのか、お義母様はへなへなと座り込んでしまいました。
ナイフで抉られた両手は、激痛と共に燃えるように熱くなっています。
ですが、この程度の痛みなど、今も体に残っている傷跡をつけられた時に比べれば、可愛いものですわ。
それに、ローランお兄様や領民、トラルキル家の皆様が受けた痛みに比べたら、足元にも及びませんでしょう。
「見てください、お義母様。血がこんなに……ですが、私が長年受けた痛みも、領民の痛みも、トラルキル家の皆様の痛みも、ローランお兄様の痛みも、お母様の痛みも、この程度ではありませんことよ?」
「ひぃっ!?」
血がべったりと付いた手で、お義母様の頬をそっと撫でました。
なにも、そんなに怯える必要はありませんのに。あなた達のようなおぞましい人間と比べれば、私なんて全然恐ろしくないでしょう。
「まあいいですわ。今度こそ、連れて行ってくださいませ」
「い、いや……離して……! 私に手を出したら、夫や国がどうするか、わかってますの!? だから離しな――いや、本当に離して……娼館なんて、それなら死んだ方がマシよ……!!」
地面に落としたナイフで自害を計ろうとしたお義母様を止めるために、私は手を思い切り踏みつけてナイフを再び落とした後、ハンカチを丸めて口の中に詰め込みました。
自害だなんて、絶対に許しませんわ。お義母様には、天寿を全うするその日まで、一番したくないことをして生き続けていただきませんと。
「お義母様が自害しないように、気をつけて連れて行ってくださいまし」
「かしこまりました。そうだ、この傭兵達も連れていってもよろしいでしょうか? このことがバラされては、互いに不都合でしょう?」
「そうですわね。お好きにしてくださいませ」
「ありがとうございます。くくくっ、やっとこの女が手に入った……ああ、ご安心くださいませ、ステイシー様。うちの店には、あなたのようなそれなりにお年を召した方を好むお客様もいらっしゃいます。それに、ちゃんと稼げばそれなりの生活をさせてあげますよ。あくまで、我が商会の基準で……ですが」
「む……むー!!!!」
彼に両手を縛られながらも、必死に抵抗するお義母様でしたが、結局傭兵達と一緒に連れていかれました。
本当は、ここで殴ったり蹴ったりして、一瞬だけ気分を良くしたかったですが、ただでさえ汚い感情を表に出してしまったのに、更に暴力だなんて……これ以上エヴァン様に醜い私を見せたくありません。
……なんにせよ……これで、第一の復讐は終わり。次は……お父様ですね。
「シエル、大丈夫か!? ああ、こんなに血が……!」
「ええ、大丈夫ですわ」
私は聖女の力を使い、両手の傷を治してみせました。すると、エヴァン様は少しだけホッとした表情を浮かべてくださいました。
「すまなかった。まさか、彼女があんな蛮行に出るとは思わなくて、反応が遅れてしまった」
「仕方ありませんわ。私だって驚いてしまいましたもの」
大人しく連れていかれないのは想像しておりましたが、まさか私を刺そうとするだなんて。あと一秒でも反応が遅れていたら、助からなかったでしょうね。
「その……幻滅しましたか?」
「……?」
「お義母様に復讐できると思ったら、つい色々と言ってしまいましたわ。どれもこれも、褒められるような内容ではありません」
「そんなことはない。むしろ、よく言ったと思ったくらいだ」
よかった、さすがに醜い感情を表に出し過ぎたと思っていたのですが、許してもらえました。
「次はお父様ですね。予定通りいきましょう」
「……本当に良いのか?」
「良いのかって、なにがでしょう?」
「事前に君が共有してくれた作戦がうまくいけば、復讐は出来るだろうが……その代償として、君は聖女の力を失ってしまうのだろう?」
心配そうな表情で私に問いかけるエヴァン様から、フッと視線を逸らしました。
私の聖女の力が無くなる。それは事実ですわ。特別な力の全てを出し切り、最高の舞台をお父様や領民の方々のために用意しないといけませんからね。
「ご安心ください。もとから私は、この力に執着はありませんので……あっ!」
「どうした?」
「今気づいたのですが……エヴァン様が何かでお怪我をした時に、すぐに治せなくなってしまいます!」
「なんだ、そんなことか?」
「私にとっては死活問題ですわ!」
ずいっとエヴァン様に迫りながら伝えたのですが、ほんの少しだけ笑って終わりでした。
「俺のことは気にするな。君の治療は必要ないくらい、強くなるからな」
「エヴァン様……ありがとうございます。では、次の作戦のために準備を始めましょう。今日のことで、良い情報を得ましたからね」
「なにを得たんだ?」
「お義母様の護衛、傭兵と仰っておりましたよね? トラルキル家の時は、城の兵が来ておりました。おそらく、トラルキル家の時は国の不祥事に関わるから出てきたのでしょうが、今日は国に関係無かったので、傭兵を雇ったのでしょう。そして、これからも国が関係なければ、傭兵を雇うはず」
にやりと笑った私は、今思いついた追加の作戦を、エヴァン様に伝えました。
ふふっ……この作戦を、事前に考えた作戦と合わせてうまくやれば、お父様に最高の復讐をプレゼントしてさしあげられますわ。楽しみに待っていてくださいね……ふふふっ。
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