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第2話 さようなら、我が故郷
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「あーあ、私の今までの人生って何だったのかしら」
自室に戻ってきた私は、屋敷を出るための荷造りをしながら、誰に言うでもなく呟いた。
今まではエクエス家のために、ニーナに私物を取られ続けても、両親に酷い仕打ちをされてきても、我慢して生きてきた。でも、私の頑張りは、全否定されてしまった。大好きな読書や妄想を我慢してまでやっていた意味ってあったのかしら。
「ルイスお嬢様、失礼します」
「あ、どうぞ」
いろんなものが散乱した部屋の中で、再度溜息を吐いていると、金色に輝く髪を大きな三つ編みにしている、それはそれはとても美しい女性が部屋に入ってきた。
彼女はマリー。私の五つ年上で、古くからエクエス家に仕える家の一人娘。そして、私の侍女だ。幼い頃から知っているおかげか、私の中では姉のような存在なの。
「荷造りのお手伝いをしに参りました」
「それは助かるわ! 何を持っていけばいいかわからなくて悩んでたのよ」
「その……お嬢様」
「なぁに?」
「申し訳ございません。今回の件……どうやら意図的に、私に知られないように仕向けていたようで……先程知りました。もっと早く知っていれば、止められたかもしれませんのに……」
そう言うと、マリーは深々と頭を下げた。マリーが謝る必要なんてこれっぽちもないのに。
「頭を上げて。なにも死ぬわけじゃないんだから、そんな気に病まなくてもいいのよ」
「そういうわけにはまいりませんわ。やはり納得がいきません……こんなお優しくて努力家のルイスお嬢様を、婚約破棄をしたうえに追放だなんて。もう一度、旦那様に直談判をしてきます」
「そ、そんな事しなくていいから! って……もう一度??」
「はい。お嬢様の事を伺ってから、その足で旦那様に直談判をさせていただきました。とはいえ、一切聞き入れてもらえませんでしたが……」
も、もうしてたぁぁぁぁ!? なんて無謀な事をしているの!? いくらエクエス家とマリーの家が昔から付き合いがあるとはいえ、ただのメイドが当主に意見をするなんて、前代未聞も良い所だわ!
「そ、それで……マリーはどうなったの?」
「どう……と申しますと?」
「怒られたりしなかった? はっ……もしかして、私と一緒に追放とかされてないでしょうね!? 」
「追放はされませんでしたが、私から直接今日で辞める旨は伝えました」
………………は?
「え、えええええ!? 辞めるってどういう事!?」
「言葉通りの意味です。私はエクエス家に仕えておりますが、主人はルイスお嬢様ですから。ルイスお嬢様が屋敷を出られるなら、ついていくのは当然の流れですわ」
真っ直ぐ私を見つめながら言い切るマリーの気持ちは嬉しい。でも、これはエクエス家の問題なのに、マリーまで巻き込んでしまうのが、申し訳なさすぎる……。
「やっぱりだめよマリー。今からでも撤回すれば間に合うわ」
「ではお聞きしますが、ルイス様の家の掃除は誰がやるんですか?」
「はぐっ!?」
「洗濯は? 料理は?」
「はぐぁ!?」
「お答えを」
「……一緒に来てください」
「もちろんですわ。これからも、ずっとお側におります」
うぅ……自分の生活能力の無さが裏目に出たわ……そういうのはマリーや他の使用人に一任していたから、全く出来ないのよね……でもでも! マリーにばっかり頼ってもいられないし、屋敷を出たら私も覚えよう!
「さてと……何を持っていこうかしら……とりあえずこれとこれと……あとこれは絶対に必要だわ」
「なにをお持ちになられるのですか?」
「本と……書きかけの小説と……あとハンカチよ。これだけは絶対に欠かせないわ」
私は順番にマリーに見せながら説明をする。
本は大好きな魅惑の王子シリーズの第一巻。本当は家にある分は全部持っていきたいけれど、あまりにも量が膨大だから、一番思い入れのある一巻を持っていく事にした。
書きかけの小説に関しては……その、私の妄想を書き綴ったものよ。
実は、私は読書や妄想以外にも、妄想を物語として執筆をする趣味があるの。この作品は魅惑の王子シリーズに出てくる王子様をベースにしたキャラクターと、私をベースにしたキャラクターを主人公にした物語で、寝る前とか空いた時間に書いてるのよ!
まあ、勉強や習い事が多いせいで、時間をたくさん取られる執筆は、あまり出来なかったんだけどね。
それで……最後に手に取った、この真っ白でピカピカなハンカチは、幼い頃にマリーが私の誕生日に送ってくれた、思い出のハンカチなの。お小遣いを溜めて買ったと言っていたわ。
当然のように、ニーナはこの綺麗なハンカチを欲しがったわ。けど、これだけは断固としてあげなかった。ニーナは癇癪《かんしゃく》を起こして泣き叫ぶし、両親はどうしてそんな意地悪ををするんだって怒鳴り散らしてきたのを、今でも鮮明に覚えている。
「そのハンカチ……まだお持ちになられてたんですね」
「当たり前じゃない。破れたって、何度も直して使い続けるわ」
「……お嬢様はお優しいですね……」
「あ、ありがとう。さあ! 荷造りを再開しましょう!」
しんみりしてしまった空気を変えるために、私はわざと明るく振舞いながら荷造りを再開する。二人でやったおかげか、それとも思ったより荷物が少ないからなのか。原因はわからないけど、想像以上に早く終わったわ。
「ありがとうマリー。とても助かったわ」
「いえ、とんでもございません。では私も荷造りをしないといけないので、部屋に戻らせていただきます。失礼します」
「ええ」
深々と頭を下げたマリーは、私の部屋を後にした。一人になってしまった私の部屋は静寂に包まれてしまったせいか、凄く寂しく感じてしまう。
嫌な思い出しかない屋敷だけど、いざ出るとなると、少し感慨深いものがあるわ。
「屋敷の事なんかどうでもいいわね。それよりも……うーん、やっぱり二巻も持っていこうかしら」
魅惑の王子シリーズ……私の趣味の土台を作り上げた立役者と言っても過言では無い本。この本に出てくる王子様のような素敵な男性に、いつかは巡り合えるのかしら。王子様じゃなくてもいい、この王子様みたいに優しい人に……。
「きっと王子様なら、私が追放されたと知ったら、私をそっと抱きしめて、大丈夫……僕はあなたとずっと一緒にいるから……だから泣かないでおくれ……って励ましてくれるわ! ああ、なんて優しいの!? 尊すぎてしんどい……じゅるり」
それでそれで、二人で人気のない森の中の家に住んで、これならずっと二人きりだねって耳元でささやかれて……ドキドキを抑えきれなくなって……キャー!!
……そんな妄想を際限なくしていたら、気付いたら日が暮れてしまった。これは由々しき事態だわ! どうして妄想ってこんなに楽しいのかしらー!?
****
「ルイスお嬢様、準備は出来ましたか?」
「ええ。あと、これからはルイスじゃないでしょう? あとお嬢様もダメ」
「……そうでしたわ。申し訳ございません、ティア様」
翌日の早朝、荷物を自分で馬車に詰め込んだ私達は、忘れ物がないかの確認を行う。
服は入れたし、本も入れた。原稿用紙も入れた、化粧品も入れたし、ハンカチも大丈夫。ずっと溜めていたお小遣いも持った。うん、忘れ物は無いわ。
ちなみにこの私の呼び方は、先程お父様に、元エクエス家の令嬢だとバレると面倒事が起こる可能性があるから、偽名を使えと言われたの。
だから、これから私はルイス・エクエスではなくて、ティア・ファルダーと名乗る事にしたの。マリーはそのままよ。即興で考えた割には、まあまあな名前じゃないかしら。
「聞いたところによると、家はエクエス家が用意してくれているそうですわ」
「そうなの? いきなり野宿とかにならなくてよかったわ」
……なんか、あんな理不尽な理由で追放した割に、家を用意するなんて待遇が良すぎる気がするけど……まあいいわ。
「ではお乗りください」
「ありがとう」
従者の手を借りて馬車に乗った私に続き、マリーも馬車に乗り込む。ここからどれくらいかかるのかしら……わからないけど、とりあえずのんびりと過ごそう。
「では出発します」
ガタガタと音を立てながら出発する馬車の窓から、私は屋敷の方をジッと見つめる。当然のように見送りなんて誰もいない。きっと両親とニーナが行くなって指示したのでしょうね。
毎日頑張ってたのになぁ……十五年も馬鹿馬鹿しい時間を過ごしてしまったって思うと、何だかとっても虚しいわ。
これからはマリーと過ごしながら、のんびり読書や執筆や妄想をしつつ、理想の王子様を見つけてやるんだから!
……あ、でもその前に……今まで通っていた学園は途中で退学になっちゃったし、新しく入る程のお金はない。なら、新しい土地で生活するために、まずは仕事を探さなきゃ!
自室に戻ってきた私は、屋敷を出るための荷造りをしながら、誰に言うでもなく呟いた。
今まではエクエス家のために、ニーナに私物を取られ続けても、両親に酷い仕打ちをされてきても、我慢して生きてきた。でも、私の頑張りは、全否定されてしまった。大好きな読書や妄想を我慢してまでやっていた意味ってあったのかしら。
「ルイスお嬢様、失礼します」
「あ、どうぞ」
いろんなものが散乱した部屋の中で、再度溜息を吐いていると、金色に輝く髪を大きな三つ編みにしている、それはそれはとても美しい女性が部屋に入ってきた。
彼女はマリー。私の五つ年上で、古くからエクエス家に仕える家の一人娘。そして、私の侍女だ。幼い頃から知っているおかげか、私の中では姉のような存在なの。
「荷造りのお手伝いをしに参りました」
「それは助かるわ! 何を持っていけばいいかわからなくて悩んでたのよ」
「その……お嬢様」
「なぁに?」
「申し訳ございません。今回の件……どうやら意図的に、私に知られないように仕向けていたようで……先程知りました。もっと早く知っていれば、止められたかもしれませんのに……」
そう言うと、マリーは深々と頭を下げた。マリーが謝る必要なんてこれっぽちもないのに。
「頭を上げて。なにも死ぬわけじゃないんだから、そんな気に病まなくてもいいのよ」
「そういうわけにはまいりませんわ。やはり納得がいきません……こんなお優しくて努力家のルイスお嬢様を、婚約破棄をしたうえに追放だなんて。もう一度、旦那様に直談判をしてきます」
「そ、そんな事しなくていいから! って……もう一度??」
「はい。お嬢様の事を伺ってから、その足で旦那様に直談判をさせていただきました。とはいえ、一切聞き入れてもらえませんでしたが……」
も、もうしてたぁぁぁぁ!? なんて無謀な事をしているの!? いくらエクエス家とマリーの家が昔から付き合いがあるとはいえ、ただのメイドが当主に意見をするなんて、前代未聞も良い所だわ!
「そ、それで……マリーはどうなったの?」
「どう……と申しますと?」
「怒られたりしなかった? はっ……もしかして、私と一緒に追放とかされてないでしょうね!? 」
「追放はされませんでしたが、私から直接今日で辞める旨は伝えました」
………………は?
「え、えええええ!? 辞めるってどういう事!?」
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真っ直ぐ私を見つめながら言い切るマリーの気持ちは嬉しい。でも、これはエクエス家の問題なのに、マリーまで巻き込んでしまうのが、申し訳なさすぎる……。
「やっぱりだめよマリー。今からでも撤回すれば間に合うわ」
「ではお聞きしますが、ルイス様の家の掃除は誰がやるんですか?」
「はぐっ!?」
「洗濯は? 料理は?」
「はぐぁ!?」
「お答えを」
「……一緒に来てください」
「もちろんですわ。これからも、ずっとお側におります」
うぅ……自分の生活能力の無さが裏目に出たわ……そういうのはマリーや他の使用人に一任していたから、全く出来ないのよね……でもでも! マリーにばっかり頼ってもいられないし、屋敷を出たら私も覚えよう!
「さてと……何を持っていこうかしら……とりあえずこれとこれと……あとこれは絶対に必要だわ」
「なにをお持ちになられるのですか?」
「本と……書きかけの小説と……あとハンカチよ。これだけは絶対に欠かせないわ」
私は順番にマリーに見せながら説明をする。
本は大好きな魅惑の王子シリーズの第一巻。本当は家にある分は全部持っていきたいけれど、あまりにも量が膨大だから、一番思い入れのある一巻を持っていく事にした。
書きかけの小説に関しては……その、私の妄想を書き綴ったものよ。
実は、私は読書や妄想以外にも、妄想を物語として執筆をする趣味があるの。この作品は魅惑の王子シリーズに出てくる王子様をベースにしたキャラクターと、私をベースにしたキャラクターを主人公にした物語で、寝る前とか空いた時間に書いてるのよ!
まあ、勉強や習い事が多いせいで、時間をたくさん取られる執筆は、あまり出来なかったんだけどね。
それで……最後に手に取った、この真っ白でピカピカなハンカチは、幼い頃にマリーが私の誕生日に送ってくれた、思い出のハンカチなの。お小遣いを溜めて買ったと言っていたわ。
当然のように、ニーナはこの綺麗なハンカチを欲しがったわ。けど、これだけは断固としてあげなかった。ニーナは癇癪《かんしゃく》を起こして泣き叫ぶし、両親はどうしてそんな意地悪ををするんだって怒鳴り散らしてきたのを、今でも鮮明に覚えている。
「そのハンカチ……まだお持ちになられてたんですね」
「当たり前じゃない。破れたって、何度も直して使い続けるわ」
「……お嬢様はお優しいですね……」
「あ、ありがとう。さあ! 荷造りを再開しましょう!」
しんみりしてしまった空気を変えるために、私はわざと明るく振舞いながら荷造りを再開する。二人でやったおかげか、それとも思ったより荷物が少ないからなのか。原因はわからないけど、想像以上に早く終わったわ。
「ありがとうマリー。とても助かったわ」
「いえ、とんでもございません。では私も荷造りをしないといけないので、部屋に戻らせていただきます。失礼します」
「ええ」
深々と頭を下げたマリーは、私の部屋を後にした。一人になってしまった私の部屋は静寂に包まれてしまったせいか、凄く寂しく感じてしまう。
嫌な思い出しかない屋敷だけど、いざ出るとなると、少し感慨深いものがあるわ。
「屋敷の事なんかどうでもいいわね。それよりも……うーん、やっぱり二巻も持っていこうかしら」
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「きっと王子様なら、私が追放されたと知ったら、私をそっと抱きしめて、大丈夫……僕はあなたとずっと一緒にいるから……だから泣かないでおくれ……って励ましてくれるわ! ああ、なんて優しいの!? 尊すぎてしんどい……じゅるり」
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服は入れたし、本も入れた。原稿用紙も入れた、化粧品も入れたし、ハンカチも大丈夫。ずっと溜めていたお小遣いも持った。うん、忘れ物は無いわ。
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「ありがとう」
従者の手を借りて馬車に乗った私に続き、マリーも馬車に乗り込む。ここからどれくらいかかるのかしら……わからないけど、とりあえずのんびりと過ごそう。
「では出発します」
ガタガタと音を立てながら出発する馬車の窓から、私は屋敷の方をジッと見つめる。当然のように見送りなんて誰もいない。きっと両親とニーナが行くなって指示したのでしょうね。
毎日頑張ってたのになぁ……十五年も馬鹿馬鹿しい時間を過ごしてしまったって思うと、何だかとっても虚しいわ。
これからはマリーと過ごしながら、のんびり読書や執筆や妄想をしつつ、理想の王子様を見つけてやるんだから!
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