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第三十九話 光に満ちた未来へ

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 助けに行きたくても、まだ残っている兵が壁となり、通ることは無理な状況になっていた。なんとか通ろうとしても、まるで石のように固まっていて、動かせそうもない。

 早く助けないと、ラルフまで……! 邪魔しないでよ!

「ラルフ、よく聞きなさい。あなたは知らないでしょうが、シエルはあなたを嫌っていたのよ」
「何をバカなことを……!」

 ありもしないことを言うヴィオラお姉様の目は、怪しく赤く光っていた。その隣でほくそ笑むリンダの目も、淡いピンク色に染まっていた。

 いくらバカな私でも、今目の前で行われていることの意味くらいはわかる。もう一刻の猶予もないだろう。

「ラルフ、そんな話は聞いちゃダメ!」

 なんとか無理矢理にでもラルフの所に行こうとしながら、大声でラルフに声をかけるが、何の反応も返ってこない。

 おねがい、負けないでラルフ! あなたは、そんな魔法なんかに負けたりしないって信じてる!

「あなたは、私達に仕えた方が幸せですの。私達の命令に忠実に従う人間になる方が、幸せですの」
「あなたに仕える……それが幸せ……ぐっ……わたし、は……! シエル様を……!」
「シエルお姉様なんて忘れて、あたしを愛してよ。そして、あたしの言葉を信じれば良いのよ。ほら、あたしは愛しているよ……」
「っ……!?」

 リンダは苦しむラルフに抱きつくと、その頬に唇を重ねた。それを見た私は、自分の愛する人に行った酷い行為に、ショックと強い怒りを覚えた。

 しかし、そんな感情など感じている暇なんて無かった。何故なら、ラルフが今のキスをきっかけに、頭を抱えて苦しみだしてしまったからだ。

「あ、あぁぁぁぁぁ!? うるさい……うるさいうるさい! やめろ、私の中に入ってくるな!! 私が愛しているのは、シエル様ただ一人だ!!」
「ラルフ!! しっかりして!!」

 いつも落ち着いているラルフとはまるで別人のように声を荒げながら、なんとか兵の手から逃げようとしているが、壁になっている兵と同じように、石のように固まっている兵からは逃れられなかった。

「……随分と抗うわね。以前のように失敗するのは屈辱だから、最初から全力で魔法を使ってるというのに」
「それくらい、意志の力が強いってことじゃない?」
「そうね。でも、その意思が無となったと知ったら、シエルはどんな反応をするのか……
楽しみだわ。さあリンダ、最後の仕上げよ。これが終わったら、マーヴィン様も人形にしましょう」
「やめて! これ以上私の大切な人達に、酷いことをしないでよ!!」
「あなたは人形。私達の言葉だけを聞き、そして働く人形として生まれたの」

 押したり引いたりして、無理矢理にでも壁を退かそうと頑張ったけど、それでもラルフの所に行くことは出来なかった。

 このままだと、ラルフもこの人達みたいに……! なんで私はこんなに無力なの!? 私もみんなみたいに魔法が使えれば……ラルフを助けられるかもしれないのに……!

「あ、あぁ……シエル、さ……ま……」
「ら、ラルフ!!」

 私の名を呼んだのを最後に、ラルフの全身から力が抜け、兵達に咄嗟に支えられた。

 そんな、まさか魔法が成功したなんてことはないよね……?

「はい、終わりっと! 全力でやっちゃったから、完全に自我が壊れちゃったっぽいね。これはあたし達が魔法を解いても、もう元に戻らないだろうね」
「別に構わないわ。さあ私の人形よ。行きなさい」
「……」
「ら、ラルフ……」

 ヴィオラお姉様から解放されたラルフは、完全に目が死んでしまっていて……周りにいる人達と同じになってしまっていた。

「嘘……嘘だよね? あ、わかった! 頭のいいラルフのことだから、操られたフリをして、ここから私達を逃してくれようとしてるだけだよね? も、もう……そんな作戦をするなら、やる前に言ってよね!」
「…………」

 現実から目を背けても、ラルフから返ってきたのは、虚ろな目だけだった。私の名前を呼ぶ声も、あれだけ言っていた愛の言葉も、なにも返ってこなかった。

「無駄だって! もうこいつは、あたし達の物なんだから! ねえ、大切な人を奪われるのってどんな気持ちー? ねえねえー?」
「うるさい! 私はそんなの信じない! 信じな……」
「うるさい。私の全ては、ヴィオラ様とリンダ様のものだ」
「い、いや……いやぁぁぁぁ!!」

 私もラルフと同じように、体から力を無くして座り込み、叫び声をあげる。それがヴィオラお姉様とリンダには大層面白かったようで、腹を抱えて笑っていた。

 なんなの……やっとラルフと幸せになれたのに、どうして私達の邪魔をするの!?

「あ~面白い! この後に、パーティーに関わった連中に魔法にかけて、今回の件を外部に漏れないようにする仕事が残ってるけど、その面倒をやってでも、これはやる価値があったね!」
「……どうしてこんな酷いことをするの!?」
「どうして? どうしてって……」
「くすくす……それはね……」

 互いに顔を見合わせてから、まるで悪魔のような笑みを私に向けながら、二人は口を開いた。

「あたし達がずっといじめていたシエルお姉様が、幸せになるのがムカつくからだよ」

 は、はぁ!? 意味がわからないんだけど! 完全に私怨じゃん!

「それと、幸せになったあなたが絶望に沈む姿を、しっかりと目に焼き付けておきたかったんですの。ああ、お父様もこのことはご存じよ。シエルのような人間がマーチャント家の人間だと知られたら、家の名前に傷がつくと怒っていらっしゃいました」

 ……なにそれ。揃いも揃って、そんな意味のわからないことで、私は大切な人を奪われたというの!? 幸せな未来を奪われたというの?

 ふざけんな……ふざけんな! ふざけんな!! ふざけんな!!!!

 お父様なんて……ヴィオラお姉様なんて……リンダなんて……マーチャント家なんて……全部! 全部全部!! 大っ嫌い!!!!

「……さいってい……本当に最低! 私があなた達に何をしたっていうのよ! 絶対に許さない……!!」
「あらまあ、まだ怒る元気があるんですの? その精神力には驚かされますが……この状況で、どうするというのかしら?」

 抑えきれない怒りを少しでも発散しようと、体中に力を入れて立ち上がる。その力は自分でも想像できないほど強かったのか、握り拳の隙間から、赤い液体が滴り落ちていた。

「私は諦めない! 必ずラルフもマーヴィン様も助けて、この窮地を脱して……多くの人を自分の欲望の為に利用して傷つけたあなた達を、必ず裁く!」
「あはははっ! 聞いた? 裁くだってー! シエルお姉様、かっこいい~! 」
「まあいいじゃない、最後の遠吠えくらい許してあげましょう。さあ、私達の忠実な僕よ。過去の主をその手で葬り、幸せになった罪を裁きなさい」

 壁になっていた兵達が退くと、ラルフがゆっくりと私の方へと近づいてきた。

 両手をだらんと降ろし、ゆらゆらと揺れながら歩くその様は、もうラルフは人間ではなく、二人の人形だということを突き付けてきた。

「命令を実行に移します」
「やめて! ラルフ、お願いだから目を覚まして!」
「私は、主の命令しか聞きません」

 私の静止の言葉など一切聞かず、私の肩をがっしりと掴んできたラルフは、そのまま無理やり押して、部屋のバルコニーまで押し出した。

 まさか、ここから私を突き落とすつもり!? ここは建物の最上階……落とされたら、ただでは済まないよ!

「私達、結婚するんでしょ!? 一緒に幸せになるんでしょ!? まだまだいっぱいやりたいことがあるんでしょ!? こんなところで、その夢を壊されて良いの!?」
「あははっ、シエルお姉様が結婚とか、夢見すぎでしょ! あんたはあたし達のストレス発散の道具をしてればよかったのに、くだらない夢を見るからこうなるんだよ!」

 私だって夢を見たっていいじゃない! 大好きな人も結ばれる未来を夢見て、そこに向かうために頑張るのが、そんなにいけないことなの!?

「リンダ、人の夢を否定するものじゃないわ。夢は誰でも見ていいものよ。だって……その夢がかなわないとわかった時、絶望した人間は最高な表情を見せてくれるもの!」

 本当になんなの? こんな最低な人間と同じ血が流れていると思うと、今にも全ての血を取り替えたくなるよ! それくらい、マーチャント家は大っ嫌い!!

「さあ、そろそろ終わりにしましょう。私達も忙しいんですの」
「そうだね。会場で待ってるお父様も、きっと心配してるだろうしね。さっさとやっちゃえ!」
「命令を受諾。シエル・バーランドを排除します」
「ラルフ、やめて!!」

 あと少しでバルコニーから落とされてしまいそうなところで、私はラルフに無理やりしがみついた。

 こうすればとりあえずは落ちないし、説得の時間を稼ぐことができる!

「ラルフ、あんな魔法に負けないで!」

 私はしがみついたまま、ラルフの顔に自分の顔を近づけると、やや強引にキスをした。

 いつもの幸せなキスと違い、とても短くて、悲しいキス。そのせいか、無意識に涙が流れていた。

「あなたはヴィオラお姉様の人形でもないし、リンダの遊び道具じゃない。あなたの名前は、ラルフ・バーランド。私の夫となる人だよ!」
「ぐっ、ああ……」

 初めて私の声に反応してくれた! 二人は無理みたいなことを言ってたけど、何度も声をかけ続ければ、元に戻るかもしれない!

「またお散歩しよう! お魚を釣りに行こう! 朝市でおいしいものを食べよう! ピクニックにも行こう! 海で一緒に泳ごう! 全部、私達が約束したことだよ! 私達の未来は……光に満ちている! その未来は、あなたと一緒じゃなければ意味がないの!」

 私にできる、必死の説得を続けていると、ラルフは頭をブンブンと振って、何かに抵抗しているようだった。

 それから間も無く、少しだけいつもの雰囲気に戻った目を、私に向けてくれた。

「私には、出来ない……あなたを、殺すなんて……」
「ラルフ……? あなた、意識が……!」
「嘘でしょ? あたし達の全力の魔法で操ったのに、正気に戻った??」
「し、信じられませんわ……なんという屈辱……!」
「シエル様……マーヴィン様をつれて……逃げて……」

 少しでも意識が戻って喜んだのも束の間、ラルフの言葉に驚かされてしまった。

 だって、今の言い方だと……自分は置いてけって言ってるようにしか聞こえないもん!

「そんな、ラルフを置いていけないよ!」
「行って、ください……私の手で……あなたを殺めたくない……」
「嫌よ! あなたも一緒に逃げるの! あなたがいない人生なんて、考えたくもない!」

 私の人生は、ラルフの人生でもある。だから、二人で一緒にいないと成立しないんだ。だから、嫌でも付き合ってもらって、一緒に幸せになるんだからね!

 そう思っていたところに、悪魔が近づいてきていたのを、私は気がつかなかった。

「あーうっざ。気持ち悪い茶番とか見せんなし。さっさと死ねよバーカ!」
「私達に逆らうだなんて、本当に忌々しい人間ですわね!」
「えっ……??」

 気づいた時には、もう全てが遅かった――強く私の肩を掴んでいたラルフは、後ろからリンダに強く蹴られた。その衝撃で前に飛ばされたラルフは、私を巻き込んでバルコニーから落下した。
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