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第三十二話 ドレスを求めて

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 少し変な感じのパーティーに招待をされた三日後。私はラルフと一緒に馬車で一時間ほどの場所にある、貴族用のドレスを扱っている職人さんの所へと赴いていた。

 ラルフがパーティーのために、私のドレスを用意すると提案してくれたから、こうして一緒に職人さんの所に来たの。

「ラルフ、このドレス、凄く綺麗で可愛いね!」
「そうですね……失礼。このドレスが、こちらの店で扱っている中で、一番の出来でしょうか?」
「その通りでございます」
「ふむ……そうですか……」

 あまり浮かない表情のラルフは、ドレスを触ってから、そのままの表情で職人さんと話しはじめた。

「ラルフ様、何かご不満点でもございましたか?」
「いえ、不満というわけでは……デザインはとても素晴らしいですし、色合いも彼女にとても似合いそうです。ただ……少々肌触りが荒いといいますか」

 見本として展示されているドレスを壊さないように、優しく触ってみると、確かにちょっとゴワゴワしている感じがする。

 ちなみに、このお店で七件目になるんだけど、どのお店でもラルフが良いと思えるものが、一つもなかった。

 私は着られればなんでも良いんだけど、それをラルフに言ったら、シエル様に適当な物を着せるなんて出来ないと、一蹴されちゃったの。

「実は、最近質の良い布が、ほとんど市場に出回らないのです。並みの品質の布ですら、随分と値上がりしてしまっていて……」
「そういう事情がおありだったのですね」

 なるほど、だから他のお店に行っても、ラルフが満足できるドレスが見つからなかったんだね。

 でも、どうしてそんなに布が手に入りにくなって、値上がりまでしちゃったんだろう? 

「シエル様、行きましょう」
「う、うん」

 結局パーティー用のドレスを見つけられないまま、私達は馬車に乗って帰路についた。外はだいぶお日様が傾いていた。

 せっかくラルフに付き合ってもらったのに、まさか良さそうなのが一つも見つからないなんて、思ってもなかったよ。

「ごめんねラルフ、こんなに付き合ってもらっちゃって」
「いえ、私の方こそ申し訳ございません。シエル様のためと思ったら、最高の一品でなければいけないと思ってしまい……」
「ラルフの気持ち、凄く嬉しいよ。ありがとう」

 申し訳なさそうに俯いてしまったラルフに、精一杯の感謝を伝えながら、体をそっと寄せた。

「私はあのドレスでも良いと思ったんだけど、ラルフはダメだと思ったんだよね?」
「はい。あの店は、バーランド家がよく利用するお店でして。店主とも顔見知りで、彼の仕立てるドレスは一級品だったのですが……その腕が霞む程度には、材料の質が悪くなってしまっています」

 ラルフがそこまで言うんだったら、よほどのことなんだろうね。それなら、尚更どうして良い布が手に入らなくなったのか、疑問でしかないよ。

「…………」
「…………」

 特に何も喋らないまま、私はラルフに寄り添いながら、何度もラルフの顔をちらっと見ていた。

 ラルフの顔は、やっぱり浮かない顔だ。落ち込んでるのか、悔しいのか、それとも考え事をしているのか……多分、全部が混じってるんだと思った私は、ラルフの腕を引っ張った。

「どうかなさいましたか?」
「もう少しで屋敷に着くからさ、お散歩をしながら帰ろうよ。きっとスッキリすると思うよ!」
「シエル様……そうですね。変に考えていても仕方がないですしね」
「そういうこと!」

 私達は馬車を止めてもらい、御者に事情を説明して先に帰ってもらった。これで、ラルフと二人きりだ。

 降りてきた場所は、静かな森の中だった。森といっても、木々の間から光が結構入ってくるから、そこまで暗くはない。

 でも、このままいたらお日様が沈んで真っ暗になっちゃうから、あんまりお散歩に夢中にならないようにしなきゃだね。

「ラルフ、元気出してこっ!」
「シエル様?」
「ドレスは見つからなかったけど、私はラルフと一日独り占めできて、とても楽しかったよ!」
「……はい、私もとても楽しかったです」

 やっと笑ってくれたラルフを見ていたら、なんだかとても嬉しくなっちゃって、ラルフの腕に抱きついた。

 やっぱりラルフにくっつくと安心するなぁ……出来るならずっと触っていたい……あれ、ラルフが私を見て……顔まで近づいて……!

「んむっ……」

 ……唇を塞がれた。それも、いつもの触れるだけのキスとは違い、結構激しめのキスだった。

 と、突然すぎてビックリしちゃったけど……やっぱりキスするの、すっごく好き……頭が沸騰して、体がとろけそう……。

「ぷはっ……もう、急にキスされたらビックリしちゃうよ……!」
「失礼しました。あなたの優しさと、嬉しそうにくっつく姿を見ていたら、我慢ができませんでした」
「そ、それなら仕方ない……のかな?」

 私もそういう時が結構あるから、あまり強くは言えなかったりする……。

 でも、それならそれで、もう少し優しめのキスの方が良かったかも? さすがに今のは……刺激が強かった。

「さあ、帰りましょうか。こんな所に長居をしていたら、風邪を引いてしまう」
「元々は、マーチャント家を出たら、こういうところで野宿するつもりだったし、きっと大丈夫だよ!」
「それは大丈夫にならない気がするのですが……それと、野宿なんて許可出来ません」
「もしもの話だから、心配しなくて大丈夫だよ~」

 真面目なトーンになるラルフの腕に再び抱きつきながら、相変わらずラルフは心配性だなぁと笑う。その優しさが、とても嬉しくて、愛おしいんだけどね!

「そうだ、森の中はお気をつけください。森には、多くの虫が生息していますから」
「虫ぃぃ!? や、やっぱり野宿はしなくてよかったかなぁ……あはは」
「そうですね。では虫に出会わないように祈りながら、散歩を楽しみ……おや?」
「え、なになに?」

 ラルフの視線の先には、小さくてボロボロな小屋が鎮座していた。なんかちょっと不気味で、オバケが出てきそう……。

 って……あれ、なんか小屋の近くに落ちてる……これ、裁縫で使う大きいハサミだよね? なんでこんな所に……?

「もしかしたら、小屋の主の物かもしれませんね。これも何かの縁ですし、返しに行きましょう」
「だ、大丈夫かな? オバケとか出てこない!?」
「オバケなど、私が退治するのでご安心ください」
「ラルフは強いね……もしかしたら、持ち主が困ってるかもしれないし……えーい、虫以外ならなんでも来いだ! ごめんくださーい!」

 小屋の扉をノックすると、中からどうぞーという声が聞こえてきた。

 どうやら、オバケじゃなくて人が住んでいるみたいだ。開けたら何か変なものが出てくる可能性はゼロじゃないから、慎重に開けよう。

「…………」

 ぎぃぃぃぃ……と、立て付けの悪い扉が開く音に連れられて中に入ると、そこは服を作る仕事場だった――
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