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第三十話 目撃情報
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「もう行ってしまうんですか?」
「すまない、この後も予定がぎっしりでね」
マーヴィン様と話を始めてから三十分程しか経っていないのに、マーヴィン様は既に馬車に乗りこんで、出発しようとしていた。
こっちに用があるから来てくれたとのことだったけど、まさかこんなに早く別れの時間が来るなんて、思ってもなかったよ。
「二人共、元気そうで本当に安心した。シエル、新しい環境でまだ慣れないと思うが、君は一人ではないのだから、無理をせずにラルフを頼るようにな」
「はいっ!」
「ラルフ、君も知っているだろうが、シエルは私の本当の妹のように可愛がってきた子だ。そんな彼女を泣かせるような真似はしないように。もし困ったことがあったら、私を頼ってほしい」
「はい。マーヴィン様のご厚意、しかと胸に刻みます」
「では、また会おう。元気でな!」
最後の言葉を合図にするように、マーヴィン様の乗る馬車の扉が閉められて、ゆっくりと動き始めた。
これで、またしばらくの間はマーヴィン様に会えないのね……。
「……っ!!」
あんな短い時間じゃ、マーヴィン様に今までの感謝を伝えきるなんて無理だよ! 一言でも多く、この感謝の気持ちを伝えないと!
「マーヴィン様ー!」
「し、シエル?」
「今までずっと仲良くしてくれてありがとうございました! 会うたびに私の話を聞いてくれてありがとうございました! 私の無茶なお願いを聞いてくれて、ありがとうございました! それから、それから……!」
もっと感謝を伝えるために、私は馬車の後を追って走り出し、感謝の言葉を伝える。
とにかく感謝を伝えないとって一心だったから、マーチャント家を出て行く際に話した内容と似ているけど……でも、きっとこの想いは通じると思うんだ!
「兄として、当然のことをしたまでだ! ラルフと幸せにな!」
「はぁ、はぁ……マーヴィン様!」
こんなんじゃ、全然伝えきれないというのに、馬車は無情にも私からどんどん離れていく。
いくら体力に自信があるからと言っても、今の私はドレスを着て、ヒールの高い靴を履いているうえに、バロンと遊んで体力を著しく消費している。
そんな状態で、馬車についていくことなんて出来るはずもなく――姿が見えなくなった頃に、足をもつれさせて転倒してしまった。
「いたた……行っちゃったかぁ……」
もう馬車の影も形も見えなくなってしまったけど、最後に感謝を込められるだけ込めて、深く頭を下げた。
マーヴィン様、色々とありがとうございました。私、必ずラルフと一緒に幸せになりますから!
****
■ヴィオラ視点■
妹のシエルを家から追い出してからしばらく経ったある日、今日もお父様と一緒に商談の場に足を運んでおりました。
今日の商談相手は、とある港で働いている漁師様。彼から魚を定期的に卸してもらうための交渉を行っておりますの。
「こちらの値段でどうでしょうか?」
「はぁ? 明らかに安すぎますよ! 冗談じゃない、こんなふざけた契約なら、断らせてもらう!」
お父様が提示した値段が気にいらないのか、漁師の彼は声を荒げながら立ち上がった。
「まあ、そんなに怒らないでくださいませ。今の魚の相場は、お父様の提示した程度に変わっておりますのよ」
「そんなふざけた話、が……?」
怒りに染まる目をジッと見つめ、彼の意識に直接語り掛けるように話しかけると、怒っていた時とは打って変わり、無表情へと変わった。
「本当ですよ。私達は、真実しか言いません」
「……なるほど。わかった、あんたらと契約を結びましょう」
「くくっ……感謝いたします。これからも、より良い関係を築きましょう」
不敵な笑みを浮かべたお父様が、彼と固い握手交わしてから、私達は彼を屋敷の玄関まで丁重にお見送りした。
うふふ、私の言葉を簡単に信じるなんて、本当にバカなお方ね。お利口だったとしても……私の言葉を疑い、そして逆らうなど、無理な話ですが。
「今日も商談成立だ。お前のおかげで、マーチャント家は繁栄の一途を辿っている」
「まあ、私なんてまだまだ未熟ですわ」
「謙遜するな。とにかく、これで得た魚を高値で売れば、また多くの利益を得ることができる」
「その契約の際には、また私を同席させてくださいませ」
「あれー? お父様にヴィオラお姉様だ! なにしてるの?」
お父様に謙遜の言葉を返していると、彼と入れ替わるようにリンダが帰ってきた。今日も両隣には、殿方を侍らせている。
あら……確か、一人はそれなりに有名な家のご子息だった気がしますわ。婚約者もいたはずですが……リンダの毒牙にかかってしまったのね。
可哀想に……きっと近いうちに、婚約は無かったことにされるでしょうね。私にはどうでもいいことですけど。
「商談よ。今日も無事にご納得してもらって、契約を結べたわ」
「ふーん、納得じゃなくて、ヴィオラお姉様が騙したの間違いじゃないの?」
「うふふ、あなたの卑猥な行動よりもいいと思うけど?」
「喧嘩はよさんか」
もう、リンダが変に絡んでくるせいで、お父様に怒られてしまいましたわ。私はとっても悲しいです。
「そういえば、昨日変な話を聞いたんだけど」
「変な話? 一体何かね」
「ちょっと内容が怪しいから、三人だけで話したいんだよね」
「なら、私の部屋でお話しましょうか」
「わかったー。あんた達、あとで遊んであげるから、あたしの部屋で待ってるんだよー」
「「はいっ、愛しのリンダ様!!」」
リンダの隣にいた男性達は、まるで軍に所属する兵士のような動きで、リンダの部屋へと向かっていった。
人のことを言っておいて、リンダの方が大概だと思いますわ。だって、婚約者がいるような人を、あんな風に従順にしてしまうなんて、私よりも陰湿だと思いますわ。
「それで、話って何かしら?」
「うん、昨日遊んだ男から聞いたんだけどさ。最近、リマール国でシエルお姉様とラルフに似てる人を見たって情報を聞いたんだよ。しかも、かなり仲がよさそうな雰囲気だったらしいよ」
……どういうことですの? あの子達は、広大な湖に追放したのよ? あんな小舟と装備で、尚且つ航海をする知識もない状態で、リマール国まで行けるなんて、無理な話だわ。
「他人の空似じゃないかしら?」
「いや……実は、私も最近になって、リマール国でシエルとラルフのような人間を見たという報告を、何件も受けている。それも、バーランドという名前も一緒に報告されている」
そう言うと、お父様は手紙を取り出して中身を見せてくれた。差出人は、少し前に契約を結んだ喫茶店の店主のようね。こっちは、さっきのとは別の漁師様からだわ。
えーっと、なになに……以前のお客様の中に、マーチャント家で見かけたお嬢様と執事に似ている人物がいたので、念の為にご連絡を……か。こっちも似たような内容ね。
確かに、マーチャント家の令嬢と執事がリマール国の喫茶店に、それも他に誰もいない状態で来店したら、不審に思うのは確かだわ。
「もしかして、本当に生きているのかしら? 別人って説もありそうですが」
「可能性はゼロじゃないってことだね。あいつらの生命力って虫みたい!」
虫かどうかは置いておくとして。殺すつもりで追放をしたというのに、生きているのは……あまり心境的にはよろしくありませんわね。
「バーランド……どうして隣国の公爵家の名前が出てきたのかはわからないけど、バーランド家と結託して、あたし達に復讐しに来たりしないかな?」
「それは無いだろうな。もしするなら、とっくに行動に移しているだろう」
「私も同意見ですわ。シエルもラルフもお人好しですからね」
「なんだ、つまらないの。復讐とかしてきたら、面白そうだったのに。あーでも、男と遊ぶ時間を減らされたら嫌だなぁ」
こんな時でも、男性をたぶらかして遊びたいのね。私の妹とはいえ、その男に対する執着心は、一生理解出来そうもありませんわ。
「なんにせよ、まだ確定事項ではない。私の方で、もう少し情報収集をしてみよう。まったく、あんな凡人がもし外でマーチャント家の人間だとバレたら、家の名前に傷が付く……!」
「そうですわね。そうだ、もう少し情報が集まれば、私が二人を誘い出してみせますわ」
「何か良い案があるのかね?」
「はい。お任せくださいませ」
この案を遂行するのに、丁度良い駒に心当たりがある。それを利用すれば、誘い込むことは容易だわ。
「そうだ。もし情報通りに生きていて、それも仲良く幸せに暮らしていたら、どのような処罰を下します?」
「そんなの決まってるよ! その幸せをボッコボコにぶち壊す! だって、負け犬のシエルお姉様に、幸せになる権利なんてないもん!」
少々言葉が汚いことには目を瞑っておくとして。私としても、リンダと似たような意見ですわ。正確に言うと、幸せだった人間が絶望に落ちた時の気持ちを、事細かに聞いてみたいんですの。
あぁシエル。あなたは一体どんな表情で、どんな言葉を聞かせてくれるのかしら? 想像するだけで……ゾクゾクしてしまうわ!
「すまない、この後も予定がぎっしりでね」
マーヴィン様と話を始めてから三十分程しか経っていないのに、マーヴィン様は既に馬車に乗りこんで、出発しようとしていた。
こっちに用があるから来てくれたとのことだったけど、まさかこんなに早く別れの時間が来るなんて、思ってもなかったよ。
「二人共、元気そうで本当に安心した。シエル、新しい環境でまだ慣れないと思うが、君は一人ではないのだから、無理をせずにラルフを頼るようにな」
「はいっ!」
「ラルフ、君も知っているだろうが、シエルは私の本当の妹のように可愛がってきた子だ。そんな彼女を泣かせるような真似はしないように。もし困ったことがあったら、私を頼ってほしい」
「はい。マーヴィン様のご厚意、しかと胸に刻みます」
「では、また会おう。元気でな!」
最後の言葉を合図にするように、マーヴィン様の乗る馬車の扉が閉められて、ゆっくりと動き始めた。
これで、またしばらくの間はマーヴィン様に会えないのね……。
「……っ!!」
あんな短い時間じゃ、マーヴィン様に今までの感謝を伝えきるなんて無理だよ! 一言でも多く、この感謝の気持ちを伝えないと!
「マーヴィン様ー!」
「し、シエル?」
「今までずっと仲良くしてくれてありがとうございました! 会うたびに私の話を聞いてくれてありがとうございました! 私の無茶なお願いを聞いてくれて、ありがとうございました! それから、それから……!」
もっと感謝を伝えるために、私は馬車の後を追って走り出し、感謝の言葉を伝える。
とにかく感謝を伝えないとって一心だったから、マーチャント家を出て行く際に話した内容と似ているけど……でも、きっとこの想いは通じると思うんだ!
「兄として、当然のことをしたまでだ! ラルフと幸せにな!」
「はぁ、はぁ……マーヴィン様!」
こんなんじゃ、全然伝えきれないというのに、馬車は無情にも私からどんどん離れていく。
いくら体力に自信があるからと言っても、今の私はドレスを着て、ヒールの高い靴を履いているうえに、バロンと遊んで体力を著しく消費している。
そんな状態で、馬車についていくことなんて出来るはずもなく――姿が見えなくなった頃に、足をもつれさせて転倒してしまった。
「いたた……行っちゃったかぁ……」
もう馬車の影も形も見えなくなってしまったけど、最後に感謝を込められるだけ込めて、深く頭を下げた。
マーヴィン様、色々とありがとうございました。私、必ずラルフと一緒に幸せになりますから!
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■ヴィオラ視点■
妹のシエルを家から追い出してからしばらく経ったある日、今日もお父様と一緒に商談の場に足を運んでおりました。
今日の商談相手は、とある港で働いている漁師様。彼から魚を定期的に卸してもらうための交渉を行っておりますの。
「こちらの値段でどうでしょうか?」
「はぁ? 明らかに安すぎますよ! 冗談じゃない、こんなふざけた契約なら、断らせてもらう!」
お父様が提示した値段が気にいらないのか、漁師の彼は声を荒げながら立ち上がった。
「まあ、そんなに怒らないでくださいませ。今の魚の相場は、お父様の提示した程度に変わっておりますのよ」
「そんなふざけた話、が……?」
怒りに染まる目をジッと見つめ、彼の意識に直接語り掛けるように話しかけると、怒っていた時とは打って変わり、無表情へと変わった。
「本当ですよ。私達は、真実しか言いません」
「……なるほど。わかった、あんたらと契約を結びましょう」
「くくっ……感謝いたします。これからも、より良い関係を築きましょう」
不敵な笑みを浮かべたお父様が、彼と固い握手交わしてから、私達は彼を屋敷の玄関まで丁重にお見送りした。
うふふ、私の言葉を簡単に信じるなんて、本当にバカなお方ね。お利口だったとしても……私の言葉を疑い、そして逆らうなど、無理な話ですが。
「今日も商談成立だ。お前のおかげで、マーチャント家は繁栄の一途を辿っている」
「まあ、私なんてまだまだ未熟ですわ」
「謙遜するな。とにかく、これで得た魚を高値で売れば、また多くの利益を得ることができる」
「その契約の際には、また私を同席させてくださいませ」
「あれー? お父様にヴィオラお姉様だ! なにしてるの?」
お父様に謙遜の言葉を返していると、彼と入れ替わるようにリンダが帰ってきた。今日も両隣には、殿方を侍らせている。
あら……確か、一人はそれなりに有名な家のご子息だった気がしますわ。婚約者もいたはずですが……リンダの毒牙にかかってしまったのね。
可哀想に……きっと近いうちに、婚約は無かったことにされるでしょうね。私にはどうでもいいことですけど。
「商談よ。今日も無事にご納得してもらって、契約を結べたわ」
「ふーん、納得じゃなくて、ヴィオラお姉様が騙したの間違いじゃないの?」
「うふふ、あなたの卑猥な行動よりもいいと思うけど?」
「喧嘩はよさんか」
もう、リンダが変に絡んでくるせいで、お父様に怒られてしまいましたわ。私はとっても悲しいです。
「そういえば、昨日変な話を聞いたんだけど」
「変な話? 一体何かね」
「ちょっと内容が怪しいから、三人だけで話したいんだよね」
「なら、私の部屋でお話しましょうか」
「わかったー。あんた達、あとで遊んであげるから、あたしの部屋で待ってるんだよー」
「「はいっ、愛しのリンダ様!!」」
リンダの隣にいた男性達は、まるで軍に所属する兵士のような動きで、リンダの部屋へと向かっていった。
人のことを言っておいて、リンダの方が大概だと思いますわ。だって、婚約者がいるような人を、あんな風に従順にしてしまうなんて、私よりも陰湿だと思いますわ。
「それで、話って何かしら?」
「うん、昨日遊んだ男から聞いたんだけどさ。最近、リマール国でシエルお姉様とラルフに似てる人を見たって情報を聞いたんだよ。しかも、かなり仲がよさそうな雰囲気だったらしいよ」
……どういうことですの? あの子達は、広大な湖に追放したのよ? あんな小舟と装備で、尚且つ航海をする知識もない状態で、リマール国まで行けるなんて、無理な話だわ。
「他人の空似じゃないかしら?」
「いや……実は、私も最近になって、リマール国でシエルとラルフのような人間を見たという報告を、何件も受けている。それも、バーランドという名前も一緒に報告されている」
そう言うと、お父様は手紙を取り出して中身を見せてくれた。差出人は、少し前に契約を結んだ喫茶店の店主のようね。こっちは、さっきのとは別の漁師様からだわ。
えーっと、なになに……以前のお客様の中に、マーチャント家で見かけたお嬢様と執事に似ている人物がいたので、念の為にご連絡を……か。こっちも似たような内容ね。
確かに、マーチャント家の令嬢と執事がリマール国の喫茶店に、それも他に誰もいない状態で来店したら、不審に思うのは確かだわ。
「もしかして、本当に生きているのかしら? 別人って説もありそうですが」
「可能性はゼロじゃないってことだね。あいつらの生命力って虫みたい!」
虫かどうかは置いておくとして。殺すつもりで追放をしたというのに、生きているのは……あまり心境的にはよろしくありませんわね。
「バーランド……どうして隣国の公爵家の名前が出てきたのかはわからないけど、バーランド家と結託して、あたし達に復讐しに来たりしないかな?」
「それは無いだろうな。もしするなら、とっくに行動に移しているだろう」
「私も同意見ですわ。シエルもラルフもお人好しですからね」
「なんだ、つまらないの。復讐とかしてきたら、面白そうだったのに。あーでも、男と遊ぶ時間を減らされたら嫌だなぁ」
こんな時でも、男性をたぶらかして遊びたいのね。私の妹とはいえ、その男に対する執着心は、一生理解出来そうもありませんわ。
「なんにせよ、まだ確定事項ではない。私の方で、もう少し情報収集をしてみよう。まったく、あんな凡人がもし外でマーチャント家の人間だとバレたら、家の名前に傷が付く……!」
「そうですわね。そうだ、もう少し情報が集まれば、私が二人を誘い出してみせますわ」
「何か良い案があるのかね?」
「はい。お任せくださいませ」
この案を遂行するのに、丁度良い駒に心当たりがある。それを利用すれば、誘い込むことは容易だわ。
「そうだ。もし情報通りに生きていて、それも仲良く幸せに暮らしていたら、どのような処罰を下します?」
「そんなの決まってるよ! その幸せをボッコボコにぶち壊す! だって、負け犬のシエルお姉様に、幸せになる権利なんてないもん!」
少々言葉が汚いことには目を瞑っておくとして。私としても、リンダと似たような意見ですわ。正確に言うと、幸せだった人間が絶望に落ちた時の気持ちを、事細かに聞いてみたいんですの。
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