上 下
30 / 44

第三十話 目撃情報

しおりを挟む
「もう行ってしまうんですか?」
「すまない、この後も予定がぎっしりでね」

 マーヴィン様と話を始めてから三十分程しか経っていないのに、マーヴィン様は既に馬車に乗りこんで、出発しようとしていた。

 こっちに用があるから来てくれたとのことだったけど、まさかこんなに早く別れの時間が来るなんて、思ってもなかったよ。

「二人共、元気そうで本当に安心した。シエル、新しい環境でまだ慣れないと思うが、君は一人ではないのだから、無理をせずにラルフを頼るようにな」
「はいっ!」
「ラルフ、君も知っているだろうが、シエルは私の本当の妹のように可愛がってきた子だ。そんな彼女を泣かせるような真似はしないように。もし困ったことがあったら、私を頼ってほしい」
「はい。マーヴィン様のご厚意、しかと胸に刻みます」
「では、また会おう。元気でな!」

 最後の言葉を合図にするように、マーヴィン様の乗る馬車の扉が閉められて、ゆっくりと動き始めた。

 これで、またしばらくの間はマーヴィン様に会えないのね……。

「……っ!!」

 あんな短い時間じゃ、マーヴィン様に今までの感謝を伝えきるなんて無理だよ! 一言でも多く、この感謝の気持ちを伝えないと!

「マーヴィン様ー!」
「し、シエル?」
「今までずっと仲良くしてくれてありがとうございました! 会うたびに私の話を聞いてくれてありがとうございました! 私の無茶なお願いを聞いてくれて、ありがとうございました! それから、それから……!」

 もっと感謝を伝えるために、私は馬車の後を追って走り出し、感謝の言葉を伝える。

 とにかく感謝を伝えないとって一心だったから、マーチャント家を出て行く際に話した内容と似ているけど……でも、きっとこの想いは通じると思うんだ!

「兄として、当然のことをしたまでだ! ラルフと幸せにな!」
「はぁ、はぁ……マーヴィン様!」

 こんなんじゃ、全然伝えきれないというのに、馬車は無情にも私からどんどん離れていく。

 いくら体力に自信があるからと言っても、今の私はドレスを着て、ヒールの高い靴を履いているうえに、バロンと遊んで体力を著しく消費している。

 そんな状態で、馬車についていくことなんて出来るはずもなく――姿が見えなくなった頃に、足をもつれさせて転倒してしまった。

「いたた……行っちゃったかぁ……」

 もう馬車の影も形も見えなくなってしまったけど、最後に感謝を込められるだけ込めて、深く頭を下げた。

 マーヴィン様、色々とありがとうございました。私、必ずラルフと一緒に幸せになりますから!


 ****


■ヴィオラ視点■

 妹のシエルを家から追い出してからしばらく経ったある日、今日もお父様と一緒に商談の場に足を運んでおりました。

 今日の商談相手は、とある港で働いている漁師様。彼から魚を定期的に卸してもらうための交渉を行っておりますの。

「こちらの値段でどうでしょうか?」
「はぁ? 明らかに安すぎますよ! 冗談じゃない、こんなふざけた契約なら、断らせてもらう!」

 お父様が提示した値段が気にいらないのか、漁師の彼は声を荒げながら立ち上がった。

「まあ、そんなに怒らないでくださいませ。今の魚の相場は、お父様の提示した程度に変わっておりますのよ」
「そんなふざけた話、が……?」

 怒りに染まる目をジッと見つめ、彼の意識に直接語り掛けるように話しかけると、怒っていた時とは打って変わり、無表情へと変わった。

「本当ですよ。私達は、真実しか言いません」
「……なるほど。わかった、あんたらと契約を結びましょう」
「くくっ……感謝いたします。これからも、より良い関係を築きましょう」

 不敵な笑みを浮かべたお父様が、彼と固い握手交わしてから、私達は彼を屋敷の玄関まで丁重にお見送りした。

 うふふ、私の言葉を簡単に信じるなんて、本当にバカなお方ね。お利口だったとしても……私の言葉を疑い、そして逆らうなど、無理な話ですが。

「今日も商談成立だ。お前のおかげで、マーチャント家は繁栄の一途を辿っている」
「まあ、私なんてまだまだ未熟ですわ」
「謙遜するな。とにかく、これで得た魚を高値で売れば、また多くの利益を得ることができる」
「その契約の際には、また私を同席させてくださいませ」
「あれー? お父様にヴィオラお姉様だ! なにしてるの?」

 お父様に謙遜の言葉を返していると、彼と入れ替わるようにリンダが帰ってきた。今日も両隣には、殿方を侍らせている。

 あら……確か、一人はそれなりに有名な家のご子息だった気がしますわ。婚約者もいたはずですが……リンダの毒牙にかかってしまったのね。

 可哀想に……きっと近いうちに、婚約は無かったことにされるでしょうね。私にはどうでもいいことですけど。

「商談よ。今日も無事にご納得してもらって、契約を結べたわ」
「ふーん、納得じゃなくて、ヴィオラお姉様が騙したの間違いじゃないの?」
「うふふ、あなたの卑猥な行動よりもいいと思うけど?」
「喧嘩はよさんか」

 もう、リンダが変に絡んでくるせいで、お父様に怒られてしまいましたわ。私はとっても悲しいです。

「そういえば、昨日変な話を聞いたんだけど」
「変な話? 一体何かね」
「ちょっと内容が怪しいから、三人だけで話したいんだよね」
「なら、私の部屋でお話しましょうか」
「わかったー。あんた達、あとで遊んであげるから、あたしの部屋で待ってるんだよー」
「「はいっ、愛しのリンダ様!!」」

 リンダの隣にいた男性達は、まるで軍に所属する兵士のような動きで、リンダの部屋へと向かっていった。

 人のことを言っておいて、リンダの方が大概だと思いますわ。だって、婚約者がいるような人を、あんな風に従順にしてしまうなんて、私よりも陰湿だと思いますわ。

「それで、話って何かしら?」
「うん、昨日遊んだ男から聞いたんだけどさ。最近、リマール国でシエルお姉様とラルフに似てる人を見たって情報を聞いたんだよ。しかも、かなり仲がよさそうな雰囲気だったらしいよ」

 ……どういうことですの? あの子達は、広大な湖に追放したのよ? あんな小舟と装備で、尚且つ航海をする知識もない状態で、リマール国まで行けるなんて、無理な話だわ。

「他人の空似じゃないかしら?」
「いや……実は、私も最近になって、リマール国でシエルとラルフのような人間を見たという報告を、何件も受けている。それも、バーランドという名前も一緒に報告されている」

 そう言うと、お父様は手紙を取り出して中身を見せてくれた。差出人は、少し前に契約を結んだ喫茶店の店主のようね。こっちは、さっきのとは別の漁師様からだわ。

 えーっと、なになに……以前のお客様の中に、マーチャント家で見かけたお嬢様と執事に似ている人物がいたので、念の為にご連絡を……か。こっちも似たような内容ね。

 確かに、マーチャント家の令嬢と執事がリマール国の喫茶店に、それも他に誰もいない状態で来店したら、不審に思うのは確かだわ。

「もしかして、本当に生きているのかしら? 別人って説もありそうですが」
「可能性はゼロじゃないってことだね。あいつらの生命力って虫みたい!」

 虫かどうかは置いておくとして。殺すつもりで追放をしたというのに、生きているのは……あまり心境的にはよろしくありませんわね。

「バーランド……どうして隣国の公爵家の名前が出てきたのかはわからないけど、バーランド家と結託して、あたし達に復讐しに来たりしないかな?」
「それは無いだろうな。もしするなら、とっくに行動に移しているだろう」
「私も同意見ですわ。シエルもラルフもお人好しですからね」
「なんだ、つまらないの。復讐とかしてきたら、面白そうだったのに。あーでも、男と遊ぶ時間を減らされたら嫌だなぁ」

 こんな時でも、男性をたぶらかして遊びたいのね。私の妹とはいえ、その男に対する執着心は、一生理解出来そうもありませんわ。

「なんにせよ、まだ確定事項ではない。私の方で、もう少し情報収集をしてみよう。まったく、あんな凡人がもし外でマーチャント家の人間だとバレたら、家の名前に傷が付く……!」
「そうですわね。そうだ、もう少し情報が集まれば、私が二人を誘い出してみせますわ」
「何か良い案があるのかね?」
「はい。お任せくださいませ」

 この案を遂行するのに、丁度良い駒に心当たりがある。それを利用すれば、誘い込むことは容易だわ。

「そうだ。もし情報通りに生きていて、それも仲良く幸せに暮らしていたら、どのような処罰を下します?」
「そんなの決まってるよ! その幸せをボッコボコにぶち壊す! だって、負け犬のシエルお姉様に、幸せになる権利なんてないもん!」

 少々言葉が汚いことには目を瞑っておくとして。私としても、リンダと似たような意見ですわ。正確に言うと、幸せだった人間が絶望に落ちた時の気持ちを、事細かに聞いてみたいんですの。

 あぁシエル。あなたは一体どんな表情で、どんな言葉を聞かせてくれるのかしら? 想像するだけで……ゾクゾクしてしまうわ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?

リオール
恋愛
両親に虐げられ 姉に虐げられ 妹に虐げられ そして婚約者にも虐げられ 公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。 虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。 それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。 けれど彼らは知らない、誰も知らない。 彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を── そして今日も、彼女はひっそりと。 ざまあするのです。 そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか? ===== シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。 細かいことはあまり気にせずお読み下さい。 多分ハッピーエンド。 多分主人公だけはハッピーエンド。 あとは……

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

処理中です...