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第二十九話 来訪
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マーヴィン様と会う約束をした日、私は社交界に出る時のような綺麗なドレスに、しっかりと身支度をした状態で、マーヴィン様が来るのを待っていた。
別に初めて会う人じゃないのに、凄く緊張してしまう。緊張しているところなんて見せたら、もしかしたら心配をかけてしまうかもしれない。平常心を保つのよ、私。
「シエル様、私が隣にいますから、ご安心くださいませ」
「ラルフ……」
ソファに腰を掛ける私の隣にいたラルフが、私の肩を優しく抱いて励ましてくれた。私はその優しさに甘えるように、ラルフの肩に頭を乗せて、目を閉じた。
ラルフに身を委ねていると、凄く安心するんだよね。やっぱり今一番信用できる人だからだと思う。守られてばかりじゃなくて、守ることもしないといけないのはわかってるけど……やっぱり甘えたくなっちゃう。
「シエル様」
「ラルフ……」
互い視線がぶつかり、そのまま顔が近づいていって、触れるだけのキスをした。
優しいキスのおかげで少しは緊張がほぐれた気がする。ラルフの愛情パワーは凄いね。
「間もなくお越しになります」
「わかりました。シエル様、一緒にお出迎えをしましょう」
「うん!」
わざわざ知らせに来てくれた男性の使用人にお礼を言ってから、私達は駆け足で玄関まで行くと、丁度一台の馬車が入ってくるところだった。
その馬車から、一人の男性が赤い髪をサラサラと揺らしながら降りてきた。ただ馬車から降りてきただけなのに、とても絵になる。
「シエルにラルフ、久しぶりだな。元気そうで安心した」
「はい、マーヴィン様のご協力のおかげで、こうして平和に暮らせてます! 本当に、ありがと――」
「わんっ!!」
お礼を言おうとした瞬間、馬車から大きな白い毛玉のようなものが出て来て、私に襲い掛かってきた。それにあっさり負けてしまった私は、尻餅をついてしまった。
「シエル様、大丈夫ですか!」
「うん、大丈夫! って……バロンじゃない! もしかして、ついてきちゃったの!?」
「わんわんっ!! わおーん!!」
私に突撃してきた毛玉は、マーヴィン様が飼っている大型のワンちゃんだ。名前はバロンっていうの。
とても人懐っこい子で、遊んでもらうのが大好きな子なの。私にも懐いてくれていて、マーヴィン様の家に伺った時は、よく一緒に遊んでたんだ。
「私がここに来ることをどこかで聞いたみたいで、ついてきてしまってね。何度言っても聞かないから、仕方なく連れてきたんだ」
「そうだったんですね。あれ……バロン、それお散歩の紐だよね? お散歩に行きたいの?」
「わおーん!!」
バロンは、何度もその場でジャンプをして、その通りだということを主張をした。
相変わらず、バロンはお散歩が大好きなのね。何度か一緒にお散歩をしたことがあるんだけど、いつも喜んでいたのを思い出すなぁ。
「ごめんねバロン、私はあなたのご主人様とお話があるの」
「……くうん」
そ、そんな悲しそうな目で見つめるのは、反則だと思うよ!? 断った私が、まるで悪者みたいだよ!
「もう……ちょっとだけだよ。マーヴィン様、ラルフ。ちょっとバロンの相手をしてきてもいいでしょうか?」
「ああ、もちろんさ。むしろ相手をさせてしまって申し訳ないね」
「私も問題ございません」
「ありがとうございます! マーヴィン様、後で改めてお礼をさせてくださいね!」
それだけを言い残して、私はバロンと一緒に庭に向かって走り出した。相変わらずバロンの引っ張る力は強いけど、楽しそうなその姿に、一緒にいる私まで楽しくなってきちゃった。
早く戻らないと、マーヴィン様とお話する時間が少なくなっちゃう。適当なタイミングで切り上げて帰らないと……!
****
■ラルフ視点■
「シエルは、本当に幸せそうだね」
「ええ、仰る通りです」
シエル様とバロンを見送った私達は、先に席について、使用人が用意したお茶と、姉上が今日のために焼いてくれたクッキーを楽しみ始めた。
「ふう……我が友よ、元気そうでなによりだ」
「友だなんて。私はただの執事でございます」
「何を言っているんだ。ずいぶん昔から交流がある、友ではないか」
「それはわかっているのですが……何分、友というのがマーヴィン様が初めてですので、いまだに慣れないのです」
私の周りにいたのは、私を見下し、いじめ、嫌なことを押し付ける人間ばかりだった。いくら反発しようと、泣いてみようと、全て何の効果もない……そんな氷のように冷たい連中ばかりだった。
そんな中、シエル様に助けられ、シエル様の専属の執事になったわけだが……彼女を通して知り合いになったのが、マーヴィン様だった。
そこまではよかったのだが、マーヴィン様は昔の私のことをご存じで、出会ってから間もなく私の正体に気づかれた。
私の正体が、シエル様やマーチャント家に知られたら、面倒なことになると思った私は、マーヴィン様に自分のことや目的を話し、秘密にしてほしいと懇願した。
すると、マーヴィン様は私の願いを受け入れ、親しくしてくれるようになった。
そして、いつの間にかマーヴィン様は、私の人生で初めての友となった。シエル様のいない所で、こうしてよくお茶を楽しみながら、談笑をしていたんだ。
「ところで、シエルとは進展したかい?」
「ええ、おかげさまで。色々ありましたが、お付き合いをするようになりました。将来は、結婚も考えております」
「なんだって!? それはめでたい! 是非盛大に婚約パーティーを開きたいところだが……」
「マーチャント家に気づかれると、なにをされるかわかりませんので、お気持ちだけいただいておきます」
「私も同意見だ。だが、せめてお祝いを贈らせてくれ」
そんな無理をしなくても……と、遠慮の言葉が出かかったが、せっかくの好意を無下にするのは気が引ける。
「君とシエルが交際か……感慨深いな。ずっと想いを隠していた努力が報われたということだな。それにしても、どうやって気持ちを抑えていたんだ? 近くにいたら、抑えるのも大変だったろうに」
「気合です」
「は?」
「気合、根性で気持ちを抑え、業務に徹しておりました」
「……あはははっ!!」
真実を言っただけだったのだが、マーヴィン様は腹を抱えて笑っていた。よほど面白かったのだろうか?
「はー……ふー……すまない、いつも冷静に物事を運ぶ君が、まさかの力技で解決していたのが面白くて……あははははははっ!!」
「笑いすぎですよ」
少々ムッとしながらマーヴィン様を見つめるが、全く気にせずに笑い続けるマーヴィン様。それが収まるまで、数分はかかっていた。
「やれやれ、こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「それは何よりでございます」
「ふてくされるな。それで、今はどうなんだ?」
「マーチャント家を出てからは、遠慮なく愛の言葉を伝えておりますよ」
「ははっ、抑えていた反動が凄まじかったと」
「はい。お付き合いをするようになってからは、シエル様の方が、私よりもとても積極的になりましたね」
最近のシエル様は、私以上に好意を直接伝えるようになり、ボディタッチもかなり多くなっている。
もちろんそれは嬉しいことなのだが、される側になると、少々照れくさい。ずっと私の方が似たようなことをしていたのだから、仕方がない話ではあるが。
「仲睦まじいようで何よりだ。もしかして、もう子供の予定も?」
「結婚もしていないのに、そんな話をするとお思いで?」
「冗談に決まっているだろう!」
子供か……もちろんいつかはほしいと思っているが、いつになるかはわからない。結婚自体ももちろんしたいと思っているが、まだ付き合ったばかりでは早いと思う。
「ぜぇ……はぁ……も、戻りました~……」
「おかえり、シエル。随分と疲れているようだね。バロンに振り回されたかな?」
「そ、その通りです……喜びすぎて引っ張り回すし、ボール遊びをしたら戻ってくるたびに飛び掛かってくるしで、疲れました……」
あの体力自慢のシエル様が疲れていて、バロン自体は全く疲れた様子はない。バロンの体力、恐るべし。
「シエル様、こちらに座って休憩してください。今お茶を準備いたしますので」
「ラルフ様、ワタクシがご準備させていただきます」
先程私達のお茶を準備をしてくれた使用人に、やんわりと止められてしまった。
私としたことが、ついいつもの癖で準備をしようとしてしまった。習慣というのは恐ろしい。
「シエル様、どうぞ」
「えへへ、ありがとうございます! ふぅ……疲れた体に染みわたる~」
「シエル様、こちらのクッキーは姉上が焼いてくれたものです。よければどうぞ」
「ナディア様のクッキー!? もちろんいただくよ!」
「はい、どうぞ」
「あ~ん……うん、おいしい!」
シエル様の口元にクッキーを持っていくと、シエル様は何のためらいもなくクッキーを食べた。
それから数秒後――私はマーヴィン様のニヤニヤした表情を見て、自分のしてしまったことを後悔した。
「ほほう……なるほどなるほど。我が友は、随分と見せつけてくれるじゃないか」
「……い、今のは癖で……」
「なんと、癖になるほどしているとは! これは、私の心配など不要だったかもしれないな!」
「もぐもぐ……ごくんっ。何の話……あっ!!」
バロンに振り回された疲れに加えて、クッキーに夢中で気づいていなかったシエル様だったが、マーヴィン様の顔を見てお気づきになられたようで……愛らしいお顔を真っ赤に染めた。
「あ、あのあの、今のは違うんです! 全然あーんなんてされても嬉しくないというか、いやそれも違くて、本当は嬉しいんだけど……!」
「シエル、少し落ち着くんだ。喋れば喋るほど、墓穴を掘っていると気づいた方が良い」
「う、うぅ~~!!」
「とりあえず紅茶をお飲みください」
ややパニックになってしまっているシエル様を落ち着かせるために、紅茶を飲むように促すと、少しだけ落ち着いてくれた。
いつもの元気な姿も愛らしいが、慌てて子供のようになる姿も愛らしい。シエル様の愛らしさには、一切の隙がない。
「えーっと……あ、そうだ! マーヴィン様は、ラルフがバーランド家の人だって知ってたんですか? それに、さっき我が友って……」
「ああ、知っていた。シエルにはその辺りのことは隠していたからね」
「丁度良い機会なので、話してもいいでしょうか?」
「もちろん」
私とマーヴィン様の関係を伝えつつ、話の流れを断ち切るのに丁度良いと思った私は、ゆっくりとマーヴィン様との関係性をシエル様に話した。
話の最中、シエル様は終始驚いていらっしゃったけど、それ以上に私に友がいたことに、泣いて喜んでくださった。
その姿を見ていたら、私がシエル様を選んだのは間違っていなかったのだと、心の底から思うと同時に、絶対にシエル様を幸せにしてみせると、改めて心に誓った――
別に初めて会う人じゃないのに、凄く緊張してしまう。緊張しているところなんて見せたら、もしかしたら心配をかけてしまうかもしれない。平常心を保つのよ、私。
「シエル様、私が隣にいますから、ご安心くださいませ」
「ラルフ……」
ソファに腰を掛ける私の隣にいたラルフが、私の肩を優しく抱いて励ましてくれた。私はその優しさに甘えるように、ラルフの肩に頭を乗せて、目を閉じた。
ラルフに身を委ねていると、凄く安心するんだよね。やっぱり今一番信用できる人だからだと思う。守られてばかりじゃなくて、守ることもしないといけないのはわかってるけど……やっぱり甘えたくなっちゃう。
「シエル様」
「ラルフ……」
互い視線がぶつかり、そのまま顔が近づいていって、触れるだけのキスをした。
優しいキスのおかげで少しは緊張がほぐれた気がする。ラルフの愛情パワーは凄いね。
「間もなくお越しになります」
「わかりました。シエル様、一緒にお出迎えをしましょう」
「うん!」
わざわざ知らせに来てくれた男性の使用人にお礼を言ってから、私達は駆け足で玄関まで行くと、丁度一台の馬車が入ってくるところだった。
その馬車から、一人の男性が赤い髪をサラサラと揺らしながら降りてきた。ただ馬車から降りてきただけなのに、とても絵になる。
「シエルにラルフ、久しぶりだな。元気そうで安心した」
「はい、マーヴィン様のご協力のおかげで、こうして平和に暮らせてます! 本当に、ありがと――」
「わんっ!!」
お礼を言おうとした瞬間、馬車から大きな白い毛玉のようなものが出て来て、私に襲い掛かってきた。それにあっさり負けてしまった私は、尻餅をついてしまった。
「シエル様、大丈夫ですか!」
「うん、大丈夫! って……バロンじゃない! もしかして、ついてきちゃったの!?」
「わんわんっ!! わおーん!!」
私に突撃してきた毛玉は、マーヴィン様が飼っている大型のワンちゃんだ。名前はバロンっていうの。
とても人懐っこい子で、遊んでもらうのが大好きな子なの。私にも懐いてくれていて、マーヴィン様の家に伺った時は、よく一緒に遊んでたんだ。
「私がここに来ることをどこかで聞いたみたいで、ついてきてしまってね。何度言っても聞かないから、仕方なく連れてきたんだ」
「そうだったんですね。あれ……バロン、それお散歩の紐だよね? お散歩に行きたいの?」
「わおーん!!」
バロンは、何度もその場でジャンプをして、その通りだということを主張をした。
相変わらず、バロンはお散歩が大好きなのね。何度か一緒にお散歩をしたことがあるんだけど、いつも喜んでいたのを思い出すなぁ。
「ごめんねバロン、私はあなたのご主人様とお話があるの」
「……くうん」
そ、そんな悲しそうな目で見つめるのは、反則だと思うよ!? 断った私が、まるで悪者みたいだよ!
「もう……ちょっとだけだよ。マーヴィン様、ラルフ。ちょっとバロンの相手をしてきてもいいでしょうか?」
「ああ、もちろんさ。むしろ相手をさせてしまって申し訳ないね」
「私も問題ございません」
「ありがとうございます! マーヴィン様、後で改めてお礼をさせてくださいね!」
それだけを言い残して、私はバロンと一緒に庭に向かって走り出した。相変わらずバロンの引っ張る力は強いけど、楽しそうなその姿に、一緒にいる私まで楽しくなってきちゃった。
早く戻らないと、マーヴィン様とお話する時間が少なくなっちゃう。適当なタイミングで切り上げて帰らないと……!
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■ラルフ視点■
「シエルは、本当に幸せそうだね」
「ええ、仰る通りです」
シエル様とバロンを見送った私達は、先に席について、使用人が用意したお茶と、姉上が今日のために焼いてくれたクッキーを楽しみ始めた。
「ふう……我が友よ、元気そうでなによりだ」
「友だなんて。私はただの執事でございます」
「何を言っているんだ。ずいぶん昔から交流がある、友ではないか」
「それはわかっているのですが……何分、友というのがマーヴィン様が初めてですので、いまだに慣れないのです」
私の周りにいたのは、私を見下し、いじめ、嫌なことを押し付ける人間ばかりだった。いくら反発しようと、泣いてみようと、全て何の効果もない……そんな氷のように冷たい連中ばかりだった。
そんな中、シエル様に助けられ、シエル様の専属の執事になったわけだが……彼女を通して知り合いになったのが、マーヴィン様だった。
そこまではよかったのだが、マーヴィン様は昔の私のことをご存じで、出会ってから間もなく私の正体に気づかれた。
私の正体が、シエル様やマーチャント家に知られたら、面倒なことになると思った私は、マーヴィン様に自分のことや目的を話し、秘密にしてほしいと懇願した。
すると、マーヴィン様は私の願いを受け入れ、親しくしてくれるようになった。
そして、いつの間にかマーヴィン様は、私の人生で初めての友となった。シエル様のいない所で、こうしてよくお茶を楽しみながら、談笑をしていたんだ。
「ところで、シエルとは進展したかい?」
「ええ、おかげさまで。色々ありましたが、お付き合いをするようになりました。将来は、結婚も考えております」
「なんだって!? それはめでたい! 是非盛大に婚約パーティーを開きたいところだが……」
「マーチャント家に気づかれると、なにをされるかわかりませんので、お気持ちだけいただいておきます」
「私も同意見だ。だが、せめてお祝いを贈らせてくれ」
そんな無理をしなくても……と、遠慮の言葉が出かかったが、せっかくの好意を無下にするのは気が引ける。
「君とシエルが交際か……感慨深いな。ずっと想いを隠していた努力が報われたということだな。それにしても、どうやって気持ちを抑えていたんだ? 近くにいたら、抑えるのも大変だったろうに」
「気合です」
「は?」
「気合、根性で気持ちを抑え、業務に徹しておりました」
「……あはははっ!!」
真実を言っただけだったのだが、マーヴィン様は腹を抱えて笑っていた。よほど面白かったのだろうか?
「はー……ふー……すまない、いつも冷静に物事を運ぶ君が、まさかの力技で解決していたのが面白くて……あははははははっ!!」
「笑いすぎですよ」
少々ムッとしながらマーヴィン様を見つめるが、全く気にせずに笑い続けるマーヴィン様。それが収まるまで、数分はかかっていた。
「やれやれ、こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「それは何よりでございます」
「ふてくされるな。それで、今はどうなんだ?」
「マーチャント家を出てからは、遠慮なく愛の言葉を伝えておりますよ」
「ははっ、抑えていた反動が凄まじかったと」
「はい。お付き合いをするようになってからは、シエル様の方が、私よりもとても積極的になりましたね」
最近のシエル様は、私以上に好意を直接伝えるようになり、ボディタッチもかなり多くなっている。
もちろんそれは嬉しいことなのだが、される側になると、少々照れくさい。ずっと私の方が似たようなことをしていたのだから、仕方がない話ではあるが。
「仲睦まじいようで何よりだ。もしかして、もう子供の予定も?」
「結婚もしていないのに、そんな話をするとお思いで?」
「冗談に決まっているだろう!」
子供か……もちろんいつかはほしいと思っているが、いつになるかはわからない。結婚自体ももちろんしたいと思っているが、まだ付き合ったばかりでは早いと思う。
「ぜぇ……はぁ……も、戻りました~……」
「おかえり、シエル。随分と疲れているようだね。バロンに振り回されたかな?」
「そ、その通りです……喜びすぎて引っ張り回すし、ボール遊びをしたら戻ってくるたびに飛び掛かってくるしで、疲れました……」
あの体力自慢のシエル様が疲れていて、バロン自体は全く疲れた様子はない。バロンの体力、恐るべし。
「シエル様、こちらに座って休憩してください。今お茶を準備いたしますので」
「ラルフ様、ワタクシがご準備させていただきます」
先程私達のお茶を準備をしてくれた使用人に、やんわりと止められてしまった。
私としたことが、ついいつもの癖で準備をしようとしてしまった。習慣というのは恐ろしい。
「シエル様、どうぞ」
「えへへ、ありがとうございます! ふぅ……疲れた体に染みわたる~」
「シエル様、こちらのクッキーは姉上が焼いてくれたものです。よければどうぞ」
「ナディア様のクッキー!? もちろんいただくよ!」
「はい、どうぞ」
「あ~ん……うん、おいしい!」
シエル様の口元にクッキーを持っていくと、シエル様は何のためらいもなくクッキーを食べた。
それから数秒後――私はマーヴィン様のニヤニヤした表情を見て、自分のしてしまったことを後悔した。
「ほほう……なるほどなるほど。我が友は、随分と見せつけてくれるじゃないか」
「……い、今のは癖で……」
「なんと、癖になるほどしているとは! これは、私の心配など不要だったかもしれないな!」
「もぐもぐ……ごくんっ。何の話……あっ!!」
バロンに振り回された疲れに加えて、クッキーに夢中で気づいていなかったシエル様だったが、マーヴィン様の顔を見てお気づきになられたようで……愛らしいお顔を真っ赤に染めた。
「あ、あのあの、今のは違うんです! 全然あーんなんてされても嬉しくないというか、いやそれも違くて、本当は嬉しいんだけど……!」
「シエル、少し落ち着くんだ。喋れば喋るほど、墓穴を掘っていると気づいた方が良い」
「う、うぅ~~!!」
「とりあえず紅茶をお飲みください」
ややパニックになってしまっているシエル様を落ち着かせるために、紅茶を飲むように促すと、少しだけ落ち着いてくれた。
いつもの元気な姿も愛らしいが、慌てて子供のようになる姿も愛らしい。シエル様の愛らしさには、一切の隙がない。
「えーっと……あ、そうだ! マーヴィン様は、ラルフがバーランド家の人だって知ってたんですか? それに、さっき我が友って……」
「ああ、知っていた。シエルにはその辺りのことは隠していたからね」
「丁度良い機会なので、話してもいいでしょうか?」
「もちろん」
私とマーヴィン様の関係を伝えつつ、話の流れを断ち切るのに丁度良いと思った私は、ゆっくりとマーヴィン様との関係性をシエル様に話した。
話の最中、シエル様は終始驚いていらっしゃったけど、それ以上に私に友がいたことに、泣いて喜んでくださった。
その姿を見ていたら、私がシエル様を選んだのは間違っていなかったのだと、心の底から思うと同時に、絶対にシエル様を幸せにしてみせると、改めて心に誓った――
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