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第二十八話 甘々な日々

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「はいラルフ、あ~ん」

 ラルフと正式にお付き合いするようになってから数日後、私は自室でラルフとゆっくりお茶を楽しんでいた。

 今は、ラルフが焼いてくれたクッキーを、ラルフに食べさせているところなの。いつもする側だと堂々としているのに、される側になるとちょっぴり照れちゃうラルフ……可愛い!

「もぐもぐ……とてもおいしゅうございます」
「それはよかった!」
「……私がお伝えするのもおかしな話ですが、お付き合いするようになってから、変わられましたね。とても甘えるようになったといいますか……以前は好意を伝えるだけで、真っ赤になっていたというのに」
「変わったというか、お付き合いをきっかけに、自分の新しい一面を発見したんだ。もちろんドキドキはするけど、前みたいに慌てなくはなったかな?」
「甘えん坊以外の一面とは?」
「…………」

 それは……言えない。まさか、ラルフのことを考えていると、変なことを考えてしまうなんて……口が裂けても言えない! 絶対に嫌われちゃうって!

「い、色々だよ~!」
「……気になりますね。我々の間に、隠し事は不要かと存じます」
「うっ……そういえばさ、私達ってお付き合いするようになったんだから、様をつけないで呼んでほしいな~なんて」

 これ以上深掘りされたくなくて、露骨に話題を逸らすと、ラルフは苦笑いを浮かべていた。

 ラルフは侯爵子息様だというのに、私はラルフを呼び捨てで呼んでいるし、話し方も砕けた話し方だ。一方のラルフは、ずっと丁寧な話し方だし、呼び方もシエル様だ。

 それが、何か気になるというか……申し訳ないというか。私の方が丁寧な話し方や呼び方にするか、ラルフが砕けた接し方になれば、恋人としてもっと対等になれると思うんだよね。

「私個人の考えですが、私はあくまで恋人であり、侯爵子息であり、あなたに仕える人間ですからね」
「でも、もう恋人だから、仕えるのはおかしいよね?」
「それは……仰る通りですね。しかし、この接し方が定着してしまっているので、今更変えるというのは、自分の中でも違和感があるのです」

 うーん、そう言われてしまうと、これ以上は何も言えなくなっちゃう。ラルフが嫌だな~って思うことを、強制はしたくないもんね。

「わかったよ。もしラルフが変えたくなったり、私に変えてほしいって思うようになったら、すぐに言ってね」
「かしこまりました。シエル様のご厚意、大変嬉しく思います」

 ……やっぱり硬いなぁ。そこはありがとうって柔らかく言って、そのまま私を抱きしめて……って、話が変な方向に行ってるよ! 私のバカバカ!

 自分の恋心に気がついてからは、今までの自分とは別人なんじゃないかと怪しむくらい、考え方が変わってる。今までは、ラルフにドキドキするだけで、なにも考えなかったのに……人って恋を自覚すると、こんなに短期間で変わるものなの?

「そうだ、試しにちょっと練習してみない?」
「練習、でございますか」
「うんっ! 砕けた話し方とか、呼び方でやってみて!」

 前に本で読んだんだけど、苦手なことでも、その場の流れでやってしまえば、結構できてしまうパターンがあるらしい。そんなの物語の中だけだと言われれば……まあその通りなんだけど、やってみて損は無いと思う。

「何事も経験、ということですね。さすがはシエル様です。では……私の気持ちを砕けた話し方にしてみましょう」

 ラルフは私の所にやってくると、優しく頬を撫でながら、ニコリと笑った。

「シエル、俺は君を愛している。君の全てを、俺にくれないか?」
「っ……!?」

 似たような言葉は、マーチャント家を出てからたくさん聞いている。だというのに、ちょっと言い方が違うだけで、こんなにドキドキするものなの!? か、顔が熱くて沸騰しそう!

「いかがでしたか――って、シエル様? 顔が真っ赤ですよ?」
「だ、大丈夫だよ! ちょっとラルフの破壊力にやられただけだから!」
「なるほど。慣れないことですが、お気に召していただけたようですね。では……」

 あ、これはマズい。優しいラルフのことだから、私が喜んだと思い込んで、もっと今のをやる雰囲気がプンプンしている。

 別に嫌と言うわけではない。むしろ最高だと思っている。カッコよすぎて、抱きついてキスしたくなる衝動に駆られたくらいだったもん。

 でも、こんなのを続けられたら、多分私の身が持たない。なんとか話題を変えないと!

「えーっと……そうだ。ラルフって家に帰ってきたんだから、また侯爵子息様として働かなくていいの?」

 本日二度目であり、あまりにも苦しい話題の変え方だったけど、ラルフは何一つ文句を言わずに、元の席に戻ってから説明をし始めてくれた。

「しばらくの間は、慣れない環境に来たシエル様と一緒にいられるように、そして二人の時間を大切にするようにと、母上と姉上が配慮してくださったのです。しかし、そろそろ侯爵子息として社交界に出たりしないといけません」

 そっか……そうなると、こうやって一緒にいられる時間が、少なくなっちゃうかもしれないね。

「ねえ、私もラルフの未来の妻として、社交界に出た方がいいかな?」
「シエル様は、ご実家に見つかってしまうと面倒ですから、まだ自主的に社交界に出るのは、お控えになった方が良いかと」
「その理屈だと、ラルフも危ないよね?」
「シエル様のご家族には、私は一般の家庭で育った人間とお伝えしてるので、もし他の貴族から情報が伝わってしまっても、他人の空似で通すつもりです」

 それなら大丈夫……なのかな? ただの使用人だと思っていた人が、まさか侯爵家の御子息だったなんて、わかるとは思えないという理屈は、わからなくもない。

 それでも、心配なのは変わらないよ。やっと結ばれた相手が危ない目に合うかもって心配するのは、当然でしょ?

「そんな顔をしないでください。私は大丈夫ですから」
「失礼いたします。ラルフ様とシエル様に、お手紙が届きました」

 悪いことを考えようとするのを止めるように、女性の使用人が一通のお手紙を持ってやってきた。

 私達にお手紙って、一体誰だろう? そもそも、どうしてこの手紙の差出人は、私とラルフがここにいることを知っているの?

 も、もしかして……早速悪い予感が的中しちゃったとか!? どどど、どうしよう~!

「シエル様、ご心配には及びません」
「で、でも!」
「宛先をご覧ください」

 ラルフに手紙を渡されて確認すると、そこに書いてあったのは、マーヴィン・テネースという名前だった。

「マーヴィンって、あのマーヴィン様のこと!?」
「はい。近々こちらにお越しになるご用があるらしく、我々の顔を見たいと以前から仰っておりました。なので、短い時間ですが、バーランド家の屋敷に招待したのです。これは、そのお返事ですね」

 まさかのマーヴィン様の来訪にも驚きだけど、今の言葉から察するに、ラルフが以前からマーヴィン様と連絡を取り合っていたことにも驚きだ。

「いつから連絡していたの?」
「この屋敷に来た翌日には、すでに手紙を送っておりました。彼はシエル様の計画に大きく貢献してくださいましたし、出た後のことをとても心配されてましたので、早いうちにお伝えした次第です」

 なるほど、そういうことだったのね。なんだか、マーチャント家を出れて一人で浮かれていた間に、ラルフがきちんと義理を果たしていたと思うと、自分が恥ずかしくなってくる。

 お世話になってるんだから、手紙の一通くらい送りなよ、私のバカ……!

「宛先に私も入ってたってことは、私も会って良いのかな?」
「もちろんでございます。むしろ、マーヴィン様はあなたに会いたがっていますよ」

 ラルフに手紙を見せてもらうと、そこには私達が無事に、そして幸せに過ごせていることが嬉しい、今度会えるのを楽しみにしているという内容が書いてあった。

 よかった、これなら私が会っても問題は無さそうだ。

 小さい頃から私の面倒をみてくれて、話もよく聞いてくれて、家出の手伝いまでしてくれた、本当の兄のようなマーヴィン様にまた会えるなんて、本当に嬉しい。

 当日は、ちゃんとお礼と、ラルフとお付き合いを始めたことを伝えないとね!

 ……あれ、よくよく考えたら……バーランド家に招待したってことは、マーヴィン様はラルフの正体を知ってるのかな……?
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