上 下
28 / 44

第二十八話 甘々な日々

しおりを挟む
「はいラルフ、あ~ん」

 ラルフと正式にお付き合いするようになってから数日後、私は自室でラルフとゆっくりお茶を楽しんでいた。

 今は、ラルフが焼いてくれたクッキーを、ラルフに食べさせているところなの。いつもする側だと堂々としているのに、される側になるとちょっぴり照れちゃうラルフ……可愛い!

「もぐもぐ……とてもおいしゅうございます」
「それはよかった!」
「……私がお伝えするのもおかしな話ですが、お付き合いするようになってから、変わられましたね。とても甘えるようになったといいますか……以前は好意を伝えるだけで、真っ赤になっていたというのに」
「変わったというか、お付き合いをきっかけに、自分の新しい一面を発見したんだ。もちろんドキドキはするけど、前みたいに慌てなくはなったかな?」
「甘えん坊以外の一面とは?」
「…………」

 それは……言えない。まさか、ラルフのことを考えていると、変なことを考えてしまうなんて……口が裂けても言えない! 絶対に嫌われちゃうって!

「い、色々だよ~!」
「……気になりますね。我々の間に、隠し事は不要かと存じます」
「うっ……そういえばさ、私達ってお付き合いするようになったんだから、様をつけないで呼んでほしいな~なんて」

 これ以上深掘りされたくなくて、露骨に話題を逸らすと、ラルフは苦笑いを浮かべていた。

 ラルフは侯爵子息様だというのに、私はラルフを呼び捨てで呼んでいるし、話し方も砕けた話し方だ。一方のラルフは、ずっと丁寧な話し方だし、呼び方もシエル様だ。

 それが、何か気になるというか……申し訳ないというか。私の方が丁寧な話し方や呼び方にするか、ラルフが砕けた接し方になれば、恋人としてもっと対等になれると思うんだよね。

「私個人の考えですが、私はあくまで恋人であり、侯爵子息であり、あなたに仕える人間ですからね」
「でも、もう恋人だから、仕えるのはおかしいよね?」
「それは……仰る通りですね。しかし、この接し方が定着してしまっているので、今更変えるというのは、自分の中でも違和感があるのです」

 うーん、そう言われてしまうと、これ以上は何も言えなくなっちゃう。ラルフが嫌だな~って思うことを、強制はしたくないもんね。

「わかったよ。もしラルフが変えたくなったり、私に変えてほしいって思うようになったら、すぐに言ってね」
「かしこまりました。シエル様のご厚意、大変嬉しく思います」

 ……やっぱり硬いなぁ。そこはありがとうって柔らかく言って、そのまま私を抱きしめて……って、話が変な方向に行ってるよ! 私のバカバカ!

 自分の恋心に気がついてからは、今までの自分とは別人なんじゃないかと怪しむくらい、考え方が変わってる。今までは、ラルフにドキドキするだけで、なにも考えなかったのに……人って恋を自覚すると、こんなに短期間で変わるものなの?

「そうだ、試しにちょっと練習してみない?」
「練習、でございますか」
「うんっ! 砕けた話し方とか、呼び方でやってみて!」

 前に本で読んだんだけど、苦手なことでも、その場の流れでやってしまえば、結構できてしまうパターンがあるらしい。そんなの物語の中だけだと言われれば……まあその通りなんだけど、やってみて損は無いと思う。

「何事も経験、ということですね。さすがはシエル様です。では……私の気持ちを砕けた話し方にしてみましょう」

 ラルフは私の所にやってくると、優しく頬を撫でながら、ニコリと笑った。

「シエル、俺は君を愛している。君の全てを、俺にくれないか?」
「っ……!?」

 似たような言葉は、マーチャント家を出てからたくさん聞いている。だというのに、ちょっと言い方が違うだけで、こんなにドキドキするものなの!? か、顔が熱くて沸騰しそう!

「いかがでしたか――って、シエル様? 顔が真っ赤ですよ?」
「だ、大丈夫だよ! ちょっとラルフの破壊力にやられただけだから!」
「なるほど。慣れないことですが、お気に召していただけたようですね。では……」

 あ、これはマズい。優しいラルフのことだから、私が喜んだと思い込んで、もっと今のをやる雰囲気がプンプンしている。

 別に嫌と言うわけではない。むしろ最高だと思っている。カッコよすぎて、抱きついてキスしたくなる衝動に駆られたくらいだったもん。

 でも、こんなのを続けられたら、多分私の身が持たない。なんとか話題を変えないと!

「えーっと……そうだ。ラルフって家に帰ってきたんだから、また侯爵子息様として働かなくていいの?」

 本日二度目であり、あまりにも苦しい話題の変え方だったけど、ラルフは何一つ文句を言わずに、元の席に戻ってから説明をし始めてくれた。

「しばらくの間は、慣れない環境に来たシエル様と一緒にいられるように、そして二人の時間を大切にするようにと、母上と姉上が配慮してくださったのです。しかし、そろそろ侯爵子息として社交界に出たりしないといけません」

 そっか……そうなると、こうやって一緒にいられる時間が、少なくなっちゃうかもしれないね。

「ねえ、私もラルフの未来の妻として、社交界に出た方がいいかな?」
「シエル様は、ご実家に見つかってしまうと面倒ですから、まだ自主的に社交界に出るのは、お控えになった方が良いかと」
「その理屈だと、ラルフも危ないよね?」
「シエル様のご家族には、私は一般の家庭で育った人間とお伝えしてるので、もし他の貴族から情報が伝わってしまっても、他人の空似で通すつもりです」

 それなら大丈夫……なのかな? ただの使用人だと思っていた人が、まさか侯爵家の御子息だったなんて、わかるとは思えないという理屈は、わからなくもない。

 それでも、心配なのは変わらないよ。やっと結ばれた相手が危ない目に合うかもって心配するのは、当然でしょ?

「そんな顔をしないでください。私は大丈夫ですから」
「失礼いたします。ラルフ様とシエル様に、お手紙が届きました」

 悪いことを考えようとするのを止めるように、女性の使用人が一通のお手紙を持ってやってきた。

 私達にお手紙って、一体誰だろう? そもそも、どうしてこの手紙の差出人は、私とラルフがここにいることを知っているの?

 も、もしかして……早速悪い予感が的中しちゃったとか!? どどど、どうしよう~!

「シエル様、ご心配には及びません」
「で、でも!」
「宛先をご覧ください」

 ラルフに手紙を渡されて確認すると、そこに書いてあったのは、マーヴィン・テネースという名前だった。

「マーヴィンって、あのマーヴィン様のこと!?」
「はい。近々こちらにお越しになるご用があるらしく、我々の顔を見たいと以前から仰っておりました。なので、短い時間ですが、バーランド家の屋敷に招待したのです。これは、そのお返事ですね」

 まさかのマーヴィン様の来訪にも驚きだけど、今の言葉から察するに、ラルフが以前からマーヴィン様と連絡を取り合っていたことにも驚きだ。

「いつから連絡していたの?」
「この屋敷に来た翌日には、すでに手紙を送っておりました。彼はシエル様の計画に大きく貢献してくださいましたし、出た後のことをとても心配されてましたので、早いうちにお伝えした次第です」

 なるほど、そういうことだったのね。なんだか、マーチャント家を出れて一人で浮かれていた間に、ラルフがきちんと義理を果たしていたと思うと、自分が恥ずかしくなってくる。

 お世話になってるんだから、手紙の一通くらい送りなよ、私のバカ……!

「宛先に私も入ってたってことは、私も会って良いのかな?」
「もちろんでございます。むしろ、マーヴィン様はあなたに会いたがっていますよ」

 ラルフに手紙を見せてもらうと、そこには私達が無事に、そして幸せに過ごせていることが嬉しい、今度会えるのを楽しみにしているという内容が書いてあった。

 よかった、これなら私が会っても問題は無さそうだ。

 小さい頃から私の面倒をみてくれて、話もよく聞いてくれて、家出の手伝いまでしてくれた、本当の兄のようなマーヴィン様にまた会えるなんて、本当に嬉しい。

 当日は、ちゃんとお礼と、ラルフとお付き合いを始めたことを伝えないとね!

 ……あれ、よくよく考えたら……バーランド家に招待したってことは、マーヴィン様はラルフの正体を知ってるのかな……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?

リオール
恋愛
両親に虐げられ 姉に虐げられ 妹に虐げられ そして婚約者にも虐げられ 公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。 虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。 それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。 けれど彼らは知らない、誰も知らない。 彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を── そして今日も、彼女はひっそりと。 ざまあするのです。 そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか? ===== シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。 細かいことはあまり気にせずお読み下さい。 多分ハッピーエンド。 多分主人公だけはハッピーエンド。 あとは……

虐待され続けた公爵令嬢は身代わり花嫁にされました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  カチュアは返事しなかった。  いや、返事することができなかった。  下手に返事すれば、歯や鼻の骨が折れるほどなぐられるのだ。  その表現も正しくはない。  返事をしなくて殴られる。  何をどうしようと、何もしなくても、殴る蹴るの暴行を受けるのだ。  マクリンナット公爵家の長女カチュアは、両親から激しい虐待を受けて育った。  とは言っても、母親は血のつながった実の母親ではない。  今の母親は後妻で、公爵ルイスを誑かし、カチュアの実母ミレーナを毒殺して、公爵夫人の座を手に入れていた。  そんな極悪非道なネーラが後妻に入って、カチュアが殺されずにすんでいるのは、ネーラの加虐心を満たすためだけだった。  食事を与えずに餓えで苛み、使用人以下の乞食のような服しか与えずに使用人と共に嘲笑い、躾という言い訳の元に死ぬ直前まで暴行を繰り返していた。  王宮などに連れて行かなければいけない場合だけ、治癒魔法で体裁を整え、屋敷に戻ればまた死の直前まで暴行を加えていた。  無限地獄のような生活が、ネーラが後妻に入ってから続いていた。  何度か自殺を図ったが、死ぬことも許されなかった。  そんな虐待を、実の父親であるマクリンナット公爵ルイスは、酒を飲みながらニタニタと笑いながら見ていた。  だがそんあ生き地獄も終わるときがやってきた。  マクリンナット公爵家どころか、リングストン王国全体を圧迫する獣人の強国ウィントン大公国が、リングストン王国一の美女マクリンナット公爵令嬢アメリアを嫁によこせと言ってきたのだ。  だが極悪非道なネーラが、そのような条件を受け入れるはずがなかった。  カチュアとは真逆に、舐めるように可愛がり、好き勝手我儘放題に育てた、ネーラそっくりの極悪非道に育った実の娘、アメリアを手放すはずがなかったのだ。  ネーラはカチュアを身代わりに送り込むことにした。  絶対にカチュアであることを明かせないように、いや、何のしゃべれないように、舌を切り取ってしまったのだ。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

婚約破棄は別にいいですけど、優秀な姉と無能な妹なんて噂、本気で信じてるんですか?

リオール
恋愛
侯爵家の執務を汗水流してこなしていた私──バルバラ。 だがある日突然、婚約者に婚約破棄を告げられ、父に次期当主は姉だと宣言され。出て行けと言われるのだった。 世間では姉が優秀、妹は駄目だと思われてるようですが、だから何? せいぜい束の間の贅沢を楽しめばいいです。 貴方達が遊んでる間に、私は──侯爵家、乗っ取らせていただきます! ===== いつもの勢いで書いた小説です。 前作とは逆に妹が主人公。優秀では無いけど努力する人。 妹、頑張ります! ※全41話完結。短編としておきながら読みの甘さが露呈…

処理中です...