婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき

文字の大きさ
上 下
9 / 44

第九話 リマール国の侯爵家

しおりを挟む
「うぅ……ぐすっ……」

 朝市に戻ってきた私は、目の前で起こっていた惨劇を受け入れられず、物陰で一人膝を抱えて涙を流していた。

 な、泣きたくもなるよ……だって、朝市に戻ったら、もうほとんどの商品が無くなっていたんだよ!? 完全に、お魚を焼くのに時間を取られすぎた……!

 他のお魚とか、貝とか食べてみたかった……それに、こっそり目をつけていた、凄く大きなイカも食べたかった……。

「シエル様、お気を確かに。朝市はまたやるのですから、その時にまた一緒に来ましょう」
「ら、ラルフぅ……また一緒に来てくれるの?」
「もちろんです。何度でもお供させてください」

 ラルフにハンカチで顔を拭かれながら、私は何度も大きく頷いて見せた。

 ラルフの提案は嬉しいけど……記念すべき初めての朝市だったから、もっとたくさん食べたかったなぁ……。

「失礼いたします。シエル・マーチャント様でございますか?」
「え?」

 中々立ち直れないでいると、初老の男性に声をかけられた。周りには漁師や一般の方しかいない中で、彼のピシッとした黒い服は、とても浮いて見えた。

 この服、ラルフの着ている執事用の服によく似ている。ってことは……どこかの貴族の家に仕えている人なのかな?

「あなた様をお迎えに上がりました」
「私を? えっと、どちら様でしょうか?」
「シエル様、彼のことは信用しても大丈夫です。さあ、行きましょう」
「えっ? わ、わかった」

 何がなんだかわからないまま、私はラルフと一緒に少し離れた場所にあった馬車に乗りこんだ。

 一体何が起こっているのだろう? そもそも、どこの家の人が、どんな理由で私を呼んでいるのだろう? 私はラルフのお家に早く行きたいのに……。

 ……んっ? ちょっと待って。元々はラルフが私を自分の家に招待したいって言ってて、そのラルフが信頼しているってことは……?

 ま、まさか……私の元に来る前は、さっきの男性と一緒に、執事の仕事をしていたとか? うん、それが一番しっくりくるかな!


 ****


 馬車に乗ってのんびりと揺られていると、大きな屋敷へと連れて来てもらった。その屋敷は、私の住んでいた屋敷より大きくて驚いたのもあるけど、湖が一望できる高台の上にあるのが印象的だった。

 こんな大きな屋敷を持っているのだから、大きな力を持つ貴族なのは違いない。一体どこの家なんだろう? 私、外国の貴族の家には行ったことがないから、この家がどこの家なのかわからないんだよね。

「凄く綺麗な場所だね。この景色を見ながらのお茶は、おいしいだろうなぁ……」

 湖を見ながら、ラルフやマーヴィン様とお茶を楽しむ光景をぼんやりと考えていると、屋敷の中から沢山の使用人達が出て来て――

「「おかえりなさいませ、ラルフ様」」

 一斉にラルフに向かって、深々と頭を下げた。

 えっと、ちょっと待って。理解が追い付かない。ラルフ様って……え、えぇ?

「忙しい中、わざわざ出迎えてくれてありがとう」
「ラルフ、これって……??」
「事情は中でご説明いたします。どうぞ、中へ」
「う、うん」

 混乱しすぎてめまいを覚えながらも、私はラルフと一緒に屋敷の中に入る。外観もとても素晴らしいけど、中も隅々まで手入れが行き届いていた。

「突然の話だったが、準備は大丈夫だったか?」
「はい。既に客間にお越しになられております」
「それは良かった。シエル様、どうぞこちらに。あなたにお会いしていただきたい方がおります」

 中に入ってからも、ラルフについていく形で歩いていくと、大きな部屋の中に通された。そこには、少しウェーブがかかった金髪が美しい女性が、優雅にお茶を飲んで座っていた。

「失礼します。ラルフ、ただいま戻りました」
「し、失礼します……!」
「お帰りなさい、ラルフ。そしてようこそ、シエル。あなたのことは、ラルフからの手紙で聞いているわ」

 金髪の女性は、私達の前に立つと、流れるようにお辞儀をする。それにつられて、私も急いで同じ様にお辞儀をした。

 少し離れた所から見ても綺麗なのに、近くで見ると更に綺麗さが増しているんだけど!? こんな綺麗な人、初めてみたよ! この宝石みたいに輝く青い瞳も、この絹みたいな髪も、綺麗すぎて言葉にならない!

「私はクリスティア・バーランドよ。この家の家長をしているわ」
「ば、バーランド!?」

 クリスティアと名乗った女性の口から出た名前を聞いた私は、思わず声を荒げてしまった。

 だって、私の記憶が間違ってなければ……バーランドって……リマール国で二つの家しかない、侯爵の爵位を持つ由緒正しい家だよ!? 侯爵家なら、この屋敷の規模にも納得できる!

 ……あ、あれ? でもバーランド家の家長って、もっとご年配の男性だったはず。私がまだ社交界に出ている時に、何度かお会いしたことがある。

 その時に、家長の奥様にもお会いしたけど、彼女ではなかったし……子供は一人いて、その方も男性だったから、この方が家長の子供ってこともないし……私が知らないうちに子供を授かったとか? でも、どう見ても私よりは年上だし……う、うーん?

「は、はじめまして! で……よろしかったですよね?」
「ええ、大丈夫よ」
「良かったぁ……バーランド家の方とは何度かお会いしているのですが、その時は別の方だったので」
「シエル様。それは恐らく、彼女の夫であった前家長と、前家長の前妻だと思われます。彼女は前妻が亡くなった後、前家長と結婚された方ですので」

 いつも以上に丁寧に話す私に、ラルフがわかりやすく説明をしてくれた。

 私が社交界に出なくなってから、バーランド家でそんなことが起こっていたのね! それなら納得できるよ!

「もう、ラルフってば。ちゃんと来る前に説明しなかったの?」
「はい。こうして実際にお会いして話した方が、信じてもらえると思いましたので」
「変な所で用心深いのね、私の息子は」
「……えっ、息子??」

 息子……ムスコ……?? わ、私の聞き間違いじゃないよね? 息子ってあの息子!? じゃあさっきのは、やっぱりそういうこと!?

「ら、ラルフ……?」
「改めて自己紹介をさせていただきます。私はラルフ・バーランドと申します」

 ラルフと出会ってから、初めて聞いたラルフのファミリーネーム。それは、私にとんでもない衝撃を与えた。

「実は、ラルフは侯爵子息様だった……??」
「仰る通りです」
「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」

 私は大きな声を上げながら、そのあまりにも大きいショックで気絶してしまった――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました

ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

両親から溺愛されている妹に婚約者を奪われました。えっと、その婚約者には隠し事があるようなのですが、大丈夫でしょうか?

水上
恋愛
「悪いけど、君との婚約は破棄する。そして私は、君の妹であるキティと新たに婚約を結ぶことにした」 「え……」  子爵令嬢であるマリア・ブリガムは、子爵令息である婚約者のハンク・ワーナーに婚約破棄を言い渡された。  しかし、私たちは政略結婚のために婚約していたので、特に問題はなかった。  昔から私のものを何でも奪う妹が、まさか婚約者まで奪うとは思っていなかったので、多少驚いたという程度のことだった。 「残念だったわね、お姉さま。婚約者を奪われて悔しいでしょうけれど、これが現実よ」  いえいえ、べつに悔しくなんてありませんよ。  むしろ、政略結婚のために嫌々婚約していたので、お礼を言いたいくらいです。  そしてその後、私には新たな縁談の話が舞い込んできた。  妹は既に婚約しているので、私から新たに婚約者を奪うこともできない。  私は家族から解放され、新たな人生を歩みだそうとしていた。  一方で、私から婚約者を奪った妹は後に、婚約者には『とある隠し事』があることを知るのだった……。

溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。 妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。 しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。 父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。 レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。 その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。 だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。

婚約破棄は別にいいですけど、優秀な姉と無能な妹なんて噂、本気で信じてるんですか?

リオール
恋愛
侯爵家の執務を汗水流してこなしていた私──バルバラ。 だがある日突然、婚約者に婚約破棄を告げられ、父に次期当主は姉だと宣言され。出て行けと言われるのだった。 世間では姉が優秀、妹は駄目だと思われてるようですが、だから何? せいぜい束の間の贅沢を楽しめばいいです。 貴方達が遊んでる間に、私は──侯爵家、乗っ取らせていただきます! ===== いつもの勢いで書いた小説です。 前作とは逆に妹が主人公。優秀では無いけど努力する人。 妹、頑張ります! ※全41話完結。短編としておきながら読みの甘さが露呈…

処理中です...