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第五話 波乱の幕開け
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沖に向かって出発してから三十分程で、もう陸地は見えなくなっていた。一緒に来ていた人達も、既に陸地に引き返していて、完全に孤立してしまっていた。
あぁ、湖の上って風が気持ちいいんだねぇ……これも屋敷を出なかったら、知ることが出来なかったなぁ……って! 現実逃避をしている場合じゃないって!
「どうしよう、まさかこんな小舟に乗せられるなんて、思ってもなかったよ!」
「私も想定外でした」
「どこかで陸地に上がって、そこから近くの港まで行った方が良いんじゃないかな?」
「それは旦那様も想定済みでしょう。だからこそ、私達を追放するためだけに、大人数を用意したのでしょうね」
えっと、それってつまり……どういうことだろう?
「私達がこの近辺から陸に上がろうとしても、この近辺の陸地には、彼らが待ち構えている可能性が高いでしょう。口では生きてても死んでてもと仰っていましたが、確実に私達を遭難させ、手を汚さずに始末したいのでしょう」
「えぇー!?」
それじゃあ、このまま引き返して陸地に上がれないから、進むしかないってこと!?
「まさか旦那様が、実の娘にこんな手法を取るなんて……私の見立てが甘かったです。申し訳ございません、シエル様」
「ラルフは何も悪くないよ!? 元はといえば、私が屋敷を出たいって言ったのが発端なんだから!」
「シエル様こそ悪くございません。日々の嫌がらせを受けていたら、あの家から出たいと思うのは、不思議ではございません」
……このままどっちも悪くない論争をしていても、埒が明かない。とにかく私に出来ることは、前に進むことだけだ!
「とにかく、こんな所で遭難するなんて、冗談じゃない! こんな所で死んじゃったら、ついて来てくれたラルフや、協力してくれたマーヴィン様に申し訳が立たないよ!」
私はここまで漕いでくれていたラルフからオールを受け取ると、そのオールで小舟を目的地に向かって進め始める。
やり方なんて、勉強してないから全然わからないけど、根性でやればどうにかなるよね!
「シエル様……」
「大丈夫、心配はいらないよ! 私、基本的に凡才だけど、ずっと勉強をしたり、リンダの武術の相手をさせられたおかげで、体力と根性だけは自信があるの! だから……必ずラルフと一緒に、あなたの故郷に行って幸せになろう!」
オールを持つ手に力を入れながら伝えると、ラルフは力強く頷いてくれた。そして、ラルフは私の手に自分の手を重ねてきた。
「ラルフの手、暖かいね!」
「シエル様の手は冷たいので、丁度良いですね……いえ、そういう話ではなくて。懸命に漕いでも、ちゃんと漕がないと、同じ場所をグルグル回るだけです」
「……はい?」
同じ場所をグルグル……? 私は頑張って前に向かって漕いでたんだよ? グルグルするわけないよ!
「今のシエル様の漕ぎ方は、バラバラになってしまっております。お手本をお見せしますので、見ていてくださいませ」
そう言うと、ラルフは二本のオールを器用に使って、小舟を真っ直ぐ動かし始めた。
もう、私ってば……さっから目の前で漕いでるのを見てるんだから、ちゃんと見て学習しないと!
「ラルフは漕ぐのが上手だね」
「お褒めにあずかり光栄です。故郷では、たまに姉上と小舟に乗って遊んだことがあるので、その時の経験が活きたのでしょう」
「ラルフって、お姉様がいるんだね」
「はい。私は家族との血の繋がりが無いのですが……とても良くしてくれるんです。本当に……私は良い家族に出会えました」
オールの動きを止めてから、目を閉じるラルフ。きっと故郷の家族のことを思い出しているんだね。
この穏やかな表情が、ラルフが家族にとても大切にされているというのがよくわかる。私とは大違いで、ちょっぴり羨ましい。
「失礼しました。漕ぎ方はこう構えて、このように動かして……」
「こんな感じかな……?」
言われた通りに漕いでみると、小舟がまっすぐ進む手ごたえを感じた。これを何度も繰り返せば、きっと感覚がつかめるかも!
「そうだ、これを」
「これって……コンパスと、この湖の近辺の地図?」
「はい。目的地から離れてしまっては意味が無いので、これで方向を調べながら、目的地へ行きましょう」
「さすがラルフ、用意をしっかりしてるね!」
「そういうシエル様は、なにをお持ちになられたんですか?」
私の持ち物……ね。ふふん、持ってきたい物は沢山あったけど、厳選して持ってきたものだよ!
「これは……人形?」
「うん! ラルフが来てから初めての私の誕生日に、ラルフがくれた子だよ!」
「もちろん覚えておりますよ。わざわざ持ってきてくださったんですね」
「思い出の品だからね! あと、亡くなったお母様から貰ったイヤリングに、マーヴィン様から頂いたぬいぐるみ! 他にも思い出の品をたくさん……あ、あとはさっきのお金ね!」
持ってきた物をズラッと並べて胸を張っていると、なぜかラルフは微笑みを私に向けていた。
「シエル様は、思い出を大切にしていらっしゃるのですね」
「もちろん! いつも家族に嫌な気持ちにさせられていたから、嬉しかったことは強く覚えているし、大切にしたいの! だから、思い出の品も、可能な範囲で持ってきたってわけ!」
「大切な思い出を覚えておくのは良いことですね」
「えへへ。ラルフとの思い出もたくさんあるよね」
私はオールを動かしながら、ラルフと出会って楽しかったことを語り始める。
ラルフと初めて会ったことや、一緒にお茶をして楽しかったこと。一緒にお散歩をしたり、好きな本のことを語り合ったり……言い出したら止まらなくなっていた。
きっとこんな思い出話を延々とされても退屈だろう。でも、ラルフは文句の一つも言わず、私の話を聞いてくれた。
本当に、ラルフって優しくて良い人だなぁ……表情があまり豊かじゃないし、淡々と話すから、冷たい人と誤解されがちだけど、私以外の人にも、こんな感じでとても優しいし。
――あ、私の家族への態度は、例外だと思うけどね。
あぁ、湖の上って風が気持ちいいんだねぇ……これも屋敷を出なかったら、知ることが出来なかったなぁ……って! 現実逃避をしている場合じゃないって!
「どうしよう、まさかこんな小舟に乗せられるなんて、思ってもなかったよ!」
「私も想定外でした」
「どこかで陸地に上がって、そこから近くの港まで行った方が良いんじゃないかな?」
「それは旦那様も想定済みでしょう。だからこそ、私達を追放するためだけに、大人数を用意したのでしょうね」
えっと、それってつまり……どういうことだろう?
「私達がこの近辺から陸に上がろうとしても、この近辺の陸地には、彼らが待ち構えている可能性が高いでしょう。口では生きてても死んでてもと仰っていましたが、確実に私達を遭難させ、手を汚さずに始末したいのでしょう」
「えぇー!?」
それじゃあ、このまま引き返して陸地に上がれないから、進むしかないってこと!?
「まさか旦那様が、実の娘にこんな手法を取るなんて……私の見立てが甘かったです。申し訳ございません、シエル様」
「ラルフは何も悪くないよ!? 元はといえば、私が屋敷を出たいって言ったのが発端なんだから!」
「シエル様こそ悪くございません。日々の嫌がらせを受けていたら、あの家から出たいと思うのは、不思議ではございません」
……このままどっちも悪くない論争をしていても、埒が明かない。とにかく私に出来ることは、前に進むことだけだ!
「とにかく、こんな所で遭難するなんて、冗談じゃない! こんな所で死んじゃったら、ついて来てくれたラルフや、協力してくれたマーヴィン様に申し訳が立たないよ!」
私はここまで漕いでくれていたラルフからオールを受け取ると、そのオールで小舟を目的地に向かって進め始める。
やり方なんて、勉強してないから全然わからないけど、根性でやればどうにかなるよね!
「シエル様……」
「大丈夫、心配はいらないよ! 私、基本的に凡才だけど、ずっと勉強をしたり、リンダの武術の相手をさせられたおかげで、体力と根性だけは自信があるの! だから……必ずラルフと一緒に、あなたの故郷に行って幸せになろう!」
オールを持つ手に力を入れながら伝えると、ラルフは力強く頷いてくれた。そして、ラルフは私の手に自分の手を重ねてきた。
「ラルフの手、暖かいね!」
「シエル様の手は冷たいので、丁度良いですね……いえ、そういう話ではなくて。懸命に漕いでも、ちゃんと漕がないと、同じ場所をグルグル回るだけです」
「……はい?」
同じ場所をグルグル……? 私は頑張って前に向かって漕いでたんだよ? グルグルするわけないよ!
「今のシエル様の漕ぎ方は、バラバラになってしまっております。お手本をお見せしますので、見ていてくださいませ」
そう言うと、ラルフは二本のオールを器用に使って、小舟を真っ直ぐ動かし始めた。
もう、私ってば……さっから目の前で漕いでるのを見てるんだから、ちゃんと見て学習しないと!
「ラルフは漕ぐのが上手だね」
「お褒めにあずかり光栄です。故郷では、たまに姉上と小舟に乗って遊んだことがあるので、その時の経験が活きたのでしょう」
「ラルフって、お姉様がいるんだね」
「はい。私は家族との血の繋がりが無いのですが……とても良くしてくれるんです。本当に……私は良い家族に出会えました」
オールの動きを止めてから、目を閉じるラルフ。きっと故郷の家族のことを思い出しているんだね。
この穏やかな表情が、ラルフが家族にとても大切にされているというのがよくわかる。私とは大違いで、ちょっぴり羨ましい。
「失礼しました。漕ぎ方はこう構えて、このように動かして……」
「こんな感じかな……?」
言われた通りに漕いでみると、小舟がまっすぐ進む手ごたえを感じた。これを何度も繰り返せば、きっと感覚がつかめるかも!
「そうだ、これを」
「これって……コンパスと、この湖の近辺の地図?」
「はい。目的地から離れてしまっては意味が無いので、これで方向を調べながら、目的地へ行きましょう」
「さすがラルフ、用意をしっかりしてるね!」
「そういうシエル様は、なにをお持ちになられたんですか?」
私の持ち物……ね。ふふん、持ってきたい物は沢山あったけど、厳選して持ってきたものだよ!
「これは……人形?」
「うん! ラルフが来てから初めての私の誕生日に、ラルフがくれた子だよ!」
「もちろん覚えておりますよ。わざわざ持ってきてくださったんですね」
「思い出の品だからね! あと、亡くなったお母様から貰ったイヤリングに、マーヴィン様から頂いたぬいぐるみ! 他にも思い出の品をたくさん……あ、あとはさっきのお金ね!」
持ってきた物をズラッと並べて胸を張っていると、なぜかラルフは微笑みを私に向けていた。
「シエル様は、思い出を大切にしていらっしゃるのですね」
「もちろん! いつも家族に嫌な気持ちにさせられていたから、嬉しかったことは強く覚えているし、大切にしたいの! だから、思い出の品も、可能な範囲で持ってきたってわけ!」
「大切な思い出を覚えておくのは良いことですね」
「えへへ。ラルフとの思い出もたくさんあるよね」
私はオールを動かしながら、ラルフと出会って楽しかったことを語り始める。
ラルフと初めて会ったことや、一緒にお茶をして楽しかったこと。一緒にお散歩をしたり、好きな本のことを語り合ったり……言い出したら止まらなくなっていた。
きっとこんな思い出話を延々とされても退屈だろう。でも、ラルフは文句の一つも言わず、私の話を聞いてくれた。
本当に、ラルフって優しくて良い人だなぁ……表情があまり豊かじゃないし、淡々と話すから、冷たい人と誤解されがちだけど、私以外の人にも、こんな感じでとても優しいし。
――あ、私の家族への態度は、例外だと思うけどね。
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