上 下
5 / 44

第五話 波乱の幕開け

しおりを挟む
 沖に向かって出発してから三十分程で、もう陸地は見えなくなっていた。一緒に来ていた人達も、既に陸地に引き返していて、完全に孤立してしまっていた。

 あぁ、湖の上って風が気持ちいいんだねぇ……これも屋敷を出なかったら、知ることが出来なかったなぁ……って! 現実逃避をしている場合じゃないって!

「どうしよう、まさかこんな小舟に乗せられるなんて、思ってもなかったよ!」
「私も想定外でした」
「どこかで陸地に上がって、そこから近くの港まで行った方が良いんじゃないかな?」
「それは旦那様も想定済みでしょう。だからこそ、私達を追放するためだけに、大人数を用意したのでしょうね」

 えっと、それってつまり……どういうことだろう?

「私達がこの近辺から陸に上がろうとしても、この近辺の陸地には、彼らが待ち構えている可能性が高いでしょう。口では生きてても死んでてもと仰っていましたが、確実に私達を遭難させ、手を汚さずに始末したいのでしょう」
「えぇー!?」

 それじゃあ、このまま引き返して陸地に上がれないから、進むしかないってこと!?

「まさか旦那様が、実の娘にこんな手法を取るなんて……私の見立てが甘かったです。申し訳ございません、シエル様」
「ラルフは何も悪くないよ!? 元はといえば、私が屋敷を出たいって言ったのが発端なんだから!」
「シエル様こそ悪くございません。日々の嫌がらせを受けていたら、あの家から出たいと思うのは、不思議ではございません」

 ……このままどっちも悪くない論争をしていても、埒が明かない。とにかく私に出来ることは、前に進むことだけだ!

「とにかく、こんな所で遭難するなんて、冗談じゃない! こんな所で死んじゃったら、ついて来てくれたラルフや、協力してくれたマーヴィン様に申し訳が立たないよ!」

 私はここまで漕いでくれていたラルフからオールを受け取ると、そのオールで小舟を目的地に向かって進め始める。

 やり方なんて、勉強してないから全然わからないけど、根性でやればどうにかなるよね!

「シエル様……」
「大丈夫、心配はいらないよ! 私、基本的に凡才だけど、ずっと勉強をしたり、リンダの武術の相手をさせられたおかげで、体力と根性だけは自信があるの! だから……必ずラルフと一緒に、あなたの故郷に行って幸せになろう!」

 オールを持つ手に力を入れながら伝えると、ラルフは力強く頷いてくれた。そして、ラルフは私の手に自分の手を重ねてきた。

「ラルフの手、暖かいね!」
「シエル様の手は冷たいので、丁度良いですね……いえ、そういう話ではなくて。懸命に漕いでも、ちゃんと漕がないと、同じ場所をグルグル回るだけです」
「……はい?」

 同じ場所をグルグル……? 私は頑張って前に向かって漕いでたんだよ? グルグルするわけないよ!

「今のシエル様の漕ぎ方は、バラバラになってしまっております。お手本をお見せしますので、見ていてくださいませ」

 そう言うと、ラルフは二本のオールを器用に使って、小舟を真っ直ぐ動かし始めた。

 もう、私ってば……さっから目の前で漕いでるのを見てるんだから、ちゃんと見て学習しないと!

「ラルフは漕ぐのが上手だね」
「お褒めにあずかり光栄です。故郷では、たまに姉上と小舟に乗って遊んだことがあるので、その時の経験が活きたのでしょう」
「ラルフって、お姉様がいるんだね」
「はい。私は家族との血の繋がりが無いのですが……とても良くしてくれるんです。本当に……私は良い家族に出会えました」

 オールの動きを止めてから、目を閉じるラルフ。きっと故郷の家族のことを思い出しているんだね。

 この穏やかな表情が、ラルフが家族にとても大切にされているというのがよくわかる。私とは大違いで、ちょっぴり羨ましい。

「失礼しました。漕ぎ方はこう構えて、このように動かして……」
「こんな感じかな……?」

 言われた通りに漕いでみると、小舟がまっすぐ進む手ごたえを感じた。これを何度も繰り返せば、きっと感覚がつかめるかも!

「そうだ、これを」
「これって……コンパスと、この湖の近辺の地図?」
「はい。目的地から離れてしまっては意味が無いので、これで方向を調べながら、目的地へ行きましょう」
「さすがラルフ、用意をしっかりしてるね!」
「そういうシエル様は、なにをお持ちになられたんですか?」

 私の持ち物……ね。ふふん、持ってきたい物は沢山あったけど、厳選して持ってきたものだよ!

「これは……人形?」
「うん! ラルフが来てから初めての私の誕生日に、ラルフがくれた子だよ!」
「もちろん覚えておりますよ。わざわざ持ってきてくださったんですね」
「思い出の品だからね! あと、亡くなったお母様から貰ったイヤリングに、マーヴィン様から頂いたぬいぐるみ! 他にも思い出の品をたくさん……あ、あとはさっきのお金ね!」

 持ってきた物をズラッと並べて胸を張っていると、なぜかラルフは微笑みを私に向けていた。

「シエル様は、思い出を大切にしていらっしゃるのですね」
「もちろん! いつも家族に嫌な気持ちにさせられていたから、嬉しかったことは強く覚えているし、大切にしたいの! だから、思い出の品も、可能な範囲で持ってきたってわけ!」
「大切な思い出を覚えておくのは良いことですね」
「えへへ。ラルフとの思い出もたくさんあるよね」

 私はオールを動かしながら、ラルフと出会って楽しかったことを語り始める。

 ラルフと初めて会ったことや、一緒にお茶をして楽しかったこと。一緒にお散歩をしたり、好きな本のことを語り合ったり……言い出したら止まらなくなっていた。

 きっとこんな思い出話を延々とされても退屈だろう。でも、ラルフは文句の一つも言わず、私の話を聞いてくれた。

 本当に、ラルフって優しくて良い人だなぁ……表情があまり豊かじゃないし、淡々と話すから、冷たい人と誤解されがちだけど、私以外の人にも、こんな感じでとても優しいし。

 ――あ、私の家族への態度は、例外だと思うけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【完結】私は駄目な姉なので、可愛い妹に全てあげることにします

リオール
恋愛
私には妹が一人いる。 みんなに可愛いとチヤホヤされる妹が。 それに対して私は顔も性格も地味。暗いと陰で笑われている駄目な姉だ。 妹はそんな私の物を、あれもこれもと欲しがってくる。 いいよ、私の物でいいのならあげる、全部あげる。 ──ついでにアレもあげるわね。 ===== ※ギャグはありません ※全6話

虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?

リオール
恋愛
両親に虐げられ 姉に虐げられ 妹に虐げられ そして婚約者にも虐げられ 公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。 虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。 それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。 けれど彼らは知らない、誰も知らない。 彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を── そして今日も、彼女はひっそりと。 ざまあするのです。 そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか? ===== シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。 細かいことはあまり気にせずお読み下さい。 多分ハッピーエンド。 多分主人公だけはハッピーエンド。 あとは……

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

婚約者は妹の御下がりでした?~妹に婚約破棄された田舎貴族の奇跡~

tartan321
恋愛
私よりも美しく、そして、貴族社会の華ともいえる妹のローズが、私に紹介してくれた婚約者は、田舎貴族の伯爵、ロンメルだった。 正直言って、公爵家の令嬢である私マリアが田舎貴族と婚約するのは、問題があると思ったが、ロンメルは素朴でいい人間だった。  ところが、このロンメル、単なる田舎貴族ではなくて……。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

処理中です...