【完結】聖女の私は利用されていた ~妹のために悪役令嬢を演じていたが、利用されていたので家を出て幸せになる~

ゆうき

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第二十五話 元ヴレーデ国の聖女として!

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 馬車に揺られること一時間。馬車は無事に目的地に到着したのか、ゆっくりと動きを止めた。

「着いたようですね……仮面はしてますね。ではリーゼ嬢……ではありませんね。聖女様、行きましょう」
「はい」
「私が先に下りて、安全を確かめてまいります」

 私の身分がバレるのを防ぐために、わざと聖女様と呼ぶアルベール様と一緒に、先に降りたクラリスに続いて馬車を降りる。

 そこは、ヴレーデ国の玄関口と呼ばれる、大きな町の入口だった。交易がとても盛んで、ヴレーデ国では手に入らないような物も、この町の市場なら手に入ると評判な場所だ。

 普段なら、多くの人で溢れかえっている、とても活気のある町なのに……今はその活気は失われ、あの紫色の霧に包まれている。そこには、多くの苦しむ民と、救援に来た兵士と医者、そして各国の聖女で溢れかえっていた。

「酷い……一体どうしてこんなことに……」
「顔を上げてください。皆の希望である聖女様が、俯いていてはいけません」
「アルベール様……はい、ごめんなさい」
「おお、そっちも無事に着いたみたいだな!」
「はい、ガレ……聖女様」
「おいおい、気を付けてくれよ? あたしの方で、城下町に行く手筈は整えておいた。後は出発するだけだ。目的地は、発生源と思われる国の中心だ。城を目標として、貴族の住む地域も同時に調査し、発生源を一秒でも早く破壊する!」

 ……そうね、ガレス様の言う通り、一秒でも早く事態の鎮静化を目指しましょう。

「っと、その前に……このまま行ったら、確実に瘴気にやられちまうから、結界を張っておかないとな」

 ガレス様は鞘から剣を抜くと、それを天に向かって掲げた。すると、私達全員の体が光に包まれた。

 これは……聖女だからわかる。この力は、私なんかよりも全然強い。それに、力を使っても疲れている素振りが一切無い。

 ……いかに私の力が欠陥だらけかというのが、よくわかるわね。私も今のを真似をしたら、力が強くなるかしら?

「これでよしっと」
「……つかぬことを伺いますが、聖女の力は今のポーズを取ったら強くなるのでしょうか? もしそうなら真似をしたいのですが……」
「別に必要ねーよ? この方がカッコイイだけさ!」
「は、はぁ……」

 目的地へと向かいながら、何気なくガレス様に質問を投げかけてみる。期待していた答えではなかったけど、おかげでほんの少しだけ肩の力が抜けたわね。

「楽しく会話をするのは、今度にしましょう。段々様子が変わってきました」

 いつもの明るい雰囲気は完全に鳴りを潜め、とても真面目な表情をするアルベール様の視線の先は、更に濃い瘴気に包まれていた。

 それだけではなく、以前見た触手にトゲが付いたような物が、建物に絡みついていた。

 なんて酷い光景なの……とりあえず、この辺りには逃げ遅れた人がいなさそうなのが、せめてもの救いかしら……。

「あれはなんでしょうか……まるで茨みたいですね」
「気を付けてクラリス、以前アルベール様と一緒に浄化した時、似たようなものに襲われたわ。きっとあれも、瘴気に関わっている物よ」
「なるほど、あれがお話されていたものなのですね。何とも気味の悪い……悪夢に出てきそうです」
「っと、どうやらあたし達に気づいたみたいだぜ?」

 ガレス様はフンッと息を吐きながら、再び剣を鞘から抜く。それを合図にするかのように、沈黙を保っていた触手……いや、茨達がウネウネと動き始めた。

「熱烈な歓迎ですね。では、お先に失礼します」

 クラリスは懐から少し大きめのナイフを取り出すと、茨に向かって一直線に走り出す。それに対して、茨達も反撃するように伸びてきた。

 あんなナイフ一本では、何本もある茨を捌き切るなんて不可能――そう思っていた私の考えを、クラリスは根底から覆してみせた。

 なんと、クラリスは見ててヒヤヒヤするくらい、紙一重のところで茨を避け続け、反撃の刃で茨を次々と斬り落としていた。

 す、凄すぎて言葉にならない……クラリスがあんなに強かったなんて、これっぽっちも知らなかった。

「クラリス、怪我は無い!?」
「はい、問題ありません。この程度の茨など、侍女として駆除できなくては、あなたにお仕えすることなど、夢のまた夢ですので」
「おおっ、思った以上にやるじゃねーか! こりゃあたしも、うかうかしてらんねーな! アルベール殿、彼女のことは任せたぜ!」
「はい。彼女には指一本触れさせません」
「頼もしいな! おーい、あたしの分も残しておけよー!」

 クラリスに続いて、ガレス様も茨達に向かって猛然と突き進む。一方のアルベール様は、剣を構えていつ襲われても良いように備えていた。

「俺の傍から離れないでくださいね」
「は、はい」
「おらおらー! 立派なのは、その図体と数だけか!?」

 ガレス様は、持っている剣の刃に聖女の光を付与し、茨達を攻撃する。

 もちろん、クラリスも負けじと茨を斬っているけど、相手の数が多くて苦戦しているのは、戦闘の素人である私の目から見ても明らかだ。

 ……みんな頑張っているのに、私は突っ立っているだけで、何も出来ていない……ただのお荷物だ。これでは、何のために危険を顧みずにここに来たのかわからない。

「……私だって、故郷の地と民を守るために、私だって戦うわ! 私の聖女の力よ、彼の者達を守り、栄光に導く光となりなさい!」

 大切な故郷と民、そして一緒に来てくれた三人を守りたいという気持ちに応えてくれた聖女の力は、光となって空へと昇っていく。そして、その光は矢に姿を変えて降り注ぎ、茨達を貫いた。

 貫かれた茨達は、その場で再び沈黙し、紫色の粒子となって消えていった。

「や、やった……!」
「リーゼ嬢!」

 無事に辺りの茨を一掃出来た安心感か、それとも力を使った反動か……私はその場で両膝を地面につけた。

 やっぱり、この力を使うと疲労感が凄い。ちょっとでも気を抜いたら、意識を失いそうだ。でも、以前に比べれば、規模が格段に大きい力を使っているのに、疲労度が依然とあまり変わってない気がする。

「リーゼお嬢様! お体は大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫。それと二人共、名前で呼んではいけないのよ?」
「あ、ああ……失礼しました。つい焦ってしまって」
「はははっ、全員無事だったし、それに周りに人もいないし、大丈夫だろ! それにしても、あんたは随分と親しまれているんだねぇ」
「はい。こんな素晴らしい方達に大事にしてもらえて、私は幸せ者ですわ」

 自分の素直な気持ちを伝えると、アルベール様とクラリスが、とても優しい笑顔で頷いてくれた。

 自分で言っておいてなんだけど、恥ずかしくなってきちゃったわ……顔が熱い……。

「はっ……えっと……ま、まあクラリスは他に行く所もなかったみたいだし、アルベール様も私を家に置きたいと言うから、仕方なく私の傍に置いているだけよ! 勘違いしないでもらいたいですわ!」

 ……し、しまった。また照れ隠しで変に悪ぶってしまった。どうしていつも同じミスをしてしまうの? 本当に自分の間抜けさが恨めしい。

「お、おう。急にどうした?」
「ふふっ、彼女は恥ずかしくなると、悪ぶって誤魔化す癖があるのですよ」
「ちょっ!? クラリス!」
「悪びれるあなたも、俺は心から愛しているので問題ありません! さあ、どんどん罵ってください!」

 両手を広げるアルベール様は、どこか恍惚とした表情を浮かべていた。正直、ちょっと怖い。

「アルベール様まで!? 発端が私とはいえ、ここは死地なのですから、もっと真面目に……!」
「あんたら、随分と個性的な連中なんだな。まあ、いいんじゃないか? ずっと気を張ってたら疲れるだろ。そんな状態で襲われたり、非常事態にあったら、すぐに対応できない。力を抜ける時に抜いておくのはいいことなのさ」

 ガレス様は一度剣を鞘に戻してから、大きく体を伸ばした。戦っている時に感じていた聖女の力も感じなくなっているし、リラックスしているのだろう。

「なるほど、さすがはガレス様ですわ。本業の騎士殿の言葉には、重みがありますね」
「……まあ、力を抜きすぎて本名が出るのは、ちょっとよろしくねーかもな!」
「あっ……また口に出してしまってました……」
「間違えて頬を赤らめるあなたも、とても美しい……」
「私、仮面をしているのでわかりませんよね!?」
「そんな薄い鉄の壁など、俺の愛の前では無いのも同然!」

 いつもの攻め言葉に対して、いつもの様に返ていると、それを見ていたガレス様が、お腹を抱えて笑っていた。

「ちょっ、なんだその歯の浮くような怒涛の言葉攻めは! あんたら、サイコーだよ! おかげで肩の力が抜けすぎて、グデングデンになっちまった!」
「あはは、それはなにより!」

 こんな所で呑気に話すのは良くないかもしれないけど、ガレス様の言う通り、緊張感がほぐれてリラックスできた。

 リラックスできたのはいいけど、なんだか複雑な気分だわ……そんなことを思っていると、私達は逃げ遅れた民を見つけた――
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