15 / 15
無知な小華
しおりを挟む「あら、恥ずかしがることありませんわ。許婚という名の婚約者ですもの。遅いか早いかの違いですわ」
「っつ・・・・・・誰があいつとなど!!婚約者ではないし、結婚など死んでもごめんだ!!」
恥じらいもなく平然と言ってのける美代子の言葉に、うずめていた顏を上げはっきりと結婚する意思がないことを告げる。
すると、おずおずといった様子で亜湖が心配そうに口を開く。
「・・・・・・でも、それだと桜子さんが傷物になってしまうでねえか」
「傷物!?私がいつ、あの男に傷をつけられたというのだ!!」
聞き捨てならない言葉に鋭い視線を亜湖に向ける。
桜子に言わせれば屈辱的な凌辱を受けはしたものの、かすり傷一つあの男にはつけられていないのだから傷物になどされていないと言うのが言い分である。
無論、亜湖が口にした傷物とは物理的な傷の意味ではないのだが、色恋に関しては全くと言っていいほど無知な桜子は傷物の意味を正確に理解していなかった。
「いつもなにも、しっかりとつけられてるでねえか。おらのお国では男女七歳にして同衾せずだでね。同じ屋根の下で一緒に住んで、そげな痕までつけて責任とらん男は切られても文句言えね。お国から廃刀令が出てなかったら切腹もんじゃど」
切腹とはこれまた勇ましい。流石は武士のお家柄とでもいうのだろうか。普通の令嬢の口からは出ることのない言葉に思わずたぢろぎそうになる。・・・・・・っが、肝心な事はそこではないと桜子必死に頭を働かせる。
亜湖は今、すでに桜子が傷物にされているとはっきりと口にしたのだ。
(ちょっとまて、・・・・・・あの男に接吻をされた私は傷をつけられたということか!?いや、だが、先日の出来事はこの二人の預かり知らぬこと・・・・・・まさか、痴態の痕をつけられたてしまったら傷物になるのか!?)
自分の知る傷物の意味とは違う含みのある傷物という言葉に桜子は一人心の中で慌てふためく。
そんな桜子の心情など知る由もない美代子と亜湖は優雅にカステーラを口に運びながら会話を続ける。
「まあ、亜湖さん切腹なんて怖いこと言わないで頂戴。それに桜子さんは天邪鬼さんだからそんな言い方したら、おこりん坊になってしまうわ」
「じゃども、大切なことだ。ややこが出来たらどうすんだ?桜子さんはまだ学生じゃけ。困るのは桜子さんだでね」
(ややこだと!?・・・・・・接吻でややこが出来るのか!?)
一人悶々としていた桜子は予想だにしていなかった言葉に思わず耳を疑う。
淑女たるもの年頃になれば嫁入り前に床の指南を受けるのが一般的である。身分のある令嬢ならば尚更。だが生憎、桜子にそういった師はいなかった。
本来、床の寝の指南とは母が子に教えることが多いのだ。貴族という立場になれば外部からその手のことに長けた師を招き入れることも珍しくはないのだが、その手筈は整えるのは家を守る婦人の役目である。幼い頃に母を亡くしている桜子の周りには、その変わりを担うものはいなかった。母が亡きいま、父である敏正が気をきかせ女中達にでも一言声をかけていたらまた違ったかもしれない。だが、生憎その手の配慮はからっきしだったのである。とは言っても、元々色恋沙汰に察して興味のなかった桜子察して気にも留めていなったのだが、
「ちょっと待て!!・・・・・・その、・・・・・・そういう事接吻をしたらややこが出来るのか?」
そんなことを言っている場合ではなかった。もし、それが本当だとしたら自分の腹の中にはややこがいるかも知れないのだ。そんなことになれば女学校はおろか、あのいけ好かない男との婚姻は避けられないものになる。冗談ではない。ましてや、許婚とはいえまだ顏を合わせて数日しかたっていない男のヤヤを生む覚悟など今の桜子にはなかった。
「やだわ桜子さんたら、当たり前ですわ」
「当たり前でねえか」
慌てて詰め寄る桜子に二人は顔を見合わせた後、さも当然といった様に肯定する。
0
お気に入りに追加
57
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる