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はじまり

喪服の皇太子2

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人を呼びつけておいたにも関わらず、ろくに話も聞かず、有無を言わさぬ態度で許嫁を押し付けられた腹いせに城の中で一番高級な馬車を選んでやった。
居心地の良い広々とした馬車に乗り込み三日ほど経った頃、王都から離れた場所にあるグランハルド城へと到着した。
そんな豪奢な馬車から悠々と降りてきたアランを見て、門番にあたっていた王国騎士団の誰もが訝しげな視線を向けた。
テルガン国の第二皇子が訪問する知らせは受けてはいたが、王族の家紋が記された馬車から降りてきた人物は、とてもじゃないが王族には見えない青年だったからである。
顔のつくりこそは見惚れるほど端正な顔立ちではあるが、身に着けている衣服はお世辞にも質がいいとは言い難く、歩き方や仕草一つにとってもそのい出立は王族の品格からかけ離れていた。
 側使えの者がいればまだ違ったかも知れないが、側に人を置くことを嫌う彼にそう呼べる存在の者は長らくいない。
そんな騎士団達の視線など気にすることもなく門番の前へと歩みを進めたアランは堂々たる態度で言い放つ。

「べガラス王の命によりノワール大陸よりはせ参じたアラン・テイル・ナグラスだ。こちらに居られるスティハーン公爵令嬢にお目通り願いたい」

そんなアランに対し躊躇いながらも、騎士団の年長者であろう男が口を開く。

「・・・・・・申し訳ないが、王族であると証明できるものを示していただきたい」

「馬車に家紋が記されているのにか?」

アランの行く手を阻む男に鋭い視線を向ける。
王家の家紋が記された馬車に王族以外の者が乗ることなどありはしない。
遠回しにアランが王族に見えないといっているようなものである。

「我らはここを守るのが仕事ゆえ、例え王族の方であっても徹底して証明をしていただいているのです。」

 男の言葉を聞き深いため息とともにアランは自身の身なりに視線を投げる。
身に着けている黒で統一された簡素な服は普段から彼が愛用している物で、良く言えば旅人、悪く言うと放浪者に間違われても仕方のない身軽な格好なのである。
アラン自身、今の姿を見て皇太子だと認識できる者は顔見知りぐらいだろうと自覚している。
だからこそ騎士たちを咎めることもなくすんなりという事を聞く。
 と言っても、彼自身こんな所に足を向ける気など微塵の欠片もなかったため身なりに関しては不可抗力である。
 ぶっきら棒な口調や態度は彼の素なのでどうする事も出来ないのだが・・・・・・。

「これでいいか」

腰に掛けていた剣を騎士団たちの前へ掲げる。
剣の鞘に刻まれている特別な文様は間違いなく彼が皇太子であることを示していた。

「無礼をお許しください。直ぐにご案内させて頂きます」

鞘の文様が間違いなく本物である事を確認した男は深々と頭を下げ踵を返す。
そんな騎士に続き中庭へ続く回廊へと足を運んだアランは、案内を終えた騎士を見送った後その場からしばらくの間動くことはなかった。
ここに向かう道中の間に許婚の上手い断り方を思いつかなったアレンは、いっそのこと鍛錬をすっぽかしてしまおうかとここに着くまでの間自問自答を繰り返し、そんな事は出来るはずもないと諦めた結果、遅れていくことを選んだのだ。
 竜城に向かう途中に王城から届いた伝達には、今日の正午から鍛錬の約束を取り付けたと書かれていたが既に半刻ほど時が過ぎていた。
 アランの経験上、顔見世の場で遅れていくと必ずと言っていいほど女達は不機嫌になった。
その機嫌を取り繕うことなく飄々とした態度で接していると、女達も次第に見切りをつけアランから離れていった。今回も同様に、その手を使おう思ったのだ。
何時までも回廊に突っ立っている訳にもいかず、頃合いを見計らい中庭へと歩みを進める。
まだ見ぬ不機嫌な令嬢の姿を思い浮かべて。



*********


広大な中庭へと踏み込んだアランは驚きのあまりその光景を凝視する。
さぞ不機嫌な令嬢が待ちかまえているのだろうと思っていた中庭には年端もいかぬ少女が一人と、その傍らで少女に何かを語りかける強大な氣を放つ精霊がいたからだ。

(おいおい、まさかあの嬢ちゃんが公爵令嬢なんて言わねぇだろうな)

が、そのまさかである。
少女の傍らにいる精霊が今まで見たこともない大きな氣を放っているのが何よりの証である。
あんな強大で、重く纏わりつくような氣は精霊王と呼ばれる者しか発することは出来ないだろう。
アラン自身、高位精霊と契約している身だが、その比でないことをありありと感じ取る。

(あんなチビだなんて聞いてねぇぞ)

べガラス王に令嬢の詳細を詳しく聞かなかったことを今更ながら悔やむ。
あんな年端もいかぬ少女、いや幼女に許婚や婚約の意味など分かるはずがないとアランは大きく項垂れた。

(許婚どころかただの子守りじゃねぇか)

貴族社会の中で歳の離れた者が許婚になるのはそう珍しいことではないが、まさかあんな幼女を宛がわれると思ってもみなかったアランの顔に戸惑いが浮かぶ。

(あんなチビが精霊王と契約ねえ。確かに歳のわりには魔力は安定してるが・・・・・・)

二人を特に隠れることもなく堂々と眺めていたアランはふと、小さな違和感に気が付く。
あの精霊王・・・・・・。
その違和感を確かめるべく、二人の元へ歩みを進める中、大きな魔力の波動を感じ取りアランはその場に止留まる。
ふわり、と魔力の放たれた余韻の風がアランの頬を撫でる。
その風が流れてきた方に視線を向ければ、先程まで緑が広がっていた中庭の一部が大きく抉られ土が剥き出しになっていた。
その魔力を放ったであろう精霊王に視線を向ける。

(・・・・・・気のせいか?)

契約主の少女にじゃれ付かれている微笑ましい姿を目にし、先ほど感じた違和感を奥底へと閉じ込める。
 早々に面倒ごとからは解放されたいと思っていたアランだったが、多少の興味が湧いた。

(少し様子をみるのもありだな)

相手はまだ幼子である。すぐに婚姻話が持ち上がることもないだろう。
そう自身に言い聞かせ今度こそ二人の元へと歩みを進めるのだった。


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