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はじまり

精霊との絆 新

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「精霊との付き合い方ですか?」

 確かにとライラは心の中で頷く。
学び舎で精霊王と契約を結んだものの、精霊との付き合い方の知識など無に等しかった。
本来ならば、契約を結んだ後に学び舎で習うのだがそんな暇もなく竜王に謁見することとなったのである。

 「うん、今回の玉座での出来事は精霊王が独自で行った事だよね?ライラが呼びかけたんじゃないんでしょ?」

ミシェルの言葉に小さく頷き返す。
あの時はいきなりの出来ごとにダークに呼びかける余裕なんど、とてもじゃないがライラは持ち合わせていなかった。

 「・・・・・・あの時は何が起こったのか私も直ぐには理解できなくて・・・・・・気がついた時にはダークが助けてくれていました。多分、ダークの魔法か何かで守られていたんだと思います。」

そう、そうでなければあんなにタイミング良く現れるわけが無い。そうライラは確信していた。

 「うん、流石精霊王だね。精霊って言うのはね、高位精霊になればなるほど、主人を想う気持ちも強くなるし、力も強くなるんだよ。ライラの契約精霊は精霊王だから、どんな魔法を使っても不思議じゃないだけど、」

 「契約精霊ってのはな、本来契約主の意思に反して好き勝手出来ねえんだよ。契約主と精霊は魔力によって繋がってる。精霊が魔法を使うときは契約主が魔力を渡して初めて使うことが出来る。精霊は契約者の魔力を勝手には奪えないし俺たちも魔力を渡さず精霊の力を借りることは出来ないはずなんだが、話を聞く限り精霊王ってのはそこら辺も普通の契約精霊と違うみてぇだな。」

ミシェルとクランの言葉に、自分はとんでもない相手と契約してしまったのではないだろうかと、今更ながらにライラの中に焦りが浮かぶ。
 確かに、契約精霊がいつでも何処でも契約者の意思を無視して魔法を使えたら、辺りは凄まじい光景になることだろう。
 街で一度もそんな光景を見かけた事がないのは精霊と契約しているパートナーがきちんと共存出来ているからなのだと改めて気づかされる。

 「・・・・・・私はどうしたらいいのでしょうか?」

 思わずそんな弱音が口から出る。このままでは、ことある事にダークはライラを守るのために自分の意思で行動するに違いない。
守ってくれることは素直に嬉しいが、いざというときはライラがダークを止めなければならない。
だが、今のライラにその術はない。

「そうだね、まずは最低限自分の身を守れるだけの魔術を身につけるべきかな。魔力を高めて高等魔術をとはいかないまでも中等魔術ぐらいは覚えるべきだね。精霊王と契約できてるんだから、それぐらいの魔力はあるはずだよ」

 温くなった紅茶を口に運びながらミシェルが言う。

 「まぁ、それが無難だな。ライラが最低限自分の身を守れるようになれば、精霊王も無駄に力を使わなくて済む。あっ、それとな、今回みたいに精霊王がお前を守るために力を使って俺達の意思に反する事をしても攻め立てたりすんなよ。」

 空になったカップをライラに差し出したながら、クランが言う。
目の前に差し出されたカップに紅茶を注ぎながらライラが不思議そうな顔で問うた。

 「・・・・・・どれはどういう意味でしょうか?」

 「今回の一件もそうだが、俺達が持っている常識で言えば相手に如何なる非があろうとも竜王に楯突くなんて不敬で処罰されたって文句は言えねんだ。だがそれは、俺たちの常識であって精霊には全く関係のない事だ。精霊にとっては契約主を守ることが何よりも優先されるべきことで、相手が誰だとか身分がどうとかは俺達の事情に過ぎねぇってことだよ。つまりな、精霊に俺達の秩序だとかマナーの強要はできねぇってことだ」

 クランの言葉を聞き玉座の間で起こった出来事を思いだす。
確かに謂れのない敵意を向けられた後、場を円満に収めるために竜王に頭を下げたライラを見てダークは憤りを見せていた。
精霊のダークから見たら敵意を向けた相手に頭を下げるなど理解できない事なのかもしれない。
だが、ライラからしたら別段おかしい事ではなかった。
クランが言うように相手は大陸その物の王である。一国の王とは理由が違う。
竜王が黒と言えばそれが白だろうと黒なのだ。そんな相手と対等にやり合える手練手管をライラは身につけていなかった。
だからこそ、多少の理不尽さには目をつむり頭を下げたのだ。
もちろん、ライラだって心情は穏やかではなかった。いくら精霊王を呼び出すためとはいえ、いきなり魔力を放つなど大陸の王にしては軽率な行動すぎるし、何かあったらどうするつもりだったのかと問い詰めたい気持ちがなかったわけじゃない。
だが、そんな感情はグッと抑え込む他なかったのである。
実際、ライラのその判断は間違ってはいなかった。
あの場所で、幼いライラにいきなり魔力を向けた竜王を咎めるられる者は誰もおらず、それどころかライラを守るために魔力を使おうとしたダークを見て剣の柄に手をかけた騎士がほとんどだったのだから。

 「でもお兄様、・・・・・・人々が生活している中で秩序は必ず存在しますわ。それは私達人族だけでなく他の種族にも言える事ではないでしょうか?それをなぜ精霊に教えてはいけないのですか?」

 生まれたときから上層階級と呼ばれる貴族の娘であるライラは、幼いころからその体に秩序と言うもの叩き込まれてきた。
ライラより年が上の者でも、公爵の地位より爵位が低い者は皆ライラに頭を下げた。それを当たり前とは言わないが上層階級とはそういう場所なのである。
  もちろんライラだってただ公爵令嬢の地位に甘んじているはけではない。
上層階級の中で嗜みと言われている、ダンスも花も刺繍も全て一通りこなしてきた。それが貴族にとって必要なものだからだ。地位の高いものはそれなりの教養を求められるもので、それが出来ていなければ他者に馬鹿にされるのが目に見えているからである。そのおかげもあり、ライラの評判はデビュタントを迎える前からおおむね好評であった。
そんな世界で生きていくことはライラにとっては避けようがない事実であり、否が応にもライラと契約したダークもその世界に関わることとなるのだ。

 「教えることは別に駄目じゃねぇよ。でもな一歩待ちがえればそれはただの強要になることを俺らは知っておかなきゃなんねぇんだよ。」

クランの強い眼差しをライラは静かに受け止める。

 「ねぇ、ライラ。僕たち人族と精霊は大きく異なる存在なんだ。僕たちは精霊がいないと生きていけないけど精霊は違う。僕たちがいなくても生きていける。そんな精霊を契約で縛って助けてもらってるのに、更にそこに僕たちの常識を一方的に押し付けるのはね、傲慢以外の何でもないよ。精霊に秩序はいらないからね」

ミシェルの言葉に強い衝撃を受けるもそれはすっとライラの心の中に落ちてきた。

 「・・・・・・覚えておきます。」

 精霊と人族の常識は違う。
そんな当たり前の事が分かっているようで分かっていなかった自分が恥ずかしかった。
スカートの裾をギュッと握るライラを見て、話題を変えるかのようにクランがワザとらしく声を上げる。

 「まぁ、それだけじゃねぇけど、おいおいな。いっぺんに言っても混乱するだろうからこれから少しづつ知っていけばいい。にしても、竜王に喧嘩売れんのかよ、精霊王ってのは。すげえな。」

 「そうだね、それはちょっと驚きだよ。それだけの力を持った精霊と契約できた人間なんて早々いないだろうし、・・・・・・父さんの呼び出された理由がだいたい想像がつくね」
それに続きミシェルが底の読めない笑みを浮かべる。

 「なんだよ?」

そんなミシェルにクランが怪訝そうな顔を向ける。

 「分からない?僕だったらそんな力を持った人間を自国から引き離すなんて事はしない。強い結束で結びつけるよ。」

 淡々と話すミシェルの顔は冷ややかで何かを悟った顔をしていた。

 「うげ、婚姻か?」

クランもミシャルの言わんとしていることが分かったのだろう、美しい顔を歪ませ心底嫌そうな顔で唸る。

 「だろうね。まぁ、ライラはまだ幼いから許婚がいいところだけど、僕達はどうかな?幼いライラに許婚が出来たとしら、兄の僕達にいないのはおかしいし、年齢的にも婚約者がいてもおかしくないからね。」

 「まじか、跡を継ぐお前に許婚が出来るのは分かるが俺にまでもか?」

 「当たり前だよ。クランだって公爵の子息なんだから。このさい、跡目かどうかは関係ないよ」

いつの間にか空になったカップを見つめていたミシャルの口から渇いた笑いが漏れる。
 口をはさむことなく聞いていたライラは静かに空になったカップに紅茶を注ぐ。
 許嫁や婚約など、精霊王との事で頭がいっぱいいっぱいだったライラはどこか他人事のようにその話を聞いていた。
  明日にでもお父様に頼み、魔術の先生をつけてもらおうと思うライラだった。


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