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はじまり

スティハーン公爵の決断 新

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愛娘が王国騎士団と共に竜城へと旅たった後、スティハーン公爵は二人の息子がいる王都の学園へと急ぎ使いをだした。
ライラの兄であるミシャルとクランを連れ竜城に向かわなければいけなかったからだ。

「・・・・・貴方、ライラちゃんは大丈夫でしょうか?まだ目覚めたばかりですのに」

屋敷の書斎で書簡を整理していた公爵にトゥ―ナの不安げな声がかかる。

「仕方あるまい。この闇を一刻も早く晴らさねばならん。トゥ―ナ、君も少し休んだ方がいい。ずっとライラに着ききっりだっただろう。ミシェルとクランが戻り次第、私達も直ぐに竜城に向かわねばならんのだ。休めるときに休むべきだ」

顔色の悪いトゥ―ナの肩に手を添え、寝室へと促す。

「ですが・・・・・・」

なおも納得がいかないというような不服そうな顔を見せるトゥ―ナに公爵は言い聞かせるように口を開く。

「あの子には最低限の教養を身に着けてある。きっと上手く立ち回るだろう。そう不安になることはない。・・・・・・それに、貴重な闇の使い手だ。歓迎されることはあっても無体な扱いを受ける事はないだろう」

公爵も手放しにライラを見送ったわけではない。
 ライラが眠っている間に、王国騎士団の隊長だというカザルに事細かく話しを聞き危険がないと判断したから先に送り出したのだ。
とはいえ、幼い我が子の事を思えばトゥ―ナが不安になる気持ちも十分に理解できた。
だからこそ、一刻も早く竜城に向かえるように面倒な手続きを省き王都にいる息子たちの元へ使いを出したのだ。

「・・・・・・分かりました。貴女もあまり無理はなさらないでくださいね」

そう言い残し寝室へと向かうトゥ―ナの額に軽いキスを落とし、公爵は息子達の帰りを待った。
 ほどなくして、ライラから遅れて2日目の夕刻に息子達を連れたスティハーン夫妻は人が滅多に立ち寄ることのないルランド領地にあるグランハルド城に到着した。
 目を見張るような調度品が置かれる部屋に案内をされるや否や、愛娘が精霊王と契約したことが間違いない事をカザルから聞かされる。
 竜城に着き一息つく間もなく竜王に謁見をすることとなった公爵は、トゥ―ナ達に部屋から出ないように伝え早々に玉座へと足を向けた。



――――――――――――――




鉱石に囲まれた美しい部屋でスティハーン公爵は竜王と呼ばれた光輝く美しい青年と対峙していた。
どちらの顔にも笑顔はなく緊迫した空気が流れる。

「テルガン国の第二皇子の許嫁に私の娘をですか?」

王国騎士団に連れられ玉座の間へと足を踏み入れたスティハーン公爵は予想もしなかった言葉に不意を突かれていた。

 「ああ、そうだ。君の令嬢と同じく優秀な闇の使い手だ。歳は今年で一六になると聞いている。ノワール大陸で闇の魔法を学んでいたそうだが、タイミングのいいことに嫁探しのためにこちらに里帰りしているそうだ。近々、ポールランド城で第二皇子の嫁探しの宴が開かれると聞いていたが私から口添えしてやろう」

「・・・・・・それはまた、有難いお話ではありますが・・・・・・娘はまだ六歳です。それに皇子様とも少し歳が離れております。皇子さまには他に釣合の取れるご令嬢がいることでしょう」

竜王の謁見の間で開口一番に、まさか娘の婚姻の話になると思っていなかった公爵は当たり障りのない言葉を選びやんわりとその意思がないこと伝える。
 ライラが高位精霊と契約したかもしれないと知らせを受けた時から許嫁の申し込みが増えることは予想していたが、まさか竜王の口からそんな言葉がでてくるとは誰が想像できただろうか。
公爵がもっている知識の中の竜王とは世界の柱であり、何事にも干渉することなく世界の秩序を見届ける番人のような存在である。
実際に竜王に会うのはこれが初めてであるが、王族でもない公爵令嬢の婚姻に口添えするなど驚きを隠せない。

「君たち貴族の間では幼い頃より許婚がいるのは珍しくない話だろう?歳も離れていると言ってもたかだか十ではないか。これも貴族の間では許容範囲内と聞いている。・・・・・・もちろん、他の候補者もいるにはいるが、それなりの身分の者でなければ後々面倒になりかねないだろ。なんせ、精霊王の守護を持っている娘だからな。喉から手がでるほど欲しがる者は大勢いよう。」

 「それはそうですが........、」

確かに上層階級ともなれば幼い頃より許婚がいることは珍しくはない。歳が十歳ぐらい離れていることもよくある話だ。むしろ公爵のような高い身分の者の子供に許婚がいないことの方がおかしいのである。
 そんな事は重々承知しているが、スティハーン公爵はライラだけでなく年頃の息子達にさえ許婚を宛がってはいなかった。
それはスティハーン公爵とトゥ―ナが子ども達の意思を尊重したからに他ならない。
 実を言うとスティハーン公爵もトゥ―ナも貴族では珍しい恋愛結婚なのである。
自分たちがそうだったように、子ども達にも自分自身で選んだ本当に好いた相手と結ばれて欲しいという思いから、今までどんな縁談が舞い込んできても子どもたちの判断に任せてきた。
それがまさか、ここにきてこんな形で仇になると思っていなかった公爵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「・・・・・・実を言うとね、各大陸の竜王達から私の元に伝令が届いていてね、そのどれもが各大陸の王族と君のご息女との婚姻の申し込みなのだよ。最初は僕のお嫁さんにすることも考えたんだけどね」

「・・・・・・っ、それは」

竜王が口にした、思いがけない言葉に公爵はぎょっとする。
獣人族と人族の者が番になることは珍しくはないが竜族と他の種族が交わるなど聞いたことがない。
それも竜王なら尚更である。

「冗談だよ。人と竜が番になるなんて前例がないからね、何より僕達と君達じゃ生きる時間が違いすぎる」

その言葉にほっとしたのも束の間、そんな公爵の心情を知ってか知らずか鋭い光を帯びた竜王の目が公爵を捉え続けて口を開く。

「正直な話をするとね、君のご息女がこの大陸に住んでいる者と婚姻を結ぶのなら相手が誰だろうとかまわないんだよ。私はね、竜王の中でも一番年若く他の大陸の竜王に比べて立場が非常に弱い。そんな中、湧き出た隠し札になりそうな者を見す見す逃すほど優しくないんだ」

精霊王が大陸にどれほどの影響力を及ぼすのかなど、公爵には想像もつかない。
闇の使い手が希少視される中、大陸に貢献したいという気持ちがないわけではないが、

「・・・・・・恐れながら娘はまだ幼く、期待に応えられるとは思えません」

自分の娘が大陸の道具として使われるのを快く受け入れられるほど公爵は寛大な心は持ち合わせていなかった。
射抜くような鋭い視線に怯むことなく公爵も真っ直ぐに竜王を見据える。

「今すぐどうこうと言っているわけじゃない。力のある者はそこにいるだけで存在意義を持つものだ。だが、君の言うようにご息女はまだ幼い。彼女についている精霊が強くても必ずしも彼女を守れるわけではないからね。精霊はどちらかというと僕達に近しい生き物だ。人の理など精霊には何の意味もなさない。それは君も十分知っているだろう?」

まるで挨拶をするかのような問いかけに公爵は沈黙する。
だが、沈黙もまた一つの答えである。
 そう、精霊は世の理に縛られない自由な生き物だ。つまり、竜王が言いたいことはこういう事である。
魔力を使った攻撃や武器を使った形ある悪意なら精霊は自身の力を使い契約者を守ることが出来る。だが人の世にはびこる妬みや恨み、邪な気持ちを持っている者の見えない悪意から契約者を守る術は持っていないと言いたいのだ。
 特に上層階級はその手の者たちの探りあいの世界である。
どれだけ公爵やトゥ―ナが気を配りライラを守ろうとしても必ずどこかで綻びが生まれるに違いない。
だからこそ、竜王は問いかけているのだ。
肉体的ではなく精神的な守りをする者が必要だろうと。

「それもふまえて私はテルガン国の第二皇子を薦めるよ。先も言った通り、彼はかなり強い力を持っているからね、十分腕も立つ。それに第二皇子とは言えこの大陸の首都テルガン国の皇子だ。その存在だけで十分牽制になってくれるだろう。・・・・・・何よりも、彼なら快く君たちの都合のいい時に許婚を解消してくれるよ。双方合意の元なら君の娘の名に傷がつくことはない。これほどまでに条件のいい男は他にいないと思うが?」

含みのある言い方に、公爵は眉間に皺を寄せる。
テルガン国の第二皇子とは、スティハーン公爵が普段勤めに出ているポールランド城のアラン皇子の事である。
公爵という立場から城で開かれる夜会には何度も招かれているが、その場で第二皇子の姿を見た記憶は久しくない。
王や第一皇子と言葉を交わすことがあっても肝心の第二皇子と言葉を交わした事はないに等しいのだ。
 だが、いつからだろうか。幼いときには第一皇子と仲睦まじそうに参加しているのを何度か見かけたことがあったのだが、

(・・・・・・あぁ、そうか、彼はあの日から夜会どころか正式な場に姿を現さなくなったのか)

古い記憶を思い起こしていた公爵の中で数年前に起こった惨劇が脳裏を横切る。
普段はその出来事を恐れて皆口を噤んでいるが、上層階級で生きるものなら一度は耳にしたことがある出来事である。

(そうか、あの騒ぎの中心にいたのは第二皇子だったな。・・・・・・なるほど、・・・・・・彼ならば)

生憎、当時はトゥ―ナの懐妊を理由に王都から遠く離れた領地にいた公爵は事の詳細を詳しくは知らないのだが、そんな公爵の元にも風の噂でおおまかな出来事は伝えられた。
『喪服の皇太子』の異名を持つ彼ならば、頃合いを見て話をつければ娘との許嫁を破棄してくれる事だろうと心の中で自身に言い聞かせる。
本意ではないが竜王という立場の者ににここまで言われている以上無下に話を断ることなど出来るはずもなく、それならば少しでも有利に事が進みそうな相手を見繕う他ないのだ。

「・・・・・分かりました。その話、お受けさせて頂きます。ですが、娘はまだ幼い。あくまでも許婚という形でお願いいたします。」

精霊王と契約などという、今まで事例がない事を成し遂げたのだ。これから先、多くのも者がその力欲しさに彼女に近づいてくることだろう。
それらを全て払い除けるなど到底無理な話だ。
それならば、一人でも多くの味方をつけるに越したことはない。

「ああ、分かっている。君が聡明な人間で助かるよ。さて、君にはご息女の他に二人のご子息がいたな。この二人にもいくつか良縁があるがどうする?」

まるで公爵の意思を聞き届けるような言い方ではあるが、その眼をみれば簡単に逃すつもりがない事を瞬時に悟。

 「・・・・・・話はお伺いさせて頂きますが、最終的には子供たちの判断に任せて頂きたいと思います。」

竜王に細やかな抵抗と言わんばかりに、牽制をはるのが精一杯である。
まだまだ終わりそうにない話に公爵は別室にいるであろう家族へと思いを馳せるのだった。


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