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イケ☆ハレ6
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あれから、ひと月が経った。
とうとう、俺が小宮殿に住まいを移す日がやってきてしまった。
ハレムは、一度入ってしまえば、もう二度と出られない場所――その言葉を胸に、この一か月、俺はやれるだけのことを済ませておいたつもりだ。
まず、アリが初めて訪れたその日のうちに、おやっさんには仕事を辞めることは伝えてあった。その甲斐あって、なんとか準備期間中に後任探しが間に合った。引き継ぎは、これで問題ないだろう。
職場の問題が片付いてしまうと、それ以外で、俺がこの街から居なくなることを伝えておかねばならない人物は、そう多くない。
知り合い程度の奴らは、俺の姿を見なくなったところで、最近顔を見ないなあ程度にしか思わないだろう。そうなると、あと残るのは家族くらいだが……俺は、家族に対して真実を伝えることができなかった。
だって、この俺が、ハレムに入るんだぞ……?
そんなの、絶対、間違いなく笑われるに決まってる……!
……まあ、うちの家族は全員そんな感じなので、そこまで気にする必要はないと思っている。さすがに、何も言わずに突然姿を消すと心配するかもしれないので、テキトーに取り繕ってはきたが……。
便りがないのは元気な証拠とか言って、普通に心配されないんじゃないかと思う。俺も、もう子供じゃないしな。
それに、ハレムから出ることは許されないと言いつつ、たまの外出くらいなら許可が下りるとアリが教えてくれたのも大きい。たまにでも顔が出せるなら、よっぽど大丈夫だろう。
「お迎えにあがりました、ジア様」
「よ、アリ。待ってたぜ」
俺は鞄一つに収まった荷物を片手に、待ち合わせ場所の木陰から立ち上がった。いつも通りにケツの土埃を払おうとして、ヤベ、と気付く。
今日は、アリが用意してくれた貴族向けのキラキラしい服を着ていたのだった。新品っぽかったのに、さっそく汚してしまったかもしれない。
「アリ、後ろ、汚れてねえかな?」
「えーっと、はい。大丈夫そうです」
「そっか、良かった。せっかく用意してもらった服、汚しちまうとこだったぜ」
胸を撫で下ろしている俺を見て、アリが可笑しそうにクスクス笑った。
「服など、いくらでも替えが利くのですから。ジア様が過ごしやすいようにしていただくのが一番ですよ」
「はあ?……お貴族さまの考え方は、やっぱり違えな」
「私は、ジア様の側仕えですからね。主が過ごしやすいように、身の回りを調えるのが仕事ですから」
ハレムに召し上げられると、俺は実質、皇帝陛下の愛妾という立場になる。そうなると、平民の俺相手でも側仕えが付けられるらしい。
アリは、平民の俺が主になると言うのに、嫌がるどころか、なんだか楽しそうだ。今日、俺が着ているこの衣装だって、アリが張り切って選んでくれたものだった。
「私が思った通り、とてもお似合いですよ、ジア様」
「そうかあ?」
俺はヒラヒラした袖を持ち上げながら、眉間に皺を寄せた。
こんな、ピラッピラ、キラッキラした服、俺に似合うと思えねえけど……。
「これからお世話させていただくのが楽しみです。ジア様は、磨けば絶対今より素敵になりますよ」
「そりゃあ……お貴族さまってのは、毎日、湯を使って身体中を磨いてんだろ?数日おきに水浴びするだけの俺たちをそれと比べれば、磨き甲斐があるだろうよ」
「……小宮殿に着きましたら、さっそく湯を用意させますね」
お貴族さまにとっては、数日おきの水浴びで済ませてしまうなんて信じられないらしい。やけに真剣な眼差しを向けてくるアリに対して、俺は断ることが出来なかった。
まあ、湯を使って身体を磨くのは、すげえ気持ちいいものらしいから、むしろ楽しみなくらいだけどな。
「ここが、ジア様が今日からお住まいになる小宮殿『水晶宮』です」
「水晶宮……」
そこは、宮殿と言うだけあって立派な建物だった。
水晶宮の名の通り、ところどころ水晶で作られた装飾が施されているようだ。透明感のある輝きが美しく、かつ白っぽい色で統一されているので派手すぎない。
俺は一目でこの水晶宮を気に入った。だが――
「……ここに、俺一人で住むのか?広すぎねぇ?」
「ジア様の身の回りの世話をさせていただく使用人たちの部屋も、この中にあるのですよ。広すぎると言う程ではありません」
「使用人たち?俺の側仕えはアリだけじゃなかったのか?」
「いえ、側仕えは私だけですが……それとは別に、細々とした仕事をする使用人が何人かいるのです」
アリは水晶宮の中を案内してくれながら、使用人たちが、どこでどんな仕事をするのかを教えてくれた。
何でも、使用人を雇うためのお金は、皇帝陛下が俺に用意してくれた支度金とか、お小遣いのようなものから出しているらしい。そのお金の管理はアリに一任しているが、本来の受け取り主である俺に、その使い道を説明する必要があるとのことだ。
「……こんだけの人数を雇って、金が足りるのか?」
「これでも、ジア様が萎縮されるかと思って、随分と簡略化しているのですよ。ジャラール皇帝陛下が用意してくださった資金には、まだまだ余裕があります」
俺は目眩がした。金銭感覚が違いすぎて、いったい俺一人に対していくら金をかけているのか想像もつかない。
恐ろしくて、その具体的な数字は聞きたくもなかったので、金の話はそれ以上触れないことにした。
いいんだ。俺は、アリを信じているからな。うん。
その時、ついさっき紹介してもらった使用人のうちの一人が、アリのそばに駆け寄ってきた。
「アリ様、ハンマームの準備が整いました」
それを聞いて不思議そうな顔をした俺に気が付いたアリが、ハンマームとは湯を使う場所のことだと教えてくれた。
おっ、ということは、さっそく湯を使えるのか?俺が期待の眼差しを向けると、アリはニッコリ微笑んで頷く。
「では、ハンマームへご案内いたしましょう」
とうとう、俺が小宮殿に住まいを移す日がやってきてしまった。
ハレムは、一度入ってしまえば、もう二度と出られない場所――その言葉を胸に、この一か月、俺はやれるだけのことを済ませておいたつもりだ。
まず、アリが初めて訪れたその日のうちに、おやっさんには仕事を辞めることは伝えてあった。その甲斐あって、なんとか準備期間中に後任探しが間に合った。引き継ぎは、これで問題ないだろう。
職場の問題が片付いてしまうと、それ以外で、俺がこの街から居なくなることを伝えておかねばならない人物は、そう多くない。
知り合い程度の奴らは、俺の姿を見なくなったところで、最近顔を見ないなあ程度にしか思わないだろう。そうなると、あと残るのは家族くらいだが……俺は、家族に対して真実を伝えることができなかった。
だって、この俺が、ハレムに入るんだぞ……?
そんなの、絶対、間違いなく笑われるに決まってる……!
……まあ、うちの家族は全員そんな感じなので、そこまで気にする必要はないと思っている。さすがに、何も言わずに突然姿を消すと心配するかもしれないので、テキトーに取り繕ってはきたが……。
便りがないのは元気な証拠とか言って、普通に心配されないんじゃないかと思う。俺も、もう子供じゃないしな。
それに、ハレムから出ることは許されないと言いつつ、たまの外出くらいなら許可が下りるとアリが教えてくれたのも大きい。たまにでも顔が出せるなら、よっぽど大丈夫だろう。
「お迎えにあがりました、ジア様」
「よ、アリ。待ってたぜ」
俺は鞄一つに収まった荷物を片手に、待ち合わせ場所の木陰から立ち上がった。いつも通りにケツの土埃を払おうとして、ヤベ、と気付く。
今日は、アリが用意してくれた貴族向けのキラキラしい服を着ていたのだった。新品っぽかったのに、さっそく汚してしまったかもしれない。
「アリ、後ろ、汚れてねえかな?」
「えーっと、はい。大丈夫そうです」
「そっか、良かった。せっかく用意してもらった服、汚しちまうとこだったぜ」
胸を撫で下ろしている俺を見て、アリが可笑しそうにクスクス笑った。
「服など、いくらでも替えが利くのですから。ジア様が過ごしやすいようにしていただくのが一番ですよ」
「はあ?……お貴族さまの考え方は、やっぱり違えな」
「私は、ジア様の側仕えですからね。主が過ごしやすいように、身の回りを調えるのが仕事ですから」
ハレムに召し上げられると、俺は実質、皇帝陛下の愛妾という立場になる。そうなると、平民の俺相手でも側仕えが付けられるらしい。
アリは、平民の俺が主になると言うのに、嫌がるどころか、なんだか楽しそうだ。今日、俺が着ているこの衣装だって、アリが張り切って選んでくれたものだった。
「私が思った通り、とてもお似合いですよ、ジア様」
「そうかあ?」
俺はヒラヒラした袖を持ち上げながら、眉間に皺を寄せた。
こんな、ピラッピラ、キラッキラした服、俺に似合うと思えねえけど……。
「これからお世話させていただくのが楽しみです。ジア様は、磨けば絶対今より素敵になりますよ」
「そりゃあ……お貴族さまってのは、毎日、湯を使って身体中を磨いてんだろ?数日おきに水浴びするだけの俺たちをそれと比べれば、磨き甲斐があるだろうよ」
「……小宮殿に着きましたら、さっそく湯を用意させますね」
お貴族さまにとっては、数日おきの水浴びで済ませてしまうなんて信じられないらしい。やけに真剣な眼差しを向けてくるアリに対して、俺は断ることが出来なかった。
まあ、湯を使って身体を磨くのは、すげえ気持ちいいものらしいから、むしろ楽しみなくらいだけどな。
「ここが、ジア様が今日からお住まいになる小宮殿『水晶宮』です」
「水晶宮……」
そこは、宮殿と言うだけあって立派な建物だった。
水晶宮の名の通り、ところどころ水晶で作られた装飾が施されているようだ。透明感のある輝きが美しく、かつ白っぽい色で統一されているので派手すぎない。
俺は一目でこの水晶宮を気に入った。だが――
「……ここに、俺一人で住むのか?広すぎねぇ?」
「ジア様の身の回りの世話をさせていただく使用人たちの部屋も、この中にあるのですよ。広すぎると言う程ではありません」
「使用人たち?俺の側仕えはアリだけじゃなかったのか?」
「いえ、側仕えは私だけですが……それとは別に、細々とした仕事をする使用人が何人かいるのです」
アリは水晶宮の中を案内してくれながら、使用人たちが、どこでどんな仕事をするのかを教えてくれた。
何でも、使用人を雇うためのお金は、皇帝陛下が俺に用意してくれた支度金とか、お小遣いのようなものから出しているらしい。そのお金の管理はアリに一任しているが、本来の受け取り主である俺に、その使い道を説明する必要があるとのことだ。
「……こんだけの人数を雇って、金が足りるのか?」
「これでも、ジア様が萎縮されるかと思って、随分と簡略化しているのですよ。ジャラール皇帝陛下が用意してくださった資金には、まだまだ余裕があります」
俺は目眩がした。金銭感覚が違いすぎて、いったい俺一人に対していくら金をかけているのか想像もつかない。
恐ろしくて、その具体的な数字は聞きたくもなかったので、金の話はそれ以上触れないことにした。
いいんだ。俺は、アリを信じているからな。うん。
その時、ついさっき紹介してもらった使用人のうちの一人が、アリのそばに駆け寄ってきた。
「アリ様、ハンマームの準備が整いました」
それを聞いて不思議そうな顔をした俺に気が付いたアリが、ハンマームとは湯を使う場所のことだと教えてくれた。
おっ、ということは、さっそく湯を使えるのか?俺が期待の眼差しを向けると、アリはニッコリ微笑んで頷く。
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