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第二章 寸胴一つあれば大抵どうにかなります

ライゼ村攻略会議の開始、そして青春と生まれ(前編)

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「酷いじゃないですか、副団長。鎧が無かったら確実に死んでましたよ、僕」

 ランスは腹を摩りながら、憎々し気な視線をボールスに向ける。大の男が吹き飛ぶ程の蹴りを受け、今頃彼の腹はじくじくと痛み、不満を訴えていることだろう。

「すまんな。性懲りも無く奴らが襲ってきたと思い、咄嗟に対応してしまった」

 団員を引き連れたボールスは、俺達に合流しようと道なき道を急いでいたようだ。そこに不意打ちをかけられたならば、一も二も無く迎え撃つのが戦いを生業とする者の習性と言えよう。

 それを自身のこととして承知しているランスは、「まぁ、副団長が生きててくださって、安心しましたけど」と、己の腹を納得させるように呟いた。



 ボールスと合流した後、俺達は野営地に戻ってきた。

 帰りの道中、オークの死体が大きすぎたために引き摺ることになり、なんとか運んだ。手ずから広いた通り道が賑やかな声で渋滞して欲しいという希望は、ある意味では叶うことは無かった。

 死体となり力の抜けた生物は、不思議と意識がある時のそれよりも重く感じられた。騎士団員の誰も猥談や雑談に裂く体力は残されておらず、うねる獣道でオークをどうにかこうにか運ぶ様は、あたかも腸に糞詰まるようであった。

 そうして今、落ち着きを取り戻した野営地に大きな天幕を張り、明かりが灯された。カンパーニュの特産品であるオーク脂の蝋燭は、これから先この天幕で繰り広げられる討議に抗議の声を挙げる代わりに、もしくは無残にも誅戮の憂き目を見た同胞の敵討ちに、鼻が曲がる酷い臭いを撒き散らした。

 天幕に纏わりつく妄執の靄を拭き散らすように、ボールスの錆を帯びた太い声が響いた。

「それでは、これよりライゼ村攻略作戦会議を行います。進行は、不肖、私キュイジーヌ家騎士団副団長ボールスが務めます」

 声の効能でどことなく厳かな雰囲気が漂う天幕内に、ぱちぱちと二つの拍手が弾んで舞った。

 軽快なそれらに反して、俺の眉間には重苦しい皺が寄る。

「レックス、ハティ。お前達、少しは空気を読んだらどうだ」俺は眉間の皺を人差し指と中指で揉み解しつつ、同席する二人に顔を遣った。

「もごもご」ハティは、我々人類が有していないはずの頬袋を膨らませるように口に物を詰め込んでいる。内容物はシリアルバーだ。なぜ咀嚼中のブツを確認するまでもなく分かるかと言えば、俺が与えたからに他ならない。会議に入る前に空腹を訴えた連中を宥めるために配ったのだ。口の周りと足下に紅白の残渣がちらほら。

 レックスは言葉を発せない程に詰め込むことはなく、意外に上品な所作でシリアルバーとギモーブを交互に吸い込んでいく。食べているのではなく、吸い込んでいる。聖人が粗食をいただくように、穏やかな笑みを湛えて。

 穀物とベリーを砂糖とスライムで纏めたそれは、未だ料理の文明開化を迎えていないこの世界に落ちた一筋の流星。突如訪れた衝撃は彼等の脳に巨大なクレーターを残し、細胞を破壊した。砂糖の魔性に憑りつかれた二人を止める術を、この場の誰も持ち合わせてはいなかった。女神のレシピだと宣言したばかりに、縁起や験担ぎとして堕落の味は神聖性を帯びてしまったのだ。

 もう戻れない二人を捨て置き、ランスからレックスのパーティーの女冒険者へ出席者を一巡したボールスの視線が、俺で止まる。この場の最高意思決定者であり、誇り高い貴族の子息である俺に、この弛んだ空気に喝を入れて欲しいのだろう。

「歳近い男女が集まり、菓子を片手に馬鹿馬鹿しい軽い雰囲気を楽しむ……そうか、これが青春か!」

 深山幽谷の如き皮膚の寄りは、落雷かゲリラ豪雨かという圧倒的青春のショックに打ちひしがれ、消えた。前世では終ぞ味わうことの無かった青春なるものは、ベリーの甘酸っぱい風味に導かれ、ここに現出しているのだ。そう思えば、彼等のKYな振る舞いも微笑ましい。KY、使ってみたかった言葉の一つだ。

 ボールスの視線は均された俺の表面を摩擦係数0で滑り、アイススケート初学者のように天幕の壁に激突することで漸く止まった。

 ごほん、と空の咳を置き、彼は会議を持ち前の筋力で牽引しにかかった。

「先ずは先の戦闘の報告から。ランス、それからエスメルさん、頼む」

「はい。我々騎士団員には軽傷者が6名のみです」

 ランスが適切にオークに対応していたように、他の団員達も上手くオークと渡り合ったようだ。これも日々繰り返している血の滲む訓練の賜物だろう。今浮かべている苦笑いも、戦闘により高ぶった緊張の緩和によるものに違いない。甘い物でもどうだ?

「うちのレックスがご迷惑をおかけして申し訳ございません。冒険者パーティー≪竜の牙≫、副リーダーのエスメルと申します。私達の被害としては、そこの馬鹿が死にかけましたが、既に打ち身程度まで回復しました。私を含めて残りのメンバーは擦り傷程度です。戦闘に問題は無いかと思います」

 どうやら【礫投げ】の被害は最小限にできたようだ。エスメルが俺に向けて頭を下げた。

「既に回復したというのは、どういうことだ。流石に早すぎると思うのだが、ポーションでも使ったのか?」

「いえ、そんな高価な物は生憎と持っていません。実はレックスは貴族の生まれなんです。なので、彼のスキルで」

「そうなのか、これは失礼した。手製の菓子を夢中で貪られるのは料理人として悪い気はしないが、どうだ、家名を教えて貰えないだろうか」 

 変に品の良い所作は生まれによるものらしい。貴族が冒険者に身をやつすことがあると言うが、レックスがそうであったとは。キュイジーヌ家以上に家格が高い家はそう多くないが、もしかするともしかする可能性を捨てきれない。

 件の貴い血の彼は、見るからに安価な布きれで口元を乱暴に拭い、粗野な口調で答えた。

「よしてくれ。俺は名誉や栄進の世界とオサラバしたくて、こうして冒険者をやってるんだ」

 食べ粕で汚れた布を白旗のように振り、彼はこれ以上の詮索を突っ撥ねた。
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