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第二章 寸胴一つあれば大抵どうにかなります

少女は語る、そして憤る

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 シャツが胸と背中に張り付くような、じっとりと重苦しい空気が室内に漂う。数分の報告の間に、抜けるようだった青空には雲が靉靆とたなびき、危うげだ。

 オークの掃討。冒険者ギルドのアイコンをタップし、現在の冒険者ランクで受領可能なクエストを見繕う。アイテムを整え、フィールドに繰り出す。シンボルエンカウントで獲物を確認し、触れて、戦闘開始。行動を選択し、エフェクトを見れば戦闘終了。魔物は経験値と金銭という数字に変換されて消える。死ねば教会からリスタート。

 クエストとは、そういうもののはずだった。そのクエストの情報を、誰が、どのようにして得たのかなど考えたことも無かった。唾を呑むと、喉仏が上下する音が思いの外大きく、どきりとした。座りが悪く、足を組みなおした。



 コンコン



「お待たせして申し訳ございません」

 ヘンリーが戻ってくると、丸太のような太腿の後ろから茶色い房が二つ飛び出て揺れていた。大男は顔に似合わない優し気な瞳を足元に向けると、「ほら、挨拶をするんだ」と体をずらした。

 おずおずと出てきたのは少女だった。座った俺と変わらない高さに潤んだ瞳を浮かべ、頭を下げるとお下げ髪が垂れた。三つ編みは端々がほつれており、目元の隈も相まって陰鬱な色を濃くしていた。




 生きながら死んだような顔の少女は、通りの喧騒も静まりつつある中、訥々と語り始めた。その目は遠くを見つめていて、深い哀しみを帯びていた。

 「村にオークが来たのは、夜中だったの。あたしはお母さんとお父さんと一緒におうちで寝てた。そしたら、急にカンカンカーンって音がして、なんだなんだって。お父さんがあたしとお母さんを揺すって起こして、外に見に行ったの。少ししたら、隣のおばさんが入ってきて、お母さんとあたしと手を繋いで引っ張ったの。痛いって言ったら、『速くしな』って。家から外に出たら、向かいの村長さんの家が燃えてて……それで……」

 少女は小さく息をついて、スカートを両手で握った。その手の甲が真っ白になり、震えている。俺は「無理をする必要はないぞ」と手を伸ばさずにいられなかった。お下げ髪が左右に揺れ、ほつれた毛が空中に取り残された。

 息を吸うと、少女は言葉を続けた。

「お父さんが納屋の剣を持ってオークと戦ってて、アロイスもコームも皆戦ってて……。臭くて五月蠅くてびっくりしてたら、お父さんがあたしを突き飛ばして『逃げろ!』って。そしたらお父さんの足に矢が刺さって、倒れて、それで……、

「もういい! もう、十分だ……」

 ヘンリーが少女を手で制し、「もういいでしょう。……ほら、部屋にお戻り」と少女の背を押して応接室から追い出そうとすると、少女は振り返り、渋面をつくり俺の目を見て言った。

「どうして貴族様は来てくれなかったの? なんで今になって来たのよ! あたし達は裸足で血だらけになって走ったのに、あなたは馬車に乗って来たんでしょ!? 何様のつもりなの!? ――どうしてあたしだけが生きてるの? どうして……。」

 少女の声は、尻切れに空気に融けていった。

「――行こうか」

 ヘンリーが促すと、少女は俯き、従った。





 少女が部屋を出ていくと、俺は深く息を吐いた。まだ幼い少女の光彩は敵愾心に爛々と輝き、鋭い鬼歯を俺に向けていた。全てが悲しみと怒りに満ち、しかして切ないほどに素直だった。

 ――八つ当たりだ。わかってる。でも、きっついなぁ……、これは……。

 領都の兵士では手に負えず、冒険者にも手に負えず、そうしてキュイジーヌ家に陳情が来た。この案件が”貴族でなければどうしようもない”と判断されたということだ。自分の双肩にかかる命の重圧と少女の期待と憎悪に潰れそうになり、背筋を丸めた。

「マック、大丈夫?」

 ハティが眉を下げて俺の顔を窺う。縋る思いで見返すと、彼女の瞳に写る紫紺が揺れており、今この時だけは、口よりも如実に物を言っていた。

「この程度、どうということは無い。責務を果たすことで貴族は貴族足り得るのだからな」

 目を閉じ、努めて平静を装う。そうでなければ醜態を演じていただろう。理想のマック・キュイジーヌ像が俺を支えた。

「ふーん」

 ハティは、それならいいとばかりに串を齧り始めた。どこまでも空気を読まない従者だ。

「お前はどうなんだ? オーク共は何やら面倒なことをしているようだが」

「蹴る、殴る、食べる」

 簡潔だ。簡潔過ぎる。ただ、恰好良い。言葉に合わせて動く彼女の四肢が、強心剤のように俺の弱った心臓を高鳴らせた。表情筋が発破をかけられたように動きだした。

「そりゃあ、最高だな」

「でしょ?」

 彼女の瞳が三日月のように細まり、普段のツンと上がった眦が優しく歪んだ。

 聞いた俺が馬鹿だった。でも、聞いてよかった。

 シャツのボタンを一つ開けると、一つ息をついた。胸元に風が吹き込み、膨らんだ。

「あれだけ憎まれたら、むしろ清々しいくらいだ。精々、印象改善に努めることとしようか」

 鼻で嗤うように気分の良い自嘲を纏うと、釣られるようにしてハティも口角を持ち上げた。

「おいしいのつくる?」

「あぁ、とびきりのやつをな」

 ヘンリーが戻ってきた時の表情は見物だった。キュイジーヌ家からの要請として冒険者を募ることを伝え、仔細を詰めると、冒険者ギルドを後にした。

 スイングドアを押し開くと、石畳の所々に空が見えた。知らない間に雨が降ったらしい。厚くかかっていた雲は切れ間を見せ、石畳がいきれている。俺は靴底に噛む石の感覚も気にならず、帰宅の途についた。

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