53 / 59
53話 思い出との別れ
しおりを挟む
7月の下旬。僕らはとうとうこの日を迎えてしまった。
「今日でこの家ともさよならだな……ちょっと寂しいな。」
「そうね。半年以上会えなくなるし……」
そう、それが本当に嫌だし、寂しい。この期間が苦痛で仕方ないけど、全ては受験のため。もっと言えば、自分の描く幸せに向けてやるものだ。
事前に大まかな荷物は引っ越し業者運んでくれていた。だから僕らはリュック程度の軽い荷物で済んでいたのだ。
「じゃあ行くか。」
「ちょっと待って! 写真撮ってからにしようよ。」
「うん。」
葵の手には修学旅行で使っていたチェキがあった。地獄の鬼ごっこのせいで使用頻度はガックと下がってしまったが、それでも日々の思い出作りに大いに役に立っていた。
「撮るよー! はいチーズ!」
葵は声を弾ませながらそう言った。僕は楽しそうな葵が見られて嬉しかった。
「いい感じ?」
「うん、最高!」
葵は満足したようにそう言った。そして1年半過ごした我が家の鍵を大家さんに返して、僕らは家をさった。あの家には僕らの思い出がたくさん詰まっている。料理をこぼした後だけじゃない、目に見えない僕らの気持ちがそこに残っているような気がしていた。
「葵、電車何時?」
「えっとね、1時くらいかな。翔太は?」
「12時過ぎ。僕の方が早いみたいだね。」
そっか、じゃあ僕が見送られる形になるわけだ。後1時間何しようかな。
「私行きたいところがあるんだけど。良いかな?」
「ああ、全然問題ないよ。」
「やった。じゃあさ、早くいこう。時間もないし。」
このさりげなく喜んだ感じが、すごい可愛い。この子はやっぱり僕の天使だな。
僕は葵の後を追った。彼女はどこか楽しそうに、その目的地に向かっているように見えた。それにつられて僕も穏やかな気持ちに戻っていた。
「ここだよ。私たちがであった場所。」
「別に今来なくても良かったんじゃないか? 何度も来たし、これからも来る機会あるだろ。」
「ううん。この機会だから来たかった。私たちの思い出の場所を最後に見ておきたかったから。」
半年という時間を、僕らは途方もない苦行の時間だと感じていた。それは今まで1回も離れて生活したことがなかったから。それが余計に心を痛めつけていた。
「あの時、私は地獄のどん底だったよ。毎日どう死のうかしか考えてなかったからさ。」
「今じゃ考えられないな。」
「本当にね。でも私を変えてくれたのが、君だったりするんだよ。ここで、『君を幸せにするから、僕を幸せにしてほしい』なんていうんだから。可笑しすぎて、死ぬ気失せたよ。」
彼女は冗談ぽく笑うが、僕には笑えなかった。
「あの時、葵を自殺させないために、必死だったんだ。」
「うん、知ってる。だから私はね君について行こうって決めたんだよ。君以外に私を生かした責任を取れそうな人はいなかったし。」
僕らは昔話に花を咲かせていた。2人だけだから話せる、変な冗談。このことを笑い話にできるのは当人たちだけ。他はデリカシーを気にして話に触れては来ない。
「でも、僕は君を止めて正解だと思ってる。」
「私も、君に止められて正解だと思ってるよ。」
そして僕らはいつものように口づけを交わす。もう慣れたと思いきや、やはり毎回ドキドキしてしまう。男としては失格なのだろう。
「そろそろ時間だ、行こう。」
「うん。」
僕らは手を取り合って、駅に向かった。僕は予定していた時刻の電車に乗り、葵に別れを告げた。
「じゃあな。次は、勉強合宿かな。」
「うん、その時まで寂しいけど。バイバイ。」
…………発車します。ご注意ください。
車内アナウンスが流れる。僕たちを分つ1つの合図。それが今流れた。
「絶対ラインしてね。いつでも待ってるから、翔太!」
「ああ、ありがとう。行ってくるなー!」
……堪えろ僕。別れは笑顔で!
「……バイバイ、翔太。」
「……ああ。バイバイ!」
扉は閉まり、葵はその場で僕が見えなくなるまで見送ってくれた。僕は静かに号泣したのだった。
「今日でこの家ともさよならだな……ちょっと寂しいな。」
「そうね。半年以上会えなくなるし……」
そう、それが本当に嫌だし、寂しい。この期間が苦痛で仕方ないけど、全ては受験のため。もっと言えば、自分の描く幸せに向けてやるものだ。
事前に大まかな荷物は引っ越し業者運んでくれていた。だから僕らはリュック程度の軽い荷物で済んでいたのだ。
「じゃあ行くか。」
「ちょっと待って! 写真撮ってからにしようよ。」
「うん。」
葵の手には修学旅行で使っていたチェキがあった。地獄の鬼ごっこのせいで使用頻度はガックと下がってしまったが、それでも日々の思い出作りに大いに役に立っていた。
「撮るよー! はいチーズ!」
葵は声を弾ませながらそう言った。僕は楽しそうな葵が見られて嬉しかった。
「いい感じ?」
「うん、最高!」
葵は満足したようにそう言った。そして1年半過ごした我が家の鍵を大家さんに返して、僕らは家をさった。あの家には僕らの思い出がたくさん詰まっている。料理をこぼした後だけじゃない、目に見えない僕らの気持ちがそこに残っているような気がしていた。
「葵、電車何時?」
「えっとね、1時くらいかな。翔太は?」
「12時過ぎ。僕の方が早いみたいだね。」
そっか、じゃあ僕が見送られる形になるわけだ。後1時間何しようかな。
「私行きたいところがあるんだけど。良いかな?」
「ああ、全然問題ないよ。」
「やった。じゃあさ、早くいこう。時間もないし。」
このさりげなく喜んだ感じが、すごい可愛い。この子はやっぱり僕の天使だな。
僕は葵の後を追った。彼女はどこか楽しそうに、その目的地に向かっているように見えた。それにつられて僕も穏やかな気持ちに戻っていた。
「ここだよ。私たちがであった場所。」
「別に今来なくても良かったんじゃないか? 何度も来たし、これからも来る機会あるだろ。」
「ううん。この機会だから来たかった。私たちの思い出の場所を最後に見ておきたかったから。」
半年という時間を、僕らは途方もない苦行の時間だと感じていた。それは今まで1回も離れて生活したことがなかったから。それが余計に心を痛めつけていた。
「あの時、私は地獄のどん底だったよ。毎日どう死のうかしか考えてなかったからさ。」
「今じゃ考えられないな。」
「本当にね。でも私を変えてくれたのが、君だったりするんだよ。ここで、『君を幸せにするから、僕を幸せにしてほしい』なんていうんだから。可笑しすぎて、死ぬ気失せたよ。」
彼女は冗談ぽく笑うが、僕には笑えなかった。
「あの時、葵を自殺させないために、必死だったんだ。」
「うん、知ってる。だから私はね君について行こうって決めたんだよ。君以外に私を生かした責任を取れそうな人はいなかったし。」
僕らは昔話に花を咲かせていた。2人だけだから話せる、変な冗談。このことを笑い話にできるのは当人たちだけ。他はデリカシーを気にして話に触れては来ない。
「でも、僕は君を止めて正解だと思ってる。」
「私も、君に止められて正解だと思ってるよ。」
そして僕らはいつものように口づけを交わす。もう慣れたと思いきや、やはり毎回ドキドキしてしまう。男としては失格なのだろう。
「そろそろ時間だ、行こう。」
「うん。」
僕らは手を取り合って、駅に向かった。僕は予定していた時刻の電車に乗り、葵に別れを告げた。
「じゃあな。次は、勉強合宿かな。」
「うん、その時まで寂しいけど。バイバイ。」
…………発車します。ご注意ください。
車内アナウンスが流れる。僕たちを分つ1つの合図。それが今流れた。
「絶対ラインしてね。いつでも待ってるから、翔太!」
「ああ、ありがとう。行ってくるなー!」
……堪えろ僕。別れは笑顔で!
「……バイバイ、翔太。」
「……ああ。バイバイ!」
扉は閉まり、葵はその場で僕が見えなくなるまで見送ってくれた。僕は静かに号泣したのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる