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50話 「幸せ」という意味
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「2人とも、互いの幸せのために生きてますか?」
先生が言い放ったその言葉に、僕は動揺を隠せずにいた。
「私は、翔太が幸せになってくれたら嬉しいなと思って、日々生活していますよ。」
「僕も、葵の幸せを第一に思っています!」
僕は笑顔でそう言った。その言葉に嘘はないし、事実を言ったまでである。先生は僕らの反応を見て少しだけ嬉しそうだった。
「それは何よりだわ。」
そして彼女は少し居住まいを正すと、今度は少しだけ寂しげな表情を浮かべていた
「……私の旦那、一年前に病気で亡くなったの。」
「えっ……」
僕はそれ以外の反応ができなかった。
「そうなるわよね……突然そんなこと言われても困るものね。」
そんな事よりさ、何の脈絡もなくそんな暴露をされて、僕らの頭の中ぐちゃぐちゃなんだけど。先生は何を考えてるんだ?
「旦那わね、突然私の前からいなくなったの。何の前触れもなく、いつも通り家に帰ってきたら、電話がかかってきて。看護師から告げられたのよ、亡くなったって。」
「……先生。」
堪えているようだったが、そんなものじゃ彼女の感情は抑えきれなかった。あっさり感情のダムが破壊されてしまっていた。
「……目の前が真っ暗になったの……3人で歩んできた道を、突然2人で歩めって言われた気分だったわ。」
「……私は旦那に何もしてあげられなかった……仕事が忙しくて家にもいられなかったし、いても休日1日くらい……それだけが、3人で楽しく過ごせる時間だったわ。」
先生は18の時に旦那さんとの間に渚を授かり、大学に通いながら育てていた。互いにバタバタで、2人の時間を過ごす時間もなくて、最近ようやく夫婦の時間ができ始めた頃だったという。
「……私は嘆いたわ……何で私がこんな目に遭わなくちゃならないのかって……どうして愛する彼を失わなきゃいけなかったのかって。」
嗚咽混じりの声は、少しずつ聞き取りづらくなってきた。僕は徐に立ち上がり、先生の隣に座った。
「一回話すのをやめましょう。それじゃあ先生がもたなくなる。話ならまた後ですればいいんです。そんなに焦らなくていいですから、ね。」
僕は諭すように先生に言った。そして背中をさすりながら、先生が落ち着くのを待った。この時ばかりは、葵も何も言っては来なかった。
「……ありがとう、落ち着いたわ。」
「大丈夫ですか?」
「ええ、もう大丈夫。」
赤い目をして、俯きながら、また少しずつ語り出した。
「私が言いたかったのは、2人とも悔いのないように時間を過ごして欲しい。私はそれを伝えたかったの。」
その言葉には、説得力がありすぎた。僕は胸に突き刺さったそれを、心に留めておく決心をした。
「いつ別れが来るかもわからない。だから、今のうちにできることをやっておきなさい。私が出来なかったから、偉そうなことは言えないけど、こういう私だから言えることもある。私は、2人が来ることを聞いた時から、これだけは言おうと決めてたの。」
これで脈絡のなかった先生の話がようやくまとまった。先生が何を言いたかったのか、それを理解できると、より今の話が泣けてくる。
「先生。」
「どうしたの?」
「ありがとうございます。そんな大事な話を僕らにしてくれて。」
「ううん良いのよ。2人の幸せな顔が見れれば、私はそれで満足だから。」
先生は作ったような笑顔を浮かべた。
「私が何で彼と結婚したのか。それはね、私のことを彼なら幸せにしてくれると本気で思ったからなの。」
「人ってさ、いつかは死ぬ生き物で、それがいつ訪れるのか分からない。死んだら人は全てを失うわ。富も名声も友人も恋人も。何もかもが無くなるの。」
「じゃあ、何で人って生まれてきて、何で色々なものを得ようとするんだろう。絶対最後には失うのに。」
先生の顔は、寂しげな雰囲気が漂っていた。それでいて、涙を流すわけでもなくどこか儚げな表情にも見えた。
「私はさ…………幸せになるために生まれてくるんだと思うのよ。」
「私は、彼と結婚して幸せだったわ。高校一年から付き合いだして、23年。一度も不幸だと思ったことはなかった。だから彼のプロポーズを受けた事、今でも正解だったと思ってるわ。」
それから先生は逆説的に話を続けた。
「私はどうなんだろう。彼を幸せに出来たのかな、彼の人生を色鮮やかにしてあげられたのかな。」
悲痛な叫びだった。それを確認する手段はもう残されていないのだから。先生には酷な話だと心底思った。
「お母さん。お父さんはさ、幸せだってずっと言ってたよ。お母さんとじゃなかったら、こんなに人生は楽しくなかったって。」
「渚…………お父さんがそう言っていたの? 本当に?」
「うん。耳にタコができるほど、私聞いたよ。お父さんの声もまだ耳に残ってる。」
何で早く言わなかったんだろう。僕はそう言いかけたが、すぐに引っ込めた。今ここで言うべき事ではないと、僕が思ったからだった。
「そっか、私も幸せに出来ていたのね。それが分かっただけでも、私は満足よ。欲を言えば、旦那の口から聞きたかったけど。」
先生は嬉しそうにそう言った。
「ごめんね、2人には関係ない話ばっかりだったけど。でも、今こうして2人揃っているうちに、伝えたい事は伝えておくべきだと、私が思うからさ。2人が互いを幸せにする関係でいれば、この先何があっても大丈夫よ。」
先生はそう締めくくった。どうしても最後まで寂しげな声色が元に戻ることはなかったけど、先生の優しさは僕の胸にしっかりと届いていた。
それから僕らは、紗南さんの旦那さんにお線香をあげて、『また来るね』という趣旨の話をした後に、家路についた。
気がつけば夕暮れ時。先生の話に引き込まれていたせいか、時間という概念を忘れ去っていたのだった。
先生が言い放ったその言葉に、僕は動揺を隠せずにいた。
「私は、翔太が幸せになってくれたら嬉しいなと思って、日々生活していますよ。」
「僕も、葵の幸せを第一に思っています!」
僕は笑顔でそう言った。その言葉に嘘はないし、事実を言ったまでである。先生は僕らの反応を見て少しだけ嬉しそうだった。
「それは何よりだわ。」
そして彼女は少し居住まいを正すと、今度は少しだけ寂しげな表情を浮かべていた
「……私の旦那、一年前に病気で亡くなったの。」
「えっ……」
僕はそれ以外の反応ができなかった。
「そうなるわよね……突然そんなこと言われても困るものね。」
そんな事よりさ、何の脈絡もなくそんな暴露をされて、僕らの頭の中ぐちゃぐちゃなんだけど。先生は何を考えてるんだ?
「旦那わね、突然私の前からいなくなったの。何の前触れもなく、いつも通り家に帰ってきたら、電話がかかってきて。看護師から告げられたのよ、亡くなったって。」
「……先生。」
堪えているようだったが、そんなものじゃ彼女の感情は抑えきれなかった。あっさり感情のダムが破壊されてしまっていた。
「……目の前が真っ暗になったの……3人で歩んできた道を、突然2人で歩めって言われた気分だったわ。」
「……私は旦那に何もしてあげられなかった……仕事が忙しくて家にもいられなかったし、いても休日1日くらい……それだけが、3人で楽しく過ごせる時間だったわ。」
先生は18の時に旦那さんとの間に渚を授かり、大学に通いながら育てていた。互いにバタバタで、2人の時間を過ごす時間もなくて、最近ようやく夫婦の時間ができ始めた頃だったという。
「……私は嘆いたわ……何で私がこんな目に遭わなくちゃならないのかって……どうして愛する彼を失わなきゃいけなかったのかって。」
嗚咽混じりの声は、少しずつ聞き取りづらくなってきた。僕は徐に立ち上がり、先生の隣に座った。
「一回話すのをやめましょう。それじゃあ先生がもたなくなる。話ならまた後ですればいいんです。そんなに焦らなくていいですから、ね。」
僕は諭すように先生に言った。そして背中をさすりながら、先生が落ち着くのを待った。この時ばかりは、葵も何も言っては来なかった。
「……ありがとう、落ち着いたわ。」
「大丈夫ですか?」
「ええ、もう大丈夫。」
赤い目をして、俯きながら、また少しずつ語り出した。
「私が言いたかったのは、2人とも悔いのないように時間を過ごして欲しい。私はそれを伝えたかったの。」
その言葉には、説得力がありすぎた。僕は胸に突き刺さったそれを、心に留めておく決心をした。
「いつ別れが来るかもわからない。だから、今のうちにできることをやっておきなさい。私が出来なかったから、偉そうなことは言えないけど、こういう私だから言えることもある。私は、2人が来ることを聞いた時から、これだけは言おうと決めてたの。」
これで脈絡のなかった先生の話がようやくまとまった。先生が何を言いたかったのか、それを理解できると、より今の話が泣けてくる。
「先生。」
「どうしたの?」
「ありがとうございます。そんな大事な話を僕らにしてくれて。」
「ううん良いのよ。2人の幸せな顔が見れれば、私はそれで満足だから。」
先生は作ったような笑顔を浮かべた。
「私が何で彼と結婚したのか。それはね、私のことを彼なら幸せにしてくれると本気で思ったからなの。」
「人ってさ、いつかは死ぬ生き物で、それがいつ訪れるのか分からない。死んだら人は全てを失うわ。富も名声も友人も恋人も。何もかもが無くなるの。」
「じゃあ、何で人って生まれてきて、何で色々なものを得ようとするんだろう。絶対最後には失うのに。」
先生の顔は、寂しげな雰囲気が漂っていた。それでいて、涙を流すわけでもなくどこか儚げな表情にも見えた。
「私はさ…………幸せになるために生まれてくるんだと思うのよ。」
「私は、彼と結婚して幸せだったわ。高校一年から付き合いだして、23年。一度も不幸だと思ったことはなかった。だから彼のプロポーズを受けた事、今でも正解だったと思ってるわ。」
それから先生は逆説的に話を続けた。
「私はどうなんだろう。彼を幸せに出来たのかな、彼の人生を色鮮やかにしてあげられたのかな。」
悲痛な叫びだった。それを確認する手段はもう残されていないのだから。先生には酷な話だと心底思った。
「お母さん。お父さんはさ、幸せだってずっと言ってたよ。お母さんとじゃなかったら、こんなに人生は楽しくなかったって。」
「渚…………お父さんがそう言っていたの? 本当に?」
「うん。耳にタコができるほど、私聞いたよ。お父さんの声もまだ耳に残ってる。」
何で早く言わなかったんだろう。僕はそう言いかけたが、すぐに引っ込めた。今ここで言うべき事ではないと、僕が思ったからだった。
「そっか、私も幸せに出来ていたのね。それが分かっただけでも、私は満足よ。欲を言えば、旦那の口から聞きたかったけど。」
先生は嬉しそうにそう言った。
「ごめんね、2人には関係ない話ばっかりだったけど。でも、今こうして2人揃っているうちに、伝えたい事は伝えておくべきだと、私が思うからさ。2人が互いを幸せにする関係でいれば、この先何があっても大丈夫よ。」
先生はそう締めくくった。どうしても最後まで寂しげな声色が元に戻ることはなかったけど、先生の優しさは僕の胸にしっかりと届いていた。
それから僕らは、紗南さんの旦那さんにお線香をあげて、『また来るね』という趣旨の話をした後に、家路についた。
気がつけば夕暮れ時。先生の話に引き込まれていたせいか、時間という概念を忘れ去っていたのだった。
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