雨と晴

20話 束の間の休息

　「ここよ。この辺りには部屋数が少ないから人と会いにくいはずよ。私が呼びにくるまでは、不要な出入りは禁止ね。」

　そう女将さんは言って、急いでエレベーターに乗って行った。取り残された僕らは扉を閉め、鍵をかけて、一番広い部屋で女将さんが来るまで待つことにした。

　「お母さんはね、ずっと私の味方でいてくれた。何があっても私のそばにいてくれたよ。あの件だってお母さんは信じてくれた。」

　仕事一筋だった葵のお父さんは、ほとんど話す時間も無く幼い頃から旅館の従業員やお母さんとばかり遊んでいた。

　葵は幼い頃から旅館の手伝いをしていて、友達と遊べるのは学校の休み時間だけだった。だから、中高生が一度は必ず行く、カラオケや映画館、遊園地などに友達と行ったことが無かった。

　それだけ、学校での人間関係が薄かったせいで、ありもしない情報が信じられてしまったのだ。それは葵のことをほとんど知らないがために、そういう事態に陥ってしまった。

　「あと、翔太も庇ってくれてありがとう。あのままだったら大泣きしてた。」

　「別にいいよ。あんな、非常識な大人っているんだな。」

　「うちの旅館の幹部の奥さんだよ。この地域でチヤホヤされてるから調子乗ってるんだよ。翔太の住んでる地域に行ってビックリしたけど、あの人たちより良い暮らししてそうな家庭の奥さんも、思いやりを持ってた。」

　あれが普通だって思ってる方がおかしいんだ。人を侮辱していい理由なんてない。そんな地域住んでいて、嫌な思いをするのなら、他の地域に移住した方がいい。

　まあ、葵みたく気づかないパターンもあるから一概には言い切れないんだけどね。

　「そうなのか？　うちの地域じゃ当たり前だったからな、あんまり気づかなかったのかもしれない。」

　僕はそう言いながら、一つ疑問があった。

　「この旅館の幹部の奥さんって、みんなあんな感じなの？。」

　「大体あんな感じだよ。私の両親にはいい顔するけど、役職が下の人とかには、傲慢な態度を取ってるて、この辺りじゃ有名。」

　なるほどね。これは使えそうだな。

　「幹部自身は？」

　「人による。気配り上手で慕われている人もいれば、威張り散らしてるだけで仕事全く出来ない人もいるよ。」

　それでよくこの旅館は回ってるな。呆れて言葉が出ないよ。

　「売上はどうだった？」

　「ずっと減ってたみたい。お父さん、ずっと頭抱えてた。」

　まあ、そりゃ頭抱えるわな。しかもお父さんは取るべき行動を誤っているみたいだ。話す時に、これも一緒に言うか。

　「翔太、そんなこと聞いてどうすんの？」

　「まあ、見てなって。ちょっとだけ言いたいことができただけだから。葵は自分の事だけに集中してて。」

　葵の顔から暗い表情が消えることは無かった。今にも泣きそうで、気を張っていないと気持ちが折れてしまいそうに見えた。

　「やっぱり怖い？」

　「……うん。正直逃げ出したいくらい。でも、ここまで来たからには、言うべきことは言うつもり。」

　葵は強いよ。あんなこと言われても、逃げ出さないし、泣きそうになりながらも決して涙は流さないし。

　僕は少しずつお父さんに対しての怒りが増幅していた。弱冠16歳に世の中の残酷さを見せつけるなんて、人の心を知らないではと、嫌味を言ってしまいそうになる。

　ーーコンコン。

　「はい。」

　「二人とも、こっちの準備できたから、そろそろ行くわよ。心の準備はいいかしら。特に葵はしていた方がいいかもね。」

　「大丈夫だよお母さん。」

　「僕も大丈夫です。」

　「分かったわ。私の後に付いてきて。」
　
　僕らは再び女将さんの後を歩いた。この先に何が待っているか、僕らにはわからない。でも、何とかなる未来が僕には見えていた。