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19話 決戦へ
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そしてこの日を迎えた。僕らは再び荷造りをして、家を出た。葵の実家が意外にも遠かったため、日帰りを断念し、一泊二日の旅行に決めた。
葵の実家の旅館をネットで調べてみると、一白の値段が、某遊園地で一日中遊べるくらいだった。そんな旅館に葵のお母さんのご厚意で無料で泊まれるそうだ。
ただ、それ以上に葵が緊張していた。
「大丈夫か?」
「凄い怖いよ。ずっと白い目つきで見られるだろうから。」
彼女曰く、その旅館がある地域の全員がこのことを知っているという。田舎で人々の距離感が近いことから、情報はすぐに回るそうだ。しかも県外からの観光客も多い旅館だそうだから、地域の中での影響力も大きい。
そりゃ、葵の情報が知れ渡るのも無理はないな。しかも、そんな旅館の若女将だから、そんな出来事を起こされては評判に傷がつく。だから、一刻も早く遠ざけたかったんだな。
恐らく僕も冷やかな視線が飛んでくる。葵はその地域では、一種の有名人だ。すぐにいることがバレる。その隣を歩く僕にも白けた目線を向けるだろう。
でも、それは既に分かっていたことだ。今更怖がることなんて何もない。僕の任務は葵が幸せになるよう導く。それだけだ。
新幹線で数時間揺られたのち、市電を乗り継いで葵の故郷へとやってきた。
「降りるぞ。準備はいいか?」
「……うん。大丈夫。」
「じゃ、いこう。」
僕らは電車を降りて改札を抜けた。そこには建物もほとんどなく、民家が数軒建っているだけ。あとはほとんどが田園だった。道は舗装されているようで、歩きやすい。目線を上げすぐに、「雨森旅館」の文字が見えた。
やはり、見られている。近くの八百屋の店主や商店のお婆ちゃん。大勢の通行人は二度見をするほどだった。
「大丈夫か?」
「なんとか。でも、こんなんで挫けてたらだめだよね。」
葵の声は震えていた。それほどの覚悟で、ここまできたのだろう。僕は、葵の左手を手に取った。小刻みに震える手を僕は包み込むようにして握った。
「……ありがとう。」
「いいんだ。今は自分のことだけを考えて。」
「うん。」
僕らは痛いほどの視線を浴びながら目的地を目指す。やはり人が少ないようで、ほとんど道中人とは会わなかった。
しかし、こんな事があった。田園風景の中、小道を歩いていると前から二人のおばさんが歩いてきた。
「あら、葵ちゃんじゃない。帰ってきてたの?」
「……えっ、ええ。」
「あんなことの後だから、とっくに自殺でもしてるのかと思ってたわ。ハハハ。」
「コイツら……!」
「……やめて。お願い抑えて。」
「でも……。」
「こんなところで騒ぎを起こすほうが不味いから。今はお願い。」
「分かった。」
「あら、あなたそんな常識知らずの彼氏さんかしら。やめたほうがいいわよ。そんな子。」
目の前のおばさんはそういうと高笑いを始めた。葵の左手に力が入っている。あの時と同じ、グッと堪えているのだ。
「一言だけ言ってもいいか?」僕は葵に言った。「うん。」それだけが返ってきた。
「言っとくけど、そんな大声で人の悪口を言うような人よりかは常識あるよ、葵は。」
それだけを言って僕らは先に進んだ。
「何よあんた。その子のこと何も知らないくせに。生意気なのよ。」
知らないのはあんたの方だ。そうやって声高らかに人の悪口を言ってるあんたは、これから痛い目見るぞ。僕らはこの地域の常識をひっくり返すんだからな。
そうなったらあのおばさんの立場は無くなるだろうな。怖気付いて泣き喚くんじゃないか。まあ、それが普通だ。何も言わずに、誰も傷つけなかった葵が凄いんだ。
そして旅館に着いた。葵のお母さんからは、裏口に回ってとのことだった。とりあえずその通りにしてみる。するとそこには一人の着物を着た女性が立っていた。
「葵なの? 葵よね?」
「……おかあさーん!」
葵は手を離すと、勢いよく駆け出した。そしてお母さんと抱擁を交わした。
「よく帰ってきたわね。葵は凄いわ。」
「お母さん! お母さん!……お母さん!」
僕の目にも涙が溢れてきた。この地域にもやはり彼女を信頼する人がいたのだ。その人との再会を見て泣かずにいられるだろうか。
「あなたが葵のご友人さんね。お名前いいかしら。」
「晴山翔太です。」
「翔太くんね。遥々来てくれてありがとう。娘を守ってくれてありがとう。」
「いえいえ。当然のことをしただけですから。お礼なんて頂けませんよ。」
「まあ、なんて謙虚な方なのでしょう。」
思ったことを素直に言っただけなんだけどな。それで謙虚と言われても、反応に困るな……。
「とりあえず、上がってちょうだい。君たちの部屋は取ってあるから。案内するわね。」
僕らは葵のお母さんの後を追って部屋まで行った。
葵の実家の旅館をネットで調べてみると、一白の値段が、某遊園地で一日中遊べるくらいだった。そんな旅館に葵のお母さんのご厚意で無料で泊まれるそうだ。
ただ、それ以上に葵が緊張していた。
「大丈夫か?」
「凄い怖いよ。ずっと白い目つきで見られるだろうから。」
彼女曰く、その旅館がある地域の全員がこのことを知っているという。田舎で人々の距離感が近いことから、情報はすぐに回るそうだ。しかも県外からの観光客も多い旅館だそうだから、地域の中での影響力も大きい。
そりゃ、葵の情報が知れ渡るのも無理はないな。しかも、そんな旅館の若女将だから、そんな出来事を起こされては評判に傷がつく。だから、一刻も早く遠ざけたかったんだな。
恐らく僕も冷やかな視線が飛んでくる。葵はその地域では、一種の有名人だ。すぐにいることがバレる。その隣を歩く僕にも白けた目線を向けるだろう。
でも、それは既に分かっていたことだ。今更怖がることなんて何もない。僕の任務は葵が幸せになるよう導く。それだけだ。
新幹線で数時間揺られたのち、市電を乗り継いで葵の故郷へとやってきた。
「降りるぞ。準備はいいか?」
「……うん。大丈夫。」
「じゃ、いこう。」
僕らは電車を降りて改札を抜けた。そこには建物もほとんどなく、民家が数軒建っているだけ。あとはほとんどが田園だった。道は舗装されているようで、歩きやすい。目線を上げすぐに、「雨森旅館」の文字が見えた。
やはり、見られている。近くの八百屋の店主や商店のお婆ちゃん。大勢の通行人は二度見をするほどだった。
「大丈夫か?」
「なんとか。でも、こんなんで挫けてたらだめだよね。」
葵の声は震えていた。それほどの覚悟で、ここまできたのだろう。僕は、葵の左手を手に取った。小刻みに震える手を僕は包み込むようにして握った。
「……ありがとう。」
「いいんだ。今は自分のことだけを考えて。」
「うん。」
僕らは痛いほどの視線を浴びながら目的地を目指す。やはり人が少ないようで、ほとんど道中人とは会わなかった。
しかし、こんな事があった。田園風景の中、小道を歩いていると前から二人のおばさんが歩いてきた。
「あら、葵ちゃんじゃない。帰ってきてたの?」
「……えっ、ええ。」
「あんなことの後だから、とっくに自殺でもしてるのかと思ってたわ。ハハハ。」
「コイツら……!」
「……やめて。お願い抑えて。」
「でも……。」
「こんなところで騒ぎを起こすほうが不味いから。今はお願い。」
「分かった。」
「あら、あなたそんな常識知らずの彼氏さんかしら。やめたほうがいいわよ。そんな子。」
目の前のおばさんはそういうと高笑いを始めた。葵の左手に力が入っている。あの時と同じ、グッと堪えているのだ。
「一言だけ言ってもいいか?」僕は葵に言った。「うん。」それだけが返ってきた。
「言っとくけど、そんな大声で人の悪口を言うような人よりかは常識あるよ、葵は。」
それだけを言って僕らは先に進んだ。
「何よあんた。その子のこと何も知らないくせに。生意気なのよ。」
知らないのはあんたの方だ。そうやって声高らかに人の悪口を言ってるあんたは、これから痛い目見るぞ。僕らはこの地域の常識をひっくり返すんだからな。
そうなったらあのおばさんの立場は無くなるだろうな。怖気付いて泣き喚くんじゃないか。まあ、それが普通だ。何も言わずに、誰も傷つけなかった葵が凄いんだ。
そして旅館に着いた。葵のお母さんからは、裏口に回ってとのことだった。とりあえずその通りにしてみる。するとそこには一人の着物を着た女性が立っていた。
「葵なの? 葵よね?」
「……おかあさーん!」
葵は手を離すと、勢いよく駆け出した。そしてお母さんと抱擁を交わした。
「よく帰ってきたわね。葵は凄いわ。」
「お母さん! お母さん!……お母さん!」
僕の目にも涙が溢れてきた。この地域にもやはり彼女を信頼する人がいたのだ。その人との再会を見て泣かずにいられるだろうか。
「あなたが葵のご友人さんね。お名前いいかしら。」
「晴山翔太です。」
「翔太くんね。遥々来てくれてありがとう。娘を守ってくれてありがとう。」
「いえいえ。当然のことをしただけですから。お礼なんて頂けませんよ。」
「まあ、なんて謙虚な方なのでしょう。」
思ったことを素直に言っただけなんだけどな。それで謙虚と言われても、反応に困るな……。
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僕らは葵のお母さんの後を追って部屋まで行った。
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