雨と晴

やすを。

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17話 晴れていく靄

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 「じゃあ、私も秘密を言わないと不公平だよね。」

 「別に無理して言わなくてもいいぞ?」

 「そう言うわけにも行かないよ。翔太の過去を聞いたんだから私の過去も離さないとね。」

 変に律儀だな。別にお返しなんてしなくてもいいのに。

 「そろそろ、私も自分の境遇に目を逸らし続けるのを止めようと思ってさ。」

 なるほど。ようやく聞けるんだな。出会った頃に何があったのかを。

 「あれは今年の一月ごろだったかな。私はそこそこ名の知れた旅館を経営する父がいて、その旅館で若女将をやってたんだ。雪が降っていて、夜だったと思う。お風呂場を閉めて明日の営業のために男湯を掃除していた時だった。」

 僕は生唾を飲んだ。とても嫌な予感がした。

 「あるチャラい男が、いきなり私の腕を掴んで、力づくでお風呂の外に連れて行かれたんだ。その時間は夕食時でもあったから、人もいないから助けも呼べずなかったよ。」

 葵の声色が徐々に変わっていく。その当時を思い出して、辛くなってきたのだろう。

 「本当に無理して言うことないぞ。辛いならやめろ。」

 「ううん。もう現実と向き合うことにしたから。」

 僕はその言葉が野暮なのだと気づいた。

 「それで、そのチャラい男に抵抗できるはずもなく、服を脱がされ……」

 「私は初めてを奪われた。」

 僕は言葉を失った。想像以上の話で、僕の頭の中は混乱し始めていた。

 「その間中、私は痛いのを我慢して早く終わることだけを望んでたよ。」

 「それでね、終わった後に親たちになんて言われたと思う?」

 「なんて言われたんだよ。」

 「お前を勘当するって言われた。」

 僕は理解が追いつかなかった。普通なら、両親は傷心の葵に寄り添い強姦犯を警察に探してもらうのが筋だ。

 「私も意味がわからなかったよ。でね、理由を聞いたら、更に意味が分からなくなってさ。」

 「『公衆の面前でなんて事をしていたんだ。』って言われたんだ。させられてたのはこっちのはずなのに、もう滅茶苦茶だよ。」

 「それから、いくら訂正しようとしても誰も取り合ってくれなかった。言い訳だって言ってさ。友達にもその話が広がってて、誰も私と話してはくれなかったよ。」

 「それで、故郷から離れて、私は自殺しようと決めたんだ。それがあそこだった。」

 胸が張り裂けそうな気持ちになった。葵は全てを話し終わると、涙を零した。一つ一つの滴がとても大きく見えた。

 「一つ聞いてもいいか?」

 「……なに?」

 「何でその事がバレたの?」

 「……見かけた人が何人かいたんだって、その時の様子が、どう見ても好き好んでやっているようにしか見えなかったらしいよ。」

 目が節穴なんだろう。この状況で、どう考えても好き好んでやっていた訳ではないのが明白だ。背景を知らないにしても、葵の表情で分かるはずだ。

 「……抵抗してなかったし、助けてとも言っていなかったから、そう見えたんじゃないかって。私は考えたよ。」

 「でもさ、葵が抵抗できなかったのは、痛かったからで、声が出せなかったのは、痛いのを我慢してたからでしょ?」

 「……うん。でも、誰も信じてはくれなかったよ。初めて翔太が信じてくれた。本当にありがとう。」

 「違うよ。僕は君の説明をちゃんと聞いたから、そう理解できたんだ。君が、実家に行きたいって言ったのは、これを説明するためなんだろ? だったら、胸を張って言ったほうがいい。」

 僕は一つ分かったことがあった。いつかに、巧が言っていたこと。そして僕が感じていた事。それは、全てこの時にできたトラウマが原因だったのだと。

 男性に壁を作る。それはその時の恐怖心が無意識に出てしまった結果なのだろう。

 「……だからさ、翔太にも一緒に行って欲しい。私が、自分の過去と戦う瞬間をさ。」

 「行くに決まってる。あの時と答えは変わらないよ。というかより、その気持ちが強くなった。」

 葵は嗚咽混じりに泣いていた。あの頃を思い出して、再び心の傷が開いたのだ。比べるのもおこがましいほどの、葵の傷は当分塞がる事はないだろう。それまで僕は隣にいる義務がある。

 僕は、彼女が落ち着くまでずっと背中をさすっていた。

 「……ありがとう。落ち着いたよ。」

 「大丈夫か。無理するなよ。」

 「……うん。じゃあ、おんぶして。」

 「了解。」

 僕は葵をおぶり、そのまま別荘に帰っていった。僕の背中から、涙を啜る声が幾度となく聞こえてきたのは僕と彼女の秘密である。

 
 
 
 



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