カコの住人たち

やすを。

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27話 3歩進んで2歩退がる

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「あの時に通った神社だよな。ちゃんとは来たことは無かったけど、結構趣あるな……。」

 坂道を上り、石段を数十段ほど上がった先に、その神社はあった。

 所々に傷んだ箇所があって朱色のような赤も時の流れによって褪せているような、昔ながらの風情がある本殿だった。

 その前には、石で積まれただけの簡易的な灯篭が我が物顔で鎮座していた。

 他に別段建物のようなものは無く、二人掛けの小さなベンチが一つあるくらいだった。

「私こういうの結構好きだよ。何か眺めてると落ち着くっていうかさ。」

「落ち着く、ね……。僕は不気味で仕方ないけどな。」

 僕はゲームマスターが作り上げたこの世界に、違和感を止めどなく感じていた。

 この世界のコンセプトは? 

 こんなにも現実味溢れる世界をどうやって創り上げた? 

 まず、ここはどこなのだ? 

 そんな疑問が枯れる事なく湧いてきた。

 創造主は何でもありで、僕らなんて簡単に捻り潰せるだろう。

 でも、ゲームマスターはそれをしない。僕らを苦しめるために、死より辛い経験を僕らに味わわせるために。

 あいつは高笑いしながら僕らの足掻きを眺めている事だろう。なんとも癪なやつだ。

「不気味がる事なんて、私からすると一つも無いと思うけどな。」

「何で?」

「あるべき場所にあるべき姿として、そこにあるだけだから。」

 あきは、どこか自分の気持ちを乗せるようにそう述べた。

 自然に上がっている口角を見て、彼女の気持ちを察して、何となくのニュアンスを感受できた。

「風景と一体化したこの場所は、もう人間の領域じゃないの。長い時を経てこれは自然の所有物になったんだと思う。」

「自然の所有物? なんだそれ。」

「昔は人が管理していて、汚れないように掃除をしたり、人の往来で賑わいを見せていたと思うの。でもいざ人が姿を消し、建物だけが遺されたら、その建物には埃が増えて、蜘蛛の巣が張り巡らされる。長い月日が経つとコケなどの植物が生えて、自然の中に戻っていく。それは私たちへのメッセージなのかもしれない…………なんてね。」

 あきは恥かしさを隠すためなのか、誤魔化したように笑った。

 『あるべき場所にあるべき姿として、そこにあるだけ。』という彼女の呟いた言葉は、僕の心に深く刺さった。

 何気なく放ったにしては、どこか的確で、まるで以前から心のどこかに隠し持っていた言葉のようなクオリティーだった。

「なんか、詩人みたいな事言うな。」

 僕は素直な感想を述べた。

「ちょっと、マー君の真似してみたの。」

「僕の真似? どういうこと?」

「現実世界の君の真似だよ。時々自然を見て、そんな事言ってたから。ちょっと真似したくなってさ。」

「えっ、えっ? 現実世界の僕ってそんなダサいの……。」

 知らなかった本当の自分に、ダサすぎた性格の根底に、僕は大きなショックを受けた。

 現実世界の僕は、自分の事をポエマーとでも勘違いしているのではないだろうか。

「……とりあえず、本殿見て来るな。」

 僕はブルーな気持ちを抱えたまま、恐らく未捜索の本殿へと向かった。

「あっ、待って、私も行く!」

 そう言ってあきは僕の後を追って共に、本殿の中へと入っていった。

 「十二枚目あったよ。」

 あきは冷静にそう言った。

 神社の本殿には、さほど物が隠れるスペースがない。

 引き出しの数が異常に多く、木製で、黒く変色した年季の入った棚が二つ置かれているのと、お賽銭箱。そして御神体であろう、大きな岩が鎮座していた。

「まじか‼ どこにあったんだ?」

「お賽銭箱の下に落ちてたよ。でもさ、これなんか変じゃない?」

 あきは、一枚のメモ紙を持って不思議そうに言った。

 何の変哲もない千切られたメモ用紙のようだが、そのメモには『十二』と書かれていただけで、肝心の日記の内容については記載がなかった。

「でも、他には何も見つからなかった訳だし、変化があるまで待つしかないんじゃないか?」

「小説とかでよくあるさ、水で濡れすと無地が浮かび上がってくるか、炙ってみるとか、やってみようよ。」

 あきは目を輝かせながらそう言った。

 しかしあきの提案を聞き入れることは不可能だった。

「あのな……。それで事故って、燃やしちゃったり、濡らして字が見えなくなったら、どうすんだよ。それこそ一巻の終わりだ。」

 僕は諭すようにあきに言った。

「ケチ―……。」

 不貞腐れたような表情を浮かべるあきだが、いくら好きな相手でもこれだけは譲れなかった。

「何とでも言ってくれ。お前を守るために僕は何が何でも止めるからな。」

「何か、矛盾してない? 私を守るために、私を止めるって。」

「……全然矛盾なんかしてないよ。あきさ、矛盾って言葉知ってて言ってる?」

 僕は呆れながらあきに言った。

 「でも、ありがとう。やっぱり、マー君は私の事好きだね。」

「そっ、そうだけど……。」

「あー、顔真っ赤!」

 そう言って笑う彼女がやけに尊く見えるのは、多分全世界で僕だけなのだろう。

「あきだって、僕の事好きなんだろ。」

 半ば、小学生の強がりのような言い方で、僕は彼女に向かっていった。

「勿論。嫌いになる理由が見つからないもん!」

 よくもそんな恥ずかしい事を、さらっと言えるな……。
「こんな日々が長く続けばいいのにね。」

「おいおい、変な事言うなよ。現実世界に帰りたいよ僕は。」

「私だって、現実世界に帰りたいよ。」

 こういう時に矛盾という言葉を使うべきだ。僕は心の中でそう呟いた。

 彼女は、『でも、』と小声で言うと、そのまま話を続けた。

「マー君と二人で過ごす時間が、もっとあればいいのにって。現実世界に戻ったらさ、今みたいに帰る場所が一緒な訳じゃないし、学校とかでさ、二人の時間が無くなっちゃうから。少し寂しいなって思う。」

「でも、現実世界には帰ろうよ。高校卒業したら二人で住めばいいじゃないか。」

 現実世界に戻れば、もっと楽しい世界が広がっていると思うし、選択肢も広がる。

 遊びに出かけたり、どっちかの家でまったり過ごしたり、登下校の間に買い食いしたり。

 きっと元の世界には幸せな光景が待っているに違いない。僕はそう夢を見ていた。

「高校の間の辛抱だって。」

「あと二年か……。でも、我慢してた期間に比べれば可愛いものだよね。」

 我慢していた、ね。

 きっとあきはずっと僕の事を想ってくれていたのだろう。

 そして長い間僕に寄り添い続けてくれた。

 僕が現実世界でどんな心持ちだったのか、それは僕ですら知る由も無い事だった。

 でも、今ここにいる僕は彼女を好きで堪らない。それは揺るぎなかった。

 オレンジと黒の空が混ざり合う時間帯。

 徐々に気温も過ごしやすさを感じられるようになって、僕らは昼間よりも増して肌を密着させながら、基地に戻るのだった。

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