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我ニ追ヒツク敵戦闘機ナシ
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胸から紐で吊り下げている航空時計を手にとる。
0813
もうこんな時間か。
焦りで心臓が締め付けられるような気がする。
発動機不調で出撃が二時間以上も遅れてしまった。伝声管を握る。
「見張りを厳にせよ」
「はい!」
打てば響くように操縦員の松本飛曹長、電信員の西浦二飛曹の声が鼓膜を打つ。なんの感情もこもっていないように聞こえたが…
俺はどうなんだろう?
焦りはあるが恐怖とは違う気がする。
早朝の索敵でも決死の思いなのに、こんなに明るくなってしまったら敵機に見つかる可能性が更に高まる。
だから焦りはあるが怖いとは思わない。
ただ任務を達成する事だけを考える。そう思わないとやってられない。
頭上の青空に目を凝らす。
目に痛いほどの明るさ。あの断雲の陰に敵戦闘機が潜んでいないか?
この彩雲の速度をもってしても何機も捕捉され未帰還になっている。
木更津を離陸して日光方面に全力上昇、進路変更して房総半島上空を1万メートルで通過、その後偵察高度3000メートルに降下。
飛行ルートを頭の中で反芻する。こんな手の込んだ事をしても撃墜される時はされる。
操縦の松本飛曹長は辣腕のベテランだ。飛行時間は2000を越えているし一度グラマンを振り切って生還している。
敵に遭遇したらあいつの腕に任せるしかない。
サイパンでグラマンを振り切った彩雲が「我ニ追ヒツク敵戦闘機ナシ」と打電したそうだが
無電の使用方法としては間違ってるが気持ちは良く分かる。
もう、そろそろ房総半島に向け機首を返す頃か。
「西浦、機銃の試射をせよ」
返事の後しばらくして発砲音が響く。
出撃前の噂話が頭に浮かんだ。
正午から陛下の重大放送があるらしい。
聖戦完遂の為、一層奮励努力せよって話だろう。
筒温がやや高いが、まあ誉発動機は快調に回っている。このまま機嫌を損ねない事を願う。
出撃が遅れたのが気になる。さっき本島中尉から「見張りを厳にせよ」と言われたが
言わずもがなの事でも言わないと仕方ないよな。
声は落ち着いていた。海兵73期だったか…まだ19才だな。
背が高く眉目秀麗、見た目は絵に描いたような海軍士官だが
予学13期の中尉が酔っ払った勢いで言ってたな。海兵も72期以降は玉石混淆、いや石が多いって。
ペアを組むのは初めてだが、玉石の玉の方だと良いのだが。
電信の西浦二飛曹は乙飛18期か。こちらもペアを組むのは初めて。まだ18歳位だろう。幼さの残る顔だった。ひょっとしてこれが初陣か。
ペアだけじゃなく飛行機の事も気になる。
確かに誉の調子さえ良ければ彩雲は速い。
しかし機体の強度的にあまり激しい機動はできない。戦闘機に追われた時の最後の手段、海面スレスレでラダー蹴って横滑り射弾回避なんかしたら垂直安定板が折れる。この点では彗星に分がある。
一刻も早く敵を発見、ひたすら赤ブースト全開で真っ直ぐ逃げる。
助かる道はそれだけ。
以前一度成功してるが二度目はあるのか?
操練の先輩、広瀬飛曹長がサイパンでグラマンを振り切った時のような電文を打たせる余裕なんか無かった。
まあ、あれは後で不必要な電文を打つなって怒られたそうだが…
ああいう電文を打つ気持ちは分かる。
こちらから攻撃できない俺達が敵に一矢報いる唯一の方法だから。
「見張りを厳にせよ」
本島中尉の声はいつもと変わらないようだった。
自分の返事が上ずってなかったか気になる。
初めての出撃なのに発動機不調かなんかで離陸が遅れたので動揺している。
自分のやるべき事に集中しろ。
一刻も早く敵戦闘機を見つけなきゃ。
後ろが見えるのは僕だけだ。僕が敵の接近を見逃せばペア全員死ぬことになるかも知れない。
敵戦闘機が現れたら?
ヒ連送
ツーツートントンツー
そしてツセウ
我敵機ノ追躡ヲ受ク…か。
こんな事打電したくないな…
最期は…
テバ連送
天皇陛下万歳そして電鍵押しっぱなしで終わり。
サイパンでグラマンを振り切った彩雲の打った電文
実は密かに練習している。
打つ機会があるにせよ勝手にそんな電文打ったら予科練以来のバッターだろう。
でも…
「機銃の試射をせよ」
本島中尉の声。
「はい!」
今度は落ち着いて返事できたと思う。
旋回銃のケッチを外し左右上下に動く事を確かめる。槓槓を引き全装填、安全装置を外し引き金を引く。
激しい反動と共に轟音が鳴り響き煙が立ち込め給弾帯がうねり薬莢が舞う。
「異常ナシ!」
ま、これを使う時は終わりなんだろうな。
高度計の針は6000メートルを越える辺りで揺れている。
1万メートルまで40分位かかる。
寒い。相変わらず電熱服は役に立たない。酸素マスクの中でため息。
「敵機です!」
西浦二飛曹の声が響き心臓が鷲掴みされたような気がする。
「右後方、同高度!」
西浦二飛曹の叫ぶような声が鼓膜に刺さる。バンドを外しそちらに体を向け目を凝らす。
あれか。
目を離せば、空に溶け込んで見えなくなるが確かに黒い小さな点が4つ。
良く見つけた。西浦。殊勲甲だ。
いや、まだ喜ぶのは早い。
「松本、右後方に敵機だ。全速避退せよ!」
「はい!」
刺すような返事と共に高度が下がり速度が増す。
まだ遠いが逃げ切れるか?
もう敵機のシルエットがはっきり分かる。
あの特徴のある形は
「シコルスキーです」
マズイ。あいつはグラマンより速いって話だ。
本島中尉も松本飛曹長も無言。同じ事を考えているのか?
自分に今できる事をしなくちゃ。
基地にヒ連送の打電
右手が勝手に動きモールス信号をリズミカルに発信していく。飛行機=ヒ。1分に60は打てる。
振り返るとシコルスキーはいつの間にか増槽を落としていた。近づいてくるのがはっきり分かる。
速い。
口の中がカラカラに乾いている。怖い。
気がつくと手は勝手にツセウを叩き出している。
電鍵を放り出し座席を後ろ向きにして機銃を構える。
発動機が異音を発してる。
カウルフラップは全開だが筒温の上昇が止まらない。スロットルを絞らざるを得ない。
追い付かれるのは時間の問題だろう。
背後で発砲音。西浦が撃ち始めたのか。まだ早いような気もするが怖くて仕方ないのだろう。
「西浦、まだ撃つな」
射撃音の合間に本島中尉の声が聞こえた。
指が止まらない。黒っぽく見える敵に向かって曳光弾が伸びていく。当たってる感じはしないが、何もしないで座っているなんて無理だ。こっちが撃ってる限り向こうは撃ってこない。そんなはずないって頭では分かってるけど、そう思いたい。
手に衝撃。
撃たれたのか?
違う。
引き金を引いても弾が出ない。
弾切れ?いや…
「弾が噛みました。撃てません!」
叫び出したい気持ち。遊底が薬莢を挟み、食い込んで止まっている。渾身の力を込めて槓槓を引くが微動だにしない。金属と金属ががっちり噛み合っている。
シコルスキーは2機ずつに別れ更に速度を増したように見えた。
座席を前に向け震える手で電鍵をつかむ。
もうダメだ。
最期の送信を…
筒温は上昇し続けている。本来、降下中だからカウルフラップを閉じないと過冷で発動機が止まりかねないのに。
敵機は?
振り向くと本島中尉と目があった。
顔は青ざめているが取り乱しているようには見えない。
シコルスキーが2機ずつに別れ接近してくるのも見えた。そろそろ射撃が始まるだろう。
終わりだ。
発見が早かったので発動機不調がなければ振り切れたかも知れない。
言っても仕方ない事だが…
前方に目を戻すと
大きな雲が目に入った。
「あの雲に突っ込め!」
本島中尉の命令が聞こえる。しかし、あれは…
「回避するな!突っ込め!」
曳光弾が翼端を掠める。このままでは次の斉射が命中して、火だるまだろう。
腹に力を入れ操縦桿を両手でしっかり握り積乱雲に突っ込んだ。
凄まじい衝撃。頭が後ろにのけぞり次は前に激しく振られ視界が暗くなる。
一瞬、自分が誰で何をしているのか分からなかった。
落ち着け。考えろ。
ここは飛行機の中。
俺は海軍中尉、本島弘。本土近海の敵機動部隊に触接するため木更津基地を発進して敵戦闘機に追われ…
積乱雲に突っ込んだ。
積乱雲は避けろ。搭乗員の鉄則。
今、考えてみると敵の餌食になるよりは大自然の手にかかる方がマシ。
そういう判断を一瞬でしたんだろう。それは正しかったと思う。
しかし飛行機は無事なようだ。雲から抜けているがよく空中分解しなかったものだ。
敵機の姿も見えない。
辺り一面抜けるような青。
地球の丸みが分かる。
高度計の針は1万メートルを少し越えている。
雲に飛び込んだ時は6000メートル位だったはずだし発動機は不調だったのに。
何かおかしい。
「松本、西浦」
伝声管でペア二人を呼ぶ。
沈黙。
不安が押し寄せる。何度も声をかける。
「…中尉」
何度目かで返事があった。ホッとする。とりあえず操縦員は無事だったか。
「飛曹長、ケガはないか?」
「はい、機体の振動で気を失っていたようです」
「俺もそうだ。機体の状態はどうだ?」
「問題ありません。しかし…」
「分隊士」
西浦二飛曹の声。今、意識を取り戻したのか。
ふと時計を見る。9時8分で止まっていた。
松本飛曹長は何か言いかけたまま黙っている。
「俺達は死んだんですか?」
西浦二飛曹が俺とおそらく松本飛曹長の疑問を代弁してくれた。
「俺達は死んだんですか?」
この西浦二飛曹の言葉を聞いたのはどのくらい前だろう。
敵戦闘機に追われ積乱雲に飛び込んだのはどのくらい前だろう。
全ての時計は止まっている。
どれだけ時間が経ったのか分からないのはそのせいだけじゃない。
喉の渇きも空腹感も尿意便意もない。長時間座ったままのはずなのに腰や背中の痛みもない。寝てないはずなのに眠気もない。1万メートルの高みにいるはずなのに寒さも感じない。
俺だけじゃなく本島中尉も西浦二飛曹もそうだ。
体だけじゃない。飛行機も変だ。
筒温が下がり発動機が好調になっているだけではない。
燃料も減らない。
彩雲は積乱雲の中で空中分解して俺達は死んだのか?
ここは天国か地獄か?
このままこれが永久に続くのなら地獄だ。
何度目か数えきれないが妻と娘の顔が頭に浮かぶ。
娘に最後にあった時、まだ3歳だった。
今どうしているのか考えると気が狂いそうになる。
みんなそうだろうが、これを終わらせる方法が見つからない。
死んだら靖国神社に行くって口先では言ってたけど本当は自分の家に帰りたかった。
母の居る4畳半一間に。
本当はもっと大きな家に住んでもらいたかった。女手一つで俺を育ててくれた母に楽をしてもらいたかった。
海兵合格を知らせた時、一瞬、母の顔をよぎった影が忘れられない。
本当は俺が高校に行きたかったけど官費で進めて給料まで貰える海兵を選ばざるを得なかったんだって事を知ってたからだ。
中学の先生が何人も俺なら一高合格間違いなしと太鼓判を押してくれたが…
母は今どうしているだろう?
海軍中尉、本島弘、関東沖上空に於いて敵機動部隊に触接中、敵戦闘機に襲撃され壮烈なる戦死を遂ぐ、こんな感じの定型戦死広報を受け取って泣いただろうか?
弔慰金や遺族年金は受け取れるのだろうか?
何もできないこんな状態が続くのは地獄だ。
急激な機動を取れば空中分解するはず。
松本飛曹長も同じ事を考えていたが操縦桿やスロットル、フットバー全て反応しないと言う。
死者は二度死ねないって事か…
もう死んでるのか?
これは全部夢じゃないのか?
そう思って何度もほっぺたをつねってみるが痛いだけで一向に目は覚めない。
僕の人生は一体なんだったんだろう?
パイロットに憧れて予科練に入ったのに操偵判定で偵察に決まり悔し泣き、2年2ヶ月ひたすら殴られてやっと卒業した初陣でこんな事になってしまった。
じいちゃん、ばあちゃん、父母、弟、そして三丁目のミヨちゃんはどうしてるだろう?
ミヨちゃんに最後に会ったのは予科練の最終休暇の時でなんだか急に大人びたように見えて眩しくて気はずかしくてろくに口もきけなかった。あの時の事を思い出すと胸がきゅっとなる。
二日酔いで頭が重い。
今日のフライトはACMじゃなくて航法訓練を兼ねた通常飛行のみ。だから昨夜ハメを外したんだが。
今年最初のフライトが酒気帯びとはね。
「ヒロヒトが死んで日本人は大騒ぎですね」
後席のWSOジャクソン中尉の声が頭痛を悪化させる。
ヒロヒト?ジャパニーズエンペラーか。そう言われれりゃずっと日本のマスコミは最近その話ばかりしてたみたいだな。
俺が知ってる日本人達はみんなそんな話興味無さそうなのが不思議で面白い。
俺が知ってる日本人ってのはガールズガールズガールズ
アメリカ女に比べりゃ胸もケツも貧弱だが、それはそれで悪くない。
最近流行りのワンレンボディコンとかいうのは実に良い。
しかも俺みたいなハンサムな白人には簡単に股を開く。
日本人は白人好きなんだよなぁ。その点後ろのジャクソン中尉は損してるな。アイツはニガーだけど、おっと口が裂けてもこんな言葉使っちゃいけない、アフリカ系のナイスガイだぜ。真面目過ぎるのが欠点だけどな。
俺なんかロッポンギのディスコに行けば入れ食い状態。ヨコタに駐留してからいくつジャパニーズプッシーを頂いたっけ?昨日の夜も…
特に何年か前のあの映画のお陰で戦闘機パイロットはモテモテだしな。
ま、アレは海軍でF14、俺達は空軍でF4なんだが、あの女どもにはその辺分からないし興味もないわな。
確かに言えるのは
俺はトムクルーズよりずっと背が高い。
顔だって負けてないだろ。
ん、なんだ?アレは。
「ジャクソン中尉レーダーに何か映ってるか?」
ま、レーダーに何か映ってる時点で報告してるしヨコタの管制からも警告があるだろう。
それはみるみる近づいてきたが、なんだありゃ二日酔いの幻影か?
「オー!ジーザス!」
思わず呟いた独り言の息が酒臭かったのに気づく。
「ジャクソン中尉、レーダーに何か映ってないか?」
レイディ大尉の気だるげな声。また二日酔いなんだろう。
昨夜もロッポンギでハメを外したのか。自称飛行隊ナンバーワン夜の撃墜王。モノにした日本女性の性器ポラ写真を何十枚もコレクションしてるって噂もあるが…
ああいうのがアメリカ兵のイメージを悪くする。
ま、正直俺だって男として羨ましくないといえば嘘になるが、そんな事日本でやらかしてるってアラバマのジェニーに知られたら殺される。
レーダーに感?
そんなモノあったらすぐ報告してるよ。大体、今この辺に何か飛んでるはずがない。だから訓練飛行してるんだ。
「オー!ジーザス!」
レイディ大尉の声にイラつく。主の名前を軽々しく口にするな。
レーダーから目を上げて思わず同じ言葉が口から出そうになった。
なんだ、アレは?
ほとんど編隊でも組むように斜め右前方ほぼ同高度に浮かんでいるのは
プロペラ機だ。
濃緑色で胴体と主翼には鮮やかな日の丸。
古い日本の軍用機か?
映画の撮影?
いや俺達の訓練コースだ。許可がでる訳ない。
それ以前に…
こっちは時速500マイルで飛んでるんだ、
そんな速度で飛べるプロペラ機は存在しない。いやF8Fのレーサーレアベア位だろう。
あれは雷撃機か?叔父の一人がタスキーギ・エアメンだったので古い軍用機には興味があるが日本のモノは見分けるのが難しい。
ケイトかジルか…いやマートか?
日本軍最速と言われた偵察機だが、それでも500マイルもでる訳ない。
おい、俺は完全に素面だ。
じゃあ、俺が見ているあれは一体なんだ?
こんな事、ヨコタの管制にこっちから聞くべきじゃない。
精神状態を疑われ下手すりゃウィングマーク剥奪だ。
ジャクソン大尉も同じ事を考えているのだろう。
「中尉、左後方に…」
西浦二飛曹の悲鳴のような声。そちらを見て息を飲む。
なんだあれは?
異形としか言い様のない何かが空中に浮かんでいる。
飛行機の一種らしいがやたら鋭角的でまがまがしい雰囲気を放っている。
そして操縦席らしき風防の下には
米軍のマーク。
「敵機!」
叫んだのは西浦二飛曹とほぼ同じだった。
なんだか分からないか何かが起きている。
時計が動き出しているのに気づいた。猛烈な寒さにも。背中や腰に当たる座席の固さにも。
何故だか分からないが、全てが本当に終わるような気がした。
「松本、全速避退だ!」
マートとおぼしきプロペラ機が加速し始めた。
ウソだろ。こっちは500マイル以上で飛んでるんだ。
「ジャクソン中尉、アレは一体なんだ?」
「分かりません」
ま、そうだろうな。とりあえず、ジャクソン中尉にもアレが見えてる。俺の頭がどうかしちまった訳ではないって事だ。
プロペラ機はみるみる小さくなっていくが加速して追いかけるのはやめるべきだろう。
後々説明するのが面倒になる。
トリムボタンを親指でいじり若干ピッチダウン状態にして後席からよく前が見えるようにする。
「ジャクソン中尉、アレが見えてるか?イエスなら何も言うな」
無言。
そうか。これは二人だけの秘密だな。アイツも分かってるだろうが。
プロペラ機のシルエットはどんどん小さくなりやがて消えた。
目視はできたがレーダーには映らず。
なんだったんだ、アレは?
早く忘れるべきなんだろう。
「松本、全速避退!」
本島中尉の声にプロペラのピッチを切り替えスロットルを押し過給機を作動させる。
誉が反応したので驚く。加速で体が座席に押し付けられる。
敵機?
振り返った時チラッと見えた化け物は追いかけて来るのか?逃げ切れるのか?
速度計の針は振り切っている。400ノット以上出ている?ありえないが、もう死んでるのなら何でもありだろう。
目の前が暗くなってきた。
これで本当に終わるのか?
謎の異形飛行物体はみるみる小さくなっていく。
速度計の針は振り切って壊れている。400ノット以上出ているのか。信じられないが、それを言えば全てが信じられない。
理由は分からないが、この無限地獄がこれで終わりそうな気がする。
何故だか分からないがやっと…そう成仏できそうな気がするし、そうあって欲しい。
実際、目の前が暗くなってきたし意識も薄れてきた。
やり残した事は…
「西浦、打電せよ!平文で良い。文面は…」
視野がどんどん狭くなりこれで本当に終わりだろう。西浦、これが俺の最後の命令だ。
「…我ニ追ヒツク敵戦闘機ナシ!」
0813
もうこんな時間か。
焦りで心臓が締め付けられるような気がする。
発動機不調で出撃が二時間以上も遅れてしまった。伝声管を握る。
「見張りを厳にせよ」
「はい!」
打てば響くように操縦員の松本飛曹長、電信員の西浦二飛曹の声が鼓膜を打つ。なんの感情もこもっていないように聞こえたが…
俺はどうなんだろう?
焦りはあるが恐怖とは違う気がする。
早朝の索敵でも決死の思いなのに、こんなに明るくなってしまったら敵機に見つかる可能性が更に高まる。
だから焦りはあるが怖いとは思わない。
ただ任務を達成する事だけを考える。そう思わないとやってられない。
頭上の青空に目を凝らす。
目に痛いほどの明るさ。あの断雲の陰に敵戦闘機が潜んでいないか?
この彩雲の速度をもってしても何機も捕捉され未帰還になっている。
木更津を離陸して日光方面に全力上昇、進路変更して房総半島上空を1万メートルで通過、その後偵察高度3000メートルに降下。
飛行ルートを頭の中で反芻する。こんな手の込んだ事をしても撃墜される時はされる。
操縦の松本飛曹長は辣腕のベテランだ。飛行時間は2000を越えているし一度グラマンを振り切って生還している。
敵に遭遇したらあいつの腕に任せるしかない。
サイパンでグラマンを振り切った彩雲が「我ニ追ヒツク敵戦闘機ナシ」と打電したそうだが
無電の使用方法としては間違ってるが気持ちは良く分かる。
もう、そろそろ房総半島に向け機首を返す頃か。
「西浦、機銃の試射をせよ」
返事の後しばらくして発砲音が響く。
出撃前の噂話が頭に浮かんだ。
正午から陛下の重大放送があるらしい。
聖戦完遂の為、一層奮励努力せよって話だろう。
筒温がやや高いが、まあ誉発動機は快調に回っている。このまま機嫌を損ねない事を願う。
出撃が遅れたのが気になる。さっき本島中尉から「見張りを厳にせよ」と言われたが
言わずもがなの事でも言わないと仕方ないよな。
声は落ち着いていた。海兵73期だったか…まだ19才だな。
背が高く眉目秀麗、見た目は絵に描いたような海軍士官だが
予学13期の中尉が酔っ払った勢いで言ってたな。海兵も72期以降は玉石混淆、いや石が多いって。
ペアを組むのは初めてだが、玉石の玉の方だと良いのだが。
電信の西浦二飛曹は乙飛18期か。こちらもペアを組むのは初めて。まだ18歳位だろう。幼さの残る顔だった。ひょっとしてこれが初陣か。
ペアだけじゃなく飛行機の事も気になる。
確かに誉の調子さえ良ければ彩雲は速い。
しかし機体の強度的にあまり激しい機動はできない。戦闘機に追われた時の最後の手段、海面スレスレでラダー蹴って横滑り射弾回避なんかしたら垂直安定板が折れる。この点では彗星に分がある。
一刻も早く敵を発見、ひたすら赤ブースト全開で真っ直ぐ逃げる。
助かる道はそれだけ。
以前一度成功してるが二度目はあるのか?
操練の先輩、広瀬飛曹長がサイパンでグラマンを振り切った時のような電文を打たせる余裕なんか無かった。
まあ、あれは後で不必要な電文を打つなって怒られたそうだが…
ああいう電文を打つ気持ちは分かる。
こちらから攻撃できない俺達が敵に一矢報いる唯一の方法だから。
「見張りを厳にせよ」
本島中尉の声はいつもと変わらないようだった。
自分の返事が上ずってなかったか気になる。
初めての出撃なのに発動機不調かなんかで離陸が遅れたので動揺している。
自分のやるべき事に集中しろ。
一刻も早く敵戦闘機を見つけなきゃ。
後ろが見えるのは僕だけだ。僕が敵の接近を見逃せばペア全員死ぬことになるかも知れない。
敵戦闘機が現れたら?
ヒ連送
ツーツートントンツー
そしてツセウ
我敵機ノ追躡ヲ受ク…か。
こんな事打電したくないな…
最期は…
テバ連送
天皇陛下万歳そして電鍵押しっぱなしで終わり。
サイパンでグラマンを振り切った彩雲の打った電文
実は密かに練習している。
打つ機会があるにせよ勝手にそんな電文打ったら予科練以来のバッターだろう。
でも…
「機銃の試射をせよ」
本島中尉の声。
「はい!」
今度は落ち着いて返事できたと思う。
旋回銃のケッチを外し左右上下に動く事を確かめる。槓槓を引き全装填、安全装置を外し引き金を引く。
激しい反動と共に轟音が鳴り響き煙が立ち込め給弾帯がうねり薬莢が舞う。
「異常ナシ!」
ま、これを使う時は終わりなんだろうな。
高度計の針は6000メートルを越える辺りで揺れている。
1万メートルまで40分位かかる。
寒い。相変わらず電熱服は役に立たない。酸素マスクの中でため息。
「敵機です!」
西浦二飛曹の声が響き心臓が鷲掴みされたような気がする。
「右後方、同高度!」
西浦二飛曹の叫ぶような声が鼓膜に刺さる。バンドを外しそちらに体を向け目を凝らす。
あれか。
目を離せば、空に溶け込んで見えなくなるが確かに黒い小さな点が4つ。
良く見つけた。西浦。殊勲甲だ。
いや、まだ喜ぶのは早い。
「松本、右後方に敵機だ。全速避退せよ!」
「はい!」
刺すような返事と共に高度が下がり速度が増す。
まだ遠いが逃げ切れるか?
もう敵機のシルエットがはっきり分かる。
あの特徴のある形は
「シコルスキーです」
マズイ。あいつはグラマンより速いって話だ。
本島中尉も松本飛曹長も無言。同じ事を考えているのか?
自分に今できる事をしなくちゃ。
基地にヒ連送の打電
右手が勝手に動きモールス信号をリズミカルに発信していく。飛行機=ヒ。1分に60は打てる。
振り返るとシコルスキーはいつの間にか増槽を落としていた。近づいてくるのがはっきり分かる。
速い。
口の中がカラカラに乾いている。怖い。
気がつくと手は勝手にツセウを叩き出している。
電鍵を放り出し座席を後ろ向きにして機銃を構える。
発動機が異音を発してる。
カウルフラップは全開だが筒温の上昇が止まらない。スロットルを絞らざるを得ない。
追い付かれるのは時間の問題だろう。
背後で発砲音。西浦が撃ち始めたのか。まだ早いような気もするが怖くて仕方ないのだろう。
「西浦、まだ撃つな」
射撃音の合間に本島中尉の声が聞こえた。
指が止まらない。黒っぽく見える敵に向かって曳光弾が伸びていく。当たってる感じはしないが、何もしないで座っているなんて無理だ。こっちが撃ってる限り向こうは撃ってこない。そんなはずないって頭では分かってるけど、そう思いたい。
手に衝撃。
撃たれたのか?
違う。
引き金を引いても弾が出ない。
弾切れ?いや…
「弾が噛みました。撃てません!」
叫び出したい気持ち。遊底が薬莢を挟み、食い込んで止まっている。渾身の力を込めて槓槓を引くが微動だにしない。金属と金属ががっちり噛み合っている。
シコルスキーは2機ずつに別れ更に速度を増したように見えた。
座席を前に向け震える手で電鍵をつかむ。
もうダメだ。
最期の送信を…
筒温は上昇し続けている。本来、降下中だからカウルフラップを閉じないと過冷で発動機が止まりかねないのに。
敵機は?
振り向くと本島中尉と目があった。
顔は青ざめているが取り乱しているようには見えない。
シコルスキーが2機ずつに別れ接近してくるのも見えた。そろそろ射撃が始まるだろう。
終わりだ。
発見が早かったので発動機不調がなければ振り切れたかも知れない。
言っても仕方ない事だが…
前方に目を戻すと
大きな雲が目に入った。
「あの雲に突っ込め!」
本島中尉の命令が聞こえる。しかし、あれは…
「回避するな!突っ込め!」
曳光弾が翼端を掠める。このままでは次の斉射が命中して、火だるまだろう。
腹に力を入れ操縦桿を両手でしっかり握り積乱雲に突っ込んだ。
凄まじい衝撃。頭が後ろにのけぞり次は前に激しく振られ視界が暗くなる。
一瞬、自分が誰で何をしているのか分からなかった。
落ち着け。考えろ。
ここは飛行機の中。
俺は海軍中尉、本島弘。本土近海の敵機動部隊に触接するため木更津基地を発進して敵戦闘機に追われ…
積乱雲に突っ込んだ。
積乱雲は避けろ。搭乗員の鉄則。
今、考えてみると敵の餌食になるよりは大自然の手にかかる方がマシ。
そういう判断を一瞬でしたんだろう。それは正しかったと思う。
しかし飛行機は無事なようだ。雲から抜けているがよく空中分解しなかったものだ。
敵機の姿も見えない。
辺り一面抜けるような青。
地球の丸みが分かる。
高度計の針は1万メートルを少し越えている。
雲に飛び込んだ時は6000メートル位だったはずだし発動機は不調だったのに。
何かおかしい。
「松本、西浦」
伝声管でペア二人を呼ぶ。
沈黙。
不安が押し寄せる。何度も声をかける。
「…中尉」
何度目かで返事があった。ホッとする。とりあえず操縦員は無事だったか。
「飛曹長、ケガはないか?」
「はい、機体の振動で気を失っていたようです」
「俺もそうだ。機体の状態はどうだ?」
「問題ありません。しかし…」
「分隊士」
西浦二飛曹の声。今、意識を取り戻したのか。
ふと時計を見る。9時8分で止まっていた。
松本飛曹長は何か言いかけたまま黙っている。
「俺達は死んだんですか?」
西浦二飛曹が俺とおそらく松本飛曹長の疑問を代弁してくれた。
「俺達は死んだんですか?」
この西浦二飛曹の言葉を聞いたのはどのくらい前だろう。
敵戦闘機に追われ積乱雲に飛び込んだのはどのくらい前だろう。
全ての時計は止まっている。
どれだけ時間が経ったのか分からないのはそのせいだけじゃない。
喉の渇きも空腹感も尿意便意もない。長時間座ったままのはずなのに腰や背中の痛みもない。寝てないはずなのに眠気もない。1万メートルの高みにいるはずなのに寒さも感じない。
俺だけじゃなく本島中尉も西浦二飛曹もそうだ。
体だけじゃない。飛行機も変だ。
筒温が下がり発動機が好調になっているだけではない。
燃料も減らない。
彩雲は積乱雲の中で空中分解して俺達は死んだのか?
ここは天国か地獄か?
このままこれが永久に続くのなら地獄だ。
何度目か数えきれないが妻と娘の顔が頭に浮かぶ。
娘に最後にあった時、まだ3歳だった。
今どうしているのか考えると気が狂いそうになる。
みんなそうだろうが、これを終わらせる方法が見つからない。
死んだら靖国神社に行くって口先では言ってたけど本当は自分の家に帰りたかった。
母の居る4畳半一間に。
本当はもっと大きな家に住んでもらいたかった。女手一つで俺を育ててくれた母に楽をしてもらいたかった。
海兵合格を知らせた時、一瞬、母の顔をよぎった影が忘れられない。
本当は俺が高校に行きたかったけど官費で進めて給料まで貰える海兵を選ばざるを得なかったんだって事を知ってたからだ。
中学の先生が何人も俺なら一高合格間違いなしと太鼓判を押してくれたが…
母は今どうしているだろう?
海軍中尉、本島弘、関東沖上空に於いて敵機動部隊に触接中、敵戦闘機に襲撃され壮烈なる戦死を遂ぐ、こんな感じの定型戦死広報を受け取って泣いただろうか?
弔慰金や遺族年金は受け取れるのだろうか?
何もできないこんな状態が続くのは地獄だ。
急激な機動を取れば空中分解するはず。
松本飛曹長も同じ事を考えていたが操縦桿やスロットル、フットバー全て反応しないと言う。
死者は二度死ねないって事か…
もう死んでるのか?
これは全部夢じゃないのか?
そう思って何度もほっぺたをつねってみるが痛いだけで一向に目は覚めない。
僕の人生は一体なんだったんだろう?
パイロットに憧れて予科練に入ったのに操偵判定で偵察に決まり悔し泣き、2年2ヶ月ひたすら殴られてやっと卒業した初陣でこんな事になってしまった。
じいちゃん、ばあちゃん、父母、弟、そして三丁目のミヨちゃんはどうしてるだろう?
ミヨちゃんに最後に会ったのは予科練の最終休暇の時でなんだか急に大人びたように見えて眩しくて気はずかしくてろくに口もきけなかった。あの時の事を思い出すと胸がきゅっとなる。
二日酔いで頭が重い。
今日のフライトはACMじゃなくて航法訓練を兼ねた通常飛行のみ。だから昨夜ハメを外したんだが。
今年最初のフライトが酒気帯びとはね。
「ヒロヒトが死んで日本人は大騒ぎですね」
後席のWSOジャクソン中尉の声が頭痛を悪化させる。
ヒロヒト?ジャパニーズエンペラーか。そう言われれりゃずっと日本のマスコミは最近その話ばかりしてたみたいだな。
俺が知ってる日本人達はみんなそんな話興味無さそうなのが不思議で面白い。
俺が知ってる日本人ってのはガールズガールズガールズ
アメリカ女に比べりゃ胸もケツも貧弱だが、それはそれで悪くない。
最近流行りのワンレンボディコンとかいうのは実に良い。
しかも俺みたいなハンサムな白人には簡単に股を開く。
日本人は白人好きなんだよなぁ。その点後ろのジャクソン中尉は損してるな。アイツはニガーだけど、おっと口が裂けてもこんな言葉使っちゃいけない、アフリカ系のナイスガイだぜ。真面目過ぎるのが欠点だけどな。
俺なんかロッポンギのディスコに行けば入れ食い状態。ヨコタに駐留してからいくつジャパニーズプッシーを頂いたっけ?昨日の夜も…
特に何年か前のあの映画のお陰で戦闘機パイロットはモテモテだしな。
ま、アレは海軍でF14、俺達は空軍でF4なんだが、あの女どもにはその辺分からないし興味もないわな。
確かに言えるのは
俺はトムクルーズよりずっと背が高い。
顔だって負けてないだろ。
ん、なんだ?アレは。
「ジャクソン中尉レーダーに何か映ってるか?」
ま、レーダーに何か映ってる時点で報告してるしヨコタの管制からも警告があるだろう。
それはみるみる近づいてきたが、なんだありゃ二日酔いの幻影か?
「オー!ジーザス!」
思わず呟いた独り言の息が酒臭かったのに気づく。
「ジャクソン中尉、レーダーに何か映ってないか?」
レイディ大尉の気だるげな声。また二日酔いなんだろう。
昨夜もロッポンギでハメを外したのか。自称飛行隊ナンバーワン夜の撃墜王。モノにした日本女性の性器ポラ写真を何十枚もコレクションしてるって噂もあるが…
ああいうのがアメリカ兵のイメージを悪くする。
ま、正直俺だって男として羨ましくないといえば嘘になるが、そんな事日本でやらかしてるってアラバマのジェニーに知られたら殺される。
レーダーに感?
そんなモノあったらすぐ報告してるよ。大体、今この辺に何か飛んでるはずがない。だから訓練飛行してるんだ。
「オー!ジーザス!」
レイディ大尉の声にイラつく。主の名前を軽々しく口にするな。
レーダーから目を上げて思わず同じ言葉が口から出そうになった。
なんだ、アレは?
ほとんど編隊でも組むように斜め右前方ほぼ同高度に浮かんでいるのは
プロペラ機だ。
濃緑色で胴体と主翼には鮮やかな日の丸。
古い日本の軍用機か?
映画の撮影?
いや俺達の訓練コースだ。許可がでる訳ない。
それ以前に…
こっちは時速500マイルで飛んでるんだ、
そんな速度で飛べるプロペラ機は存在しない。いやF8Fのレーサーレアベア位だろう。
あれは雷撃機か?叔父の一人がタスキーギ・エアメンだったので古い軍用機には興味があるが日本のモノは見分けるのが難しい。
ケイトかジルか…いやマートか?
日本軍最速と言われた偵察機だが、それでも500マイルもでる訳ない。
おい、俺は完全に素面だ。
じゃあ、俺が見ているあれは一体なんだ?
こんな事、ヨコタの管制にこっちから聞くべきじゃない。
精神状態を疑われ下手すりゃウィングマーク剥奪だ。
ジャクソン大尉も同じ事を考えているのだろう。
「中尉、左後方に…」
西浦二飛曹の悲鳴のような声。そちらを見て息を飲む。
なんだあれは?
異形としか言い様のない何かが空中に浮かんでいる。
飛行機の一種らしいがやたら鋭角的でまがまがしい雰囲気を放っている。
そして操縦席らしき風防の下には
米軍のマーク。
「敵機!」
叫んだのは西浦二飛曹とほぼ同じだった。
なんだか分からないか何かが起きている。
時計が動き出しているのに気づいた。猛烈な寒さにも。背中や腰に当たる座席の固さにも。
何故だか分からないが、全てが本当に終わるような気がした。
「松本、全速避退だ!」
マートとおぼしきプロペラ機が加速し始めた。
ウソだろ。こっちは500マイル以上で飛んでるんだ。
「ジャクソン中尉、アレは一体なんだ?」
「分かりません」
ま、そうだろうな。とりあえず、ジャクソン中尉にもアレが見えてる。俺の頭がどうかしちまった訳ではないって事だ。
プロペラ機はみるみる小さくなっていくが加速して追いかけるのはやめるべきだろう。
後々説明するのが面倒になる。
トリムボタンを親指でいじり若干ピッチダウン状態にして後席からよく前が見えるようにする。
「ジャクソン中尉、アレが見えてるか?イエスなら何も言うな」
無言。
そうか。これは二人だけの秘密だな。アイツも分かってるだろうが。
プロペラ機のシルエットはどんどん小さくなりやがて消えた。
目視はできたがレーダーには映らず。
なんだったんだ、アレは?
早く忘れるべきなんだろう。
「松本、全速避退!」
本島中尉の声にプロペラのピッチを切り替えスロットルを押し過給機を作動させる。
誉が反応したので驚く。加速で体が座席に押し付けられる。
敵機?
振り返った時チラッと見えた化け物は追いかけて来るのか?逃げ切れるのか?
速度計の針は振り切っている。400ノット以上出ている?ありえないが、もう死んでるのなら何でもありだろう。
目の前が暗くなってきた。
これで本当に終わるのか?
謎の異形飛行物体はみるみる小さくなっていく。
速度計の針は振り切って壊れている。400ノット以上出ているのか。信じられないが、それを言えば全てが信じられない。
理由は分からないが、この無限地獄がこれで終わりそうな気がする。
何故だか分からないがやっと…そう成仏できそうな気がするし、そうあって欲しい。
実際、目の前が暗くなってきたし意識も薄れてきた。
やり残した事は…
「西浦、打電せよ!平文で良い。文面は…」
視野がどんどん狭くなりこれで本当に終わりだろう。西浦、これが俺の最後の命令だ。
「…我ニ追ヒツク敵戦闘機ナシ!」
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