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邂逅
しおりを挟む校舎に足を踏み入れると、春の香りに交じってたくさんの色を感じた。奥に向かうにつれ、その色は次第に濃くなっていく。
黄。橙。時折、桃色がかすめる。
賑わう他のクラスの前を横切る。乱雑に塗りたくられたような無数の色が頭を圧迫して、少しだけ苦しさを覚えたときだった。
「ゆーうっ」
慣れ親しんだ声に振り向くと同時に、背に衝撃が走った。圧しかかられているせいで声の主は見えないが、俺は彼に言う。
「旭日…… あの、どいて」
「冷たいなー、夕。せっかく同じ高校受かったのに先行っちゃうなんて。俺ら小学校からの仲でしょ」
俺の背から退いたと思えば、ぐりぐりと頭を拳で削るようにされる。手加減がまるでない。怒っているのだろう、その証拠に彼のむくれた顔とかすかな黒い声。
ごめん、と大人しく謝れば幼馴染である彼、旭日は「いーよ、教室行こうぜ」と笑う。
「高校生活楽しみだなー、どんな感じかね」
こちらは返事をしていないのに、彼はひとりで喋っている。その声が黄色をしていて、本当に楽しみにしているんだなと思う。
かすかに胸が痛んだ気がした。
俺はどうしてか、声に色を感じることができる。『共感覚』というそうだ。
例えば黄色ならば楽しさ、橙色なら嬉しさ。桃色は羞恥、黒色は怒り。
感情ごとに色が違うと気がついたのは七歳頃。感情を偽って発した言葉は濁るのだと知ったのは小五のときだ。
友人の裏切り、信頼していた人の嘘――感情が色で判別できるせいで、知らなくていいことまで知ってしまう。
だから感情が消えてしまったのだろうか、俺の声に色は感じられない。
新しい教室に着いてからホームルームまで時間があると知り、そそくさとその場を後にした。浮足立った色で溢れた教室は居心地が悪い。
それに、旭日の声の色はいつも彼の言葉と一致するけれど、たまにその鮮やかさが心のささくれを引っ掻く。自分の声の無色さが際立って虚しくなってしまう。
そういうときは色の感じられないところまで逃げることにしている。
廊下を歩いていたとき、かすかな黄色を捉えた。その澄んだ色に思わず立ち止まる。心が洗われていくような透明度。
色から逃げるために教室から出てきたというのに、一度は止まった俺の足は無意識にその声のもとを探していた。
辿りついたのは空き教室だった。扉の奥から歌声が聞こえる。
こんな純粋な色の持ち主を、俺は知らなかった。
他の人の色がアクリル絵具だとすれば、この声は水彩絵具のように透けた色をしている。
誰なのだろうか、そっと扉を開ける。
人の気配に気がついたのだろう、中にいた彼女は身を翻してこちらを見ていた。窓から吹き込む春風で髪が膨らむ、その光景に見惚れる。
「あなたは…… 」
彼女が声を発する。透きとおった桃色があまりに奇麗だった。
「歌、やめなくてもいいのに」
ぽろりと口から零れた言葉に、愕然とする。彼女も驚いた顔をしていたが、違う。
俺の声に、色がついていた。彼女ほど澄んだものではなかったけれど、今、確かに黄色が声に載った。
このたった数瞬で、こんなにも彼女に惹かれてしまった。きょとんとした顔でこちらを見つめる彼女に、果たしてなんて声をかけようか。もっとたくさんの色を、彼女から聞きたい。色を教えてほしい。
――君の、こえのいろを教えて。
こんなふうに言ったら、彼女はどんな色を聞かせてくれるのだろう。空き教室に、ひときわ強い春風が舞い込んだ。
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