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21 リボンの伝言
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夜会から暫くの間は、私の新しい噂が社交界を賑わわせていたらしい。
「どうやらあの時の、サミュエルとリチャードとの遣り取りを聞いていた人がいるらしいのよ」
今日はソフィー様の行き付けのカフェで、二人でお茶を楽しんでいる。
「あの時とは?」
「ほら、夜会でサミュエルとメルが再会して、リチャードが怒った時」
「あの会話を聞かれていたのですか!?」
「そうなのよ。
あの時の会話はどう聞いても、二人がメルを取り合ってるようにしか聞こえなかったもの。
暇を持て余した輩にとっては、格好の噂のネタになるでしょう?
今度は〝公爵令息二人を手玉に取った魔性の令嬢〟だなんて言われているらしいわ。
困った事になったわね」
私は少し眉根を寄せた。
実際の私を見て欲しい。
マショウって何?美味しいの?ってくらいには、縁遠い言葉である。
「ええ。
もういい加減うんざりします」
「メルは厄介事に巻き込まれてばかりね。
それで、本当の所はどうなの?」
「何がです?」
ソフィー様の言いたい事は何となく分かるが、恥ずかしいので惚けてみせる。
「分かってるくせに!!
リチャードとは、どうなってるの?
情報流したりして協力してあげたのに、リチャードったら、何にも報告してくれないのですもの」
ソフィー様は拗ねたように軽く頬を膨らませながら、薔薇を象ったチョコレートに手を伸ばす。
私は紅茶で少し喉を潤してから口を開いた。
「・・・・・・告白のお返事を・・・私も好きだと、お伝えしました」
一気に顔が熱くなる。
噂の話をしていた時は心配顔だったソフィー様は、見る見るうちに頬を緩ませた。
「素敵っっ!!
漸くリチャードの恋が実ったのね。
・・・・・・本っ当に、良かったわ」
噛み締める様にそう言って、何度も頷く仕草が可愛らしい。
「でも、私とリチャード様が結ばれるのは到底無理な話なんですよね。
まあ、気持ちが通じただけでも、幸せではあるのですが」
「うーん。
そうなって来ると、身分差も問題だけど、メルの今までの噂も悔やまれるわよね。
あんな噂を鵜呑みにする人は多くないと思うけど、貴族は体面を気にする生き物だもの。
評判は良い方がいいに決まっているし・・・・・・。
何か良い方法が無いか、私も考えてみるわ。
それに、あの男は多分簡単には諦めないと思うのよねぇ。
だから、メルも諦めないであげて」
「・・・はい」
ソフィー様と別れて、馬車で自邸へ戻ると、私宛に見覚えのある花束が届いていた。
贈り主は勿論リチャード様だ。
彼からは定期的に贈り物や手紙が届く。
「お嬢様の恋人は、とても情熱的ですねぇ」
頬を染めた侍女が嬉しそうに微笑む。
「何の話?」
「ブーゲンビリアの花言葉をご存知無いのですか?」
そう言えば、リチャード様からの花束はいつもブーゲンビリアだ。
サミュエル様も、その前の婚約者も、装飾品などの実用的な贈り物はくれたけれど、花を贈ってくれた事は無かったし・・・・・・。
薔薇のようによく花束に使われる物ならば流石に知っているけど、花言葉にはあまり詳しい方ではない。
「ふふっ。
『あなたしか見えない』ですよ。
素敵でしょう?」
「えっ?」
はっ!?
・・・・・・と言う事は、私は領地にいた頃から、情熱的な求愛をされていたって事?
そして、もしかして、使用人や家族はそれに気付いていたって事?
真っ赤になった私を、侍女達が微笑ましそうにニコニコ見ている。
なんだか居た堪れない。
花束に結ばれていたリボンは、リチャード様の瞳を連想させる深い青色だったので、取って置きたいと思って、丁寧に解いた。
添えられていたカードも受け取って、花を侍女に託す。
「花瓶に生けて、後で私の部屋に持って来てちょうだい」
早口で指示を出すと、早々に自室に篭った。
一人になった私は溜息を吐いた。
夜会の時以降、リチャード様とは会えていない。
やはり、周囲に私との交際を反対されているのだろう。
夜会での件が噂になっているのならば、注目されているのだから、隠れて会う事も難しい。
カードには、いつもは短いメッセージが書かれていたが、今回は〝メリッサへ リチャードより〟としか書かれていない。
少し残念に思いながら、リボンを畳んで仕舞おうと手に取った。
その美しいリボンの裏側がふと目に入り、微かな違和感を覚える。
よく見ないと分からない、リボンより少しだけ濃い青のインクで、小さく文字が書かれている。
〝今夜日付が変わる頃に会いに行く〟
私の心臓が、大きく跳ねた。
街全体が眠りに付き、シンと静まり返った頃。
眠ったフリをしていた私は、そっとベッドを抜け出して、窓から外を覗いた。
邸の塀の外の路上で、小さなランプを持った愛しい人がこちらを見上げて、そっと手を振る。
外套を羽織り部屋を抜け出すと、水差しを持ったお兄様と、廊下でバッタリ会ってしまった。
ーーーしまった。タイミングが悪かった。
「メリッサ?」
「お兄様、まだ起きていらしたのですね」
「うん。喉が渇いて・・・・・・」
お兄様は私の衣服をじっと見つめて、再び口を開いた。
「外に出ようとしていたの?
・・・もしかして、彼が来ているのかな?」
「・・・・・・ええ。ごめんなさい」
「いや、良いよ。
だが、少し顔を見るだけで我慢しなさい。
心配だから外まで送る」
ため息混じりに許可をくれたお兄様に、感謝を込めてペコリと頭を下げ、一緒に邸の外へと向かう。
お兄様は、私が高位貴族の男性とお付き合いする事を、あまり良く思っていない。
サミュエル様との事もあって、心配しているのだろう。
しかし、私達の気持ちには気付いていて、複雑な心境ながら、私の意思を尊重しようとしてくれているのだ。
裏門までエスコートしてくれたお兄様は、「直ぐに帰す様に」と一言忠告して、私をリチャード様に引き渡すと、邸へと戻って行った。
「どうやらあの時の、サミュエルとリチャードとの遣り取りを聞いていた人がいるらしいのよ」
今日はソフィー様の行き付けのカフェで、二人でお茶を楽しんでいる。
「あの時とは?」
「ほら、夜会でサミュエルとメルが再会して、リチャードが怒った時」
「あの会話を聞かれていたのですか!?」
「そうなのよ。
あの時の会話はどう聞いても、二人がメルを取り合ってるようにしか聞こえなかったもの。
暇を持て余した輩にとっては、格好の噂のネタになるでしょう?
今度は〝公爵令息二人を手玉に取った魔性の令嬢〟だなんて言われているらしいわ。
困った事になったわね」
私は少し眉根を寄せた。
実際の私を見て欲しい。
マショウって何?美味しいの?ってくらいには、縁遠い言葉である。
「ええ。
もういい加減うんざりします」
「メルは厄介事に巻き込まれてばかりね。
それで、本当の所はどうなの?」
「何がです?」
ソフィー様の言いたい事は何となく分かるが、恥ずかしいので惚けてみせる。
「分かってるくせに!!
リチャードとは、どうなってるの?
情報流したりして協力してあげたのに、リチャードったら、何にも報告してくれないのですもの」
ソフィー様は拗ねたように軽く頬を膨らませながら、薔薇を象ったチョコレートに手を伸ばす。
私は紅茶で少し喉を潤してから口を開いた。
「・・・・・・告白のお返事を・・・私も好きだと、お伝えしました」
一気に顔が熱くなる。
噂の話をしていた時は心配顔だったソフィー様は、見る見るうちに頬を緩ませた。
「素敵っっ!!
漸くリチャードの恋が実ったのね。
・・・・・・本っ当に、良かったわ」
噛み締める様にそう言って、何度も頷く仕草が可愛らしい。
「でも、私とリチャード様が結ばれるのは到底無理な話なんですよね。
まあ、気持ちが通じただけでも、幸せではあるのですが」
「うーん。
そうなって来ると、身分差も問題だけど、メルの今までの噂も悔やまれるわよね。
あんな噂を鵜呑みにする人は多くないと思うけど、貴族は体面を気にする生き物だもの。
評判は良い方がいいに決まっているし・・・・・・。
何か良い方法が無いか、私も考えてみるわ。
それに、あの男は多分簡単には諦めないと思うのよねぇ。
だから、メルも諦めないであげて」
「・・・はい」
ソフィー様と別れて、馬車で自邸へ戻ると、私宛に見覚えのある花束が届いていた。
贈り主は勿論リチャード様だ。
彼からは定期的に贈り物や手紙が届く。
「お嬢様の恋人は、とても情熱的ですねぇ」
頬を染めた侍女が嬉しそうに微笑む。
「何の話?」
「ブーゲンビリアの花言葉をご存知無いのですか?」
そう言えば、リチャード様からの花束はいつもブーゲンビリアだ。
サミュエル様も、その前の婚約者も、装飾品などの実用的な贈り物はくれたけれど、花を贈ってくれた事は無かったし・・・・・・。
薔薇のようによく花束に使われる物ならば流石に知っているけど、花言葉にはあまり詳しい方ではない。
「ふふっ。
『あなたしか見えない』ですよ。
素敵でしょう?」
「えっ?」
はっ!?
・・・・・・と言う事は、私は領地にいた頃から、情熱的な求愛をされていたって事?
そして、もしかして、使用人や家族はそれに気付いていたって事?
真っ赤になった私を、侍女達が微笑ましそうにニコニコ見ている。
なんだか居た堪れない。
花束に結ばれていたリボンは、リチャード様の瞳を連想させる深い青色だったので、取って置きたいと思って、丁寧に解いた。
添えられていたカードも受け取って、花を侍女に託す。
「花瓶に生けて、後で私の部屋に持って来てちょうだい」
早口で指示を出すと、早々に自室に篭った。
一人になった私は溜息を吐いた。
夜会の時以降、リチャード様とは会えていない。
やはり、周囲に私との交際を反対されているのだろう。
夜会での件が噂になっているのならば、注目されているのだから、隠れて会う事も難しい。
カードには、いつもは短いメッセージが書かれていたが、今回は〝メリッサへ リチャードより〟としか書かれていない。
少し残念に思いながら、リボンを畳んで仕舞おうと手に取った。
その美しいリボンの裏側がふと目に入り、微かな違和感を覚える。
よく見ないと分からない、リボンより少しだけ濃い青のインクで、小さく文字が書かれている。
〝今夜日付が変わる頃に会いに行く〟
私の心臓が、大きく跳ねた。
街全体が眠りに付き、シンと静まり返った頃。
眠ったフリをしていた私は、そっとベッドを抜け出して、窓から外を覗いた。
邸の塀の外の路上で、小さなランプを持った愛しい人がこちらを見上げて、そっと手を振る。
外套を羽織り部屋を抜け出すと、水差しを持ったお兄様と、廊下でバッタリ会ってしまった。
ーーーしまった。タイミングが悪かった。
「メリッサ?」
「お兄様、まだ起きていらしたのですね」
「うん。喉が渇いて・・・・・・」
お兄様は私の衣服をじっと見つめて、再び口を開いた。
「外に出ようとしていたの?
・・・もしかして、彼が来ているのかな?」
「・・・・・・ええ。ごめんなさい」
「いや、良いよ。
だが、少し顔を見るだけで我慢しなさい。
心配だから外まで送る」
ため息混じりに許可をくれたお兄様に、感謝を込めてペコリと頭を下げ、一緒に邸の外へと向かう。
お兄様は、私が高位貴族の男性とお付き合いする事を、あまり良く思っていない。
サミュエル様との事もあって、心配しているのだろう。
しかし、私達の気持ちには気付いていて、複雑な心境ながら、私の意思を尊重しようとしてくれているのだ。
裏門までエスコートしてくれたお兄様は、「直ぐに帰す様に」と一言忠告して、私をリチャード様に引き渡すと、邸へと戻って行った。
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