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16 花祭りの当日

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花祭り当日は生憎の曇り空だったが、雨は降っていなかったのでホッとした。
朝起きた瞬間から、窓を閉めている部屋の中までも、街行く人々の楽しそうな声が聞こえて来て、自然と気分が高揚する。

町娘に見えるように用意されたワンピースは、スカートの裾に花柄が刺繍されていて、シンプルながらも可愛らしかった。
緩くハーフアップに纏められた髪の後ろには、サファイアの小さな石が嵌め込まれた髪留めが侍女の手により飾られる。

ーーーあ、リチャード様の瞳の色だ。

私は少し動揺したが、偶然かもしれないと思うと私が意識し過ぎているように感じ、別の物に変更させるのも躊躇われた。

昼少し前に迎えに来てくれたリチャード様もお忍び用の平民っぽい服装だった。
しかし、よく見れば生地は高級過ぎるし、何よりお顔の上品さが隠しきれていない。
この方と一緒に歩くと目立ちそうだなと、心の中で小さくため息をついた。

「メリッサ、今日の服装もよく似合っているよ。
とても愛らしいね。
花の妖精が舞い降りたみたいだ」

社交辞令だと分かっているけど、息をするようにサラリと褒め言葉を吐かれて、頬に熱が上がるのを抑えられなかった。

「・・・リチャード様も、素敵、です」

なんとか、定型文の様な返事を片言で返して、リチャード様の顔を見上げる。
麗しい笑みを浮かべたそのご尊顔を見れば、女性なら誰でも恋情を抱いてしまうのではないだろうか。

そのリチャード様が、私の髪飾りを見て笑みを深めた様に思えて、私の頬が益々熱を持ったのを感じる。

花祭りのメイン会場である中央公園までは、馬車を使うほどの距離ではない。
私達は街を見物しながら、歩いて公園まで向かう事にした。

メイン会場に近付くにつれて、少しづつ人が増えてくる。

「はぐれるかもしれないから、手を繋いでもいいかな?」

「はい。勿論です」

私は差し出されたリチャード様の掌にそっと自分の手を重ねたが、すぐに一旦解かれて、互いの指を絡める形で繋ぎ直される。

「ずっとこうしてみたかった」

少し頬を染めながら微笑まれ、心臓が大きく跳ねる。
そんなに蕩ける様な甘い瞳で見つめられたら、愛されていると勘違いしてしまいそう。
気を付けなければ。


至る所に我が国の国花であるダリアが飾られている。
路上では大道芸人達が、魔術を使った様々なパフォーマンスをしていた。
空中にばら撒いた花弁を金色の蝶に変えたり、巨大な虹を出現させたり、人形をまるで生きているみたいに操ってお芝居をさせたり。
非日常的な光景にテンションが上がる。

ふと足を止めたのは、シルクハットの中から、沢山の小鳥が飛び立つ芸を披露していた大道芸人の前だった。
色取り取りの小鳥達が可愛くて、興味を引かれたのだ。
その小鳥の内の一羽が、私の肩に止まる。
赤い羽根の愛らしい小鳥を手のひらに乗せると、ポンッと煙を立てて、一輪の赤い薔薇に変化した。
大道芸人がこちらに向かってウインクをよこす。

「キザな奴」

少し不機嫌そうな声に隣を見上げると、リチャード様は渋い顔だ。
男性にはこの手の芸はウケないのかしら?


気を取り直して再び歩き出し、露店を覗きながら更にメイン会場へ近づく。

「これ、メリッサに似合いそうだ」

リチャード様が手に取ったのは、深い青の石が嵌まったブレスレットだった。

「きっとお似合いになりますよ。彼氏さんの瞳の色ですね」

売り子の女性にそう言われて、顔が真っ赤に染まった。
やはりリチャード様は髪飾りのサファイアに気付いていたのだろうか。
悪戯っぽい笑みを浮かべるリチャード様に、少し悔しくなった私は、彼の腕を軽く叩いた。

「揶揄っているのでしょう?」

「ははっ。いや、本当にメリッサに凄く似合うと思うよ。
ブレスレットも、今着けてる髪飾りも」

嬉しそうに目を細めて私の髪を撫でた彼は、ブレスレットを購入し、その場で私の腕に着けてくれた。


私達は祭りのメイン会場である、公園の中心に辿り着いた。

「凄い人出ですね。メイン会場まで来るのは子供の頃以来です」

近年の花祭りは恋人同士のイベントと化している。
子供の頃は家族と来ていたが、ある程度成長してからは、屋敷内で家族と祝う程度で、会場までは行かなかった。

「サミュエルとは来なかったの?」

「・・・サミュエル様はあまり興味がなかったみたいです」

私の答えにリチャード様は怪訝な表情になる。
それもそうだ。
サミュエル様は別に、人混みが苦手でも、イベントが嫌いでもない。
恋人が居たならば、普通に祭りに参加しただろう。
私とはそんな関係じゃなかっただけで。
友人であるリチャード様は、彼の性格や好みを知っているので、不審に思ったかもしれない。
しかし、公爵家との契約で魔力欠乏症の事は漏らせない。
サミュエル様と別れた今でも、リチャード様に真実は明かせないのだ。


その後、リチャード様は何故か先程迄よりも上機嫌になって、私の手を引きながらあちこち見て歩いた。
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