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30 売られた喧嘩は

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《side:リベリオ》


 ───ああ、腹が立つ。

 可愛い俺の婚約者を堂々と口説こうとする恥知らずな王子を遮る様に前に出ると、彼は俺を嘲笑う様にフンッと鼻を鳴らした。

「クラウディア様にとっても、伯爵位しか持たないその男よりも、王子である私を選んだ方が良いに決まってます」

「私の婚約者は侯爵ですよ」

 クラウディアの纏う空気が一瞬で冷たくなった。
 彼女は俺の爵位を馬鹿にされる事を嫌う。
 自分との婚約のせいで、俺の陞爵が正しく評価されないのを、歯痒く思っているからだ。

「これは失礼。ですが、所詮はクラウディア様を娶る事が前提の陞爵でしょう?」

 クラウディアの眉がピクッと動いた。
 この王子は無意識の内にどんどん彼女の地雷を踏み抜く。

「ジョスラン殿下は、私の陞爵の理由をご存知無いのですね。
 一つ、大切な事を教えて差し上げましょう。
 何をするにも正確な情報を集める事が先決なのですよ。
 どうやら貴方はリサーチ不足の様だ」

 居丈高にそう言ってやると、王子はあからさまに不機嫌そうな面になった。
 感情を表に出し過ぎだろう。

「どういう意味だ?」

「私の陞爵は、農作物の品種改良が認められた結果なのですよ」

「……農作物?……まさか……」

 王子が収集を怠った情報を教えてやると、彼の顔がサッと青褪めた。
 俺はニッコリ笑ってトドメを刺す。

「おや、意外と察しが良いですね。
 そうそう、貴国が欲しがっている種苗の販売権は、全て私が握っているのですよ」




 あの日、陛下に呼ばれた俺が、王族のプライベートな応接室で聞かされたのは、やはり隣国の狙いについてだった。

 数ヵ月前、隣国を大きな地震が襲ったらしい。
 その地震で一番被害を被ったのは、なんと隣国最大の穀倉地帯だった。
 地震による土砂災害まで起き、影響はかなり甚大。
 土砂を撤去し、整地をするだけでも数年かかる規模らしい。
 そして、地殻の変動によって水脈も変わってしまった。
 整地が終わったとしても、豊かな水源が失われたその地が再び穀倉地帯に返り咲くのは難しいだろう。

 今年は備蓄の穀物などで何とか乗り切れるとしても、このままでは国民が飢えてしまう。

 周辺諸国に救援を要請する事も検討されているが、弱みともなるこの状況を他国に知られるべきでは無いとの意見も出ており、議会の意見は割れていて、方針が決まるまでは秘匿事項となっているそうだ。

 そんな中、隣国の国王と第三王子は、我が国で過酷な自然環境下でも育つ野菜や穀物が開発されているという話を耳にした。
 それがあれば、今迄畑作に向かなかった地域でも大きな収穫が見込める。
 しかし、その種苗は他国への輸出分に関しては、まだまだ高値で取引をしている。
 自国内への供給を優先している為だ。

 そこで、クラウディアを誘惑して妃として娶る代わりに、種苗を隣国に有利な形で取引出来る様に交渉しようとしているのだ。

 本当にリサーチ不足。
 最悪の悪手である。
 事を急いた為に大失敗したのだ。

 俺だけで無く、娘を溺愛している陛下も大変にご立腹である。
 大事な娘を『娶ってあげる』事が交渉の材料になるなどと上から目線で思われているのだから、激怒するのも当然だろう。

「この件はリベリオに任せようと思っているのだが、良いかな?
 私が対処するよりも、その方がジョスラン殿下のダメージが大きいだろうと、レナートが言うのでね」

 そう言った陛下は真っ黒な笑顔だった。
 おそらくレナート殿下もかなり怒っているのだろう。
 彼はちょっとシスコン気味だから。

「私の好きな様に対処して宜しいのですか?」

「勿論だよ。期待してる」

 陛下はニッコリと笑みを深めた。
 なんだか物騒な方向の期待をかけられている気がするが、近い将来義父となる陛下の期待に応えるのはやぶさかではない。




 ───と言う訳で、一番効果的なタイミングで、勘違い王子の鼻をへし折ってやったのだが。

「……あぁ……、嘘だ……」

 目の前でブツブツと呟く王子は、先程までの余裕の表情を無くし、愕然としている。

「とても残念ですが、私の愛する婚約者を奪おうとする国になど、輸出する種苗は有りません。
 自国に戻った時に、貴方の居場所が残っていると良いですね。第三王子殿下」

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