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22 本棚の裏側の噂話

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 苛立ちばかりが募ったお茶会の翌日。
 私は、公務に必要な資料を王宮の敷地内にある図書館に探しに来ていた。


「先日のお茶会で、ジョスラン殿下にご挨拶したんですけど、とても麗しいお方でしたわ」

 巨大な本棚の向こうから、キャッキャと声を弾ませる三人の女性達の噂話が聞こえて来る。
 王宮の図書館はとても大きく、一部の一般開放エリアについては、国内の貴族であれば事前に申請すれば利用する事が出来るのだ。
 私の目の前の棚の裏側は、流行りの恋愛小説が並んでいるので、女性の利用率が高い場所だった。

 しかしながら、私語厳禁の図書館内での井戸端会議に、自然と眉根が寄ってしまう。

「ポリーヌ様とニネット様は、ご招待されたのですね。羨ましいわぁ」

 先日の茶会は急拵えだった事もあり、子爵家以下の者達は招待出来なかったのだ。
 私の記憶が確かならば、ポリーヌと言う名の女性は伯爵夫人で、ニネットは侯爵家の令嬢だったはずだ。
 もう一人は下位貴族の夫人か令嬢なのだろう。

「わたくしもジョスラン殿下とはご挨拶をさせて頂きましたわ。
 確かに美しいご容姿の方でしたが、わたくしとしては殿方はもう少し野生的な方が好みですね。
 例えば……、リベリオ様とか」

 三人目の女性の口から婚約者の名前が出た事に、動揺した私はピクッと肩を震わせた。
 あちらは、私がここにいる事に気付いていないらしい。
 側に控えているイメルダとカリーナに向けて、シーっと口元に人差し指を立てて見せた。

「リベリオ様って、フォルキット伯爵の事ですわよね?
 王女殿下の婚約者として、先日発表された」

「あら、もう彼は侯爵ですわよ。
でも、リベリオ様もお可哀想に。
 あんな地味な王女の子守りを任されるなんてねぇ……。
 きっと、王家から懇願されて仕方無く婚約を結んだのでしょう。
 わたくしがお慰めして差し上げようかしら?」

 隣で聞いているカリーナがスッと冷たく目を細めた。
 それをなんとか宥めつつ、彼女達の会話に耳を傾ける。

「そう言えば、ジョスラン殿下がいらしたのは、クラウディア王女殿下との縁談の為だって噂があるの、ご存知ですか?
 それが事実なら、ニネット様にもフォルキット侯爵の正妻になるチャンスがあるかもしれませんよ」

 ニネットと言う名の侯爵令嬢には、あまり良くない評判があった。
 美しい容姿を鼻にかけて、学生時代に多くの男性を侍らせるなど横暴な振る舞いをした結果、当時の婚約者から婚約を破棄されて少々婚期を逃した二十五歳。

「それってどこ情報?信用できるのかしら?」

 それは私も知りたい。
 確かに隣国は一時期ジョスラン殿下と私の婚約を狙っていたみたいだけど、今回の来訪もそれが目的だなんて、私自身も聞いてない。
 ただのガセネタなのか、それともどうせ受けるつもりは無い縁談なので、私には知らされなかったのか。

「私の従兄弟が言っていたので、確かだと思いますよ」

 ポリーヌ夫人がそう答えたのを聞いて納得した。
 確か彼女の親族に外務大臣の補佐官をしている者が居たはずだから、きっとそのルートで情報を得たのだろう。
 だとすれば完全なガセネタとも言い切れない。
 仕事で得た情報をペラペラ漏らすなんて、その補佐官はなんらかの処罰対象になるかも知れない。

 棚の向こうにいた三人の女性達は、目当ての本が見つかったのか、お喋りを続けながら賑やかに何処かへ去って行った。


 彼女達の声が聞こえなくなって、潜めていた息を吐く。

「ジョスラン殿下との婚約の話は本当なんですか?」

 イメルダに聞かれた私は首を横に振った。

「陛下からは何も聞いてないから、よく分からないわ。
 噂って怖いわね。
 当事者ですら知らない情報が出回ってるんだもの」

「それにしても、姫様の旦那様になる方を慰めるだなんて……。
 あのご令嬢、死にたいのかしらねぇ?」

「ダメよ、カリーナ」

 咎めるような視線を投げると、カリーナは肩をすくめた。
 反省してるんだか、していないんだか。


 でも、本当は私も、彼女の台詞には少し腹が立った。

 リベリオ様には『外で恋をしても子供を作っても良い』とは言ったけれど、出来れば彼女の事は選んで欲しくないな。


 だけど、よく考えたら、私が国外に嫁ぐ事が出来なかったのは、闇属性を持っているせいだったのだ。
 だから、リベリオ様との婚約を半ば強引に成立させて、隣国からの縁談を断った。

 その魔力を捨てた今、私はどうするべきなのか?

 他国の王族と政略結婚した方が、国の為になるのかな?

 そして、リベリオ様の為にも……。


 リベリオ様だって、こんな面倒な王女と結婚するよりも、他にもっと良いお相手がいるんじゃ無いだろうか。



『きっと、王家から懇願されて仕方無く婚約を結んだのでしょう』

 悔しいけれど、先程のニネットとかいうご令嬢の言っていた事は、あながち間違いとも言い切れない部分があるのだ。
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