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18 伝えられない恋心

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 その日の夜、湯浴みを終えた私の前に、カリーナの手によりハーブティーが差し出された。
 バラの模様のティーカップの中から、カモミールの優しい香りがフワリと立ち昇る。

「良い香り……。今日はいつものお茶じゃ無いのね」

「あの腹黒そうな男が、寝る前に姫様に飲ませる様にって持って来たんですよ。
 安眠効果があるそうです」

 カリーナがちょっと不満そうに唇を尖らせた。

「腹黒……? リベリオ様の事?」

 彼のさりげない気遣いに感謝しながらカップを手に取り、琥珀色の液体に口を付ける。

「……そうです。
 あー、あんな腹黒に姫様を奪われるなんてっ!
 でも、悔しいけどあの男、たま~に良い仕事するんですよねぇ……」

「ふふっ…。
 そんな事言ってるけど、リベリオ様のクッキーに釣られて私の情報を売ったって知ってるのよ?」

「あれは、姫様が少しでも婚約者とのお出掛けを楽しめるようにって思っただけですよ。
 決してあの男の味方をした訳ではありませんからねっ」

 ブツブツと言い訳をしているけど、カリーナだって結構リベリオ様を認めてるんだと思う。
 そうでなければ、このお茶をリベリオ様が用意してくれたなんて伝えたりしない。それどころか、このお茶を私に提供する事すら無いだろう。

 それに、私に近付く他の人に対する彼女の評価は、もっとずっと辛辣なのだ。

「でも、今日は姫様が思いっきり泣いてくれて、安心しました。
 ずっと張り詰めた様子の姫様を見ているのは、とても辛かったですから。
 リベリオ様のお陰ですね」

 イメルダはそう言って微笑んだ。



『アンタが怪我をするより、俺が怪我をした方がずっとマシなんだ』

『アンタが痛い思いをするじゃないですかっっ!!』

『大丈夫。貴女は何も悪くない』

『私が貴女に会いたいから来るだけです』


 リベリオ様にもらった言葉を思い出すと、不思議と心が温かくなる。
 それと同時に、ソワソワと落ち着かない様な気持ちになるのだ。

「ふふっ。姫様、恋する乙女の顔をしてますよ」

 イメルダが、揶揄う様に笑った。

「……恋? これが?」

「ええ、おそらく。途轍もなく不本意ですが」

 カリーナも苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


 そうか、これが恋か。

 だけど───。


『私を好きにならないで頂けますか?』

 私のあのお願いを承諾してくれたリベリオ様も、結婚に恋愛感情は必要無いと考える人なのかも知れない。
 今更、どのツラ下げて「貴方が好きだ」なんて言えると言うのか……。
 身勝手なお願いをした立場の私が、身勝手な理由でそのお願いを撤回するなんて、出来る訳がない。


 私達の関係は、今の所、とても円満だと思う。
 そこに恋愛感情が絡んでしまったら、今の関係が崩れてしまうのでは無いだろうか?

 きっと、この気持ちは封印した方が良いのだ。

 リベリオ様は、私の婚約者だ。
 順調に行けば、私達は夫婦になる。

 そばに居られるのだから、それだけで充分じゃないか。

 例え、そこに、愛が無かったとしても。
 自分の気持ちさえ、伝える事が出来なかったとしても。



 私は、初めての恋を自覚した瞬間、その恋心を彼に伝える事を諦める決意をした。

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