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12 美しい人
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《side:リベリオ》
俺が彼女を好きになったのは、いつの事だったのだろうか───。
父が病死したせいで、学園卒業後間も無く伯爵位を受け継いだ俺は、令嬢達の間では有望株と目されていたらしく、その頃はそれなりにモテた。
爵位を継いだ以上は、子を残す事は義務のような物と考えており、お互いに条件が合う何人かの女性と付き合った事もあったのだが、どの女性にも本気になる事は出来なかった。
それでも、自分なりに誠実に接して、デートや贈り物も適宜行っていたつもりだったが、彼女達はもっと深い愛情を求めていたらしく……
「研究と私、どっちが大事なの?」
だなんて言われてしまえば、もう面倒としか思えなくなってしまった。
それが、自領を豊かにする為の、寒冷地でも育つ作物の研究が佳境に入ったタイミングだったから、尚更。
かろうじて『領地の為の研究の方が大事に決まってるだろ』という暴言は飲み込んだものの、彼女とは上手く行くはずも無く、その後すぐにお別れした。
そんな事を数回繰り返した俺は、それまで以上に研究にのめり込む様になってしまい、ふと気が付けば、今年で二十七歳。
男性は女性と違って適齢期が長いので、まだ縁談を望む事は可能だが……。
色々と面倒臭くなってしまった俺は、もう養子でも取れば良いかな、なんて考え始めていた。
王家の封蝋が押された見合いの打診が俺の元へと届いたのは、そんな時だった。
何かの間違いなんじゃ無いかと、何度も書簡の内容を読み返した。文面を全て暗記してしまう程に。
別に彼女が『地味王女』などと呼ばれているのは気にもならないが、王女を降嫁させるなんて恐れ多い事は考えられなかった。
年齢も離れているし、伯爵位しか持たない俺では、到底釣り合いが取れないのだから。
まあ、だけど、婚約者候補に選ばれたのは、きっと派閥間のバランスを取る為の人数合わせか何かなのだろうと、軽い気持ちで見合いに臨む事にした。
初めて近くで見た彼女の印象は、意外にも『美しい人』だった。
容姿の話では無い。
と言うか、彼女の顔の印象は、『眼鏡』でしか無かった。
分厚いレンズの向こうはハッキリとは見えず、辛うじて瞳の色が紫である事が分かる程度なのだ。
もはや眼鏡が本体と言っても過言では無い。
おそらくあの眼鏡には、認識阻害の魔法陣でも仕込まれているのだろう。
容姿では無く、佇まいと言うか、オーラと言うか、纏っている空気が美しいと感じたのだ。
スッと伸びた背筋。
嫋やかな微笑み。
ティーカップを持ち上げる細い指先までも美しく、洗練されている。
まだ十七歳の少女とは思えない位に、気品に満ちていた。
だが、彼女の口から飛び出したのは、意外過ぎる言葉だった。
「私を好きにならないで頂けますか?」
予想もしていなかった台詞に驚きを隠せない俺に、彼女は自分の発言を恥じる様に頬を染めた。
「秘密を守る覚悟があるか?」
そう聞かれた時が、きっと引き返す最後のチャンスだったのだろう。
だが、俺は彼女の抱える事情に興味を持ってしまい、結局、好奇心に勝てずに頷いた。
告白されたクラウディア様の秘密は、思っていたよりもずっと重い物だった。
闇属性は滅多に生まれない。
歴史書などを見れば、この国でも確認された事があると記されており、実在する物なのだという知識だけはあった。
だが、確かこの国で一番最近発見されたのは、二百年以上前。
しかも、その人物は魔力の器が小さく、魔法の効力が弱かった為、なんの脅威にもならなかったらしい。
そんな闇魔法の使い手は、もはや伝説の中だけの存在だと思っている者も少なくないだろう。
しかし、実際に闇属性が生まれたと民衆が知ったらどうなるだろうか?
それも強い魔力を持っている人物だと知れたら?
きっと大きなパニックが起きる。
そして、彼女の身が危なくなるかも知れない。
しかも、五歳の小さな女の子が経験した事は、トラウマになっても仕方無いと思える内容だった。
それでも彼女は、自分の事よりも魅了にかかってしまった人達の方を心配している様に見えた。
俺が彼女を好きになったのは、いつの事だったのだろうか───。
父が病死したせいで、学園卒業後間も無く伯爵位を受け継いだ俺は、令嬢達の間では有望株と目されていたらしく、その頃はそれなりにモテた。
爵位を継いだ以上は、子を残す事は義務のような物と考えており、お互いに条件が合う何人かの女性と付き合った事もあったのだが、どの女性にも本気になる事は出来なかった。
それでも、自分なりに誠実に接して、デートや贈り物も適宜行っていたつもりだったが、彼女達はもっと深い愛情を求めていたらしく……
「研究と私、どっちが大事なの?」
だなんて言われてしまえば、もう面倒としか思えなくなってしまった。
それが、自領を豊かにする為の、寒冷地でも育つ作物の研究が佳境に入ったタイミングだったから、尚更。
かろうじて『領地の為の研究の方が大事に決まってるだろ』という暴言は飲み込んだものの、彼女とは上手く行くはずも無く、その後すぐにお別れした。
そんな事を数回繰り返した俺は、それまで以上に研究にのめり込む様になってしまい、ふと気が付けば、今年で二十七歳。
男性は女性と違って適齢期が長いので、まだ縁談を望む事は可能だが……。
色々と面倒臭くなってしまった俺は、もう養子でも取れば良いかな、なんて考え始めていた。
王家の封蝋が押された見合いの打診が俺の元へと届いたのは、そんな時だった。
何かの間違いなんじゃ無いかと、何度も書簡の内容を読み返した。文面を全て暗記してしまう程に。
別に彼女が『地味王女』などと呼ばれているのは気にもならないが、王女を降嫁させるなんて恐れ多い事は考えられなかった。
年齢も離れているし、伯爵位しか持たない俺では、到底釣り合いが取れないのだから。
まあ、だけど、婚約者候補に選ばれたのは、きっと派閥間のバランスを取る為の人数合わせか何かなのだろうと、軽い気持ちで見合いに臨む事にした。
初めて近くで見た彼女の印象は、意外にも『美しい人』だった。
容姿の話では無い。
と言うか、彼女の顔の印象は、『眼鏡』でしか無かった。
分厚いレンズの向こうはハッキリとは見えず、辛うじて瞳の色が紫である事が分かる程度なのだ。
もはや眼鏡が本体と言っても過言では無い。
おそらくあの眼鏡には、認識阻害の魔法陣でも仕込まれているのだろう。
容姿では無く、佇まいと言うか、オーラと言うか、纏っている空気が美しいと感じたのだ。
スッと伸びた背筋。
嫋やかな微笑み。
ティーカップを持ち上げる細い指先までも美しく、洗練されている。
まだ十七歳の少女とは思えない位に、気品に満ちていた。
だが、彼女の口から飛び出したのは、意外過ぎる言葉だった。
「私を好きにならないで頂けますか?」
予想もしていなかった台詞に驚きを隠せない俺に、彼女は自分の発言を恥じる様に頬を染めた。
「秘密を守る覚悟があるか?」
そう聞かれた時が、きっと引き返す最後のチャンスだったのだろう。
だが、俺は彼女の抱える事情に興味を持ってしまい、結局、好奇心に勝てずに頷いた。
告白されたクラウディア様の秘密は、思っていたよりもずっと重い物だった。
闇属性は滅多に生まれない。
歴史書などを見れば、この国でも確認された事があると記されており、実在する物なのだという知識だけはあった。
だが、確かこの国で一番最近発見されたのは、二百年以上前。
しかも、その人物は魔力の器が小さく、魔法の効力が弱かった為、なんの脅威にもならなかったらしい。
そんな闇魔法の使い手は、もはや伝説の中だけの存在だと思っている者も少なくないだろう。
しかし、実際に闇属性が生まれたと民衆が知ったらどうなるだろうか?
それも強い魔力を持っている人物だと知れたら?
きっと大きなパニックが起きる。
そして、彼女の身が危なくなるかも知れない。
しかも、五歳の小さな女の子が経験した事は、トラウマになっても仕方無いと思える内容だった。
それでも彼女は、自分の事よりも魅了にかかってしまった人達の方を心配している様に見えた。
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