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7 埋まる外堀
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その日の王宮は朝から慌ただしいムードだった。
……いや、もうかれこれ一週間ほど前から、ずっとバタバタしていたか。
全ては、急遽決定した今宵の夜会の準備の為。
私とリベリオ様の婚約を発表する為の夜会である。
あの後、リベリオ様から快く承諾の返事を頂き、国王であるお父様に報告を上げると、「相手の気が変わらない内に!」とばかりに速攻で婚約発表が決定してしまった。
もしも国内で婚約者を見つけられなければ、最悪の場合、対外的には『クラウディアは持病のせいで亡くなった』とでも発表し、田舎で隠遁生活をする。…という案まで出ていたのだから、両親が必死なのも無理はない。
まあ、普段から引き篭もり気味の私としては、今迄とあまり大差が無いようにも思うのだが。
「姫様ぁ、本当にあのダサ眼鏡をかけて出席なさるおつもりですかぁ?
こんなにお可愛らしいのに、宝の持ち腐れだわ」
髪を結われている途中、プックリと頬を膨らませながら鏡越しに不満をぶつけてくる、専属侍女のカリーナ。
彼女と、専属護衛の女性騎士イメルダは、二人とも光属性持ちで、長く私に仕えてくれている。
とても信頼出来る側仕えで、私の秘密を知る数少ない人達なのだ。
「だって、なんだか落ち着かないのだもの」
「そんなぁ……。今日の夜会は姫様が主役なんですよっ?
せっかく姫様の美しさが際立つ様にアイメイクも施したのに、台無しですぅ」
カリーナは本来、化粧やヘアメイクに関しても超一流の腕を持つ、スーパー侍女なのだ。
だが、私の専属でいる限り、その実力を公に披露出来る機会は滅多に訪れないのである。
そっちの方が宝の持ち腐れだ。
「ごめんなさいね、カリーナにはいつも申し訳なく思っているのよ。
でも、今日は私が主役だからこそ、衆目を集める状況で眼鏡無しだとちょっと怖いの」
「カリーナ、我儘を言って姫様を困らせるな」
壁際に控えて私達の遣り取りを見守っていたイメルダが、呆れた顔でカリーナを窘めた。
「う゛ぅ……分かってますよぉ、姫様のトラウマは。
だけど、私達の姫様が皆んなにあんな風に呼ばれているなんて、悔しくて…」
「ありがとう、カリーナ。
貴女がそう言ってくれるだけで充分よ」
そうこう言っている内に、私の髪はカリーナの魔法の手によって美しく結い上げられた。
会話をしながらも、器用に手を動かし続けていたのだから、やっぱり彼女はスーパー侍女だ。
そこに扉をノックする音が響く。
リベリオ様が私を迎えに来てくださったのだろう。
「どうぞ、お入りになって」
身支度を終えたばかりの私は、眼鏡をかけると、訪問者に入室を促した。
「支度は済んだのですか?」
「ええ、丁度今済んだ所ですわ」
扉を開けたのは、やはりリベリオ様だった。
あのお見合いの日から、彼とは何度かお茶の時間を共にして交流を図っており、少しだけ打ち解けてきた所だ。
今日の彼は、私のドレスとお揃いの生地で作られた礼服を身に纏っている。
体格の良い彼には正装がとても良く似合っていて、いつも以上にご令嬢達の視線を集めてしまいそうだ。
「眼鏡をかけたままで出るのですね。
伊達かと思っていたましたが、度が入っているのですか?」
「いえ、伊達ですよ」
「少しだけ取って見せて頂いても?」
私は少し迷ったけれど、意を決して頷いた。
眼鏡を取るのは怖い気もするが、夫となる(かもしれない)人物に、いつまでも素顔を隠すのは不誠実な気がして。
眼鏡を取った私は、分厚いレンズの下に隠していた瞳を、恐る恐る彼に向けた。
特定の人物以外にこの姿を見せるのは久し振りだったが、彼が特に顔色を変えた様子が無い事にホッと胸を撫で下ろす。
光属性なのだから、当たり前ではあるのだが。
彼は、豪華なドレスを着用して眼鏡を取った私の姿を見ても、貴族的な歯の浮く様な台詞で褒めたりしなかった。
それはきっと、恋愛感情を怖がっている私への彼なりの気遣いなのだろう。
カリーナはその事にちょっとだけ不満そうな顔をしているけれど。
「何故、いつも伊達眼鏡を?」
「ブレスレットをしていても、稀に私に強い恋情を抱く人が居ます。
私は魔力量がかなり多いらしいので、魔道具だけでは抑えきれないのかも知れませんね。
でも、ダサい格好をしていると、誰も私の瞳を覗き込んだりしないので、魅了は発動しません」
魅了は目を合わせる事によって発動するので、ダサい格好をして相手の興味を失わせれば、その発動率は格段に下がる。
我ながら良いアイデアだと思う。
実際この格好をしてから、私に愛を囁く人は居なくなったのだから。
「いや、それは───」
「なんですか?」
「いえ、良いです。なんでもありません」
彼は何故か言いかけた言葉を飲み込んだ。
……いや、もうかれこれ一週間ほど前から、ずっとバタバタしていたか。
全ては、急遽決定した今宵の夜会の準備の為。
私とリベリオ様の婚約を発表する為の夜会である。
あの後、リベリオ様から快く承諾の返事を頂き、国王であるお父様に報告を上げると、「相手の気が変わらない内に!」とばかりに速攻で婚約発表が決定してしまった。
もしも国内で婚約者を見つけられなければ、最悪の場合、対外的には『クラウディアは持病のせいで亡くなった』とでも発表し、田舎で隠遁生活をする。…という案まで出ていたのだから、両親が必死なのも無理はない。
まあ、普段から引き篭もり気味の私としては、今迄とあまり大差が無いようにも思うのだが。
「姫様ぁ、本当にあのダサ眼鏡をかけて出席なさるおつもりですかぁ?
こんなにお可愛らしいのに、宝の持ち腐れだわ」
髪を結われている途中、プックリと頬を膨らませながら鏡越しに不満をぶつけてくる、専属侍女のカリーナ。
彼女と、専属護衛の女性騎士イメルダは、二人とも光属性持ちで、長く私に仕えてくれている。
とても信頼出来る側仕えで、私の秘密を知る数少ない人達なのだ。
「だって、なんだか落ち着かないのだもの」
「そんなぁ……。今日の夜会は姫様が主役なんですよっ?
せっかく姫様の美しさが際立つ様にアイメイクも施したのに、台無しですぅ」
カリーナは本来、化粧やヘアメイクに関しても超一流の腕を持つ、スーパー侍女なのだ。
だが、私の専属でいる限り、その実力を公に披露出来る機会は滅多に訪れないのである。
そっちの方が宝の持ち腐れだ。
「ごめんなさいね、カリーナにはいつも申し訳なく思っているのよ。
でも、今日は私が主役だからこそ、衆目を集める状況で眼鏡無しだとちょっと怖いの」
「カリーナ、我儘を言って姫様を困らせるな」
壁際に控えて私達の遣り取りを見守っていたイメルダが、呆れた顔でカリーナを窘めた。
「う゛ぅ……分かってますよぉ、姫様のトラウマは。
だけど、私達の姫様が皆んなにあんな風に呼ばれているなんて、悔しくて…」
「ありがとう、カリーナ。
貴女がそう言ってくれるだけで充分よ」
そうこう言っている内に、私の髪はカリーナの魔法の手によって美しく結い上げられた。
会話をしながらも、器用に手を動かし続けていたのだから、やっぱり彼女はスーパー侍女だ。
そこに扉をノックする音が響く。
リベリオ様が私を迎えに来てくださったのだろう。
「どうぞ、お入りになって」
身支度を終えたばかりの私は、眼鏡をかけると、訪問者に入室を促した。
「支度は済んだのですか?」
「ええ、丁度今済んだ所ですわ」
扉を開けたのは、やはりリベリオ様だった。
あのお見合いの日から、彼とは何度かお茶の時間を共にして交流を図っており、少しだけ打ち解けてきた所だ。
今日の彼は、私のドレスとお揃いの生地で作られた礼服を身に纏っている。
体格の良い彼には正装がとても良く似合っていて、いつも以上にご令嬢達の視線を集めてしまいそうだ。
「眼鏡をかけたままで出るのですね。
伊達かと思っていたましたが、度が入っているのですか?」
「いえ、伊達ですよ」
「少しだけ取って見せて頂いても?」
私は少し迷ったけれど、意を決して頷いた。
眼鏡を取るのは怖い気もするが、夫となる(かもしれない)人物に、いつまでも素顔を隠すのは不誠実な気がして。
眼鏡を取った私は、分厚いレンズの下に隠していた瞳を、恐る恐る彼に向けた。
特定の人物以外にこの姿を見せるのは久し振りだったが、彼が特に顔色を変えた様子が無い事にホッと胸を撫で下ろす。
光属性なのだから、当たり前ではあるのだが。
彼は、豪華なドレスを着用して眼鏡を取った私の姿を見ても、貴族的な歯の浮く様な台詞で褒めたりしなかった。
それはきっと、恋愛感情を怖がっている私への彼なりの気遣いなのだろう。
カリーナはその事にちょっとだけ不満そうな顔をしているけれど。
「何故、いつも伊達眼鏡を?」
「ブレスレットをしていても、稀に私に強い恋情を抱く人が居ます。
私は魔力量がかなり多いらしいので、魔道具だけでは抑えきれないのかも知れませんね。
でも、ダサい格好をしていると、誰も私の瞳を覗き込んだりしないので、魅了は発動しません」
魅了は目を合わせる事によって発動するので、ダサい格好をして相手の興味を失わせれば、その発動率は格段に下がる。
我ながら良いアイデアだと思う。
実際この格好をしてから、私に愛を囁く人は居なくなったのだから。
「いや、それは───」
「なんですか?」
「いえ、良いです。なんでもありません」
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