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17 捨てたい記憶
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「君が、エルザ・グルーバー嬢かな?」
第二王子であるオリヴァー殿下と初めて対面した私は、戸惑いながらも片足を後ろへ引き、腰を落とす。
「はい。グルーバー辺境伯家の長女、エルザにございます」
ここは王宮の中。
彼に声をかけられたのは、その日の王子妃教育が終わり、テオとお茶の時間を過ごす為に第一王子宮へと向かっている最中だった。
フカフカの絨毯が敷き詰められた長い廊下を急ぎ足で歩いていると、不意に背後から呼び掛けられたのだ。
「オリヴァー殿下におかれましては・・・」
「ああ、堅苦しい挨拶は要らない」
続けて型通りの口上を述べようと口を開いた私を、殿下は止めた。
「へぇ・・・。君が兄上の・・・」
ジッと見詰められて、なんだか居心地の悪い気分になる。
彼はゲームには名前くらいしか登場しないが、側妃の息子なので要警戒人物である。
(あれっ?)
興味深そうに目を細めて薄く微笑むその表情を見て、奇妙な既視感を感じた。
実は数日前の入学式で、オリヴァー殿下が新入生代表の挨拶をした時にも、以前何処かで会った様な感じがしたのだ。
王子妃教育の為に三年もの間、王宮に通い続けている私だが、オリヴァー殿下と顔を合わせた事は無かった。
王宮の広い敷地内には複数の塔が建っており、側妃側の人間と、王妃側の人間の動線はあまり重ならない。
お互いに無用な争いを避ける為である。
だから、しっかり姿を見たのは入学式が初めてだし、言葉を交わしたのは今が初めてなのだ。
誰かに似ているのだろうか?
誰に?
テオとはあまり似ていない。
思い出しそうで思い出せないこの状態は、なんともモヤモヤする。
私が右のこめかみを軽く押さえながら、必死で脳内の記憶の引き出しを探っていると、目の前の彼が驚いた様に目を見開いた。
その唇が小さく開き、忘れかけていた名前が紡がれた。
「・・・・・・美亜?」
「ーーっ!?」
掠れた声で呟かれた音は、ギリギリ私の耳に届くくらいに微かな物だった。
だが、聞き間違いでは無い。
彼は確かに『美亜』と言った。
前世の私の名前を呼んだのだ。
───健斗だ。
前世の、夫だ。
何か確証があったわけでは無い。
それはただの直感だったが、間違いないと思った。
どこがと聞かれても答えられないが、全く別人にしか見えない容姿なのに、確かに似ているのだ。
仕草なのか表情の作り方なのか・・・。
その瞬間、ブワッと全身に鳥肌が立った。
それは一体どんな感情からだったのか、自分でもよく分からない。
とにかく、大いに混乱している。
無意識の内に、よろける様に二、三歩後ずさっていた。
「・・・申し訳ありませんが、テオフィル殿下をお待たせしておりますので、これで失礼させて頂きます」
声が震えそうになるのをなんとか我慢して、辞去を伝えた自分を褒めてあげたい。
相手は第二王子だ。
あまり無礼な振る舞いは出来ない。
そして、私は、まだ彼が呆然としている隙に、踵を返して逃げる様にテオの元へと急いだ。
心臓が痛いくらいに拍動している。
背中に冷たい汗が流れて、呼吸がし難い。
死ぬ直前の時間に引き戻されたみたいな感覚だった。
テオの執務室の扉を勢い良く開く。
ノックをする事も忘れていた。
執務机の前に座っていたテオが、私を視界に入れると、一瞬で険しい顔になった。
「エルザ、何があった?」
「・・・・・・何も。
ただ、テオフィル様に早く会いたくて、急いで来ました」
「何も無いはずがないだろ?顔が真っ青だ」
「済みません、ノックもしないで扉を開けるなんて・・・」
「エルザ、もう良い」
「まだお仕事中でしたか?
邪魔をしてしまったかしら」
いつの間にか目の前まで近寄っていたテオが、フワリと私を抱き締めた。
「もう良いから、黙って」
大きな手が、優しく私の頭を撫でる。
その温かさにホッと息を吐くと、漸く、自分が震えている事に気付いた。
暫くそうしている内に少しづつ落ち着きを取り戻して、体の震えが止まった。
見上げると、酷く心配そうな青の瞳に、今にも泣き出しそうな私の情けない顔が映っていた。
「少しは落ち着いた?」
「・・・・・・はい」
「何があったか、話せる?」
「・・・・・・」
何を話せば良いのだろう?
転生した事?
前世で裏切られて傷付いた事?
胸を掻きむしりながら、苦しんで死んだ事?
元夫が第二王子に生まれ変わっていた事?
どう話せば良いの?
そんなの信じて貰えるの?
答えが出せずに黙り込んでいると、テオは少し寂しそうに微笑んだ。
「・・・・・・わかった。
無理には聞かない。
エルザが話したくなるまで待つよ」
いつかテオに打ち明けられる時が来るのだろうか?
第二王子であるオリヴァー殿下と初めて対面した私は、戸惑いながらも片足を後ろへ引き、腰を落とす。
「はい。グルーバー辺境伯家の長女、エルザにございます」
ここは王宮の中。
彼に声をかけられたのは、その日の王子妃教育が終わり、テオとお茶の時間を過ごす為に第一王子宮へと向かっている最中だった。
フカフカの絨毯が敷き詰められた長い廊下を急ぎ足で歩いていると、不意に背後から呼び掛けられたのだ。
「オリヴァー殿下におかれましては・・・」
「ああ、堅苦しい挨拶は要らない」
続けて型通りの口上を述べようと口を開いた私を、殿下は止めた。
「へぇ・・・。君が兄上の・・・」
ジッと見詰められて、なんだか居心地の悪い気分になる。
彼はゲームには名前くらいしか登場しないが、側妃の息子なので要警戒人物である。
(あれっ?)
興味深そうに目を細めて薄く微笑むその表情を見て、奇妙な既視感を感じた。
実は数日前の入学式で、オリヴァー殿下が新入生代表の挨拶をした時にも、以前何処かで会った様な感じがしたのだ。
王子妃教育の為に三年もの間、王宮に通い続けている私だが、オリヴァー殿下と顔を合わせた事は無かった。
王宮の広い敷地内には複数の塔が建っており、側妃側の人間と、王妃側の人間の動線はあまり重ならない。
お互いに無用な争いを避ける為である。
だから、しっかり姿を見たのは入学式が初めてだし、言葉を交わしたのは今が初めてなのだ。
誰かに似ているのだろうか?
誰に?
テオとはあまり似ていない。
思い出しそうで思い出せないこの状態は、なんともモヤモヤする。
私が右のこめかみを軽く押さえながら、必死で脳内の記憶の引き出しを探っていると、目の前の彼が驚いた様に目を見開いた。
その唇が小さく開き、忘れかけていた名前が紡がれた。
「・・・・・・美亜?」
「ーーっ!?」
掠れた声で呟かれた音は、ギリギリ私の耳に届くくらいに微かな物だった。
だが、聞き間違いでは無い。
彼は確かに『美亜』と言った。
前世の私の名前を呼んだのだ。
───健斗だ。
前世の、夫だ。
何か確証があったわけでは無い。
それはただの直感だったが、間違いないと思った。
どこがと聞かれても答えられないが、全く別人にしか見えない容姿なのに、確かに似ているのだ。
仕草なのか表情の作り方なのか・・・。
その瞬間、ブワッと全身に鳥肌が立った。
それは一体どんな感情からだったのか、自分でもよく分からない。
とにかく、大いに混乱している。
無意識の内に、よろける様に二、三歩後ずさっていた。
「・・・申し訳ありませんが、テオフィル殿下をお待たせしておりますので、これで失礼させて頂きます」
声が震えそうになるのをなんとか我慢して、辞去を伝えた自分を褒めてあげたい。
相手は第二王子だ。
あまり無礼な振る舞いは出来ない。
そして、私は、まだ彼が呆然としている隙に、踵を返して逃げる様にテオの元へと急いだ。
心臓が痛いくらいに拍動している。
背中に冷たい汗が流れて、呼吸がし難い。
死ぬ直前の時間に引き戻されたみたいな感覚だった。
テオの執務室の扉を勢い良く開く。
ノックをする事も忘れていた。
執務机の前に座っていたテオが、私を視界に入れると、一瞬で険しい顔になった。
「エルザ、何があった?」
「・・・・・・何も。
ただ、テオフィル様に早く会いたくて、急いで来ました」
「何も無いはずがないだろ?顔が真っ青だ」
「済みません、ノックもしないで扉を開けるなんて・・・」
「エルザ、もう良い」
「まだお仕事中でしたか?
邪魔をしてしまったかしら」
いつの間にか目の前まで近寄っていたテオが、フワリと私を抱き締めた。
「もう良いから、黙って」
大きな手が、優しく私の頭を撫でる。
その温かさにホッと息を吐くと、漸く、自分が震えている事に気付いた。
暫くそうしている内に少しづつ落ち着きを取り戻して、体の震えが止まった。
見上げると、酷く心配そうな青の瞳に、今にも泣き出しそうな私の情けない顔が映っていた。
「少しは落ち着いた?」
「・・・・・・はい」
「何があったか、話せる?」
「・・・・・・」
何を話せば良いのだろう?
転生した事?
前世で裏切られて傷付いた事?
胸を掻きむしりながら、苦しんで死んだ事?
元夫が第二王子に生まれ変わっていた事?
どう話せば良いの?
そんなの信じて貰えるの?
答えが出せずに黙り込んでいると、テオは少し寂しそうに微笑んだ。
「・・・・・・わかった。
無理には聞かない。
エルザが話したくなるまで待つよ」
いつかテオに打ち明けられる時が来るのだろうか?
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