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23 可愛い義姉を妻にしたい
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《side:レイモンド》
「姉上、何をしているんですか?」
事件の後始末で忙殺される日々が終わり、漸く全てが片付いた。
これで姉上に想いを伝える事が出来ると思っていた矢先、知らない男と楽しげに話しながら廊下を歩く姉上を見かけた。
姉上に向けた男の視線には、明らかな熱が籠っている様に見える。
───不安。嫉妬。焦燥感。苛立ち。
僕の胸の中に沢山の負の感情が渦巻く。
「お隣のクラスの方なの。
重そうだからって手伝ってくださったのよ」
「そうなんですか。
姉を助けて下さって、有難うございます。
姉に急ぎの話がありますので、ここからは僕が代わりに持ちましょう」
なんとか笑顔を保ちながら、その男が抱えている教材を奪うと、彼はピクッと肩を震わせた。
威圧したつもりは無かったのだが、思ったよりも敵意が漏れ出ていたらしい。
「・・・・・・さっきの彼とは、仲が良いのですか?」
「さっき初めて話したのよ。
でも、お友達になりたいって言ってくれて・・・」
「へぇ・・・」
油断も隙もない。
こっちは十一年も我慢して、やっと告白する権利を得たというのに・・・。
今日初めて話した様な、ぽっと出の男に掻っ攫われる訳にはいかない。
「レイ、何か怒ってる?」
やはり、今の僕は、上手く感情を隠せていないらしい。
「いや、怒っては居ないです。
ですが、彼がなりたいのは『友達』では無いと思いますよ」
どう見ても、あの男が望んでいるのは、お友達よりももっと親密な関係だ。
「えー?考え過ぎよぉ」
ノホホンとした様子で笑う姉上。
いつもは可愛いとしか思わないその表情に、苛立ちを感じる日が来るとは思わなかった。
「いいえ。
姉上は、恋愛に関してはポンコツなのですから、自覚して下さい」
「普通に失礼」
姉上は、幼い頃からずっと王太子の婚約者だった為、異性との交流は最小限だったし、無意識の内に恋愛に関する事柄を遠ざけていた節がある。
年頃の女性にしては珍しく、恋愛小説や恋愛物の舞台などにも興味を示さない。
しかも、あの馬鹿王太子に長年蔑ろにされていたせいで、彼女は自分の女性としての価値が低いと思い込んでいる。
そんな環境にいれば、恋愛に関してのみポンコツになるのも当然であるのだが・・・・・・。
なんとか意識してもらおうと日頃から頑張っているのに、いつまで経っても弟としてしか見て貰えない。
その上、他の男に対する警戒心は薄過ぎるのだ。
『友達になりたい』だなんて、ベタな口実に簡単に騙されてしまうのだから、こっちは全く気が抜けず、心労が絶えない。
「はぁ・・・・・・。
義弟という立場は厄介ですね。
どんなに必死にアピールしても、全く本気にしてもらえない」
「急になんの話?」
「なんでもありません」
(ほら見ろ、やっぱりポンコツじゃないか!)
姉上には既に沢山の婚約の打診が来ている。
その釣書の山を本人の手に渡した事は、義父上から聞いて知っていた。
返事をどうするつもりなのかと問えば、『取り敢えず全て断るつもり』と言われ、心の中で快哉を叫ぶ。
これで、デズモンドも含めて大幅にライバルが減るだろう。
しかし、先程の様に、姉上に直接近付く者も増えている。
これ以上遅れをとる訳にはいかない。
『折角だからロマンチックなシチュエーションで求婚をしたい』とか、乙女の様な事を考えていたが、そんな場合では無い気がして来た。
僕は、なんとしても今日中に、想いを伝えようと決意する。
「姉上、今日、邸に帰ったら、大事なお話があります。
お時間頂けますか?」
メルヴィル公爵邸のリビング。
帰宅から夕食迄のわずかな時間に姉上を呼び出した。
お茶を淹れてくれた侍女にも退室して貰い、二人きりでテーブルを挟んで向かい合う。
日常過ぎる風景。
ムードもへったくれもないが、背に腹は変えられない。
そんな些細な事に拘ったせいで、手遅れにならないとも限らないのだから。
僕の緊張が伝わるのか、姉上も神妙な顔つきで黙り込んでいる。
どう切り出せば良いのか、色々考えたが、ポンコツな彼女には直接的な言葉でなければ伝わらないだろう。
「愛しています。
結婚してください」
これ以上無いくらいの直球を投げた結果、姉上から帰って来た反応は予想していたものとは違っていた。
「貴方が私の事を、姉として愛してくれているのは嬉しいわ。
でも、いくら私が婚約破棄で傷物になったからって、貴方が犠牲になる事は無いのよ?
こんな私でも、婚約の打診をしてくれる方は居るのだし、心配しないで?」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせる様に、そう言った彼女。
ここまで来ると、わざとはぐらかしているのでは無いかと思えてくる。
特大の溜息が出そうになるのを押し殺した。
これ以上、どう言えば伝わると言うのだろうか。
「僕は貴女を、姉としてでは無く、女性として愛しています。
貴女だって、本当は気付いていたのではないですか?
姉弟だからとか、そんな風に誤魔化さないで、無理ならちゃんと振って下さい。
僕ではダメですか?
貴女は僕が嫌いですか?」
答えが返ってくるまでの一瞬の間が、永遠の様に感じられた。
「・・・・・・私がレイを嫌いになる訳ないじゃない」
漸く少しだけ希望の光が見えて来たかもしれない。
緊張し過ぎて膝の上で硬く握り締めていた拳を緩めて、コッソリと息を吐く。
「それは良かった。
では、考えてみて貰えませんか。
弟では無い僕と、共に人生を歩む事を」
僕の言葉を噛み締める様に、暫く沈黙した姉上は、やがて落ち着かない様子で微かに瞳を泳がせた。
その頬が、みるみる内に朱に染まっていく。
これは、もしかして・・・・・・。
少し潤んだ瞳を彷徨わせて、頬を染めたその表情は、恋する乙女の様にも見える。
自分に都合の良い解釈が浮かんで来て、心臓が早鐘を打ち始めた。
「今の貴女の表情が答えだと思っても良いですか?」
「姉上、何をしているんですか?」
事件の後始末で忙殺される日々が終わり、漸く全てが片付いた。
これで姉上に想いを伝える事が出来ると思っていた矢先、知らない男と楽しげに話しながら廊下を歩く姉上を見かけた。
姉上に向けた男の視線には、明らかな熱が籠っている様に見える。
───不安。嫉妬。焦燥感。苛立ち。
僕の胸の中に沢山の負の感情が渦巻く。
「お隣のクラスの方なの。
重そうだからって手伝ってくださったのよ」
「そうなんですか。
姉を助けて下さって、有難うございます。
姉に急ぎの話がありますので、ここからは僕が代わりに持ちましょう」
なんとか笑顔を保ちながら、その男が抱えている教材を奪うと、彼はピクッと肩を震わせた。
威圧したつもりは無かったのだが、思ったよりも敵意が漏れ出ていたらしい。
「・・・・・・さっきの彼とは、仲が良いのですか?」
「さっき初めて話したのよ。
でも、お友達になりたいって言ってくれて・・・」
「へぇ・・・」
油断も隙もない。
こっちは十一年も我慢して、やっと告白する権利を得たというのに・・・。
今日初めて話した様な、ぽっと出の男に掻っ攫われる訳にはいかない。
「レイ、何か怒ってる?」
やはり、今の僕は、上手く感情を隠せていないらしい。
「いや、怒っては居ないです。
ですが、彼がなりたいのは『友達』では無いと思いますよ」
どう見ても、あの男が望んでいるのは、お友達よりももっと親密な関係だ。
「えー?考え過ぎよぉ」
ノホホンとした様子で笑う姉上。
いつもは可愛いとしか思わないその表情に、苛立ちを感じる日が来るとは思わなかった。
「いいえ。
姉上は、恋愛に関してはポンコツなのですから、自覚して下さい」
「普通に失礼」
姉上は、幼い頃からずっと王太子の婚約者だった為、異性との交流は最小限だったし、無意識の内に恋愛に関する事柄を遠ざけていた節がある。
年頃の女性にしては珍しく、恋愛小説や恋愛物の舞台などにも興味を示さない。
しかも、あの馬鹿王太子に長年蔑ろにされていたせいで、彼女は自分の女性としての価値が低いと思い込んでいる。
そんな環境にいれば、恋愛に関してのみポンコツになるのも当然であるのだが・・・・・・。
なんとか意識してもらおうと日頃から頑張っているのに、いつまで経っても弟としてしか見て貰えない。
その上、他の男に対する警戒心は薄過ぎるのだ。
『友達になりたい』だなんて、ベタな口実に簡単に騙されてしまうのだから、こっちは全く気が抜けず、心労が絶えない。
「はぁ・・・・・・。
義弟という立場は厄介ですね。
どんなに必死にアピールしても、全く本気にしてもらえない」
「急になんの話?」
「なんでもありません」
(ほら見ろ、やっぱりポンコツじゃないか!)
姉上には既に沢山の婚約の打診が来ている。
その釣書の山を本人の手に渡した事は、義父上から聞いて知っていた。
返事をどうするつもりなのかと問えば、『取り敢えず全て断るつもり』と言われ、心の中で快哉を叫ぶ。
これで、デズモンドも含めて大幅にライバルが減るだろう。
しかし、先程の様に、姉上に直接近付く者も増えている。
これ以上遅れをとる訳にはいかない。
『折角だからロマンチックなシチュエーションで求婚をしたい』とか、乙女の様な事を考えていたが、そんな場合では無い気がして来た。
僕は、なんとしても今日中に、想いを伝えようと決意する。
「姉上、今日、邸に帰ったら、大事なお話があります。
お時間頂けますか?」
メルヴィル公爵邸のリビング。
帰宅から夕食迄のわずかな時間に姉上を呼び出した。
お茶を淹れてくれた侍女にも退室して貰い、二人きりでテーブルを挟んで向かい合う。
日常過ぎる風景。
ムードもへったくれもないが、背に腹は変えられない。
そんな些細な事に拘ったせいで、手遅れにならないとも限らないのだから。
僕の緊張が伝わるのか、姉上も神妙な顔つきで黙り込んでいる。
どう切り出せば良いのか、色々考えたが、ポンコツな彼女には直接的な言葉でなければ伝わらないだろう。
「愛しています。
結婚してください」
これ以上無いくらいの直球を投げた結果、姉上から帰って来た反応は予想していたものとは違っていた。
「貴方が私の事を、姉として愛してくれているのは嬉しいわ。
でも、いくら私が婚約破棄で傷物になったからって、貴方が犠牲になる事は無いのよ?
こんな私でも、婚約の打診をしてくれる方は居るのだし、心配しないで?」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせる様に、そう言った彼女。
ここまで来ると、わざとはぐらかしているのでは無いかと思えてくる。
特大の溜息が出そうになるのを押し殺した。
これ以上、どう言えば伝わると言うのだろうか。
「僕は貴女を、姉としてでは無く、女性として愛しています。
貴女だって、本当は気付いていたのではないですか?
姉弟だからとか、そんな風に誤魔化さないで、無理ならちゃんと振って下さい。
僕ではダメですか?
貴女は僕が嫌いですか?」
答えが返ってくるまでの一瞬の間が、永遠の様に感じられた。
「・・・・・・私がレイを嫌いになる訳ないじゃない」
漸く少しだけ希望の光が見えて来たかもしれない。
緊張し過ぎて膝の上で硬く握り締めていた拳を緩めて、コッソリと息を吐く。
「それは良かった。
では、考えてみて貰えませんか。
弟では無い僕と、共に人生を歩む事を」
僕の言葉を噛み締める様に、暫く沈黙した姉上は、やがて落ち着かない様子で微かに瞳を泳がせた。
その頬が、みるみる内に朱に染まっていく。
これは、もしかして・・・・・・。
少し潤んだ瞳を彷徨わせて、頬を染めたその表情は、恋する乙女の様にも見える。
自分に都合の良い解釈が浮かんで来て、心臓が早鐘を打ち始めた。
「今の貴女の表情が答えだと思っても良いですか?」
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