上 下
14 / 24

14 疑惑の商会

しおりを挟む
「姉上、大丈夫ですか?」

レイの呼び掛けで我に帰る。
何の罪もないお腹の子供まで亡くなった事を思うとやりきれないが、自分が知りたがったのだから、気をしっかり持たなければ。

「・・・うん、大丈夫。
少し目眩がしただけよ」

事件後に借金を返済したと言う事は、報酬がその役者に渡ったのだろう。
容疑者の四人ならば、誰でもお金は用意出来そうだ。
そして、殿下だけは、大金を動かしていたのなら、お父様が調べれば多分すぐに分かる。

「お菓子の分析の方は?」

「あのチョコレートブラウニーからは、違法な薬物が検出されました」

ああ、やっぱり・・・・・・

「違法薬物って、どんな?」

「隣国でその昔、従順な奴隷を作る為に使用されていた、洗脳の効果がある薬です。
急激に効果が出る物では無く、継続して摂取させる事で体内に蓄積されて、少しづつ効果が高まって行く物の様です。
多幸感や心地良さを増幅させて、軽い媚薬の様な効果もあるらしく、薬を与えた人間を好ましく思い、忠誠心が高まるのだとか。
我が国では勿論ですが、今では隣国も含めた殆どの国で違法薬物に指定されています」

「王族にそんな薬を盛るなんて、アシュトン嬢は命知らずね」

「アシュトン嬢本人の意思だったかは不明ですね。
父親である男爵の差し金かもしれませんし」

確かに、それも一理ある。

エミリーの父であるアシュトン男爵は、輸入販売業を営んでおり、かなり荒稼ぎしていると聞く。
真偽は定かでは無いが、裏社会の者と通じているのでは無いかとか、色々と黒い噂も絶えない人物なのだ。
まあ、冷静な目を持つ人々は、その噂は勢いのある男爵家に対するやっかみであり、事実無根だろうと思っている様だが。
しかし、こうして見ると、その噂も真実味を帯びて来る。

「そんな薬を何処から入手したのかしら?」

「アシュトン家が、輸入販売業を営んでいるのはご存知ですよね。
その主な商品は、植物なのです。
観賞用の花の鉢植えから、食用の果物や、薬草まで様々な植物を扱っています」

「薬草・・・・・・」

呟く私に、レイは深く頷いた。

「そうです。
薬草の中に違法薬物の原料となる植物を紛れ込ませていれば、カモフラージュしやすいかと。
それに、アシュトン家が税関に申告している輸入した植物の数量と、実際の販売実績とのズレが少し大きいのですよ」

この国では、既に薬品として精製されている物に関しては、輸入の際のチェックがとても厳しい。
だが、植物に関しては数量をチェックされる程度で、その品種まではそれ程細かく調べられていないのが現状なのだ。
男爵はそこを突いて、違法な薬物の原料を輸入しているのかもしれない。

もしも、税関を通る時に、違法な植物を薬草に紛れ込ませて通しているのだとしたら、正規ルートで流通させられない違法な植物は販売数がカウントされない為、輸入数と販売数に大きなズレが生じる。
勿論、栽培が難しい植物の鉢植えなどは枯れてしまったりするし、多少のズレは出る物だ。
実際、疑念を持たれても、その様に言い訳をすれば通る可能性が高い。
しかし、レイがおかしいと思ったのだから、常識的な範囲を超えていると言う事なのだろう。

「めちゃくちゃ怪しいじゃない」

「はい。めちゃくちゃ怪しいです。
しかし、状況証拠としても弱いので、まだ追及は出来ませんね。
税関で違法な物が見つかれば良いのですが、姉上の事件にも関わっているとしたら、今は警戒しているでしょうし」

「悔しいわね」

お花畑全開のエミリー嬢は兎も角、アシュトン男爵はおそらく黒だ。
しかし、爵位は男爵とは言え、王太子殿下の寵愛を受けるご令嬢の父親である。
決定的な証拠でも無い限り、追及するのは難しいだろう。

「まあ、違法薬物の密輸に関しては追々調べてみるとして、先ずは姉上の事件の解決が優先です」

「そうだったわね。
でも、危険な薬物を輸入しているかもしれない人物を、なかなか罪に問えないのは腹立たしいわ」

「姉上の事件を解決すれば、其方も自然に解決するかもしれません。
ですが、今の段階で余計な部分まで深追いするのは禁物ですよ。
危険が増しますし、証拠隠滅を図られる恐れもあります」

「わかった」

少々不満は残るものの、レイの言う事も尤もなので頷いた。

「今後は姉上が知りたい情報や、捜査の進捗はちゃんと報告します。
その代わり、絶対に一人では行動しないと約束して下さいね」

両手で私の手を包み込む様に握ったレイの瞳が不安気に揺れる。
生死を彷徨う私を看病していたのだから、ただ眠っていただけの私よりも彼の方がずっとトラウマになっているのかもしれない。
我儘ばかり言って悪かったなと反省した。

「うん。ありがとう」

事件関係者の父親が様々な違法な品を輸入しているとしたら、私に使われた謎の毒もそこから入手されたと考えるのが自然だ。

では、『アシュトン嬢が私に毒を盛ったのだろうか』と考えるが・・・、なんだかピンと来ない。
アシュトン商会が入手ルートならば、一番怪しいのは彼女なのだが・・・。
そこまでの悪巧みを、あのお花畑が考えるだろうか?
或いは父親の言いなりで行動したのか。

まあ、犯人が誰であれ事件が解決すれば、入手ルートも本格的に捜査される。
男爵が違法薬物を流通させた事も、立証出来る可能性が高いだろう。

「・・・・・・ぅえ・・・。
・・・・・・・・・姉上ってば!いつまで考え込んでいるんです?」

軽く肩を叩かれて、思考の渦から意識が浮上した。
目の前にはレイモンドのちょっと拗ねた顔。
何度か呼ばれていたのに、気付かなかったらしい。

「あぁ、ごめんなさい」

「今日の所は、事件の話はここまでにしませんか?
夢見が悪くなりそうだ」

今夜はもう眠れない予感がするけれど、あまり迷惑と心配を掛けてはいけないので、素直に頷く事にする。

その後も、眠気が復活するまで、レイは私に付き合ってくれた。
明け方近くまで、幼い頃の事や友人の事など、取り留めもなく話しをして過ごした。

他愛も無い話をしながら、少し温くなったホットミルクを口にすると、不安定になっている心を癒す様な優しい甘さが広がった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました

当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。 リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。 結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。 指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。 そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。 けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。 仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。 「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」 ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

皆様ごきげんよう。悪役令嬢はこれにて退場させていただきます。

しあ
恋愛
「クラリス=ミクランジェ、君を国宝窃盗容疑でこの国から追放する」 卒業パーティで、私の婚約者のヒルデガルト=クライス、この国の皇太子殿下に追放を言い渡される。 その婚約者の隣には可愛い女の子がーー。 損得重視の両親は私を庇う様子はないーーー。 オマケに私専属の執事まで私と一緒に国外追放に。 どうしてこんなことに……。 なんて言うつもりはなくて、国外追放? 計画通りです!国外で楽しく暮らしちゃいますね! では、皆様ごきげんよう!

処理中です...