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6 ある令嬢の独白
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《side:???》
私は貧乏伯爵家の長女として生まれた。
名を名乗るほどの者では無い。
生まれた家は貧乏ではあったが、幼い頃はそれなりに愛情を持って育てられていた様な気もする。
しかし、嫡男である弟が生まれてからは、女児など政略結婚の道具としか見做されなかった。
貴族なんて、そんな物だ。
そんな私が王宮の侍女として採用された時は、流石に両親も大喜びし、手放しで褒めてくれた。
給料を稼ぎ、伯爵家に仕送りをしながら、行儀作法も身に付けられるのだから、一石二鳥である。
『真面目に働き王族に目を掛けて貰えれば、高位貴族との縁談も夢じゃ無い』なんて・・・。
彼等はきっと、そんな都合の良い妄想を抱いていたのだろう。
だが私が恋に落ちたのは、王都に拠点を持つ劇団に所属する、まだ名も売れていない若手俳優だったのだ。
出会いの切っ掛けは、王太子殿下の恋人であるエミリー様の付き添いとして、お二人の観劇デートに同行した時の事。
王家専用の豪華なボックス席の隅に、護衛騎士と共に待機しながら、舞台をボンヤリと眺めていると、一人の俳優と目が合った・・・様な気がした。
その瞬間、心臓が大きく跳ねた。
一目惚れである。
彼はまだ駆け出しでチョイ役だったので、舞台に立ったのはほんの数分程度。
しかも他の俳優達に比べて目立つ容姿でも無い。
何故彼に惹かれたのか、自分でもよく分からなかった。
けれど、私は彼の瞳が忘れられなくて、暇さえあれば劇場に通う様になった。
貧乏伯爵家の娘である私は、チケットを買うお金が無くて、出待ちの様に劇場周辺をウロウロするばかり。
劇場に通い始めて何日目だっただろうか・・・。
公演を終えて出て来た彼が、私に話し掛けてくれたのは。
勿論、彼は平民であった。
私達は、隠れて逢瀬を重ねた。
そして、愛する彼の求めに抗えず体を重ねてしまった私のお腹には、新しい命が宿った。
貴族令嬢としては致命的だ。
もしもこの事がバレれば、お腹の子供は堕胎させられる。
運良く出産を許されたとしても、私は産後、修道院に入れられて、子供は何処かに養子に出されるか、孤児院に入れられるのだろう。
彼にも子供にも、二度と会う事は叶わない。
(何とかしなければ・・・。
でも、どうしたら良いの?)
あの人が声を掛けて来たのは、そんな時だった───。
「そんな事、私には出来ません!」
血の気が引いて、震えが止まらない。
あの人は私に言ったのだ。
キャサリン様の紅茶に薬を入れろと。
これは王太子殿下の命令であると。
「一体これは、何の薬なのですか?」
怯えながら問う私に、少し体調を崩すだけで、命を奪うような物ではないと。
『体が弱い者を王太子妃には出来ない』との建前で、婚約解消をし易くするのが目的であると。
「妊娠して、困っているのでしょう?
協力すれば、それなりの報酬を得られますよ。
彼と駆け落ちするのに充分な資金が欲しいのでしょう?」
あの人は私の耳元で囁いた。
そして、私は悪魔に魂を売ったのだ。
私が薬を入れた紅茶を飲んだ後、キャサリン様はずっと学園をお休みしているらしい。
あの人の言う薬の効果を疑って怯えていたのだが、キャサリン様が亡くなったと言う話は聞こえてこない。
(やはり、少し体調を崩すだけの薬だったのだわ)
ホッとしたのも束の間・・・・・・
王宮内で、メルヴィル公爵様と従者の方のお話を、偶然聞いてしまったのだ。
「全く・・・。キャサリンが予断を許さない状態なのに、出仕しなければならないとは・・・」
「本当ですね。
昏睡が続いている原因も、まだ分かりませんし」
(昏睡が続いている!?)
その話を聞いたのは、薬を飲ませてから5日も経った頃だった。
そんなに長い間昏睡状態になるなんて、『少し体調を崩す』の範囲を大きく超えている。
私は冷たくなった手をギュッと握り締めた。
「話が違うじゃ無いですか!?」
「そうでしたっけ?
でも、もう貴女は共犯です。
王太子の婚約者、準王族を手に掛けた実行犯なのですから、余計な事を話さない方が身の為ですよ。
極刑になりたく無いのならば、大人しく報酬を受け取って、この国を出なさい」
(極刑・・・)
次期王妃を殺そうとしたのだと思われてしまったら、極刑だって確かに有り得る。
自分のした事の大きさに今更ながら気付き、愕然とした。
妊娠の事で行き詰まっていた私は、与えられた逃げ道に安易に縋ってしまったのだ。
報酬が入った袋を、震える手で受け取る。
私は、次々に溢れる涙を拭いもせず、嵐の中を走っていた。
(早く、早く、逃げなければ)
報酬を両腕に抱え、愛する彼と待ち合わせをしている橋の上へ・・・。
この国を離れれば、彼と幸せに暮らせるのだと信じて。
しかし、そこで待っていた彼は、駆け寄った私を殴り倒すと報酬の袋を乱暴に奪った。
「これで借金が返せる。
悪く思わないでくれよ」
そう言い残すと足早に去って行った。
豪雨の中、橋の上に倒れた私は暫く動く事も出来ずに考えた。
(何処で間違ったの?)
あんな男に一目惚れをした事?
簡単に体を許した事?
妊娠を隠そうとした事?
駆け落ちを計画した事?
キャサリン様に薬を盛った事?
きっと、全部だ。
初めから、全部、間違っていた。
「ごめんね・・・。
ごめん・・・・・・」
まだ膨らんでいない、自分のお腹を摩りながら呟く。
フラリと立ち上がった私は、増水した川の濁流に身を投げた。
私は貧乏伯爵家の長女として生まれた。
名を名乗るほどの者では無い。
生まれた家は貧乏ではあったが、幼い頃はそれなりに愛情を持って育てられていた様な気もする。
しかし、嫡男である弟が生まれてからは、女児など政略結婚の道具としか見做されなかった。
貴族なんて、そんな物だ。
そんな私が王宮の侍女として採用された時は、流石に両親も大喜びし、手放しで褒めてくれた。
給料を稼ぎ、伯爵家に仕送りをしながら、行儀作法も身に付けられるのだから、一石二鳥である。
『真面目に働き王族に目を掛けて貰えれば、高位貴族との縁談も夢じゃ無い』なんて・・・。
彼等はきっと、そんな都合の良い妄想を抱いていたのだろう。
だが私が恋に落ちたのは、王都に拠点を持つ劇団に所属する、まだ名も売れていない若手俳優だったのだ。
出会いの切っ掛けは、王太子殿下の恋人であるエミリー様の付き添いとして、お二人の観劇デートに同行した時の事。
王家専用の豪華なボックス席の隅に、護衛騎士と共に待機しながら、舞台をボンヤリと眺めていると、一人の俳優と目が合った・・・様な気がした。
その瞬間、心臓が大きく跳ねた。
一目惚れである。
彼はまだ駆け出しでチョイ役だったので、舞台に立ったのはほんの数分程度。
しかも他の俳優達に比べて目立つ容姿でも無い。
何故彼に惹かれたのか、自分でもよく分からなかった。
けれど、私は彼の瞳が忘れられなくて、暇さえあれば劇場に通う様になった。
貧乏伯爵家の娘である私は、チケットを買うお金が無くて、出待ちの様に劇場周辺をウロウロするばかり。
劇場に通い始めて何日目だっただろうか・・・。
公演を終えて出て来た彼が、私に話し掛けてくれたのは。
勿論、彼は平民であった。
私達は、隠れて逢瀬を重ねた。
そして、愛する彼の求めに抗えず体を重ねてしまった私のお腹には、新しい命が宿った。
貴族令嬢としては致命的だ。
もしもこの事がバレれば、お腹の子供は堕胎させられる。
運良く出産を許されたとしても、私は産後、修道院に入れられて、子供は何処かに養子に出されるか、孤児院に入れられるのだろう。
彼にも子供にも、二度と会う事は叶わない。
(何とかしなければ・・・。
でも、どうしたら良いの?)
あの人が声を掛けて来たのは、そんな時だった───。
「そんな事、私には出来ません!」
血の気が引いて、震えが止まらない。
あの人は私に言ったのだ。
キャサリン様の紅茶に薬を入れろと。
これは王太子殿下の命令であると。
「一体これは、何の薬なのですか?」
怯えながら問う私に、少し体調を崩すだけで、命を奪うような物ではないと。
『体が弱い者を王太子妃には出来ない』との建前で、婚約解消をし易くするのが目的であると。
「妊娠して、困っているのでしょう?
協力すれば、それなりの報酬を得られますよ。
彼と駆け落ちするのに充分な資金が欲しいのでしょう?」
あの人は私の耳元で囁いた。
そして、私は悪魔に魂を売ったのだ。
私が薬を入れた紅茶を飲んだ後、キャサリン様はずっと学園をお休みしているらしい。
あの人の言う薬の効果を疑って怯えていたのだが、キャサリン様が亡くなったと言う話は聞こえてこない。
(やはり、少し体調を崩すだけの薬だったのだわ)
ホッとしたのも束の間・・・・・・
王宮内で、メルヴィル公爵様と従者の方のお話を、偶然聞いてしまったのだ。
「全く・・・。キャサリンが予断を許さない状態なのに、出仕しなければならないとは・・・」
「本当ですね。
昏睡が続いている原因も、まだ分かりませんし」
(昏睡が続いている!?)
その話を聞いたのは、薬を飲ませてから5日も経った頃だった。
そんなに長い間昏睡状態になるなんて、『少し体調を崩す』の範囲を大きく超えている。
私は冷たくなった手をギュッと握り締めた。
「話が違うじゃ無いですか!?」
「そうでしたっけ?
でも、もう貴女は共犯です。
王太子の婚約者、準王族を手に掛けた実行犯なのですから、余計な事を話さない方が身の為ですよ。
極刑になりたく無いのならば、大人しく報酬を受け取って、この国を出なさい」
(極刑・・・)
次期王妃を殺そうとしたのだと思われてしまったら、極刑だって確かに有り得る。
自分のした事の大きさに今更ながら気付き、愕然とした。
妊娠の事で行き詰まっていた私は、与えられた逃げ道に安易に縋ってしまったのだ。
報酬が入った袋を、震える手で受け取る。
私は、次々に溢れる涙を拭いもせず、嵐の中を走っていた。
(早く、早く、逃げなければ)
報酬を両腕に抱え、愛する彼と待ち合わせをしている橋の上へ・・・。
この国を離れれば、彼と幸せに暮らせるのだと信じて。
しかし、そこで待っていた彼は、駆け寄った私を殴り倒すと報酬の袋を乱暴に奪った。
「これで借金が返せる。
悪く思わないでくれよ」
そう言い残すと足早に去って行った。
豪雨の中、橋の上に倒れた私は暫く動く事も出来ずに考えた。
(何処で間違ったの?)
あんな男に一目惚れをした事?
簡単に体を許した事?
妊娠を隠そうとした事?
駆け落ちを計画した事?
キャサリン様に薬を盛った事?
きっと、全部だ。
初めから、全部、間違っていた。
「ごめんね・・・。
ごめん・・・・・・」
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フラリと立ち上がった私は、増水した川の濁流に身を投げた。
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