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10 破滅の足音
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《side:クリストファー》
彼女と初めて会ったのは、六歳の時だった。
沢山の花が咲き誇る王宮の庭園で、微笑む彼女に魅了された。
風に靡く薄紫色の髪は、藤の花を連想させる。
瑠璃色の瞳は神秘的で、吸い込まれそうな輝きを秘めており、庭園に咲くどの花よりも彼女の方が美しいと思った。
「初めまして、王太子殿下。
キャサリン・メルヴィルと申します」
大人顔負けのカテーシーを披露した彼女に、私はポカンとした間抜け面を披露した。
まだ幼い彼女は、既に完璧に淑女の所作を身に付けた美少女で、非の打ち所がなかった。
だが、そうは言っても、六歳の少女である。
好きなお菓子を食べた時や、美しい花を見た時などに時折見せる、無邪気な笑顔がとても可愛いくて、私は彼女の事が益々好きになった。
───そう、確かに、好きだった筈なのだ。
私の父は、賢王と呼ばれる人物だった。
私が生まれた時、王妃である母は、産後の肥立ちが悪く、次の子を身籠るのは難しいかも知れないと言われていた。
そこで父は、側近達からの勧めもあって、側妃を娶る事にした。
第二王子以下はあくまでもスペアであるとの考えの元、余計な継承権争いが起きない様に、後ろ楯のない子爵家出身の女性が側妃に選ばれた。
側妃は直ぐに身籠り、私の二歳年下の第二子王子を出産する。
そして王妃も、療養の甲斐あって、第二王子誕生から四年後、三人目の王子を出産した。
これで王家も安泰だと思われたのだが・・・・・・。
王子達が成長するに連れて、不穏な空気が漂い始める。
国王陛下の才覚を一番強く受け継いでいたのは、私では無く、後ろ楯の無い第二王子だったからだ。
彼の天才ぶりは、かなり幼い頃から顕著だった。
一方の私は、努力して漸く人並み程度の実力である。
「第二王子殿下を、王太子にした方が良いのでは無いか?」
そんな発言を堂々とする者も少なくない。
王太子を決めるのが遅くなればなる程、第二王子派の声が大きくなるのは目に見えていた。
だから、早い段階で、私を立太子させる事になったのだ。
私の能力が足りない分は、婚約者が補えば良い。
そして、選ばれたのがキャサリンである。
キャサリンは、幼い頃から聡明で美しいと評判だった。
しかも、公爵家の令嬢なので後ろ楯も大きい。
だが、私は段々と彼女と居る事が息苦しくなって来てしまう。
彼女は評判が良すぎたのだ。
「キャサリン様は、まだお小さいのに、既に主要な他国の言語を全てマスターなさっているらしいね。
先日、隣国の使節団の者に話しかけられた時も、通訳無しでお話しなさっていたとか」
「しかも、隣国の歴史や文化なども深く学ばれているらしくて、とても話が弾んでいたらしいよ」
「キャサリン様が王妃になってくれれば、この国も安泰だな」
「ああ。
クリストファー殿下は、何をやらせてもソコソコの実力しか無い方だから心配だったが、キャサリン様ならば充分補ってくれるだろう」
王宮のあちこちから、そんな会話が漏れ聞こえる様になり、私は劣等感に苛まれた。
どんなに努力しても頑張っても、私が出せる力など、たかが知れているのだ。
報われないなら、初めから努力などしない方が良いんじゃ無いか?
辛い状況から逃げる様に、そんな考えを持ち始めた。
身近にキャサリンや父上や第二王子の様な『出来る人間』が居るから、比べられて余計に傷付けられ、惨めになるのだ。
そんな逆恨みの様な思いも芽生えた。
その感情は、当初は確かに存在した筈の婚約者に対する淡い恋心を、真っ黒に塗り潰して消し去ってしまった。
代わりに私が求めたのは、彼女とは正反対の頭の軽い女だった。
「婚約の・・・解消、ですか?」
「ああ、そうだ。
メルヴィル公爵家から、キャサリン嬢を婚約者から降ろしたいとの申し出があった」
父上に呼び出され、告げられた内容に愕然とした。
「何故・・・」
「何故?本気で言っているのか?
表向きは、キャサリン嬢の体調の悪化を理由にしているが、本当の理由は別にあるのだろう。
自分が一番よく分かっているんじゃ無いのか?
お前の愚行は私の耳にも入っている。
そもそも、此方が頼み込んで結んだ縁だというのに、何故彼女を大事にしなかった?」
ああ、そうだった。
婚約が結ばれた当初、メルヴィル公爵家はこの婚約を望んではいないと言われたでは無いか。
幼い頃に聞いた話だったので、すっかり忘れていた。
すっかり忘れて、公爵家にとっても、王家と縁続きになるのは喜ぶべき事なのだろうと思い込んでいた。
だから、婚約が解消されるなんて、思っていなかったのだ・・・
陛下は過去二回だけ、キャサリンの件に関して、私に苦言を呈した。
幼い頃、私の劣等感で、二人の仲がギクシャクし始めた時と、エミリーと親密になり始めた時。
どちらも、強い叱責は受けなかったし、その後しつこく注意される事もなかったので、受け流していた。
しかし、陛下は賢王と呼ばれた人物である。
私の行動を認めてくれる訳が無かったのだ。
放置したのは、陛下なりの考えがあっての事なのだろう。
それは、おそらく・・・・・・
彼女と初めて会ったのは、六歳の時だった。
沢山の花が咲き誇る王宮の庭園で、微笑む彼女に魅了された。
風に靡く薄紫色の髪は、藤の花を連想させる。
瑠璃色の瞳は神秘的で、吸い込まれそうな輝きを秘めており、庭園に咲くどの花よりも彼女の方が美しいと思った。
「初めまして、王太子殿下。
キャサリン・メルヴィルと申します」
大人顔負けのカテーシーを披露した彼女に、私はポカンとした間抜け面を披露した。
まだ幼い彼女は、既に完璧に淑女の所作を身に付けた美少女で、非の打ち所がなかった。
だが、そうは言っても、六歳の少女である。
好きなお菓子を食べた時や、美しい花を見た時などに時折見せる、無邪気な笑顔がとても可愛いくて、私は彼女の事が益々好きになった。
───そう、確かに、好きだった筈なのだ。
私の父は、賢王と呼ばれる人物だった。
私が生まれた時、王妃である母は、産後の肥立ちが悪く、次の子を身籠るのは難しいかも知れないと言われていた。
そこで父は、側近達からの勧めもあって、側妃を娶る事にした。
第二王子以下はあくまでもスペアであるとの考えの元、余計な継承権争いが起きない様に、後ろ楯のない子爵家出身の女性が側妃に選ばれた。
側妃は直ぐに身籠り、私の二歳年下の第二子王子を出産する。
そして王妃も、療養の甲斐あって、第二王子誕生から四年後、三人目の王子を出産した。
これで王家も安泰だと思われたのだが・・・・・・。
王子達が成長するに連れて、不穏な空気が漂い始める。
国王陛下の才覚を一番強く受け継いでいたのは、私では無く、後ろ楯の無い第二王子だったからだ。
彼の天才ぶりは、かなり幼い頃から顕著だった。
一方の私は、努力して漸く人並み程度の実力である。
「第二王子殿下を、王太子にした方が良いのでは無いか?」
そんな発言を堂々とする者も少なくない。
王太子を決めるのが遅くなればなる程、第二王子派の声が大きくなるのは目に見えていた。
だから、早い段階で、私を立太子させる事になったのだ。
私の能力が足りない分は、婚約者が補えば良い。
そして、選ばれたのがキャサリンである。
キャサリンは、幼い頃から聡明で美しいと評判だった。
しかも、公爵家の令嬢なので後ろ楯も大きい。
だが、私は段々と彼女と居る事が息苦しくなって来てしまう。
彼女は評判が良すぎたのだ。
「キャサリン様は、まだお小さいのに、既に主要な他国の言語を全てマスターなさっているらしいね。
先日、隣国の使節団の者に話しかけられた時も、通訳無しでお話しなさっていたとか」
「しかも、隣国の歴史や文化なども深く学ばれているらしくて、とても話が弾んでいたらしいよ」
「キャサリン様が王妃になってくれれば、この国も安泰だな」
「ああ。
クリストファー殿下は、何をやらせてもソコソコの実力しか無い方だから心配だったが、キャサリン様ならば充分補ってくれるだろう」
王宮のあちこちから、そんな会話が漏れ聞こえる様になり、私は劣等感に苛まれた。
どんなに努力しても頑張っても、私が出せる力など、たかが知れているのだ。
報われないなら、初めから努力などしない方が良いんじゃ無いか?
辛い状況から逃げる様に、そんな考えを持ち始めた。
身近にキャサリンや父上や第二王子の様な『出来る人間』が居るから、比べられて余計に傷付けられ、惨めになるのだ。
そんな逆恨みの様な思いも芽生えた。
その感情は、当初は確かに存在した筈の婚約者に対する淡い恋心を、真っ黒に塗り潰して消し去ってしまった。
代わりに私が求めたのは、彼女とは正反対の頭の軽い女だった。
「婚約の・・・解消、ですか?」
「ああ、そうだ。
メルヴィル公爵家から、キャサリン嬢を婚約者から降ろしたいとの申し出があった」
父上に呼び出され、告げられた内容に愕然とした。
「何故・・・」
「何故?本気で言っているのか?
表向きは、キャサリン嬢の体調の悪化を理由にしているが、本当の理由は別にあるのだろう。
自分が一番よく分かっているんじゃ無いのか?
お前の愚行は私の耳にも入っている。
そもそも、此方が頼み込んで結んだ縁だというのに、何故彼女を大事にしなかった?」
ああ、そうだった。
婚約が結ばれた当初、メルヴィル公爵家はこの婚約を望んではいないと言われたでは無いか。
幼い頃に聞いた話だったので、すっかり忘れていた。
すっかり忘れて、公爵家にとっても、王家と縁続きになるのは喜ぶべき事なのだろうと思い込んでいた。
だから、婚約が解消されるなんて、思っていなかったのだ・・・
陛下は過去二回だけ、キャサリンの件に関して、私に苦言を呈した。
幼い頃、私の劣等感で、二人の仲がギクシャクし始めた時と、エミリーと親密になり始めた時。
どちらも、強い叱責は受けなかったし、その後しつこく注意される事もなかったので、受け流していた。
しかし、陛下は賢王と呼ばれた人物である。
私の行動を認めてくれる訳が無かったのだ。
放置したのは、陛下なりの考えがあっての事なのだろう。
それは、おそらく・・・・・・
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