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11 望まぬ再会
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何度も強く要望した甲斐あって、学園への復帰が許可された。
ただし、学園に居る間も授業中以外は、レイが護衛の様に常に隣に侍っている。
放課後の図書室。
倒れる前日から借りっぱなしになっていた本を返却するだけなのに、態々付き添うレイモンドに、心配されているのは分かっているのだが、少々煩わしさを感じる。
「そんなに警戒しなくても、学園内でそうそう危険な目になど合わないと思うけど」
「その学園内で、毒を盛られたのは何処のどなたでしたっけ?」
周囲に聞こえない様に耳元で囁かれて、何も言い返せなくなる。
そう言えば、そうでしたね・・・。
カウンターで返却の手続きをしていたら、デズモンド様が私を探してやって来た。
「キャサリン嬢、こんな所にいらっしゃいましたか。
泥ぶ・・・王太子殿下がお話があるそうです」
(もしかして今、『泥舟』って言いそうになったよね!?)
それにしても、以前はアシュトン嬢に夢中で私の事など気にも留めていなかった殿下が、一体何の用があって私を探しているのだろうか?
「どちらに伺えば宜しいのかしら?」
「談話室の方へ。ご案内します」
談話室・・・あの日を思い出し、苦い気持ちが込み上げる。
レイは氷の様に冷たい視線をデズモンド様に向けた。
「レイモンド殿は、キャサリン嬢の番犬みたいですね」
ニコリと笑ったデズモンド様も、レイに負けない位の冷気を発していた。
なんだろう、この二人の不穏な空気感は。
談話室に入ると、やはりと言うか何というか、クリフトファー殿下の隣には当たり前の様にアシュトン男爵令嬢が寄り添っていた。
その背後に騎士団長子息のジェイク・マクレガー様が控えている。
私と一緒に入室したレイモンドの不機嫌さは増し増しで、鋭い眼差しでアシュトン嬢を一瞥した。
一応、口元に笑みを貼り付けては居るのだが、青筋が立っている。
微笑みながら睨みつけるなんて、器用な真似が良く出来るなと思う。
余りの怒りのオーラに、敵意を向けられているのは私じゃないのに、思わずフルッと肩が震えた。
「クリストファー殿下、ご無沙汰致しております」
紅茶を供されたが、前回の失敗があるので、口を付けるフリだけにしておこうと、心に誓った。
同じ手は食わない!
「久し振りだね、キャサリン。
さあ、座って。
体調はもう良くなったのかい?」
「ええ、まだ本調子ではありませんが、いつまでも休んではいられませんので・・・」
目を伏せて、儚げに見える様な表情を作る。
お父様から、体調の不安を理由に婚約解消を申し入れると聞いているので、全快したとは思われない方が良いだろう。
「そうか。
しかし、学園に出て来られるのならば、婚約解消など考えなくても良いのではないか?」
そら来た。
やっぱりその話か。
「いいえ、殿下。
私の体調不良は原因がはっきりしておりません。
原因がわからない以上、治療法も不明ですし、完治したかどうかも明らかではありません。
そんな健康不安を抱えた状態では、とても王太子妃の激務を全う出来るとは思えませんわ」
「しかし・・・」
「もぉ良いじゃないですか、クリス様ぁ。
婚約者を降りてくれるって言っているのですから。
私を正式な婚約者にして下さいよぉ」
アシュトン嬢は殿下の腕に縋り付くが、殿下の顔色は良く無い。
マクレガー様の片眉がピクリと反応したのは、どんな心情を表しているのだろうか。
(いいぞー!
その調子でもっと言え!)
いつもは腹立たしいだけの彼女の発言も、今回ばかりは応援してしまう。
泥舟を彼女に押し付けて、私はサッサと逃げ出したい。
私の代わりに泥舟で沈んでくれるのだと思うと、無礼な彼女にも感謝の念が湧いて来る。
「だから、何度も言っただろう?
エミリーには、王妃の執務は無理だ」
どうしても私に王妃の執務をさせて、アシュトン嬢を側妃にしたいらしい。
隣のレイが発する殺意がどんどん濃くなって行くよ。
怖いよぅ。
もうこれ以上、レイを刺激しないでおくれよぉ。
なんとか怒りを鎮めてもらおうと、私は口を開いた。
「ご心配なさらずとも、愛の力は偉大ですわ。
アシュトン嬢がこれから努力して、きっと殿下への愛を証明してくれるでしょう。
私に出来たのですから、アシュトン嬢も王太子妃教育を真面目に受ければ、必ず執務も出来る様になりますよ」
(嘘だけど)
どうせ私が降りれば、殿下は王太子では居られない。
だからアシュトン嬢が、王太子妃の執務をする必要など無いのだ。
「まあっ!キャサリン様は意外と良い人なのですね」
『意外と』って何だ!?
しかも、私を名前で呼ぶ事を許した覚えは無いのだけれど・・・。
まあ、いいや。
「頑張って下さいね」
「ありがとうございます!
漸く、私達の仲を認めて身を引いて下さるのですね!」
『漸く認めた』のでは無くて、『だいぶ前からどうでも良い』のだけれど・・・。
なんだかクラクラしてきた。
何でも自分の都合のいい方向にしか解釈しないのは相変わらず。
彼女の思考回路は、私にとっては理解不能である。
宇宙人と話してるみたいだ。
殿下はこの宇宙人の、どこが良かったのかしら?
まあ、本当にどうでも良いけど。
そんな二人の女性の遣り取りを、殿下は苦虫を噛み潰した様な顔で見ていた。
やっぱり簡単には諦めてくれないみたいねぇ。
ただし、学園に居る間も授業中以外は、レイが護衛の様に常に隣に侍っている。
放課後の図書室。
倒れる前日から借りっぱなしになっていた本を返却するだけなのに、態々付き添うレイモンドに、心配されているのは分かっているのだが、少々煩わしさを感じる。
「そんなに警戒しなくても、学園内でそうそう危険な目になど合わないと思うけど」
「その学園内で、毒を盛られたのは何処のどなたでしたっけ?」
周囲に聞こえない様に耳元で囁かれて、何も言い返せなくなる。
そう言えば、そうでしたね・・・。
カウンターで返却の手続きをしていたら、デズモンド様が私を探してやって来た。
「キャサリン嬢、こんな所にいらっしゃいましたか。
泥ぶ・・・王太子殿下がお話があるそうです」
(もしかして今、『泥舟』って言いそうになったよね!?)
それにしても、以前はアシュトン嬢に夢中で私の事など気にも留めていなかった殿下が、一体何の用があって私を探しているのだろうか?
「どちらに伺えば宜しいのかしら?」
「談話室の方へ。ご案内します」
談話室・・・あの日を思い出し、苦い気持ちが込み上げる。
レイは氷の様に冷たい視線をデズモンド様に向けた。
「レイモンド殿は、キャサリン嬢の番犬みたいですね」
ニコリと笑ったデズモンド様も、レイに負けない位の冷気を発していた。
なんだろう、この二人の不穏な空気感は。
談話室に入ると、やはりと言うか何というか、クリフトファー殿下の隣には当たり前の様にアシュトン男爵令嬢が寄り添っていた。
その背後に騎士団長子息のジェイク・マクレガー様が控えている。
私と一緒に入室したレイモンドの不機嫌さは増し増しで、鋭い眼差しでアシュトン嬢を一瞥した。
一応、口元に笑みを貼り付けては居るのだが、青筋が立っている。
微笑みながら睨みつけるなんて、器用な真似が良く出来るなと思う。
余りの怒りのオーラに、敵意を向けられているのは私じゃないのに、思わずフルッと肩が震えた。
「クリストファー殿下、ご無沙汰致しております」
紅茶を供されたが、前回の失敗があるので、口を付けるフリだけにしておこうと、心に誓った。
同じ手は食わない!
「久し振りだね、キャサリン。
さあ、座って。
体調はもう良くなったのかい?」
「ええ、まだ本調子ではありませんが、いつまでも休んではいられませんので・・・」
目を伏せて、儚げに見える様な表情を作る。
お父様から、体調の不安を理由に婚約解消を申し入れると聞いているので、全快したとは思われない方が良いだろう。
「そうか。
しかし、学園に出て来られるのならば、婚約解消など考えなくても良いのではないか?」
そら来た。
やっぱりその話か。
「いいえ、殿下。
私の体調不良は原因がはっきりしておりません。
原因がわからない以上、治療法も不明ですし、完治したかどうかも明らかではありません。
そんな健康不安を抱えた状態では、とても王太子妃の激務を全う出来るとは思えませんわ」
「しかし・・・」
「もぉ良いじゃないですか、クリス様ぁ。
婚約者を降りてくれるって言っているのですから。
私を正式な婚約者にして下さいよぉ」
アシュトン嬢は殿下の腕に縋り付くが、殿下の顔色は良く無い。
マクレガー様の片眉がピクリと反応したのは、どんな心情を表しているのだろうか。
(いいぞー!
その調子でもっと言え!)
いつもは腹立たしいだけの彼女の発言も、今回ばかりは応援してしまう。
泥舟を彼女に押し付けて、私はサッサと逃げ出したい。
私の代わりに泥舟で沈んでくれるのだと思うと、無礼な彼女にも感謝の念が湧いて来る。
「だから、何度も言っただろう?
エミリーには、王妃の執務は無理だ」
どうしても私に王妃の執務をさせて、アシュトン嬢を側妃にしたいらしい。
隣のレイが発する殺意がどんどん濃くなって行くよ。
怖いよぅ。
もうこれ以上、レイを刺激しないでおくれよぉ。
なんとか怒りを鎮めてもらおうと、私は口を開いた。
「ご心配なさらずとも、愛の力は偉大ですわ。
アシュトン嬢がこれから努力して、きっと殿下への愛を証明してくれるでしょう。
私に出来たのですから、アシュトン嬢も王太子妃教育を真面目に受ければ、必ず執務も出来る様になりますよ」
(嘘だけど)
どうせ私が降りれば、殿下は王太子では居られない。
だからアシュトン嬢が、王太子妃の執務をする必要など無いのだ。
「まあっ!キャサリン様は意外と良い人なのですね」
『意外と』って何だ!?
しかも、私を名前で呼ぶ事を許した覚えは無いのだけれど・・・。
まあ、いいや。
「頑張って下さいね」
「ありがとうございます!
漸く、私達の仲を認めて身を引いて下さるのですね!」
『漸く認めた』のでは無くて、『だいぶ前からどうでも良い』のだけれど・・・。
なんだかクラクラしてきた。
何でも自分の都合のいい方向にしか解釈しないのは相変わらず。
彼女の思考回路は、私にとっては理解不能である。
宇宙人と話してるみたいだ。
殿下はこの宇宙人の、どこが良かったのかしら?
まあ、本当にどうでも良いけど。
そんな二人の女性の遣り取りを、殿下は苦虫を噛み潰した様な顔で見ていた。
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