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8 チョコブラウニー
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《side:レイモンド》
「デズモンド様は、クリストファー殿下の側近候補・・・ですよね?
それに、アシュトン嬢とも親しくなさっているのかと思っておりましたのに・・・」
無表情に問いかける姉上だが、若干目が泳いでいる。
「私が、あの非常識な女とですか?
あり得ませんね。
私は貴女の様に聡明で美しい女性が好みなんですよ」
「聡明で美しい女性ならば、姉上以外にもいらっしゃるので、他を当たってください」
非常に腹立たしいが、義父上に『姉上の意思を尊重する』と、約束した以上、彼女の意思を確認するまでは強く牽制することも出来ない。
もどかしくて仕方ない。
「いえ、キャサリン嬢以上の女性は、なかなか見つからないでしょう。
それに、ここだけの話、クリストファー殿下との関係も、今はまだ側近候補ですが、間も無く降りる事になると思いますよ。
メルヴィル公爵家と同じ様に、もうデズモンド家も、クリストファー殿下に見切りを付けたのです。
彼等の愚行は、もう学園外にも広く知られています。
この上メルヴィル公爵家が婚約解消すれば、殿下はお終いでしょう。
泥舟からは早く降りなければなりませんからね」
僕の発言に答える時でも、デズモンドは姉上から視線を逸らさない。
その視線には、明らかな熱が籠っている。
何なんだコイツ。
死ねば良いのに。
しかし・・・・・・
この男は王太子の腰巾着で、あの馬鹿女の取り巻きなのかと思っていたのだが・・・違うのかもしれない。
まだ自分の主人である筈の王太子を、泥舟呼ばわりしてしまう事には驚かされた。
個人的には共感しか無いが。
デズモンドの言をそのまま信じる訳には行かないが、一応筋は通っている様に思う。
王太子が婚約者を蔑ろにして、男爵令嬢にご執心だと言う噂は、今や社交界だけでなく市井でまで囁かれている。
元々、容姿だけは整っているものの、学業の成績も剣術の腕もパッとしないと言われているクリストファー。
正妃の息子であり、第一王子であると言うだけで立太子した男に、期待を寄せる者は少なかった。
それに加えて、この醜聞である。
人心は既に離れており、この上ウチが手を引けば、一気に沈むだろう。
だからこそ、婚約解消が難しい訳なのだが・・・。
「仰りたい事は分かりましたわ。
ですが、まだ殿下の側近を降りる事は確定していないのに、私共に話してしまって良いのですか?」
姉上はデズモンドの話を訝しんでいる様子だ。
現段階では、何かの罠の可能性も捨て切れない。
「我が家としては、クリストファー殿下には、速やかに廃太子になって頂き、次の王太子のお側に侍りたいのですよ。
その為には婚約解消が必須。
なので、この件に関して、メルヴィル家への協力を惜しみません。
それに、貴女を手に入れたいと言うのも本音ですよ。
泥舟が沈んだ後に求婚をしても、全く説得力が無いでしょう?
ですから、このタイミングで伺ったのです」
やはりコイツは本気で姉上を獲得しようとしているのかも知れない。
思わず眉間に皺が寄る。
姉上はと言うと、先程から微かな動揺が隠し切れていない。
その反応にも若干の苛立ちを覚えた。
コイツが犯人の可能性はあるだろうか?
姉上が死ねば、婚約者を降りた場合と同様に、クリストファー殿下は潰れるだろう。
だが、その為だけに殺人という重い罪を犯すのは割に合わない。
何か複数の動機があれば、考えられなくも無いが・・・・・・。
暫く沈黙がその場を支配した。
姉上も色々と考え込んで居るみたいだ。
そんな僕等の様子も気にせず、デズモンドは話を続ける。
「友好の証に、本日は手土産を持参しました」
ポケットから取り出されたのは、ハンカチに包まれた、3センチ程の小さな黒い欠片。
仄かに甘い香りがする。
「これは、なんでしょう?」
「エミリー嬢が、我々によく差し入れする菓子です。
チョコレートブラウニーだそうです。
私はいつも食べる振りをして捨てていますが、殿下とジェイクは確実に食べています。
殿下はもっと前からですが、ジェイクがエミリー嬢に心を寄せ始めたのは、この菓子を食べるようになってからの様な気がしたので、念の為、先日貰った物を保管して置きました。
メルヴィル家の領地には、最先端の分析機関がありますよね?
そこで調べたら、何か面白いものが出てくるかもしれませんよ」
腹黒い笑みを浮かべるデズモンド。
確かに我が領地には成分分析の研究施設がある。
姉上の血液の分析も、その研究所に依頼した。
王都にも同じ様な研究所はあるが、王太子に勘付かれる危険性が高いので避けたのだ。
罠である可能性が捨てられない以上、この菓子から何らかの成分が検出されても、証拠品として扱う事は出来ないかもしれない。
しかし、状況を把握する為の役には立ちそうだ。
馬車に乗り込み去って行くデズモンドを見送って、僕達はホッと息を吐いた。
「求婚されるとは思わなかったわね」
ほんのりと頬を染めて、ポツリと呟いた姉上。
いつもなら可愛いくて仕方ないその表情に、今日だけは焦燥感が募る。
「まさか、受け入れるつもりでは無いでしょうね?」
自分で思ったよりも冷たい声が出てしまって、若干慌てた。
「デズモンド様は、クリストファー殿下の側近候補・・・ですよね?
それに、アシュトン嬢とも親しくなさっているのかと思っておりましたのに・・・」
無表情に問いかける姉上だが、若干目が泳いでいる。
「私が、あの非常識な女とですか?
あり得ませんね。
私は貴女の様に聡明で美しい女性が好みなんですよ」
「聡明で美しい女性ならば、姉上以外にもいらっしゃるので、他を当たってください」
非常に腹立たしいが、義父上に『姉上の意思を尊重する』と、約束した以上、彼女の意思を確認するまでは強く牽制することも出来ない。
もどかしくて仕方ない。
「いえ、キャサリン嬢以上の女性は、なかなか見つからないでしょう。
それに、ここだけの話、クリストファー殿下との関係も、今はまだ側近候補ですが、間も無く降りる事になると思いますよ。
メルヴィル公爵家と同じ様に、もうデズモンド家も、クリストファー殿下に見切りを付けたのです。
彼等の愚行は、もう学園外にも広く知られています。
この上メルヴィル公爵家が婚約解消すれば、殿下はお終いでしょう。
泥舟からは早く降りなければなりませんからね」
僕の発言に答える時でも、デズモンドは姉上から視線を逸らさない。
その視線には、明らかな熱が籠っている。
何なんだコイツ。
死ねば良いのに。
しかし・・・・・・
この男は王太子の腰巾着で、あの馬鹿女の取り巻きなのかと思っていたのだが・・・違うのかもしれない。
まだ自分の主人である筈の王太子を、泥舟呼ばわりしてしまう事には驚かされた。
個人的には共感しか無いが。
デズモンドの言をそのまま信じる訳には行かないが、一応筋は通っている様に思う。
王太子が婚約者を蔑ろにして、男爵令嬢にご執心だと言う噂は、今や社交界だけでなく市井でまで囁かれている。
元々、容姿だけは整っているものの、学業の成績も剣術の腕もパッとしないと言われているクリストファー。
正妃の息子であり、第一王子であると言うだけで立太子した男に、期待を寄せる者は少なかった。
それに加えて、この醜聞である。
人心は既に離れており、この上ウチが手を引けば、一気に沈むだろう。
だからこそ、婚約解消が難しい訳なのだが・・・。
「仰りたい事は分かりましたわ。
ですが、まだ殿下の側近を降りる事は確定していないのに、私共に話してしまって良いのですか?」
姉上はデズモンドの話を訝しんでいる様子だ。
現段階では、何かの罠の可能性も捨て切れない。
「我が家としては、クリストファー殿下には、速やかに廃太子になって頂き、次の王太子のお側に侍りたいのですよ。
その為には婚約解消が必須。
なので、この件に関して、メルヴィル家への協力を惜しみません。
それに、貴女を手に入れたいと言うのも本音ですよ。
泥舟が沈んだ後に求婚をしても、全く説得力が無いでしょう?
ですから、このタイミングで伺ったのです」
やはりコイツは本気で姉上を獲得しようとしているのかも知れない。
思わず眉間に皺が寄る。
姉上はと言うと、先程から微かな動揺が隠し切れていない。
その反応にも若干の苛立ちを覚えた。
コイツが犯人の可能性はあるだろうか?
姉上が死ねば、婚約者を降りた場合と同様に、クリストファー殿下は潰れるだろう。
だが、その為だけに殺人という重い罪を犯すのは割に合わない。
何か複数の動機があれば、考えられなくも無いが・・・・・・。
暫く沈黙がその場を支配した。
姉上も色々と考え込んで居るみたいだ。
そんな僕等の様子も気にせず、デズモンドは話を続ける。
「友好の証に、本日は手土産を持参しました」
ポケットから取り出されたのは、ハンカチに包まれた、3センチ程の小さな黒い欠片。
仄かに甘い香りがする。
「これは、なんでしょう?」
「エミリー嬢が、我々によく差し入れする菓子です。
チョコレートブラウニーだそうです。
私はいつも食べる振りをして捨てていますが、殿下とジェイクは確実に食べています。
殿下はもっと前からですが、ジェイクがエミリー嬢に心を寄せ始めたのは、この菓子を食べるようになってからの様な気がしたので、念の為、先日貰った物を保管して置きました。
メルヴィル家の領地には、最先端の分析機関がありますよね?
そこで調べたら、何か面白いものが出てくるかもしれませんよ」
腹黒い笑みを浮かべるデズモンド。
確かに我が領地には成分分析の研究施設がある。
姉上の血液の分析も、その研究所に依頼した。
王都にも同じ様な研究所はあるが、王太子に勘付かれる危険性が高いので避けたのだ。
罠である可能性が捨てられない以上、この菓子から何らかの成分が検出されても、証拠品として扱う事は出来ないかもしれない。
しかし、状況を把握する為の役には立ちそうだ。
馬車に乗り込み去って行くデズモンドを見送って、僕達はホッと息を吐いた。
「求婚されるとは思わなかったわね」
ほんのりと頬を染めて、ポツリと呟いた姉上。
いつもなら可愛いくて仕方ないその表情に、今日だけは焦燥感が募る。
「まさか、受け入れるつもりでは無いでしょうね?」
自分で思ったよりも冷たい声が出てしまって、若干慌てた。
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