4 / 24
4 義理の姉
しおりを挟む
《side:レイモンド》
「・・・もう、良いですよね?」
姉上から事情を聞いた後、義父上と僕は執務室で向かい合っていた。
「ああ。もう良いよ。
私もまさか、あの男があそこまでクズだとは思わなかった。
もうお前の好きにして良い。
だが、キャシーの意思は尊重しなさい」
「勿論です。僕が姉上の嫌がる事をする筈がない。
ところで、義父上はお忙しいでしょうから、事件の始末は僕に任せてもらえませんか?」
「私より容赦無くやりそうだな。
私の協力が必要な事があれば、言いなさい」
ため息混じりにそう言った義父上に、僕は一つお願いをする。
「では、王太子の金の動きを調べて頂けますか?
何か大きな不正の証拠でも見付けないと、此方から婚約破棄を申し出るのは難しいですから。
王太子が犯人なら、実行犯に金を支払った可能性も有りますし」
「分かった。必ず証拠を押さえよう」
義父上は財務の仕事をしているが、担当は王妃の予算なので、王太子の金の動きに関して普段はノータッチだ。
しかし、調べようと思えば簡単に調べられる立場にある。
義父上の力強い言葉に安堵して、僕は静かに執務室を後にした。
僕は貧乏な子爵家の三男として生まれた。
生家では嫡男は勿論、次男もそのスペアとして、それなりに大事に扱われていた。
しかし、予期せず生まれてしまった三男である僕は、ほとんど見向きもされず、両親どころか使用人にも構われずに、5歳まで育った。
まあ、懐に余裕もない中で、食事が普通に提供され、最低限の世話をされただけでも、有り難いと思わなければいけないのだろう。
義父上が、親戚の中でもかなりの遠縁で、碌な教育もされていない僕を養子に選んだのは、その境遇を哀れに思ったからかもしれない。
連れて来られた公爵邸で、僕は、今迄見た事が無いほどに美しい少女に出会う。
淡い紫色の珍しい髪色のその少女は、僕を見て嬉しそうに駆け寄った。
「私はキャサリン・メルヴィル。
貴方のお姉さんになるのよ。
姉上って呼んでね」
「姉上・・・・・・?」
「そうよ。仲良くしましょうね」
義姉は麗しい微笑みを浮かべて、優しく僕を抱き締めた。
彼女の腕の中は温かくて、ふわりと甘い花の香りがした。
心臓が信じられないくらいに速く拍動している。
居た堪れなくなって、小さく身動ぎすると、腕の中から解放された。
抱き締められているのが恥ずかしくて、離して欲しいと思ったのに、少しづつ消えていく彼女の温もりがすぐに恋しくなった。
僕等は毎日一緒に過ごした。
庭を一緒に駆け回って僕が転べば、擦りむいた膝を姉上が自ら消毒してくれて、痛くなくなるおまじないを掛けてくれる。
嵐の夜が怖いと泣けば、姉上が抱き締めて慰めてくれて、そのままリビングのソファーで毛布に包まって寄り添い、手を繋いだまま一晩を共に過ごした。
僕が風邪をひいて熱を出した時は、姉上は自分の事の様に辛そうな表情で、付きっきりで看病してくれた。
僕は生まれて初めて、愛情というものを知った。
彼女の愛は、乾いた僕の心にグングン染み込み、気付けば彼女は一番大事な人になっていた。
しかし、そんな幸せは、そう長くは続かない。
公爵家の養子になって半年が過ぎた頃、義父上の執務室に呼び出された。
「レイモンド、お前の気持ちは分かるが、キャシーとは距離を置きなさい。
キャシーはやがては王妃となる子だ。
君は彼女に恋愛感情を持ってはいけないのだよ」
義父上は苦笑しながら、そう言った。
考えてみれば当たり前の事。
彼女が王家に輿入れするからこそ、僕が公爵家の養子になったのだから。
姉上が向けてくれる愛情に浮かれてしまって、そんな単純な事さえ忘れかけていたのだ。
頭の芯が急速に冷えるのを感じた。
公爵家への大恩を仇で返す訳にはいかない。
僕はその日から、姉上を避けるしかなかった。
彼女の優しさに触れてしまえば、また甘えたくなる。
だから、必要以上に距離を置いた。
「嫌いだ」
思わずそう言ってしまった時の、彼女の悲しそうな顔が忘れられない。
彼女に冷たい態度を取る度に、僕の胸は潰れそうに痛む。
でも、これは必要な事なのだと、自分自身に言い聞かせていた。
───それが、彼女の幸せと、公爵家の繁栄の為になるのだと思っていたのに・・・。
しかし彼女が倒れた事で、事情は大きく変わった。
姉上が意識を失っている間は、僕は殆ど眠ることも出来ず、常に彼女のベッド脇に居座って看病を続けた。
こんな事になるなら、姉上を避けたりしなければ良かった。
浮気者の王太子などに遠慮せずに、彼女の一番近くで、僕が護っていれば良かった。
どんなに後悔しても、時間は戻ってはくれない。
義父上は5日間仕事を休んだが、もうこれ以上休まれては困ると補佐官が呼びに来て、引き摺られる様に城へと出仕した。
義母上は、最初は僕と一緒に姉上の看病をしていたが、心労のせいもあり体調が悪そうだったので「義母上まで倒れては、姉上が悲しみます」と言って、自室で休ませた。
姉上が目覚めて僕の名前を呼んだ時、僕は信じてもいない神様に生まれて初めて深く感謝した。
それと同時に、彼女をこんな目に合わせた人間を、絶対に許さないと誓ったのだ。
その思いは、義父上も義母上も同じ筈。
義父上の「好きにして良い」と言う言葉は、僕の気持ちをもう抑えなくて良いと言う許可だ。
僕は、もう姉上の事を諦めないと決めた。
「・・・もう、良いですよね?」
姉上から事情を聞いた後、義父上と僕は執務室で向かい合っていた。
「ああ。もう良いよ。
私もまさか、あの男があそこまでクズだとは思わなかった。
もうお前の好きにして良い。
だが、キャシーの意思は尊重しなさい」
「勿論です。僕が姉上の嫌がる事をする筈がない。
ところで、義父上はお忙しいでしょうから、事件の始末は僕に任せてもらえませんか?」
「私より容赦無くやりそうだな。
私の協力が必要な事があれば、言いなさい」
ため息混じりにそう言った義父上に、僕は一つお願いをする。
「では、王太子の金の動きを調べて頂けますか?
何か大きな不正の証拠でも見付けないと、此方から婚約破棄を申し出るのは難しいですから。
王太子が犯人なら、実行犯に金を支払った可能性も有りますし」
「分かった。必ず証拠を押さえよう」
義父上は財務の仕事をしているが、担当は王妃の予算なので、王太子の金の動きに関して普段はノータッチだ。
しかし、調べようと思えば簡単に調べられる立場にある。
義父上の力強い言葉に安堵して、僕は静かに執務室を後にした。
僕は貧乏な子爵家の三男として生まれた。
生家では嫡男は勿論、次男もそのスペアとして、それなりに大事に扱われていた。
しかし、予期せず生まれてしまった三男である僕は、ほとんど見向きもされず、両親どころか使用人にも構われずに、5歳まで育った。
まあ、懐に余裕もない中で、食事が普通に提供され、最低限の世話をされただけでも、有り難いと思わなければいけないのだろう。
義父上が、親戚の中でもかなりの遠縁で、碌な教育もされていない僕を養子に選んだのは、その境遇を哀れに思ったからかもしれない。
連れて来られた公爵邸で、僕は、今迄見た事が無いほどに美しい少女に出会う。
淡い紫色の珍しい髪色のその少女は、僕を見て嬉しそうに駆け寄った。
「私はキャサリン・メルヴィル。
貴方のお姉さんになるのよ。
姉上って呼んでね」
「姉上・・・・・・?」
「そうよ。仲良くしましょうね」
義姉は麗しい微笑みを浮かべて、優しく僕を抱き締めた。
彼女の腕の中は温かくて、ふわりと甘い花の香りがした。
心臓が信じられないくらいに速く拍動している。
居た堪れなくなって、小さく身動ぎすると、腕の中から解放された。
抱き締められているのが恥ずかしくて、離して欲しいと思ったのに、少しづつ消えていく彼女の温もりがすぐに恋しくなった。
僕等は毎日一緒に過ごした。
庭を一緒に駆け回って僕が転べば、擦りむいた膝を姉上が自ら消毒してくれて、痛くなくなるおまじないを掛けてくれる。
嵐の夜が怖いと泣けば、姉上が抱き締めて慰めてくれて、そのままリビングのソファーで毛布に包まって寄り添い、手を繋いだまま一晩を共に過ごした。
僕が風邪をひいて熱を出した時は、姉上は自分の事の様に辛そうな表情で、付きっきりで看病してくれた。
僕は生まれて初めて、愛情というものを知った。
彼女の愛は、乾いた僕の心にグングン染み込み、気付けば彼女は一番大事な人になっていた。
しかし、そんな幸せは、そう長くは続かない。
公爵家の養子になって半年が過ぎた頃、義父上の執務室に呼び出された。
「レイモンド、お前の気持ちは分かるが、キャシーとは距離を置きなさい。
キャシーはやがては王妃となる子だ。
君は彼女に恋愛感情を持ってはいけないのだよ」
義父上は苦笑しながら、そう言った。
考えてみれば当たり前の事。
彼女が王家に輿入れするからこそ、僕が公爵家の養子になったのだから。
姉上が向けてくれる愛情に浮かれてしまって、そんな単純な事さえ忘れかけていたのだ。
頭の芯が急速に冷えるのを感じた。
公爵家への大恩を仇で返す訳にはいかない。
僕はその日から、姉上を避けるしかなかった。
彼女の優しさに触れてしまえば、また甘えたくなる。
だから、必要以上に距離を置いた。
「嫌いだ」
思わずそう言ってしまった時の、彼女の悲しそうな顔が忘れられない。
彼女に冷たい態度を取る度に、僕の胸は潰れそうに痛む。
でも、これは必要な事なのだと、自分自身に言い聞かせていた。
───それが、彼女の幸せと、公爵家の繁栄の為になるのだと思っていたのに・・・。
しかし彼女が倒れた事で、事情は大きく変わった。
姉上が意識を失っている間は、僕は殆ど眠ることも出来ず、常に彼女のベッド脇に居座って看病を続けた。
こんな事になるなら、姉上を避けたりしなければ良かった。
浮気者の王太子などに遠慮せずに、彼女の一番近くで、僕が護っていれば良かった。
どんなに後悔しても、時間は戻ってはくれない。
義父上は5日間仕事を休んだが、もうこれ以上休まれては困ると補佐官が呼びに来て、引き摺られる様に城へと出仕した。
義母上は、最初は僕と一緒に姉上の看病をしていたが、心労のせいもあり体調が悪そうだったので「義母上まで倒れては、姉上が悲しみます」と言って、自室で休ませた。
姉上が目覚めて僕の名前を呼んだ時、僕は信じてもいない神様に生まれて初めて深く感謝した。
それと同時に、彼女をこんな目に合わせた人間を、絶対に許さないと誓ったのだ。
その思いは、義父上も義母上も同じ筈。
義父上の「好きにして良い」と言う言葉は、僕の気持ちをもう抑えなくて良いと言う許可だ。
僕は、もう姉上の事を諦めないと決めた。
115
お気に入りに追加
1,989
あなたにおすすめの小説

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~
八重
恋愛
【全32話+番外編】
「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」
伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。
ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。
しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。
そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。
マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。
※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。
加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。
そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~
ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された
「理由はどういったことなのでしょうか?」
「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」
悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる
それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。
腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる