22 / 23
22 幸せだった
しおりを挟む
結局私は、二男三女を産む事になった。
両親がいなくなった分新しい家族が沢山欲しいと思っていた私の希望を、アルバートが叶えてくれたのだ。
収入は順調に増えて行ったが、その分家族も増えたので、豪華な暮らしは出来なかったけれど、子爵家としては平均程度の生活水準は保てたと思う。
何より、子供達は皆んな性格がバラバラなのに不思議と仲が良く、協力し合って逞しく成長してくれた。
月日は流れ、立派な大人になった子供達。
長男は子爵家を継ぎ、次男はアルバートに師事して王宮騎士となって独り立ちし、三人の娘達はそれぞれ愛する人と出会って嫁いで行った。
そして、今、五人の子供達とそれぞれの新しい家族が、久し振りに一つの部屋に集まっている。
部屋の中には小さな嗚咽が響き、誰もが涙を浮かべながら見守る視線の先には、年老いた私とアルバートの姿。
中央にある大きなベッドの横に座った私は、皺だらけの大きな手を握り、その甲をそっと撫でた。
「………なんだかボンヤリしてきたな。
そろそろ……、時間かもしれない……」
「……っっ!」
「泣かないで、コーデリア。
…あぁ……、悔しいなぁ……。
君の涙を拭ってあげるのは僕だけの役目なのに、もう腕に力が入らないんだ」
「アルバート……」
「ねえ、コーデリア、僕は君と生きる事が出来て、本当に幸せだった。
……ありがとう」
微笑みを浮かべた彼の瞳はとても穏やかだった。
「永遠の別れみたいに言わないでちょうだい。
私も直ぐに貴方の元へ行きますから」
「ダメだよ。君まで居なくなってしまったら、皆んなが悲しむ。
孫達が立派に独り立ちするのを見届けてからでも、全然遅くは無いさ。
ゆっくり来なさい。待っているから」
アルバートは私を安心させる様に、繋いだ手にキュッと最後の力を込めた。
「本当に?
私の事を忘れずに、ちゃんと待っていてくれる?」
「ああ、言っただろう?
たとえ忘れてしまったとしても……」
(ああ、そうか)
私はアルバートが記憶を取り戻した時の台詞を思い出して、クスッと笑った。
「また……、好きになってくれる?」
「ふふっ。そうだよ、何度でも。約束だ。
コーデリア、愛して────」
「………アルバート……。私も…、私も愛しています」
運命に翻弄されてアルバートと別れる決断しか出来なかった私を、連れ戻してくれたのは彼の強い想いだった。
彼は結婚してからもずっと私のそばにいて、嬉しい時も悲しい時も私を力強く支えてくれた。
私は、少しくらいは彼の支えになる事が出来たのだろうか?
少しくらいは、彼に想いを返してあげる事が出来たのだろうか?
永遠の眠りについた彼の顔は、とても満足そうに微笑んでいた。
私が彼の元へと旅立つ事が出来たのは、それから六年後の事だった。
沢山の愛する家族に囲まれた、幸せな最後だった。
~~~~~~~~~~~~~~~
静かな森の真ん中にある青い屋根の小さな家。
テラスのベンチに座って空を眺めていた黒いローブを纏った女が、目を閉じてフゥッと小さく溜息を吐く。
「……とうとう逝ったかい?
やっぱり、人間の一生なんて、儚いねぇ。
だから関わりたく無いんだよ」
彼女はマグカップに入った紅茶を飲みながら、独り言の様にポツリと呟いた。
小さな黒ウサギが、女の顔を心配そうに見上げる。
「……ん? いや、淋しくなんかないさ。
あの女が来なくなれば、この森も静かになって良いじゃないか。清々するよ」
そう言いながらも、女の瞳には薄っすらと涙が滲んでいた。
「ほら、またお客さんが迷い込んだみたいだ。
今回はちょっとはマシな客だと良いけどねぇ……」
立ち上がった女は、深い森の入り口へと黒ウサギを送り出した。
両親がいなくなった分新しい家族が沢山欲しいと思っていた私の希望を、アルバートが叶えてくれたのだ。
収入は順調に増えて行ったが、その分家族も増えたので、豪華な暮らしは出来なかったけれど、子爵家としては平均程度の生活水準は保てたと思う。
何より、子供達は皆んな性格がバラバラなのに不思議と仲が良く、協力し合って逞しく成長してくれた。
月日は流れ、立派な大人になった子供達。
長男は子爵家を継ぎ、次男はアルバートに師事して王宮騎士となって独り立ちし、三人の娘達はそれぞれ愛する人と出会って嫁いで行った。
そして、今、五人の子供達とそれぞれの新しい家族が、久し振りに一つの部屋に集まっている。
部屋の中には小さな嗚咽が響き、誰もが涙を浮かべながら見守る視線の先には、年老いた私とアルバートの姿。
中央にある大きなベッドの横に座った私は、皺だらけの大きな手を握り、その甲をそっと撫でた。
「………なんだかボンヤリしてきたな。
そろそろ……、時間かもしれない……」
「……っっ!」
「泣かないで、コーデリア。
…あぁ……、悔しいなぁ……。
君の涙を拭ってあげるのは僕だけの役目なのに、もう腕に力が入らないんだ」
「アルバート……」
「ねえ、コーデリア、僕は君と生きる事が出来て、本当に幸せだった。
……ありがとう」
微笑みを浮かべた彼の瞳はとても穏やかだった。
「永遠の別れみたいに言わないでちょうだい。
私も直ぐに貴方の元へ行きますから」
「ダメだよ。君まで居なくなってしまったら、皆んなが悲しむ。
孫達が立派に独り立ちするのを見届けてからでも、全然遅くは無いさ。
ゆっくり来なさい。待っているから」
アルバートは私を安心させる様に、繋いだ手にキュッと最後の力を込めた。
「本当に?
私の事を忘れずに、ちゃんと待っていてくれる?」
「ああ、言っただろう?
たとえ忘れてしまったとしても……」
(ああ、そうか)
私はアルバートが記憶を取り戻した時の台詞を思い出して、クスッと笑った。
「また……、好きになってくれる?」
「ふふっ。そうだよ、何度でも。約束だ。
コーデリア、愛して────」
「………アルバート……。私も…、私も愛しています」
運命に翻弄されてアルバートと別れる決断しか出来なかった私を、連れ戻してくれたのは彼の強い想いだった。
彼は結婚してからもずっと私のそばにいて、嬉しい時も悲しい時も私を力強く支えてくれた。
私は、少しくらいは彼の支えになる事が出来たのだろうか?
少しくらいは、彼に想いを返してあげる事が出来たのだろうか?
永遠の眠りについた彼の顔は、とても満足そうに微笑んでいた。
私が彼の元へと旅立つ事が出来たのは、それから六年後の事だった。
沢山の愛する家族に囲まれた、幸せな最後だった。
~~~~~~~~~~~~~~~
静かな森の真ん中にある青い屋根の小さな家。
テラスのベンチに座って空を眺めていた黒いローブを纏った女が、目を閉じてフゥッと小さく溜息を吐く。
「……とうとう逝ったかい?
やっぱり、人間の一生なんて、儚いねぇ。
だから関わりたく無いんだよ」
彼女はマグカップに入った紅茶を飲みながら、独り言の様にポツリと呟いた。
小さな黒ウサギが、女の顔を心配そうに見上げる。
「……ん? いや、淋しくなんかないさ。
あの女が来なくなれば、この森も静かになって良いじゃないか。清々するよ」
そう言いながらも、女の瞳には薄っすらと涙が滲んでいた。
「ほら、またお客さんが迷い込んだみたいだ。
今回はちょっとはマシな客だと良いけどねぇ……」
立ち上がった女は、深い森の入り口へと黒ウサギを送り出した。
198
お気に入りに追加
1,612
あなたにおすすめの小説

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
※本編はマリエルの感情がメインだったこともあってマリエル一人称をベースにジュリウス視点を入れていましたが、番外部分は基本三人称でお送りしています。

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。
華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。
嫌な予感がした、、、、
皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう?
指導係、教育係編Part1

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた
ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。
夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。
令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。
三話完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる