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15 ペンダント
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昼時の混雑がひと段落ついて、私は二階の休憩室で遅めの昼食を取りながら、今迄の事を考えていた。
結局、あれから私はアルバートの強い想いに負けて、婚約者に戻る事にした。
……と、言うよりも、フェルトン伯爵夫妻は、なんと私達の婚約破棄の書類を未だに提出していなかったのだ。
つまり、私達はずっと婚約者のままだった。
事件は解決したものの、まだ完全に名誉が回復したわけでもなく、貴族位も返上してしまった私では到底相応しく無いと思ったりもしたのだが……。
父にとって、マクダウェル侯爵よりも更に上の上司だった財務大臣のアルドリッジ公爵が、エルウッド家に起こった悲劇に対して責任を感じてくれたらしく、色々と助力して下さった結果、王家に返上した子爵位と領地を取り戻せる事になった。
更にマクダウェル侯爵家から没収した領地の一部も頂けるとの事。
エルウッド家にかけられた嫌疑が冤罪であった事も、アルドリッジ公爵家ゆかりの方々が積極的に社交界に広めてくれている。
それでも、一度失踪した令嬢なんて、きっと良くない噂を流される。
そんな私が、彼のそばに居て良いのだろうか……と、いつまでもウジウジと考えていた私に、フェルトン伯爵夫妻は『貴女がアルバートと結婚したいかどうかだけを考えなさい』と言ってくれた。
その言葉に漸く彼の想いを受け入れようと決心出来たのだ。
ただ、騎士としての仕事を続けたい意向のアルバートは、この港町での任期がまだ一年残っており、それが終わるまでは二人とも今のままの生活を続ける方針だ。
リッキーさん夫婦とハワードくんには私の素性を明かして、一年後に退職する事を伝えた。
だが、お客さん達が混乱するだろうから、今でも店ではケイティと名乗っている。
しかし……、マクダウェル侯爵は何故、毎晩悪夢を見たのだろうか?
私の両親を殺した罪悪感からか?
いや、横領の罪を部下に押し付けて殺す様な人間に、罪悪感があるとは思えない。
では、悲劇の死を遂げた両親の魂が、侯爵を追い詰めたのだろうか?
だが、両親の魂が天に昇れずまだ彷徨っているのなら、私の夢枕にも出て来てくれそうなものなのに……。
そこまで考えて、私はふと、魔女さんに言われた言葉を思い出した。
『アンタが幸せになれる様に少しだけ手助けをしてやるよ』
侯爵が見た悪夢は、魔女さんの手助けだったのかもしれない。
魔女さんと言えば……。
私は首元からペンダントを引っ張り出した。
(このペンダントって、結局何だったのかしら?)
子供の頃に両親から受け取ったこのペンダントは、魔女さん曰く何らかの魔道具らしい。
しかも私の魔力を流す事で作動するとかしないとか……。
だが、元々微量の魔力しか持たない私は、何度か試してみたものの、やっぱりこのペンダントを作動させる事は出来なかった。
私の瞳の色に似たマロンブラウンの石が嵌まったペンダントを、日の光に翳してぼんやりと眺める。
「ケイティは?」
「二階で飯を食ってるよ。上がって行ったら?」
階下から微かに聞こえて来たのはアルバートとリッキーさんの声だ。
「じゃあ、ミックスサンドを注文するから、僕も二階で食べても良いかな?」
「出来たら持って行くから、上で待ってな」
「ありがとう。お邪魔します」
私とアルバートが婚約したと伝えたので、最近ではアルバートも黒猫亭の皆んなから身内の様な扱いを受けている。
休憩室の扉が遠慮がちにノックされたので、「どうぞ」と入室を促す。
「いらっしゃい、アルバート。
今からお昼休み?今日は随分遅いのね」
「ああ、ちょっと入国審査場で小競り合いがあってね。
……ところで、そのペンダントはどうしたの?」
アルバートは私が手にしていたペンダントに目を止めて、微かに眉根を寄せた。
そう言えば、幼い頃から身に付けているけれど、いつも服の下に入れていたので、アルバートに見せた事は無かった。
「コレは子供の頃に両親から渡された物よ」
「なんだ……。またレオンとか言うヤツからのプレゼントかと……」
少しホッとした様な顔で呟く。
「お客さんからアクセサリーなんて受け取らないわよ。
もしかして、ヤキモチ?」
「悪い?
僕が君を思い出せなかった二年間、奴は君のそばにいたんだから、嫉妬して当たり前だろ」
ちょっと口を尖らせて拗ねた様な物言いが可愛い。
「ごめんね、私が変な薬を飲ませたから」
「もう良いよ。二度といなくならないって約束してくれれば」
「約束するわ。だって私と別れても貴方は幸せになれないんでしょ?」
「当たり前だろ。
寧ろ、君と別れたりしたら、絶対に僕は幸せになんてなれない。
今頃気付いたのか?」
そう言いながらアルバートは私の頬を愛おしそうにスルリと撫でた。
熱い瞳で見詰められて、自然と二人の顔が近付く。
目を閉じようとした瞬間───、
扉をノックする音で我に返った。
「ミックスサンド、お待ち遠様………って…もしかして、俺、邪魔した?」
真っ赤な顔で不自然に距離を取っている私達を見て、リッキーさんが申し訳無さそうに頭を掻いた。
結局、あれから私はアルバートの強い想いに負けて、婚約者に戻る事にした。
……と、言うよりも、フェルトン伯爵夫妻は、なんと私達の婚約破棄の書類を未だに提出していなかったのだ。
つまり、私達はずっと婚約者のままだった。
事件は解決したものの、まだ完全に名誉が回復したわけでもなく、貴族位も返上してしまった私では到底相応しく無いと思ったりもしたのだが……。
父にとって、マクダウェル侯爵よりも更に上の上司だった財務大臣のアルドリッジ公爵が、エルウッド家に起こった悲劇に対して責任を感じてくれたらしく、色々と助力して下さった結果、王家に返上した子爵位と領地を取り戻せる事になった。
更にマクダウェル侯爵家から没収した領地の一部も頂けるとの事。
エルウッド家にかけられた嫌疑が冤罪であった事も、アルドリッジ公爵家ゆかりの方々が積極的に社交界に広めてくれている。
それでも、一度失踪した令嬢なんて、きっと良くない噂を流される。
そんな私が、彼のそばに居て良いのだろうか……と、いつまでもウジウジと考えていた私に、フェルトン伯爵夫妻は『貴女がアルバートと結婚したいかどうかだけを考えなさい』と言ってくれた。
その言葉に漸く彼の想いを受け入れようと決心出来たのだ。
ただ、騎士としての仕事を続けたい意向のアルバートは、この港町での任期がまだ一年残っており、それが終わるまでは二人とも今のままの生活を続ける方針だ。
リッキーさん夫婦とハワードくんには私の素性を明かして、一年後に退職する事を伝えた。
だが、お客さん達が混乱するだろうから、今でも店ではケイティと名乗っている。
しかし……、マクダウェル侯爵は何故、毎晩悪夢を見たのだろうか?
私の両親を殺した罪悪感からか?
いや、横領の罪を部下に押し付けて殺す様な人間に、罪悪感があるとは思えない。
では、悲劇の死を遂げた両親の魂が、侯爵を追い詰めたのだろうか?
だが、両親の魂が天に昇れずまだ彷徨っているのなら、私の夢枕にも出て来てくれそうなものなのに……。
そこまで考えて、私はふと、魔女さんに言われた言葉を思い出した。
『アンタが幸せになれる様に少しだけ手助けをしてやるよ』
侯爵が見た悪夢は、魔女さんの手助けだったのかもしれない。
魔女さんと言えば……。
私は首元からペンダントを引っ張り出した。
(このペンダントって、結局何だったのかしら?)
子供の頃に両親から受け取ったこのペンダントは、魔女さん曰く何らかの魔道具らしい。
しかも私の魔力を流す事で作動するとかしないとか……。
だが、元々微量の魔力しか持たない私は、何度か試してみたものの、やっぱりこのペンダントを作動させる事は出来なかった。
私の瞳の色に似たマロンブラウンの石が嵌まったペンダントを、日の光に翳してぼんやりと眺める。
「ケイティは?」
「二階で飯を食ってるよ。上がって行ったら?」
階下から微かに聞こえて来たのはアルバートとリッキーさんの声だ。
「じゃあ、ミックスサンドを注文するから、僕も二階で食べても良いかな?」
「出来たら持って行くから、上で待ってな」
「ありがとう。お邪魔します」
私とアルバートが婚約したと伝えたので、最近ではアルバートも黒猫亭の皆んなから身内の様な扱いを受けている。
休憩室の扉が遠慮がちにノックされたので、「どうぞ」と入室を促す。
「いらっしゃい、アルバート。
今からお昼休み?今日は随分遅いのね」
「ああ、ちょっと入国審査場で小競り合いがあってね。
……ところで、そのペンダントはどうしたの?」
アルバートは私が手にしていたペンダントに目を止めて、微かに眉根を寄せた。
そう言えば、幼い頃から身に付けているけれど、いつも服の下に入れていたので、アルバートに見せた事は無かった。
「コレは子供の頃に両親から渡された物よ」
「なんだ……。またレオンとか言うヤツからのプレゼントかと……」
少しホッとした様な顔で呟く。
「お客さんからアクセサリーなんて受け取らないわよ。
もしかして、ヤキモチ?」
「悪い?
僕が君を思い出せなかった二年間、奴は君のそばにいたんだから、嫉妬して当たり前だろ」
ちょっと口を尖らせて拗ねた様な物言いが可愛い。
「ごめんね、私が変な薬を飲ませたから」
「もう良いよ。二度といなくならないって約束してくれれば」
「約束するわ。だって私と別れても貴方は幸せになれないんでしょ?」
「当たり前だろ。
寧ろ、君と別れたりしたら、絶対に僕は幸せになんてなれない。
今頃気付いたのか?」
そう言いながらアルバートは私の頬を愛おしそうにスルリと撫でた。
熱い瞳で見詰められて、自然と二人の顔が近付く。
目を閉じようとした瞬間───、
扉をノックする音で我に返った。
「ミックスサンド、お待ち遠様………って…もしかして、俺、邪魔した?」
真っ赤な顔で不自然に距離を取っている私達を見て、リッキーさんが申し訳無さそうに頭を掻いた。
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