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10 悪酔い
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アルバートが黒猫亭に来る時間帯はバラバラだ。
昼の一番忙しい時間帯に来ることもあるし、ランチタイムの終わりかけに来ることもある。
遅い時間に晩御飯を食べに来たり、軽くお酒を飲みに来ることもある。
何度も通って来る内に、暇な時間帯には少しだけ話し掛けて来る様になった。
あまり親しくならない様に気を付けなきゃと思っているのだけど、彼と話せる事に喜びを感じてしまう自分もいるのだから困った物だ。
近くに居ると、どうしても欲張りになってしまうみたい。
気を引き締めなければ。
「最初はケイティはリッキーさんかハワードと恋仲なのかと思ってた」
お客さんの少ない夜に訪れたアルバートは、ビールを飲みながらカウンター越しに私達と話をしている。
いつもよりお酒が進んでいる彼は、少しほろ酔い気分らしく、普段ならば絶対に口に出さない様なプライベートな話題を持ち出した。
「馬鹿な事言わないで下さいよ、アルバート様。
リッキーさんはエリノアさん一筋なんですから、私なんかが入り込む余地はありませんって」
「俺はケイティみたいな可愛い恋人なら大歓迎なんだけど、全然相手にしてもらえないんだよなぁ。
なんか、忘れられない人がいるらしいよ」
冗談めかしてそんな事を言い出すハワードくんを、軽く睨みつける。
「勝手に私の個人情報を漏洩させないでよね」
「……そうか、ケイティには好きな男がいるのか」
アルバートの瞳が微かに揺れた気がしたのは、多分、気のせい。
「私の恋愛話なんて、面白くも無いですよねぇ」
「いや、知りたい。君の事なら、何でも」
「……っ!!」
真剣な眼差しで見詰めながらそんな台詞を言われたら、熱烈に口説かれているのかと勘違いしそうになる。
熱くなった頬を隠すために、俯いて皿洗いを始めた。
これはただの酔っ払いの悪ふざけ。
ちょっとした世間話。
そうでしょう? アルバート。
その時、気まずい沈黙を打ち消す様に、カランカランとドアベルが鳴った。
「こんばんは、ケイティ。良い夜だね」
「あら、レオン様。随分とお久し振りですね。
もしかして、お国に帰っていらしたのですか?」
見知らぬ客の登場に、アルバートがスッと微かに瞳を細める。
これは彼が不機嫌な時の癖だ。
「ああ、ちょっと仕入れで長く向こうに滞在していた」
レオン様は隣国で大きな商会を経営している家のお坊ちゃんだ。
彼はこちらの国に作られた支店の責任者に就任している。
本来ならば、街の片隅にある小さな食堂に来るような身分では無いのだけれど、リッキーさんの料理に惚れ込んで通い詰めてくれる常連さんの一人なのだ。
リッキーさんの料理のファンは、とても多い。
レオン様はカウンター席のアルバートにチラリと視線を向け、軽く会釈をすると、二つ間を開けて着席した。
「はい、お土産。
こっちはケイティに。読書が趣味だって言ってたから。
お菓子は沢山あるから、休憩時間にでも皆んなで食べてね」
頂いたのは、繊細な透かし彫りの加工がされた金の栞と、隣国のお菓子だった。
以前お客さんからアクセサリーなどをプレゼントされそうになった時には流石に辞退したのだが、レオン様はいつも絶妙に受け取り易いプレゼントをチョイスしてくれる。
きっと女性の扱いに慣れているのだろう。
「まあ、いつも有難うございます」
お礼を言って、プレゼントを受け取ると、視界の端でアルバートがビールをグイッと一気に飲み干すのが見えた。
「アルバート様も、まだ飲まれますか?」
「ウイスキー、ロックで」
「そんなに飲んで大丈夫ですか?
最近お仕事お忙しいのでしょう?
疲れている時は、酔いやすいって聞きますし……」
飲むとしても、せめてビールとか水割りとか、アルコール度数が少ない物にしておいた方が良いのではないかしら?
余計なお世話と思いつつも、つい口出ししてしまうのは、昔の癖なのだろうか。
今の私達は、ただの客と店員だというのに。
「有難う。でも大丈夫だよ。明日は仕事も休みだし」
フッと笑った彼は、少し寂しそうに見えた。
ハワードくんがウイスキーを用意してくれている間に、私はレオン様のオーダーを聞く。
「レオン様は、今日も白ワインですか?」
「うん、つまみも適当に二、三品お願い」
「今日は鯛のカルパッチョとポテトグラタンがお勧めですよ」
「良いね。白ワインに合いそう」
「では、ご用意しますので、少々お待ち下さい」
談笑する私達を横目で見ながら、アルバートは再びグイッとグラスを煽った。
そして、二時間後───。
心配した通り、アルバートは潰れた。
昼の一番忙しい時間帯に来ることもあるし、ランチタイムの終わりかけに来ることもある。
遅い時間に晩御飯を食べに来たり、軽くお酒を飲みに来ることもある。
何度も通って来る内に、暇な時間帯には少しだけ話し掛けて来る様になった。
あまり親しくならない様に気を付けなきゃと思っているのだけど、彼と話せる事に喜びを感じてしまう自分もいるのだから困った物だ。
近くに居ると、どうしても欲張りになってしまうみたい。
気を引き締めなければ。
「最初はケイティはリッキーさんかハワードと恋仲なのかと思ってた」
お客さんの少ない夜に訪れたアルバートは、ビールを飲みながらカウンター越しに私達と話をしている。
いつもよりお酒が進んでいる彼は、少しほろ酔い気分らしく、普段ならば絶対に口に出さない様なプライベートな話題を持ち出した。
「馬鹿な事言わないで下さいよ、アルバート様。
リッキーさんはエリノアさん一筋なんですから、私なんかが入り込む余地はありませんって」
「俺はケイティみたいな可愛い恋人なら大歓迎なんだけど、全然相手にしてもらえないんだよなぁ。
なんか、忘れられない人がいるらしいよ」
冗談めかしてそんな事を言い出すハワードくんを、軽く睨みつける。
「勝手に私の個人情報を漏洩させないでよね」
「……そうか、ケイティには好きな男がいるのか」
アルバートの瞳が微かに揺れた気がしたのは、多分、気のせい。
「私の恋愛話なんて、面白くも無いですよねぇ」
「いや、知りたい。君の事なら、何でも」
「……っ!!」
真剣な眼差しで見詰めながらそんな台詞を言われたら、熱烈に口説かれているのかと勘違いしそうになる。
熱くなった頬を隠すために、俯いて皿洗いを始めた。
これはただの酔っ払いの悪ふざけ。
ちょっとした世間話。
そうでしょう? アルバート。
その時、気まずい沈黙を打ち消す様に、カランカランとドアベルが鳴った。
「こんばんは、ケイティ。良い夜だね」
「あら、レオン様。随分とお久し振りですね。
もしかして、お国に帰っていらしたのですか?」
見知らぬ客の登場に、アルバートがスッと微かに瞳を細める。
これは彼が不機嫌な時の癖だ。
「ああ、ちょっと仕入れで長く向こうに滞在していた」
レオン様は隣国で大きな商会を経営している家のお坊ちゃんだ。
彼はこちらの国に作られた支店の責任者に就任している。
本来ならば、街の片隅にある小さな食堂に来るような身分では無いのだけれど、リッキーさんの料理に惚れ込んで通い詰めてくれる常連さんの一人なのだ。
リッキーさんの料理のファンは、とても多い。
レオン様はカウンター席のアルバートにチラリと視線を向け、軽く会釈をすると、二つ間を開けて着席した。
「はい、お土産。
こっちはケイティに。読書が趣味だって言ってたから。
お菓子は沢山あるから、休憩時間にでも皆んなで食べてね」
頂いたのは、繊細な透かし彫りの加工がされた金の栞と、隣国のお菓子だった。
以前お客さんからアクセサリーなどをプレゼントされそうになった時には流石に辞退したのだが、レオン様はいつも絶妙に受け取り易いプレゼントをチョイスしてくれる。
きっと女性の扱いに慣れているのだろう。
「まあ、いつも有難うございます」
お礼を言って、プレゼントを受け取ると、視界の端でアルバートがビールをグイッと一気に飲み干すのが見えた。
「アルバート様も、まだ飲まれますか?」
「ウイスキー、ロックで」
「そんなに飲んで大丈夫ですか?
最近お仕事お忙しいのでしょう?
疲れている時は、酔いやすいって聞きますし……」
飲むとしても、せめてビールとか水割りとか、アルコール度数が少ない物にしておいた方が良いのではないかしら?
余計なお世話と思いつつも、つい口出ししてしまうのは、昔の癖なのだろうか。
今の私達は、ただの客と店員だというのに。
「有難う。でも大丈夫だよ。明日は仕事も休みだし」
フッと笑った彼は、少し寂しそうに見えた。
ハワードくんがウイスキーを用意してくれている間に、私はレオン様のオーダーを聞く。
「レオン様は、今日も白ワインですか?」
「うん、つまみも適当に二、三品お願い」
「今日は鯛のカルパッチョとポテトグラタンがお勧めですよ」
「良いね。白ワインに合いそう」
「では、ご用意しますので、少々お待ち下さい」
談笑する私達を横目で見ながら、アルバートは再びグイッとグラスを煽った。
そして、二時間後───。
心配した通り、アルバートは潰れた。
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