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7 偶然の再会

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 最愛の婚約者との別れから二年。
 私は、とある港街に住んでいた。


 二年前、私は宝石を幾つか売って路銀を用意し、質素な服に身を包み、目立つ金髪は平凡な焦茶色に染めて、王都から辻馬車を乗り継いでこの地へとやって来た。
 因みに、エルウッド子爵家の金融資産は没収はされなかった物の、まだ嫌疑が晴れないとして凍結されているので自由には使えない。


 ここはマクダウェル侯爵領の隣の領地。
 もしかしたらマクダウェル侯爵の情報が収集出来るかもしれない、なんて、少しだけ期待した。
 まあ、現実はそんなに甘く無いから、平民になった小娘に出来る事なんて何も無いって本当は分かっているんだけど。

 ここの港には他国の船舶も寄港するので、街には複数の言語が飛び交っている。
 私は大陸の共通語を含めた三カ国後が話せるので、職を探すのに都合が良い事もあって、この地を選んだのだ。


 一応貴族令嬢だったとは言え、弱小子爵家の出身である。
 元々ギリギリの人数しか雇っていない使用人が急に休みを取った時なんかは、自分達でも多少は家事をしたりしていた。
 だから、皿洗いや掃除くらいなら出来るはず……多分、ね。
 そう思って、職業紹介所で張り紙を見ていた時、私を拾ってくれた人がいた。

「ねぇねぇ、お嬢さん、ここらで見掛けない顔だけど、どっから来たのぉ?
 とっても可愛いねぇ。よく言われない?
 仕事探してるんでしょ?ウチ来る?」

 チャラいナンパ男みたいに声を掛けて来たのは、私より少し歳上っぽい感じの綺麗なお姉さんだった。

(怪しい……。なんだかとっても怪しい)

「姉さん、チャラいっ!
 そんなんだから、声掛けても皆んな逃げちゃうんだよ」

 そう言って、怪しいお姉さんの脳天にゴスッとチョップを喰らわせたのは、私より少し歳下って感じの男の子。
 よく見ると、顔がお姉さんとちょっと似てる。

「怪しい者じゃ無いんです。
 俺達この近くの食堂の者で、アルバイトで給仕をしてくれる人を探していまして……」

 弟くんの方は、礼儀正しい。

 結局この姉弟に押し切られて、近くの大きな公園で話を聞く事になった。
 その公園は家族連れやカップルなどで賑わう場所である。
 他の人の目がある所なら、滅多な事にはならないだろうと思って。
 姉弟は良い人そうだけど、警戒するのは大事なのだ。

「いやぁ、話だけでも聞いてもらえて良かった。
 急ぎで働き手を探さなきゃいけないのに、姉さんがお馬鹿なせいでなかなか見つからなくて」

 屋台で私の分までジュースを買ってくれた弟くんに促され、私達は空いているベンチに腰を下ろした。

「だって、見知らぬ人に声を掛けるなんてあんまりやった事無いんだもの。
 だから、よく街中で話し掛けて来る人達の真似をして……」

 うん。ナンパ男の真似しちゃダメでしょ。
 普通に警戒されるから。
 お姉さんは、ちょっと天然なのかな?

 話を聞いてみたら、その食堂はお姉さんの旦那さんが店主らしい。
 今迄はお姉さんと旦那さんと弟くんの三人で営業してたんだけど、お姉さんの妊娠が判明して、旦那さんが『心配だから仕事を休め』って言ってるらしい。
 まだあんまりお腹は大きくなくて、ストンとしたワンピースを着ていたから気付かなかったけど、言われてみたらお腹周りだけ少しふくよかかも。

 あ、因みにお姉さんの方がエリノアさんで、弟くんはハワードくんっていう名前らしい。

「エリノアさんが出産したら、アルバイトは終了ですか?」

「ううん。子供が生まれたら、暫くは育児に専念しようかと思って。
 ちょっとくらいは店の手伝いもするかも知れないけど、アルバイトの人はそのままいて欲しい」

 時給は安めだけど、その分勤務中の食事は賄いが無料で、しかも店舗の二階にある下宿用の部屋が空いてるから、格安で貸してくれるっていう好条件。
 思わず飛び付いてしまった。

 そのまま食堂に案内されて、下宿部屋を見せて貰う事になった。
 食堂の名前は『黒猫亭』。
 真っ暗森でお世話になった可愛らしい黒ウサギがふと頭をよぎる。

(黒い小動物に縁があるのかしら……?)

 だとしたら、この職場はかもしれない。

 肝心の下宿部屋は、ちゃんと扉に鍵も掛かるし、しっかり掃除もされていて、ちょっと狭いけど悪くない。
 小さなシャワールームまで付いていた。

 旦那さんのリッキーさんは、寡黙で真面目なタイプ。
 エリノアさんと真逆な性格で意外だったけど、タイプが違うからこそ上手くいってるのかもね。


「ケイティ、これ四番テーブルのパスタね」

「はーい、了解です」

 勤務を始めたばかりの頃は、お皿を割ったり注文を間違えてしまったり、迷惑ばっかり掛けていたけれど、三ヶ月もすればスムーズに動けるようになった。
 『ケイティ』という偽名で呼ばれる事にもすっかり慣れた。
 流石に本名を名乗るのはどうかと思って、昔子爵家にいた侍女の名前を勝手に拝借したのだ。

 常連のお客さんとも仲良くなって、それなりに楽しい毎日。

 まだ、アルバートを思い出してしまう事もあるけれど……。
 その回数も、少しづつ減って行くといいな。

 そんな風に、思っていたのに───。


 カウンターで食事をしていた初めてのお客さんが、懐中時計を忘れて行った事に気付いた私は、慌てて店を飛び出した。
 左右をキョロキョロ見渡すと、さっき店を出て行ったばかりの後ろ姿。

「お客さーーーん!!お忘れ物ですよー」

「ん?……ああ、さっきの食堂の」

「ええ。コレ、カウンターに置きっ放しでしたよ」

 金の懐中時計を手渡すと、お客さんは大袈裟なくらいに感謝してくれた。
 なんでも、奥さんからの贈り物だったそうで。

 何度も「ありがとう」と言って去って行くお客さんに笑顔で手を振って別れ、店に戻ろうと振り返った時───、

 そこに居るはずの無い、彼が居た。
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