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18 別れの時
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三週間の滞在を終えて、帝国の視察団が自国に戻る事になった。
滞在中は学園だけでなく、魔術師団や魔道具工房、魔石の採掘現場などを視察してまわり、帝国とは異なる方法を学んだり、逆に帝国流のやり方を教えたりと、両国にとって非常に有意義な交流が出来たそうだ。
そして、彼等を見送る盛大な夜会が、再び王宮のホールで行われた。
会場入りしたエルヴィーノはアンジェリーナに不埒な視線を向ける男達に見せつける様に、彼女の腰を抱き寄せる。
今迄に無い二人の甘い雰囲気に、周囲の人々は騒ついた。
愛しい婚約者への気持ちを抑える必要が無くなったエルヴィーノは上機嫌、だったのだが……。
今、アンジェリーナとエルヴィーノの前には、歓迎の夜会の時と同じ様に、微笑みを浮かべる真紅の瞳の皇子が立っている。
「貴方の大切な姫に、一曲だけダンスを申し込んでも?」
あの時と違うのは、カルロスが許可を求めたのがエルヴィーノの方だった事。
「ええ、勿論。彼女さえ良ければ」
鷹揚に頷いてアンジェリーナを送り出すエルヴィーノ。
しかし、アンジェリーナがチラリとエルヴィーノの顔色を窺うと、社交用の笑顔で武装した彼の瞳は、明らかに不機嫌そうな色を帯びていた。
差し伸べられたカルロスの手を取って、ダンスに向かう途中。
クスリと笑ったカルロスを不思議そうに見上げたアンジェリーナ。
「・・・失礼。
余りにも嫉妬が隠し切れていないから」
チラリと振り返ってエルヴィーノに視線を送る。
「嫉妬・・・・・・」
「うん、不機嫌そうだったでしょ?」
(そうか、あれは嫉妬なのか)
そう考えると、途端に胸の奥がくすぐったい様な気持ちになった。
カルロスの安定感のあるリードで踊りながら、会話を続ける。
「シルヴィオ殿下から聞いた。
卒業してすぐに婚姻するんだって?」
「その節は、大変お世話になりました」
「手遅れにならずに済んで、本当に良かった」
アンジェリーナはカルロスに求婚された事から、少しは自分が好かれていたのでは無いかと自惚れて、微かな罪悪感を持っていたのだけれど・・・。
今のカルロスは心から嬉しそうに見える。
(自意識過剰だったわね)
単純に、身分も釣り合って相性も良いので、妃にするのに丁度良いと言う意味だったらしい。
「殿下は何故、私達の事をそれ程までに心配して下さったのですか?」
アンジェリーナの問いに、カルロスは一瞬だけ遠くを見る様な目をした。
「昔、私にも愛する婚約者がいたんだ」
彼の言葉が過去形である事に、その恋が悲恋に終わった事を悟ったアンジェリーナは、気軽に聞いて良い話では無かったかもしれないと反省した。
「彼女は他国の公爵令嬢だったのだけど、国同士の関係が変化してしまい、結局、婚姻は叶わなかった。
婚約を解消してから気付いたんだ。
自分の気持ちに。
それを一度も彼女に伝る事が出来なかったのを、今でも少しだけ悔やんでいる。
まあ、思いを伝えたとしても、何も変える事は出来なかっただろうけど」
少しだけ目を伏せた彼の表情からは、切なさと後悔が滲んでいた。
「済みません。辛い事を思い出させて」
「いや、大丈夫。
もうこの件は自分の中でほぼ消化されているんだ。
随分と時間が掛かってしまったけどね。
だから、貴女が同じ思いをしないで済んで良かった。
貴族もそうだけど、王族の婚姻は特に様々な要因が絡むから、好きな人と結ばれるなんて事は奇跡みたいな物だよ」
「・・・・・・そう、ですね。
ありがとうございます」
アンジェリーナは滲みそうになる涙を瞬きで散らした。
カルロスは、何でも持っている様に見える。
美麗な容姿、皇子という高い地位、魔術の才能、誠実さ・・・・・・。
それでも・・・、そんなに素晴らしい彼でも、愛する人と結ばれる事が許されない場合もあるのだ。
(それに比べたら、私はなんて幸せなんだろう)
カルロスにもいつか新たな幸せが訪れる様にと、アンジェリーナは心の中で願った。
ダンスを終えてエルヴィーノの元へ足早に戻ると、彼が纏う空気は先程よりも剣呑さを増していた。
「踊りながらずっと会話をしてたみたいだけど、彼とは思ったよりも親しいんだね」
「カルロス殿下は大事な恩人なの」
その言葉にエルヴィーノは眉根を寄せた。
だけど、それが嫉妬であると既に理解しているアンジェリーナは、その不機嫌そうな表情をちょっと可愛いと感じていた。
(もしかしたら、今まで私の新しい婚約者候補を悉く却下して来たのも嫉妬から?
だとしたら、不謹慎だけど少し嬉しい)
無意識の内に頬が緩んだアンジェリーナを見て、エルヴィーノは怪訝そうな顔になる。
「ねぇ、エル兄様・・・」
「・・・・・・その、兄様っての、そろそろやめてくれないか?」
「それもそうね、エル」
久々に呼ばれたその呼び名に、エルヴィーノが先程まで纏っていた不機嫌そうな空気が霧散した。
「ねぇ、エル・・・・・・大好きよ」
(これからは言葉を惜しまず沢山伝えて行こう。
二度とすれ違わない様に。
愛する人の隣に居られるこの奇跡を、手離さないで済む様に)
カルロスの昔話から大切な事を学んだアンジェリーナは、そう心に決めた。
「俺も、君を愛してる」
そんなアンジェリーナを眩しそうに見つめるエルヴィーノは、彼女の耳元でとびきり甘く囁いた。
滞在中は学園だけでなく、魔術師団や魔道具工房、魔石の採掘現場などを視察してまわり、帝国とは異なる方法を学んだり、逆に帝国流のやり方を教えたりと、両国にとって非常に有意義な交流が出来たそうだ。
そして、彼等を見送る盛大な夜会が、再び王宮のホールで行われた。
会場入りしたエルヴィーノはアンジェリーナに不埒な視線を向ける男達に見せつける様に、彼女の腰を抱き寄せる。
今迄に無い二人の甘い雰囲気に、周囲の人々は騒ついた。
愛しい婚約者への気持ちを抑える必要が無くなったエルヴィーノは上機嫌、だったのだが……。
今、アンジェリーナとエルヴィーノの前には、歓迎の夜会の時と同じ様に、微笑みを浮かべる真紅の瞳の皇子が立っている。
「貴方の大切な姫に、一曲だけダンスを申し込んでも?」
あの時と違うのは、カルロスが許可を求めたのがエルヴィーノの方だった事。
「ええ、勿論。彼女さえ良ければ」
鷹揚に頷いてアンジェリーナを送り出すエルヴィーノ。
しかし、アンジェリーナがチラリとエルヴィーノの顔色を窺うと、社交用の笑顔で武装した彼の瞳は、明らかに不機嫌そうな色を帯びていた。
差し伸べられたカルロスの手を取って、ダンスに向かう途中。
クスリと笑ったカルロスを不思議そうに見上げたアンジェリーナ。
「・・・失礼。
余りにも嫉妬が隠し切れていないから」
チラリと振り返ってエルヴィーノに視線を送る。
「嫉妬・・・・・・」
「うん、不機嫌そうだったでしょ?」
(そうか、あれは嫉妬なのか)
そう考えると、途端に胸の奥がくすぐったい様な気持ちになった。
カルロスの安定感のあるリードで踊りながら、会話を続ける。
「シルヴィオ殿下から聞いた。
卒業してすぐに婚姻するんだって?」
「その節は、大変お世話になりました」
「手遅れにならずに済んで、本当に良かった」
アンジェリーナはカルロスに求婚された事から、少しは自分が好かれていたのでは無いかと自惚れて、微かな罪悪感を持っていたのだけれど・・・。
今のカルロスは心から嬉しそうに見える。
(自意識過剰だったわね)
単純に、身分も釣り合って相性も良いので、妃にするのに丁度良いと言う意味だったらしい。
「殿下は何故、私達の事をそれ程までに心配して下さったのですか?」
アンジェリーナの問いに、カルロスは一瞬だけ遠くを見る様な目をした。
「昔、私にも愛する婚約者がいたんだ」
彼の言葉が過去形である事に、その恋が悲恋に終わった事を悟ったアンジェリーナは、気軽に聞いて良い話では無かったかもしれないと反省した。
「彼女は他国の公爵令嬢だったのだけど、国同士の関係が変化してしまい、結局、婚姻は叶わなかった。
婚約を解消してから気付いたんだ。
自分の気持ちに。
それを一度も彼女に伝る事が出来なかったのを、今でも少しだけ悔やんでいる。
まあ、思いを伝えたとしても、何も変える事は出来なかっただろうけど」
少しだけ目を伏せた彼の表情からは、切なさと後悔が滲んでいた。
「済みません。辛い事を思い出させて」
「いや、大丈夫。
もうこの件は自分の中でほぼ消化されているんだ。
随分と時間が掛かってしまったけどね。
だから、貴女が同じ思いをしないで済んで良かった。
貴族もそうだけど、王族の婚姻は特に様々な要因が絡むから、好きな人と結ばれるなんて事は奇跡みたいな物だよ」
「・・・・・・そう、ですね。
ありがとうございます」
アンジェリーナは滲みそうになる涙を瞬きで散らした。
カルロスは、何でも持っている様に見える。
美麗な容姿、皇子という高い地位、魔術の才能、誠実さ・・・・・・。
それでも・・・、そんなに素晴らしい彼でも、愛する人と結ばれる事が許されない場合もあるのだ。
(それに比べたら、私はなんて幸せなんだろう)
カルロスにもいつか新たな幸せが訪れる様にと、アンジェリーナは心の中で願った。
ダンスを終えてエルヴィーノの元へ足早に戻ると、彼が纏う空気は先程よりも剣呑さを増していた。
「踊りながらずっと会話をしてたみたいだけど、彼とは思ったよりも親しいんだね」
「カルロス殿下は大事な恩人なの」
その言葉にエルヴィーノは眉根を寄せた。
だけど、それが嫉妬であると既に理解しているアンジェリーナは、その不機嫌そうな表情をちょっと可愛いと感じていた。
(もしかしたら、今まで私の新しい婚約者候補を悉く却下して来たのも嫉妬から?
だとしたら、不謹慎だけど少し嬉しい)
無意識の内に頬が緩んだアンジェリーナを見て、エルヴィーノは怪訝そうな顔になる。
「ねぇ、エル兄様・・・」
「・・・・・・その、兄様っての、そろそろやめてくれないか?」
「それもそうね、エル」
久々に呼ばれたその呼び名に、エルヴィーノが先程まで纏っていた不機嫌そうな空気が霧散した。
「ねぇ、エル・・・・・・大好きよ」
(これからは言葉を惜しまず沢山伝えて行こう。
二度とすれ違わない様に。
愛する人の隣に居られるこの奇跡を、手離さないで済む様に)
カルロスの昔話から大切な事を学んだアンジェリーナは、そう心に決めた。
「俺も、君を愛してる」
そんなアンジェリーナを眩しそうに見つめるエルヴィーノは、彼女の耳元でとびきり甘く囁いた。
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