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7 婚活は難しい
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日常生活の中に当たり前のように、キラキラの笑顔を振り撒く婚約者がいる。
その事は、思った以上にアンジェリーナの精神をゴリゴリと削った。
それは今朝も───。
「おはよう、アンジー」
朝食のパンケーキを小さくカットして口に入れようとした瞬間、メイプルシロップよりも甘い声が背後から響いた。
ゆっくり振り向くと、シャツの胸元を大きくはだけさせたまま、眠たそうに欠伸をしているエルヴィーノがいる。
今日は出仕の時間がいつもより少し遅いらしい。
寝起きのままの様なエルヴィーノの姿に、アンジェリーナの心臓が大きく跳ねた。
「・・・おはようございます、兄様。
目の前に年頃の娘がいるのだから、シャツのボタンはしっかり閉めた方が宜しいかと」
無表情を心掛けて抗議したアンジェリーナに、エルヴィーノは前髪をかき上げながら小さく笑って、「ごめんごめん」と軽く謝った。
(色気が凄い。朝から胸焼けしそう)
まあ、居候しているのはアンジェリーナの方なので、強くは言えないのが辛い所。
一足先に朝食を食べ終えて、学園に向かう為に席を立つと、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたエルヴィーノも見送りの為玄関ホールまで出て来た。
「わざわざ来なくても良かったのに・・・」
「ん?見送りたかったから。
行ってらっしゃい、アンジー。
今日も勉強頑張って」
つい可愛く無い言い方をしてしまったアンジェリーナの頭をフワリと撫でて、エルヴィーノは優しく微笑む。
「・・・・・・見送りありがとう。
行って来ます」
スキンシップが嬉しい様な、未だに子供扱いされる事が悲しい様な、複雑な気持ちを胸の奥に抱えながら、アンジェリーナは馬車に乗り込んだ。
学園での生活は、今の所なかなか快適である。
アンジェリーナの唯一の親友とも言えるマリエッタ・カルデローネ伯爵令嬢と、偶然同じクラスになれた事が大きいだろう。
クレメンティ公爵領とカルデローネ伯爵領は隣接しており、両家に交流があった事から、二人は幼い頃からよく一緒に遊んだ仲だ。
「おはよう、アンジー。
宿題やって来た?」
教室に入るなり声を掛けて来たマリエッタの隣の席に座る。
「おはよう。
勿論やって来たけど、あの問題、難し過ぎると思うのは私だけ?
凄い時間掛かっちゃった」
「アンジーは良いじゃない。
エルヴィーノ様に教えて貰えば」
「エル兄様はダメよ。
とても忙しそうだし・・・」
「アンジェリーナ殿下、マリエッタ、おはよう!」
「「おはよう」」
二人で話をしている所へ、別の女生徒からも挨拶の声が掛かる。
『お荷物王女』のアンジェリーナは学園に入っても腫れ物扱いで遠巻きにされたり、影で罵られたりするのだろうと覚悟をしていたのだが、そんな馬鹿な態度を取るのは一部の生徒だけだった。
ルーナリア教の熱心な信者を除く貴族にとって、王女が王家の瞳を持っているかどうかよりも、国王や兄である王太子に愛されているという事実の方がよっぽど重要なのである。
しかも、今やアンジェリーナが投資で成功している事は誰もが知る有名な話だ。
だから多くの貴族の間ではアンジェリーナの評価が上がっており、出来るだけ親しくしておきたい存在となったのだ。
そしてそれは、男子生徒にとっても同様で。
「アンジェリーナ殿下、おはようございます。
今日もとてもお美しいですね」
ニコニコと微笑みながら近寄って来たのは、同じクラスに在籍するマッシモ・アルボレート。
魔術の名門と言われる侯爵家の三男だ。
とは言え、マッシモの父である現アルボレート侯爵は残念ながら魔術の才能に恵まれなかったらしく、魔術師団にも所属できなかった。
そこで、豊富な魔力を有して生まれて来たマッシモには、過剰な期待が集まっているらしい。
「おはようございます、アルボレート様」
「やだなぁ、他人行儀な。
マッシモと呼んで下さいと言っているのに」
アンジェリーナはそれには答えず、曖昧な笑みを返した。
マッシモは、最近アンジェリーナによく絡んで来る。
きっとアンジェリーナの持つ魔力が多いせいだ。
子供の魔力量は、両親からの遺伝的な要因が大きいと言われている。
だから彼は豊富な魔力を持った女性を妻に迎えたいのだ。
それが王女であれば、なお良し。
アンジェリーナには一応婚約者がおり、二人の仲は睦まじいけれど、その触れ合いは常に兄妹の域を逸脱しない程度に留められていた。
それを頻繁に目にする貴族達の間では、この婚約がアンジェリーナを守る為の仮初の物であるという認識が浸透し始めている。
公爵家がアンジェリーナを大事に思っている事は明らかな事実なので、婚約が仮であったとしても彼女を蔑ろにしようとする者は少ないけれど、逆に隙あらば近付こうとする者は少しづつ増えていた。
それは新しい恋を見つけて婚約解消を目指しているアンジェリーナにとっては、概ね歓迎すべき状況であるのだが。
目の前で微笑む男に溜息が出そうになる。
マッシモはスラリと背が高く、甘いマスクで女生徒からの人気が高い。
しかし、いかんせん笑顔が胡散臭いのだ。
出世や権力に対する欲望がダダ漏れで、『王女を娶って利用したい』と顔に大きく書いてあるみたいに分かり易い。
流石に好きになれそうも無い。
エルヴィーノとの婚約を解消して新たに別の者と婚約を結びたいとアンジェリーナが希望すれば、おそらく簡単にその願いは叶えられるだろう。
エルヴィーノもそれを望んでいるし、両親はアンジェリーナに甘い。
だが、その相手は徹底的に調べられる。
誰でもOKと言う訳では無いのだ。
少なくとも、アンジェリーナを守れる力を持っており、アンジェリーナが好意か信頼を寄せる相手でなければ、絶対に許可されない。
ともすると、両親よりもエルヴィーノの方が厳しく審査しそうである。
何が悲しくて、初恋の相手に次の婚約者を査定されねばならぬのだろうか。
その事は、思った以上にアンジェリーナの精神をゴリゴリと削った。
それは今朝も───。
「おはよう、アンジー」
朝食のパンケーキを小さくカットして口に入れようとした瞬間、メイプルシロップよりも甘い声が背後から響いた。
ゆっくり振り向くと、シャツの胸元を大きくはだけさせたまま、眠たそうに欠伸をしているエルヴィーノがいる。
今日は出仕の時間がいつもより少し遅いらしい。
寝起きのままの様なエルヴィーノの姿に、アンジェリーナの心臓が大きく跳ねた。
「・・・おはようございます、兄様。
目の前に年頃の娘がいるのだから、シャツのボタンはしっかり閉めた方が宜しいかと」
無表情を心掛けて抗議したアンジェリーナに、エルヴィーノは前髪をかき上げながら小さく笑って、「ごめんごめん」と軽く謝った。
(色気が凄い。朝から胸焼けしそう)
まあ、居候しているのはアンジェリーナの方なので、強くは言えないのが辛い所。
一足先に朝食を食べ終えて、学園に向かう為に席を立つと、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたエルヴィーノも見送りの為玄関ホールまで出て来た。
「わざわざ来なくても良かったのに・・・」
「ん?見送りたかったから。
行ってらっしゃい、アンジー。
今日も勉強頑張って」
つい可愛く無い言い方をしてしまったアンジェリーナの頭をフワリと撫でて、エルヴィーノは優しく微笑む。
「・・・・・・見送りありがとう。
行って来ます」
スキンシップが嬉しい様な、未だに子供扱いされる事が悲しい様な、複雑な気持ちを胸の奥に抱えながら、アンジェリーナは馬車に乗り込んだ。
学園での生活は、今の所なかなか快適である。
アンジェリーナの唯一の親友とも言えるマリエッタ・カルデローネ伯爵令嬢と、偶然同じクラスになれた事が大きいだろう。
クレメンティ公爵領とカルデローネ伯爵領は隣接しており、両家に交流があった事から、二人は幼い頃からよく一緒に遊んだ仲だ。
「おはよう、アンジー。
宿題やって来た?」
教室に入るなり声を掛けて来たマリエッタの隣の席に座る。
「おはよう。
勿論やって来たけど、あの問題、難し過ぎると思うのは私だけ?
凄い時間掛かっちゃった」
「アンジーは良いじゃない。
エルヴィーノ様に教えて貰えば」
「エル兄様はダメよ。
とても忙しそうだし・・・」
「アンジェリーナ殿下、マリエッタ、おはよう!」
「「おはよう」」
二人で話をしている所へ、別の女生徒からも挨拶の声が掛かる。
『お荷物王女』のアンジェリーナは学園に入っても腫れ物扱いで遠巻きにされたり、影で罵られたりするのだろうと覚悟をしていたのだが、そんな馬鹿な態度を取るのは一部の生徒だけだった。
ルーナリア教の熱心な信者を除く貴族にとって、王女が王家の瞳を持っているかどうかよりも、国王や兄である王太子に愛されているという事実の方がよっぽど重要なのである。
しかも、今やアンジェリーナが投資で成功している事は誰もが知る有名な話だ。
だから多くの貴族の間ではアンジェリーナの評価が上がっており、出来るだけ親しくしておきたい存在となったのだ。
そしてそれは、男子生徒にとっても同様で。
「アンジェリーナ殿下、おはようございます。
今日もとてもお美しいですね」
ニコニコと微笑みながら近寄って来たのは、同じクラスに在籍するマッシモ・アルボレート。
魔術の名門と言われる侯爵家の三男だ。
とは言え、マッシモの父である現アルボレート侯爵は残念ながら魔術の才能に恵まれなかったらしく、魔術師団にも所属できなかった。
そこで、豊富な魔力を有して生まれて来たマッシモには、過剰な期待が集まっているらしい。
「おはようございます、アルボレート様」
「やだなぁ、他人行儀な。
マッシモと呼んで下さいと言っているのに」
アンジェリーナはそれには答えず、曖昧な笑みを返した。
マッシモは、最近アンジェリーナによく絡んで来る。
きっとアンジェリーナの持つ魔力が多いせいだ。
子供の魔力量は、両親からの遺伝的な要因が大きいと言われている。
だから彼は豊富な魔力を持った女性を妻に迎えたいのだ。
それが王女であれば、なお良し。
アンジェリーナには一応婚約者がおり、二人の仲は睦まじいけれど、その触れ合いは常に兄妹の域を逸脱しない程度に留められていた。
それを頻繁に目にする貴族達の間では、この婚約がアンジェリーナを守る為の仮初の物であるという認識が浸透し始めている。
公爵家がアンジェリーナを大事に思っている事は明らかな事実なので、婚約が仮であったとしても彼女を蔑ろにしようとする者は少ないけれど、逆に隙あらば近付こうとする者は少しづつ増えていた。
それは新しい恋を見つけて婚約解消を目指しているアンジェリーナにとっては、概ね歓迎すべき状況であるのだが。
目の前で微笑む男に溜息が出そうになる。
マッシモはスラリと背が高く、甘いマスクで女生徒からの人気が高い。
しかし、いかんせん笑顔が胡散臭いのだ。
出世や権力に対する欲望がダダ漏れで、『王女を娶って利用したい』と顔に大きく書いてあるみたいに分かり易い。
流石に好きになれそうも無い。
エルヴィーノとの婚約を解消して新たに別の者と婚約を結びたいとアンジェリーナが希望すれば、おそらく簡単にその願いは叶えられるだろう。
エルヴィーノもそれを望んでいるし、両親はアンジェリーナに甘い。
だが、その相手は徹底的に調べられる。
誰でもOKと言う訳では無いのだ。
少なくとも、アンジェリーナを守れる力を持っており、アンジェリーナが好意か信頼を寄せる相手でなければ、絶対に許可されない。
ともすると、両親よりもエルヴィーノの方が厳しく審査しそうである。
何が悲しくて、初恋の相手に次の婚約者を査定されねばならぬのだろうか。
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