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4 何をするにもお金は大事
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幸いな事に、この国の婚約という制度は他国のそれに比べると、さほど強固な契約ではないのだ。
一度結んだ婚約を解消するのはよくある話。
どの家も早い時期から他家の優秀な子息や令嬢を婚約という形で囲い込み、お互いの状況が変化すれば気軽に解消している。
だから、婚約の解消が醜聞になる事は無い。
勿論、両家の合意は必要なのだが、アンジェリーナの場合はエルヴィーノも解消を望んでいる為その心配も無い。
そんな訳で、婚約の円満解消を目指し始めたアンジェリーナだが、エルヴィーノの近くに居るとつい決心が鈍りそうになる。
相変わらずアンジェリーナを気遣ってくれる優しい瞳に、どうしても縋りたくなってしまうのだ。
(物理的に距離を置くしかないかしら?)
エルヴィーノは通学の為に王都にあるタウンハウスで暮らしていた。
アンジェリーナもそこで共に生活しているのだが、一つ屋根の下に住んでいれば、避けようとしても限界がある。
公爵家を出て王宮に戻るのは、まだ難しい状況だった。
アンジェリーナはクレメンティ公爵家の領地へ逃げようとした。
エルヴィーノは次男だが、将来は公爵家が所有している伯爵位を譲り受け、王宮で仕事をしながら、兄のサポートとして公爵領の経営も手伝う予定だ。
その為、アンジェリーナが『花嫁修行の一環として、クレメンティ公爵領について詳しく知りたい』と申し出ると、領地の邸への移住がすんなりと許可された。
クレメンティ公爵は王宮でも要職に就いているのでタウンハウスに居る事が多いが、叔母である公爵夫人は田舎暮らしが好きで、社交シーズン以外の殆どの期間を自然に囲まれた領地で過ごしている。
アンジェリーナを可愛がっている叔母は、彼女をとても歓迎してくれた。
だけど、田舎の領地に引き篭もっていれば当然ながら、男性との新しい出会いは無いに等しい。
焦る気持ちを誤魔化すように、『今は出会いを探すより自分を磨く時期なのではないか』と結論付けた。
淑女教育などはとっくに済んでいるし、魔術に関してはまだ修行中だが、他にも新しい事をやってみたい。
次の婚約者を探すにしても、相手に提供出来るメリットは多い方が良いだろう。
それに、縁談が見つからなかった場合に備えて、自分の生活費くらいは自分で稼げるようになっておきたい。
だから、先ずは分かりやすく、財力から身に付けようと考えた。
「よし、取り敢えず私財を増やそう!
・・・・・・とは言え、具体的にはどうしたら良いのかしらねぇ?」
時間だけはたっぷりあるのだが、さて、何から始めようか。
「奥様やロレッラ様にご相談なさってみては如何でしょう?」
王宮から連れて来た専属の侍女の提案に乗る事にしたアンジェリーナは、その日のお茶の時間に早速相談を持ち掛けた。
ロレッラはエルヴィーノの兄の妻である。
学園を卒業し、つい最近結婚したばかりの若夫婦は、領地経営を引き継ぐ為にこの地にやって来た。
本邸に住む新婚の二人に気を遣って、公爵夫人とアンジェリーナは今は敷地内にある離れに移動したのだが、関係は良好でお互い頻繁に行き来をしている。
「お金を儲ける方法ですか?
う~ん・・・、こう見えてもアンジェリーナ様は王女殿下ですものねぇ」
と、おっとりとした口調で悪気無く呟くロレッラに少し拗ねて見せる。
「どうせ、そうは見えないですけどね。
本当ならカフェとか経営してみたいのですが、一応王女なので、下手な事業を起こす訳にもいかないですし」
「うふふ。悪い意味じゃないんですよ?
私は親しみ易いアンジェリーナ様が大好きですわ」
とフォローをしつつも、ロレッラは思案顔になった。
「でも、そうですね。
体裁も有りますし、アンジェリーナ様のお立場では、店頭に立つ訳じゃないにしても、店舗を経営するのは難しいですよね。
起業するにはかなり業種が限られます」
「軍資金はたっぷりあるのだから、投資すれば良いのよ」
考え込む若者二人を他所に、伯母はサラリとそう言った。
「ああ、そうですね。
それなら投資先さえきちんと選べば問題有りませんわ」
確かに、投資ならば国の経済の活性化にも繋がるので、苦言を呈する者は少ないだろう。
領地に引き篭もっているアンジェリーナは、社交も最小限なので、派手なドレスや宝飾品はあまり必要無い。
その為使い切れずに持て余していた王家から支給される王女費を、軍資金に使う事にした。
大きな利益が見込めそうなのに資金難に陥っている事業を幾つか選び、侍女や従者に頼んで詳しい資料を取り寄せて貰う。
隅々まで資料を読み込み、厳選した二つの事業に資金を提供した。
どうやらアンジェリーナは先見の明があった様で、彼女の投資先は大成功を収め、二年後には個人資産が数倍に増えていた。
アンジェリーナは配当で得た利益を更に別の所に投資した。
最初はシンプルに利潤を追求したが、一応王女である彼女は、二度目以降は国民の利益になる様にという基準も加味して投資先を厳選した。
医療分野で画期的な新薬や新しい治療法を開発しようとしている研究や、従来の物よりも病気に強く栽培しやすいように農作物を品種改良する研究などを中心に投資先を選定する。
彼女はまだ知らないが、数年後、アンジェリーナの資金提供により作られた新薬が多くの民の命を守り、品種改良された作物は貧困に喘ぐ人々を飢えから救う事になる。
そうやって、少しづつではあるが、アンジェリーナの評価は高まっていった。
一度結んだ婚約を解消するのはよくある話。
どの家も早い時期から他家の優秀な子息や令嬢を婚約という形で囲い込み、お互いの状況が変化すれば気軽に解消している。
だから、婚約の解消が醜聞になる事は無い。
勿論、両家の合意は必要なのだが、アンジェリーナの場合はエルヴィーノも解消を望んでいる為その心配も無い。
そんな訳で、婚約の円満解消を目指し始めたアンジェリーナだが、エルヴィーノの近くに居るとつい決心が鈍りそうになる。
相変わらずアンジェリーナを気遣ってくれる優しい瞳に、どうしても縋りたくなってしまうのだ。
(物理的に距離を置くしかないかしら?)
エルヴィーノは通学の為に王都にあるタウンハウスで暮らしていた。
アンジェリーナもそこで共に生活しているのだが、一つ屋根の下に住んでいれば、避けようとしても限界がある。
公爵家を出て王宮に戻るのは、まだ難しい状況だった。
アンジェリーナはクレメンティ公爵家の領地へ逃げようとした。
エルヴィーノは次男だが、将来は公爵家が所有している伯爵位を譲り受け、王宮で仕事をしながら、兄のサポートとして公爵領の経営も手伝う予定だ。
その為、アンジェリーナが『花嫁修行の一環として、クレメンティ公爵領について詳しく知りたい』と申し出ると、領地の邸への移住がすんなりと許可された。
クレメンティ公爵は王宮でも要職に就いているのでタウンハウスに居る事が多いが、叔母である公爵夫人は田舎暮らしが好きで、社交シーズン以外の殆どの期間を自然に囲まれた領地で過ごしている。
アンジェリーナを可愛がっている叔母は、彼女をとても歓迎してくれた。
だけど、田舎の領地に引き篭もっていれば当然ながら、男性との新しい出会いは無いに等しい。
焦る気持ちを誤魔化すように、『今は出会いを探すより自分を磨く時期なのではないか』と結論付けた。
淑女教育などはとっくに済んでいるし、魔術に関してはまだ修行中だが、他にも新しい事をやってみたい。
次の婚約者を探すにしても、相手に提供出来るメリットは多い方が良いだろう。
それに、縁談が見つからなかった場合に備えて、自分の生活費くらいは自分で稼げるようになっておきたい。
だから、先ずは分かりやすく、財力から身に付けようと考えた。
「よし、取り敢えず私財を増やそう!
・・・・・・とは言え、具体的にはどうしたら良いのかしらねぇ?」
時間だけはたっぷりあるのだが、さて、何から始めようか。
「奥様やロレッラ様にご相談なさってみては如何でしょう?」
王宮から連れて来た専属の侍女の提案に乗る事にしたアンジェリーナは、その日のお茶の時間に早速相談を持ち掛けた。
ロレッラはエルヴィーノの兄の妻である。
学園を卒業し、つい最近結婚したばかりの若夫婦は、領地経営を引き継ぐ為にこの地にやって来た。
本邸に住む新婚の二人に気を遣って、公爵夫人とアンジェリーナは今は敷地内にある離れに移動したのだが、関係は良好でお互い頻繁に行き来をしている。
「お金を儲ける方法ですか?
う~ん・・・、こう見えてもアンジェリーナ様は王女殿下ですものねぇ」
と、おっとりとした口調で悪気無く呟くロレッラに少し拗ねて見せる。
「どうせ、そうは見えないですけどね。
本当ならカフェとか経営してみたいのですが、一応王女なので、下手な事業を起こす訳にもいかないですし」
「うふふ。悪い意味じゃないんですよ?
私は親しみ易いアンジェリーナ様が大好きですわ」
とフォローをしつつも、ロレッラは思案顔になった。
「でも、そうですね。
体裁も有りますし、アンジェリーナ様のお立場では、店頭に立つ訳じゃないにしても、店舗を経営するのは難しいですよね。
起業するにはかなり業種が限られます」
「軍資金はたっぷりあるのだから、投資すれば良いのよ」
考え込む若者二人を他所に、伯母はサラリとそう言った。
「ああ、そうですね。
それなら投資先さえきちんと選べば問題有りませんわ」
確かに、投資ならば国の経済の活性化にも繋がるので、苦言を呈する者は少ないだろう。
領地に引き篭もっているアンジェリーナは、社交も最小限なので、派手なドレスや宝飾品はあまり必要無い。
その為使い切れずに持て余していた王家から支給される王女費を、軍資金に使う事にした。
大きな利益が見込めそうなのに資金難に陥っている事業を幾つか選び、侍女や従者に頼んで詳しい資料を取り寄せて貰う。
隅々まで資料を読み込み、厳選した二つの事業に資金を提供した。
どうやらアンジェリーナは先見の明があった様で、彼女の投資先は大成功を収め、二年後には個人資産が数倍に増えていた。
アンジェリーナは配当で得た利益を更に別の所に投資した。
最初はシンプルに利潤を追求したが、一応王女である彼女は、二度目以降は国民の利益になる様にという基準も加味して投資先を厳選した。
医療分野で画期的な新薬や新しい治療法を開発しようとしている研究や、従来の物よりも病気に強く栽培しやすいように農作物を品種改良する研究などを中心に投資先を選定する。
彼女はまだ知らないが、数年後、アンジェリーナの資金提供により作られた新薬が多くの民の命を守り、品種改良された作物は貧困に喘ぐ人々を飢えから救う事になる。
そうやって、少しづつではあるが、アンジェリーナの評価は高まっていった。
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